あれから、あたしは元気に仕事をしています。年末のどたばたとしているなか、あたしは『ハンター試験』の存在を知り、その試験で得られるライセンスは仕事上かなり役立つということで、試験を受けることになりました。イルミ? この前、あたしが長期勤務で事務所にいないときに侵入したらしく、待ちくたびれたようでメモと携帯が机に置いてありました。ハイテクな機械が苦手なあたしのために、ご丁寧に電話機能しかない携帯をわざわざ置いてくれていました。メモには自分の番号を登録して置いたから電話するようにと書かれていました。
連絡? ……んなもんするかあああ! やっと安定した日々が始まろうとしてるのに自分から飛び出すへまはしないわよ! 何度か電話がかかってきたから最近はもう電源までしっかりと切って机の引き出しにしまってある。
と、いうわけでそんなあたしは今、すっかり常連になったザバン市の定食屋で遅い昼食をとっておりました。
「今日もお疲れだね、」
「やっと仕事が落ち着いてね、マロンは元気?」
焼き魚の定食を食べていると、定食屋のおかみが声をかけてきた。いつも何気ない会話をするけど今日は久しぶりに訪れたので、少しばかりおかみが楽しそうだ。
「マロンはまたつまみ食いしようとするほど、元気さ」
マロン、というのはあたしがここに越して来たばかりのときに、おかみに探してくれと依頼された猫のことだ。この辺りはマロンに似た猫が多くて、マロン自体も逃げ足が早くて、最初は骨がおれる仕事だった。まぁ、動体視力と身体能力に優れたあたしには簡単な仕事ではあったけど。
「今度も長期の仕事かい?」
長期の仕事の前には、焼き魚定食を食べるからか、おかみがそんなことを聞いてきた。ハンター試験は長期になるかどうかは年によってまちまちなため、わからない。が、ここの定食屋のご飯がある期間は食べられないだろうことはわかっていたため、今日来たというわけだった。
「ううん、今年のハンター試験受けるつもりでね」
ハンター試験に受けるために登録すると、協会から手紙が送られてきた。そこには試験会場の場所が記入されていたのだけれど、場所というのがここ、ザバン市だったのだ。移住してまだ一ヶ月しか経っていないけれど会場となる場所はわかっていない。そろそろ把握しておかないと試験に参加できないため、焦っているところだ。
「……へえ、は試験を受けるのか」
「あ、大将。まあ、まだ会場わかってないけどね」
おかみと話していると大将が横からにゅっと現れた。むっくりとした大将だけどマロンを猫可愛がりする、意外な人だ。マロンの一件から、あたしに対してかなり良くしてくれている。
「そうか」
にゅっと出てきた大将はそう呟くと、また厨房のほうへ引っ込み、「ゆっくり食べていきなさいね」と言っておかみも同じくして引っ込んでしまった。
昼時をすっかり過ぎているためか、店にはあまり人はいない。そろそろ夜の準備もあるか、そう思って半分以上食べていた定食をさらりと食べ終えた。あたしもそろそろ試験会場について調べなきゃいけない。がらりと立ち上がって会計すべくレジまで行くと、おかみが慌てて厨房から出てきた。
「750ジェニーだよね?」
「いつもありがとうね、」
じゃらりとなけなしの小銭をおかみに渡すと、いつもはくれないレシートのような紙を渡してきた。要らないよと言いたかったけれど、おかみはぐっとあたしの手のひらに押し込めてきた。
「後で読んどくれ」
真剣な眼差しのおかみに、仕方なくあたしは了承してそのまま紙を受け取って店を出た。
めずらしいなあと思いながら、くしゃくしゃになった紙を人通りの少ない道で広げると、そこには殴り書きで文章が書かれていた。
“試験の準備ができたら、そのままうちに来なさい
入ったら「ステーキ定食ひとつ」「弱火でじっくり」だけを口にすること
今私たちが言えるのはそれだけ
健闘を祈ってるわね
めしどころ ごはん 亭主とおかみより”
これが何を指すのか、あたしははっきりとはわからなかったが、二人があたしのために何かを伝えようとしてくれることはわかっていた。これは二人の厚意なんだ、そう気付いてあたしは会場を探すことはやめ、試験の準備をすることにしたのだった。
*
しゅる、とシャツを着る。真っ黒な、ぴちりとした長袖シャツで快適なものだ。同じく黒いグローブをつけ、きつくしばったポニーテールを揺らす。そして机に乱雑に散らかせておいたカバンを片付ける作業に入った。ベルトで固定し腰からさげるもので、中にはコンタクト用具(目だけはどうにかして隠さなければならないあたしはこれは絶対に必要なものである)、まだ使っていないイルミからもらった携帯が入っている。試験に何がいるかわからなかったため、荷物は最低限にしようと本当に必要なものだけ用意した。あたしの愛用する短刀ももちろん腰からさげ、ピアスもきちんと耳にあるし、サングラスもかけている。本当は変装するか迷ったが、面倒くさくて止めた。
「さて、行くか」
白い民族模様が入った、シャツと同じような真っ黒な上着を着て、扉を見すえる。ハンター試験は死人が多いと聞く。死ぬことはないと思いつつ、少しは不安だ。―――ちゃんと帰ってこなきゃな。
あたしは、刀を握りしめた。
外に出るともう昼前で、人がせわしなく歩いていた。ハンター試験日は今日だし、そのせいもあるんだろう。あたしは迷わずいつも定食屋へ行く道へと入る。おかみにもらった紙はやぶって捨てた。紙媒体でなければいけないほど重要なことを伝えてくれたのだから、あたしもその誠意を、なかったものとして扱わなければならない。
「いらっしゃーい」
店に入ると、大将の間延びした声が響いた。けれどいつもとは違い、少し力の入った……緊張した声だった。視界には表情がぎこちないおかみもいた。
「大将、ステーキ定食ひとつ」
あたしが言うと、大将はゆっくりこちらを振り返った。目がぎらりと光る。初めて会ったときの大将とそっくりだと思った。
「焼き方は?」
大将が聞く。これは注文ではなく、暗号なんだなと思っていた。
「弱火でじっくり」
あたしの言葉に、おかみが弾かれたようにこちらへやってきた。
「奥にご案内しますね」
何度か通ったけれど、奥の部屋は入ったことのなかった。おかみに連れられ、あたしは奥へと歩く。大将や顔馴染みのアルバイトの女の子と一瞬目が合う。すると二人は応援するよと言いたげな顔で、あたしを見てくれていた。
「お入りください」
そう言われ、奥の部屋に入ると、じゅうじゅうと音を立てた定食がそこにあって、それから一緒に部屋に入ってきたおかみをあたしは見た。
「多分わかってるだろうけどね、試験会場はこの地下さ」
「おかみさん」
「実は私らは試験の案内役(ナビゲーター)でね」
黙っていてすまなかったね、とおかみさんは苦笑しながら話してくれた。ここは元々試験会場のカモフラージュように建てられた定食屋で、おかみさんたちはここに住む受験者を調べていたらしい。あたしは参加表明が遅かったからマークはされなかったけど、あたしが引っ越してきたときにした仕事、それでこそ猫を探したり、ひったくりを捕まえたり、落とし物を探したり……簡単に見えて実は力がいる仕事をこなしたあたしを認めていたらしかったのだ。だからこそあたしを良くしてくれて、ここにつなぎとめていたのだ。
「、あんたはこのザバン市に認められた唯一の受験者なんだよ」
おかみさんはそう言ってあたしに笑いかけた。なんだか大層なことのように聞こえるのはあたしの気のせいなんだろうか。
「試験は大変だろうけどね、あんたなら大丈夫さ。お行き」
ぽんとあたしの肩を叩いて、おかみさんはがちゃりと扉を開けて出ていってしまった。
「焼き魚定食じゃなくてすまないね」
そう、付け加えて。
ういいん、と部屋が地下に降りる音がして、この部屋自体がエレベーターであることに気がついた。地下までかなりあるようなので、あたしはステーキ定食を食べることにした。大将が作ってくれたものだ。食べないわけにはいかない。
初めて食べたステーキ定食は、力のつく美味しいものだった。
……しばらくして、がちゃんと部屋が揺れ、ドアが開いた。明るい部屋と違い、地下は薄暗く、人のうじゃうじゃいる、居心地の悪いところだった。
「こんなにいるのか」
厳正なイメージを持っていたあたしにとってここは意外で、かなり息苦しかった。やっぱり変装したほうが良かったかも。今更後悔したって遅いけど。
そう思っていると扉のすぐ近くでやけに小さな男が、ナンバープレートのようなものを配っていた。どうやらこれが受験者を表すものらしく、確かに辺りを見渡せば皆胸につけているのがうかがえた。こんな小さな人もいるんだなぁとかがみながら受け取ると、あたしの受験番号は400だった。確認し、プレートを胸につけ、サングラスをかけ直す。いやな空気だ。そう思って手を口に当てて奥へと進もうとした。
「おおい、そこのサングラスかけた君」
そう男の声がして振り向いてみると、見知らぬ中年の男がにこにことしながらそこに立っていた。声をかけられる覚えがないあたしは、眉間にしわを寄せて男を見た。
「そんな怖い顔をしなくてもいいよ。君みたいな美人は見たことないし……新人なんだろ? 俺はトンパ。ハンター試験を35回も受けた、まぁいわゆる試験のベテランみたいなもんだ。よろしくな」
何か用かと思えばただの挨拶らしい。しかし油断はできないので、一定の距離を保ちながら、会釈した。
「君、名前は?」
やり過ごしたいが相手はなぜか突っかかってくる。無視してやろうとも思ったが、変に目立っても困る。軽く受け答えをして、去ってしまうことにした。
「……」
「よろしくな! お、そうだ、お近づきのしるしだ……飲みなよ」
そう言って男は缶ジュースのようなものを二本差し出してきた。そして片方を開け、見せ付けるようにくぴりと飲む。これは安全なものだと言いたいんだろうか。こんなおかしなタイミングで渡そうとするあたり、怪しすぎる。おそらく中に何か入れているんだろう。
「悪いけどそういうの好まないから」
男の魂胆がわかればもういい。あたしはふいとそっぽを向いて、男が何か言おうとするのを無視して奥の方に入り込んでいった。ああいうのには関わりたくない。あたしは気配を消してひょうひょうと進んでいた。
「ぎゃああああ!」
人混みの中を行っていると、向こうで叫び声が聞こえた。こんなどろどろとした雰囲気の中だ。受験生同士で殺しあったりもするのだろう。巻き込まれないようにしようとふと見ると、目に色鮮やかな姿を見つけた。見たことのある髪、姿。あたしはげんなりした。
「あれってまさか……」
遠くからだが、わかりやすい出で立ちだった。数週間前にイルミの紹介で会った……、そうだ、ヒソカという男だ。
まさかこの男が同じ試験にいるなんて。まだ始まってもないのに、もう最悪な気持ちだ。そうため息をついてないといられない気持ちになったところで……ふといやなことを思いだした。前の方に慣れた気配。いやいや気のせいよね、あいつまでいるわけがない。ほら、だって長身で黒髪長髪の男なんて目立つしね、あたしが感じてるのはただの気のせい……。
そう自分に言い聞かせ、慣れた気配のほうへ近づいた。絶で気配は消しているから、近寄りすぎなければ気付かれないだろう。ゆるゆると人混みを割って入り……そして見た。イルミと同じような気配をさせながらも、イルミとは全くかけ離れた、いやかけ離れすぎた男がそこにいた。カタカタという音をさせ、回りから少し距離をとられていた。正直言って黒髪のさらさらヘアーじゃなくて良かったけれど、気配はイルミそのものな気がしていた。しかもおかしな男の顔に刺さっている鋲には見覚えがある。
いやまさかそんなはずは……そう思って、あたしはカバンから使ったことのない携帯を取り出し、電源を入れ、アドレス帳に一人登録されていた番号に電話をかけた。(地下でも電波が届くハイテクな携帯であることはあとで知ることとなった。)
ぴるる、るるる。受話口から響く呼び出し音。そしておかしな男からも響く音。それを確認した瞬間、ぶちりと携帯を切る。電源までしっかりと切って、携帯はもうカバンの奥底にしまった。あたしがかけたのはイルミの番号であって、あんなへんてこりんな男にかけたわけじゃない。けれどかけたらあの男に通じるのだから、答えは一つしかない。
「……はあ」
きっと暗殺者だから変装してるんだな。あたしはもう、そう考えることしか出来なかった。
連絡? ……んなもんするかあああ! やっと安定した日々が始まろうとしてるのに自分から飛び出すへまはしないわよ! 何度か電話がかかってきたから最近はもう電源までしっかりと切って机の引き出しにしまってある。
と、いうわけでそんなあたしは今、すっかり常連になったザバン市の定食屋で遅い昼食をとっておりました。
「今日もお疲れだね、」
「やっと仕事が落ち着いてね、マロンは元気?」
焼き魚の定食を食べていると、定食屋のおかみが声をかけてきた。いつも何気ない会話をするけど今日は久しぶりに訪れたので、少しばかりおかみが楽しそうだ。
「マロンはまたつまみ食いしようとするほど、元気さ」
マロン、というのはあたしがここに越して来たばかりのときに、おかみに探してくれと依頼された猫のことだ。この辺りはマロンに似た猫が多くて、マロン自体も逃げ足が早くて、最初は骨がおれる仕事だった。まぁ、動体視力と身体能力に優れたあたしには簡単な仕事ではあったけど。
「今度も長期の仕事かい?」
長期の仕事の前には、焼き魚定食を食べるからか、おかみがそんなことを聞いてきた。ハンター試験は長期になるかどうかは年によってまちまちなため、わからない。が、ここの定食屋のご飯がある期間は食べられないだろうことはわかっていたため、今日来たというわけだった。
「ううん、今年のハンター試験受けるつもりでね」
ハンター試験に受けるために登録すると、協会から手紙が送られてきた。そこには試験会場の場所が記入されていたのだけれど、場所というのがここ、ザバン市だったのだ。移住してまだ一ヶ月しか経っていないけれど会場となる場所はわかっていない。そろそろ把握しておかないと試験に参加できないため、焦っているところだ。
「……へえ、は試験を受けるのか」
「あ、大将。まあ、まだ会場わかってないけどね」
おかみと話していると大将が横からにゅっと現れた。むっくりとした大将だけどマロンを猫可愛がりする、意外な人だ。マロンの一件から、あたしに対してかなり良くしてくれている。
「そうか」
にゅっと出てきた大将はそう呟くと、また厨房のほうへ引っ込み、「ゆっくり食べていきなさいね」と言っておかみも同じくして引っ込んでしまった。
昼時をすっかり過ぎているためか、店にはあまり人はいない。そろそろ夜の準備もあるか、そう思って半分以上食べていた定食をさらりと食べ終えた。あたしもそろそろ試験会場について調べなきゃいけない。がらりと立ち上がって会計すべくレジまで行くと、おかみが慌てて厨房から出てきた。
「750ジェニーだよね?」
「いつもありがとうね、」
じゃらりとなけなしの小銭をおかみに渡すと、いつもはくれないレシートのような紙を渡してきた。要らないよと言いたかったけれど、おかみはぐっとあたしの手のひらに押し込めてきた。
「後で読んどくれ」
真剣な眼差しのおかみに、仕方なくあたしは了承してそのまま紙を受け取って店を出た。
めずらしいなあと思いながら、くしゃくしゃになった紙を人通りの少ない道で広げると、そこには殴り書きで文章が書かれていた。
“試験の準備ができたら、そのままうちに来なさい
入ったら「ステーキ定食ひとつ」「弱火でじっくり」だけを口にすること
今私たちが言えるのはそれだけ
健闘を祈ってるわね
めしどころ ごはん 亭主とおかみより”
これが何を指すのか、あたしははっきりとはわからなかったが、二人があたしのために何かを伝えようとしてくれることはわかっていた。これは二人の厚意なんだ、そう気付いてあたしは会場を探すことはやめ、試験の準備をすることにしたのだった。
*
しゅる、とシャツを着る。真っ黒な、ぴちりとした長袖シャツで快適なものだ。同じく黒いグローブをつけ、きつくしばったポニーテールを揺らす。そして机に乱雑に散らかせておいたカバンを片付ける作業に入った。ベルトで固定し腰からさげるもので、中にはコンタクト用具(目だけはどうにかして隠さなければならないあたしはこれは絶対に必要なものである)、まだ使っていないイルミからもらった携帯が入っている。試験に何がいるかわからなかったため、荷物は最低限にしようと本当に必要なものだけ用意した。あたしの愛用する短刀ももちろん腰からさげ、ピアスもきちんと耳にあるし、サングラスもかけている。本当は変装するか迷ったが、面倒くさくて止めた。
「さて、行くか」
白い民族模様が入った、シャツと同じような真っ黒な上着を着て、扉を見すえる。ハンター試験は死人が多いと聞く。死ぬことはないと思いつつ、少しは不安だ。―――ちゃんと帰ってこなきゃな。
あたしは、刀を握りしめた。
外に出るともう昼前で、人がせわしなく歩いていた。ハンター試験日は今日だし、そのせいもあるんだろう。あたしは迷わずいつも定食屋へ行く道へと入る。おかみにもらった紙はやぶって捨てた。紙媒体でなければいけないほど重要なことを伝えてくれたのだから、あたしもその誠意を、なかったものとして扱わなければならない。
「いらっしゃーい」
店に入ると、大将の間延びした声が響いた。けれどいつもとは違い、少し力の入った……緊張した声だった。視界には表情がぎこちないおかみもいた。
「大将、ステーキ定食ひとつ」
あたしが言うと、大将はゆっくりこちらを振り返った。目がぎらりと光る。初めて会ったときの大将とそっくりだと思った。
「焼き方は?」
大将が聞く。これは注文ではなく、暗号なんだなと思っていた。
「弱火でじっくり」
あたしの言葉に、おかみが弾かれたようにこちらへやってきた。
「奥にご案内しますね」
何度か通ったけれど、奥の部屋は入ったことのなかった。おかみに連れられ、あたしは奥へと歩く。大将や顔馴染みのアルバイトの女の子と一瞬目が合う。すると二人は応援するよと言いたげな顔で、あたしを見てくれていた。
「お入りください」
そう言われ、奥の部屋に入ると、じゅうじゅうと音を立てた定食がそこにあって、それから一緒に部屋に入ってきたおかみをあたしは見た。
「多分わかってるだろうけどね、試験会場はこの地下さ」
「おかみさん」
「実は私らは試験の案内役(ナビゲーター)でね」
黙っていてすまなかったね、とおかみさんは苦笑しながら話してくれた。ここは元々試験会場のカモフラージュように建てられた定食屋で、おかみさんたちはここに住む受験者を調べていたらしい。あたしは参加表明が遅かったからマークはされなかったけど、あたしが引っ越してきたときにした仕事、それでこそ猫を探したり、ひったくりを捕まえたり、落とし物を探したり……簡単に見えて実は力がいる仕事をこなしたあたしを認めていたらしかったのだ。だからこそあたしを良くしてくれて、ここにつなぎとめていたのだ。
「、あんたはこのザバン市に認められた唯一の受験者なんだよ」
おかみさんはそう言ってあたしに笑いかけた。なんだか大層なことのように聞こえるのはあたしの気のせいなんだろうか。
「試験は大変だろうけどね、あんたなら大丈夫さ。お行き」
ぽんとあたしの肩を叩いて、おかみさんはがちゃりと扉を開けて出ていってしまった。
「焼き魚定食じゃなくてすまないね」
そう、付け加えて。
ういいん、と部屋が地下に降りる音がして、この部屋自体がエレベーターであることに気がついた。地下までかなりあるようなので、あたしはステーキ定食を食べることにした。大将が作ってくれたものだ。食べないわけにはいかない。
初めて食べたステーキ定食は、力のつく美味しいものだった。
……しばらくして、がちゃんと部屋が揺れ、ドアが開いた。明るい部屋と違い、地下は薄暗く、人のうじゃうじゃいる、居心地の悪いところだった。
「こんなにいるのか」
厳正なイメージを持っていたあたしにとってここは意外で、かなり息苦しかった。やっぱり変装したほうが良かったかも。今更後悔したって遅いけど。
そう思っていると扉のすぐ近くでやけに小さな男が、ナンバープレートのようなものを配っていた。どうやらこれが受験者を表すものらしく、確かに辺りを見渡せば皆胸につけているのがうかがえた。こんな小さな人もいるんだなぁとかがみながら受け取ると、あたしの受験番号は400だった。確認し、プレートを胸につけ、サングラスをかけ直す。いやな空気だ。そう思って手を口に当てて奥へと進もうとした。
「おおい、そこのサングラスかけた君」
そう男の声がして振り向いてみると、見知らぬ中年の男がにこにことしながらそこに立っていた。声をかけられる覚えがないあたしは、眉間にしわを寄せて男を見た。
「そんな怖い顔をしなくてもいいよ。君みたいな美人は見たことないし……新人なんだろ? 俺はトンパ。ハンター試験を35回も受けた、まぁいわゆる試験のベテランみたいなもんだ。よろしくな」
何か用かと思えばただの挨拶らしい。しかし油断はできないので、一定の距離を保ちながら、会釈した。
「君、名前は?」
やり過ごしたいが相手はなぜか突っかかってくる。無視してやろうとも思ったが、変に目立っても困る。軽く受け答えをして、去ってしまうことにした。
「……」
「よろしくな! お、そうだ、お近づきのしるしだ……飲みなよ」
そう言って男は缶ジュースのようなものを二本差し出してきた。そして片方を開け、見せ付けるようにくぴりと飲む。これは安全なものだと言いたいんだろうか。こんなおかしなタイミングで渡そうとするあたり、怪しすぎる。おそらく中に何か入れているんだろう。
「悪いけどそういうの好まないから」
男の魂胆がわかればもういい。あたしはふいとそっぽを向いて、男が何か言おうとするのを無視して奥の方に入り込んでいった。ああいうのには関わりたくない。あたしは気配を消してひょうひょうと進んでいた。
「ぎゃああああ!」
人混みの中を行っていると、向こうで叫び声が聞こえた。こんなどろどろとした雰囲気の中だ。受験生同士で殺しあったりもするのだろう。巻き込まれないようにしようとふと見ると、目に色鮮やかな姿を見つけた。見たことのある髪、姿。あたしはげんなりした。
「あれってまさか……」
遠くからだが、わかりやすい出で立ちだった。数週間前にイルミの紹介で会った……、そうだ、ヒソカという男だ。
まさかこの男が同じ試験にいるなんて。まだ始まってもないのに、もう最悪な気持ちだ。そうため息をついてないといられない気持ちになったところで……ふといやなことを思いだした。前の方に慣れた気配。いやいや気のせいよね、あいつまでいるわけがない。ほら、だって長身で黒髪長髪の男なんて目立つしね、あたしが感じてるのはただの気のせい……。
そう自分に言い聞かせ、慣れた気配のほうへ近づいた。絶で気配は消しているから、近寄りすぎなければ気付かれないだろう。ゆるゆると人混みを割って入り……そして見た。イルミと同じような気配をさせながらも、イルミとは全くかけ離れた、いやかけ離れすぎた男がそこにいた。カタカタという音をさせ、回りから少し距離をとられていた。正直言って黒髪のさらさらヘアーじゃなくて良かったけれど、気配はイルミそのものな気がしていた。しかもおかしな男の顔に刺さっている鋲には見覚えがある。
いやまさかそんなはずは……そう思って、あたしはカバンから使ったことのない携帯を取り出し、電源を入れ、アドレス帳に一人登録されていた番号に電話をかけた。(地下でも電波が届くハイテクな携帯であることはあとで知ることとなった。)
ぴるる、るるる。受話口から響く呼び出し音。そしておかしな男からも響く音。それを確認した瞬間、ぶちりと携帯を切る。電源までしっかりと切って、携帯はもうカバンの奥底にしまった。あたしがかけたのはイルミの番号であって、あんなへんてこりんな男にかけたわけじゃない。けれどかけたらあの男に通じるのだから、答えは一つしかない。
「……はあ」
きっと暗殺者だから変装してるんだな。あたしはもう、そう考えることしか出来なかった。