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矢沢城

(やざわじょう)

城址登城口
築城時期など、詳細不明。
真田幸隆の弟・真田綱頼は、敵対関係にあった諏訪氏一族・矢沢氏の養子となり矢沢家の家督を継ぎ、矢沢城を居城とした。
幸隆の子・昌幸が上田領主となると、矢沢綱頼と子・頼康もその重臣として活躍した。
天正13年(1585年)昌幸の子・信繁(幸村)が上杉景勝の元へ人質に出される際、頼康も警護として随伴した。
同年の第一次上田合戦では、上杉景勝の援軍と共に八百の守兵で矢沢城に篭った頼康は、依田源七郎ら千五百の軍勢を退け、追撃戦では大久保忠世らを散々に蹴散らす活躍を見せた。
元和8年(1622年)10月、真田氏は信濃国松代藩に加増移封となったため、矢沢氏も真田信之に従い松代へ移り、矢沢領は仙石政勝の領地となった。

帯郭

二の郭

主郭石垣

主郭

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