芥川龍之介年表* 三中・一高・東大時代

三中・一高・東大時代(明治38年4月〜大正5年11月)

西暦
日付
出 来 事
作 品
1905(明38) 13 4月 東京府立第三中学校(現・都立両国高校)に入学。
同級生に、西川英次郎山本喜誉司、二級上に久保田万太郎、三級上に後藤末雄らがいた。担任は卒業まで広瀬雄(英語)。
なし
1906(明39) 14 4月


6月

8月
回覧雑誌『流星』を大島敏夫、野口真造らとはじめ、編集発行人となる。

『流星』を改題して『曙光』第4号を発行。

『流星』に「勝浦雑筆」を発表。
なし
1907(明40) 15 なし この年、初めて塚本文子(当時七歳)を知る。
*文子は、芥川の親友山本喜誉司の姪。山本は、文子の母の末弟。鈴は、夫であった塚本善五郎の戦死のため実家である山本家に文子の弟である八洲と三人で身を寄せていた。
なし
1908(明41) 16 12月  24日 今学期の成績発表があり、龍之介は一番。中原安太郎が二番、西川が三番、山本は13番。 なし
1909(明42) 17 3月 4日

8月 28日
姉ヒサが葛巻義定と婚姻届を提出する。


ヒサに長男義敏が生まれる。
*翌年ヒサが離婚するために、義敏は新原家で育てられ、後、大正12年1月頃からは龍之介が引き取って育てる。
なし
1910(明43) 18 2月

3月


4月


6月 6日

8月 5日


7日〜14日


9月 11日


10月
三中の『学友会雑誌』第15号に「義仲論」を発表。

東京府立第三中学校を卒業する。一番は西川英次郎、芥川は二番。

進学を一高の英文科(一部乙類)に決め、一日10時間もの受験勉強に励む。(4月18日付 山本宛書簡)

西川英次郎、山本喜誉司と三人で一高に願書を出しに行く。

官報で一高の合格を知る。
*この年から成績優秀者は無試験入学が実施され、芥川は無試験組の4番。

親戚の別荘にいた山本を訪ね、静岡方面を旅行する。
*帰宅途中に山本家へ見舞いへ行くが、孫の身を案じた祖母に怒鳴りつけられて往生していたのを、後の妻・文子が記憶している。


第一高等学校一部乙類(文科)に入学。
同級生に井川(恒藤)恭菊池寛久米正雄成瀬正一松岡譲山本有三、一級上に近衛文麿など。


芥川家は本所小泉町から内藤新宿二丁目(現・新宿区新宿)に転居。
なし
1911(明44) 19 2月 1日


4月 1日

5月 中旬
9月
一高で、大逆事件における政府の処置を攻撃した徳富蘆花の「謀叛論」を聞くか。


一週間の試験休暇。成績は5番。


『枕草子』を愛読。(山本宛書簡)


二年に進級。南寮の中寮三番に入る。同室には井川恭を含め12名。
*一高は基本的に全寮制を取っていたが、芥川は一年次それに逆らい入寮しなかった。二年ともなるとそうもいかず、入寮。だが、だらしないボヘミアン・ライフに馴染むことができずに、土曜日には帰宅していた。
また、読書量も多く、19世紀末期小説を愛読し、懐疑的・厭世的傾向を助長した。またキリスト教にも興味を示し始める。
なし
1912(明45・大元) 20 1月

7月 30日
9月
「大川の水」執筆。(発表は大正3年。)

明治天皇崩御。「大正」改元。


三年に進級。山宮允に誘われ、アイルランド文学研究会に出席。西条八十日夏耿之介を知る。
*この頃、妖怪趣味がますます高じていく。「ミステリアスな話があったら教えてくれ給へ」(明457/16付井川恭宛)などと友人に書き送り、自ら図書館に通って「怪異」と表題のつくものを読み漁り、家族、友人から聞いた話を整理し『椒図志異』たるノートを作る。
「大川の水」
1913(大2) 21 4月


7月


9月






10月
菊池寛が友人の窃盗の罪を被って退学処分になる。菊池はやむなく京都大学への進学を決める。

第一高等学校を二六人中二番で卒業。一番は井川。久米は六番。

東京帝国大学文科大学英吉利文学科に入学。
親友の恒藤は京大法科、中退した菊池は京大英文科、松岡譲は東大哲学科、久米と成瀬が同じ英文科であった。
*講義内容に失望し、出席せずに本を読んだり、作家志望の久米などと親交が深まる。

15日に刊行された斎藤茂吉『赤光』に衝撃を受け、詩歌に対する眼を開けられる。
なし
1914(大3) 22 2月 12日


4月 1日

4日

5月

7月 20日〜
8月 〜23日

9月 1日



10月 末


12月 末
菊池寛、久米正雄、山宮允、松岡譲、成瀬正一、山本有三らと共に、第三次『新思潮』を創刊。
創刊号にはアナトール・フランスの翻訳「バルタザアル」、五月号には「老年」を発表した。
*「老年」が芥川の本当の処女作である。


『心の花』に「大川の水」を発表。

短歌11首の掲載を佐佐木信綱に依頼。

この頃、吉田弥生への恋心が芽生え始める。
*井川恭には「僕の心には時々恋が芽生える」と書き送り、久米や山宮と共に弥生の家を訪れていたという。

友人の堀内利器の紹介で、彼の故郷千葉県一の宮海岸へ行き一ヶ月間ほど滞在。読書や創作、海水浴を楽しみ、初恋の相手吉田弥生には二度手紙を送っている。



戯曲形式の「青年と死と」を『新思潮』に発表。これで『新思潮』は終刊となる。
帝大英文科二年に進学。


新宿からきた豊島郡滝野川町字田端四三五番地に家を新築し、転居。
芥川の終生の家となる。
*後、昭和20年の空襲で焼失。


弥生にラブレターを出す。
「バルタザアル」
「老年」



「大川の水」(前出)












「青年と死と」
1915(大4) 23 2月

28日


3月 9日


4月 1日

23日


月末

5月 初旬
15日

中旬

7月


23日

8月 初旬
3日

22日

9月

11月 
1日

18日


21日

12月
13日
弥生との結婚を家族に反対され、断念する。

井川に初恋と破恋の経緯を記した手紙を送る。
*「ある女を昔から知っていた。(中略)僕は求婚しやうと思った。(中略)烈しい反対をうけた。」

井川宛に手紙を書く。
*「イゴイズムをはなれた愛があるかどうか(中略)僕はイゴイズムをはなれた愛の存在を疑ふ(僕自身にも)」

『帝国文学』に「ひょっとこ」を発表。


山本宛に手紙を書く。
*「如何にイゴイズムを離れた愛が存在しないか(中略)短い時の間にまざへと私の心に刻まれてしまひました。」

弥生の結婚式の前日に中渋谷の斎田屋で最後の会見をする。

弥生への想いが薄れ始め、落ち着きを取り戻していく。


弥生とその相手、金田一光男(陸軍将校)の婚姻が届けられる。

体調を崩す。
*関口安義氏によると、失恋のショックによる吉原通いの影響とされる。

第四次『新思潮』刊行資金工面のため、ロマン・ロラン「トルストイ伝」を成瀬、久米、松岡、菊池らと分担して翻訳することを決める。約150枚を引き受けた。

「仙人」を脱稿。

塚本文子への恋情を感じ始める。
*1日付で山本に「正直な所時々文子女史の事を考へる」と送る。


失恋の痛手を癒すことをかねて井川の故郷松江へ滞在する。


帝大英文科三年に進級。
この月、「羅生門」を脱稿。


『帝国文学』に「羅生門」を発表。

漱石門下だった仏文科の林原耕三に伴われ、久米と共に初めて漱石山房を訪ねる。内田百聞鈴木三重吉小宮豊隆らを知る。
以後木曜会に出席し門下生となる。

山本に文子への想いを漏らす。


塚本文子を結婚相手としてはっきりと意識する。
*山本宛書簡に「僕自身僕の行為(この場合は結婚)に責任をもつやうに文ちやん自身もその行為に責任をもち得る程意志を自覚してほしい」とある。










「ひょっとこ」




































「羅生門」
1916(大5) 24 1月
20日

下旬
2月
15日

19日

中旬


4月
1日

月末
5月
1日



8日

6月
1日

下旬
7月
10日

18日
25日
8月
1日
16日
17日
25日

28日

9月
1日

20日
10月
1日
16日
21日
11月
1日

23日



「鼻」を脱稿。


芥川家で文子のことが話題に上がるようになる。
*23日付山本宛書簡に「僕のうちでは時々文子さんの噂が出る」とある。

第四次『新思潮』を創刊し、「鼻」を発表。


漱石より「鼻」を激賞する手紙を貰い、大いに自信を得る。

フユ、フキと共に文子に会い、ふたりが文子に好意を持った事から結婚話が本格的になる。
*15日付井川宛書簡に「二人ともgood opinionを持つてかへつて来たらしい」とある。

『新思潮』二号に「孤独地獄」を発表。

卒業論文「ウイリアム・モリス研究」を書き上げる。


『新思潮』三号に「父」を発表。
『希望』に「虱」を発表。
*初めての原稿依頼で三円六〇銭(一二枚)を手にした。

姉ヒサと西川豊(弁護士)の婚姻が届けられる。


『新思潮』四号に「酒虫」を発表。

文子との結婚が正式に両家の間で約束される。
*23日付井川宛書簡に「文子は愈貰ふ事になつた」とある。


東京帝国大学文科大学英吉利文学科を卒業。成績は20人中2番。1番は豊田実。

「野呂松人形」を脱稿。

『新小説』の依頼に対し、「芋粥」を考える。

「仙人」を『新思潮』に、「野呂松人形」を『人文』に発表。

「芋粥」脱稿。

千葉県一の宮館に久米と共に滞在。(9月2日まで)

文子に求婚の手紙を書く。
*「理由は一つしかありません 僕は 文ちやんが好きです」とある。

漱石に手紙を書く。
*「今日は、我々のボヘミアンライフを、少し御紹介致します」とある。

『新小説』に「芋粥」を発表。文壇デビュー第一作である。
「猿」、「創作」を『新思潮』に発表。

「手巾」を脱稿。


「手巾」を『中央公論』に発表。

「煙管」を脱稿。

「煙草と悪魔」を脱稿。


「煙管」を『新小説』に、「煙草と悪魔」を『新思潮』に発表。新進作家としての地位を固める。

「MENSURA ZOILI」を脱稿。

この月、井川が恒藤雅子と結婚し、恒藤と改姓。







「鼻」










「孤独地獄」



「父」「虱」






「酒虫」












「仙人」
「野呂松人形」









「芋粥」「猿」
「創作」




「手巾」






「煙管」
「煙草と悪魔」
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