信光祭ログ






大きな月 / めめ子さん


夏の夜。
鈴虫の鳴く庭を前に、縁側で信長は横になっていた。
頭を光秀の膝の上にあずけ、目を閉じている。
二人ともに夜着一枚の姿で…。
縁側で二人きり。
ゆっくりと時が流れる。
光秀は、爪まで丁寧に整えた白い手で信長の頬を撫でていた。
白い肌に黒く長い髪が落ち、
月の光りに照らされた彼はまるでどこぞの高貴な姫君のようで…。
戦国の魔王と呼ばれ恐れられる男はそっと目を開け、
それを下からじっと見つめる。
彼は苛烈極まる煉国の炎をその瞳に宿しているのが常だが、今はその瞳に炎はない。
広がっている漆黒の闇の内に映るのは、光秀ただ一人。
「信長様?…お目覚めですか?」
その魔王に仕える臣、明智光秀は小さな声で問うた。
信長は口の端を上げて笑う。
信長は最初から寝ていなかった。
光秀のそれがあまりに気持ち良くて目を閉じていただけ。
それを言う必要もない。
「…ああ」
野に咲く花のように強くはなく、大輪の菊のごとく華美に彩られることはない。
ただ、そこに静かに静かに咲く花。
清楚で高潔な…。
信長は眩しそうにもう一度目を閉じた。
彼の家臣は主人が目覚めるのを待っていたかのように顔を綻ばせ、
繊細な指を夜空へと向ける。
「ご覧ください。信長様。今宵は満月にございます」
「…」
「美しゅうございますね」
「…」
光秀は武将でもあり文化人でもあった。和歌や茶を好む。
月を愛でる光秀の思いも一入であろう。
光秀は夜空を照らすそれに見とれているようだ。
信長の頬を撫でる手は完全に止まった。
ゆっくりと瞳を開け、彼の視線の先を追った。
やはりそこには大きな月があった。
信長は面白くない。
光秀が自分を見ていないことが、心地良くない。
光秀の長い黒髪に手を延ばし、ひっぱった。
「つっ…!!」
光秀は驚いたように信長を見つめた。
その瞳に信長が映し出された。
戦国の魔王の心はそれだけで満たされた。
「信長様?」
「…」
「何かお気に触ることでも?」
またその指は頬を撫で始め、信長の心にゆるやかな戸張が降りる。
この気持ちをもっと早く知っていたら…と思う。
この気持ちの名を…戦国の魔王は知らない。
「信長様?」
「月が忌々しくなっただけよ」
「…」
「それだけよ」
光秀はふふ…とおかしそうに笑った。心なしか頬が朱に染まっている。
「ゆうるりとお休みください。信長様」
そういうと、少しだけ戸惑いながら光秀の唇が信長の額に落ちた。


金色の大きな月だけが二人を見ていた。
 

 









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