この作品には、少しですが、近親者からの性暴力に関する表現が含まれています。苦手な方は、ご注意ください。



家庭教師とお嬢様 〜キシリア様の攻防〜


「おまえに任せると、ろくなことにならない。こんなことになるぐらいなら、全く違う方法を自分で考えた方が良かったわ。もっと良い作戦は無かったのですか?」
 キシリア様が開口一番におっしゃった。相当お怒りのご様子だ。
「あったら、そちらを勧めています。それにキシリア様もいけないのですよ。私のお教えした通りにやってくださらなかったのですから」
 お元気を取り戻された様子に安堵して、つい本音を言ってしまう。

「ユウにあんな真似はさせられません!」
「それなら、そう言ってくだされば良かったのに。どうしてキシリア様が…」
「私だったら大丈夫だろうと思ったのです」
「ギレン様のお気持ちを、まだ信じかねていらしたのですね」
「ええ。マ・クベの言う通りだったとしても、まさかあんなことにはなるまいと……」

*   *   *   *   *   *   *   *   *   *


 私がキシリア様にお授けしたのは、ユウに囮になってもらう作戦だった。
 キシリア様の寝室にギレン様の気を引きそうな格好をさせたユウを置き、そこにギレン様をお通しする。ギレン様がユウを押し倒した瞬間、キシリア様とラウール中佐が駆け付けてユウを救出。
 自分の寝室で乳姉妹にこんな真似をする兄は許せない、とキシリア様がお怒りになってみせ、デギン様に告げると口走るのだ。

 ギレン様のなさったことが分かれば、デギン様は大層お怒りになる筈だった。ユウの父親・ラウール中佐がキシリア様のお母さまの遠縁に当たることもあり、ユウには眼をかけておられたからだ。
 それにデギン様は、家の中での不祥事は決してお許しにならない方だった。ギレン様もそれはよくご存知で、外ではご発展のようだが、これまで家の中の者に手を出したことはなかった。
 しかし最近ユウに眼をつけているようだ、と前にキシリア様が心配なさっていたので、それを利用させてもらおうとしたのだ。

 デギン様に告げられたくないギレン様は、キシリア様をなんとか宥めようとするだろう。
 それならばということで、キシリア様が妥協策をお出しになる。乳姉妹に不埒な真似をする兄とは一緒に暮らしたくないとギレン様を非難した上で、公邸を出て自分だけの家を構えるからそのための援護射撃をしてほしい、というものだ。
 止めるであろうデギン様を説得して自分の一人暮しを認めてもらうことができたのなら、今回のことはデギン様には黙っていてあげましょう、と。当然、ユウとラウール中佐は新居へ連れてゆく。
 ギレン様とうまく交渉できるように想定問答集まで作って差し上げたというのに、キシリア様は囮の役をご自分でされようとした。それが間違いの元だったのだ。


 最後の打ち合わせを終えて、私がキシリア様の元を辞去しようとした時のこと。キシリア様はギレン様と会わないように裏門から出た方がいいとおっしゃり、使用人に呼ばせた弟君のガルマ様に、私を案内するようにと申し付けられた。
 妙な気もしたが、ガルマ様とも一度お話してみたいと思っていたので、私は言われた通りにした。ガルマ様は姉上と仲良さげな私がお気に召さないご様子だったが、もともと素直な性格の方なので親切に案内してくださった。

 今思うとあれは、私のために証人やアリバイを作ろうとしてくださったのだろう。
 私がキシリア様やユウと和やかにお別れするところをガルマ様や使用人たちに目撃させ、その後もガルマ様と私を一緒に居させることで、私がユウに不埒な真似をする時間はなかったと証明できるのだから。
 そうしておいてキシリア様は、別の使用人を使ってギレン様に「マ・クベ様が人目を忍ぶようにそそくさと帰られてから、ユウの様子がおかしい。ユウが厭がって騒ぐ声も耳にした」と告げさせた。

 私がユウによかならぬことをしたのだと思い込み、私の尻尾を掴むために、キシリア様の寝室をしつらえているユウの元に出向くギレン様。しかし、寝室にはユウの振りをしたキシリア様が居て、勘違いして襲いかかったギレン様の眼を覚まさせる――
 キシリア様はそういう脚本を書いていたようだが、ギレン様を甘く見ておられたのが失敗だった。

 キシリア様の思惑通りギレン様は寝室に急行なさったものの、そこから先が脚本とは違っていた。ユウではなくキシリア様だと分かった後も、ギレン様は襲いかかるのを止めようとはしなかったのだ。
 ギレン様の挙動を不審に思った中佐が、気を利かせて扉の鍵がかからないようにしておかなかったら、閉ざされた部屋の中でキシリア様はどんな目に遭わされていたことか……

 肌を晒したくなかったキシリア様は、コルセット並みの強固なボディスーツを着ておられた。そのためギレン様も思うに任せず、これといったことができないでいるうちに中佐が飛び込み、キシリア様をお助けすることができた。
 厳格な軍人であり、幼い頃から知っている中佐にとんでもない姿を見られたことで、さすがのギレン様も我に返られたらしい。呆然としたまま、寝室から出ていかれたという。


 キシリア様のことを心配したユウが私を呼び出してくれ、ことの成り行きに驚いた私は慌てて駆け付けた。
 キシリア様は鎮静剤を飲まされ、くつろいだ部屋着姿でソファの上にぐったりと横たわっておられた。先程のこともあるからベッドの上ではお辛かろうと、ユウがソファを選んだものらしい。

 男である私が近づくと、キシリア様に厭なことを思い出させてしまうのではないかと考えると、最初はどうしていいのか分からなかった。迷った末、床に膝をついてキシリア様より低い位置に身を置き、下からキシリア様を見上げて声をかけた。
 視線には、人と人の間の力関係を感じさせる作用がある。私が見上げることで、キシリア様より力のない者、キシリア様に従う者が話しかけているのだ、ということをお知らせようと思ったのだ。

「キシリア様、マ・クベです。お分かりになりますか?」
「ええ」
 うっすらと眼をおあけになる。毛羽立ったお肌が痛々しい。
「手を握ってもいいですか? お厭なら一切触れませんが…」
 キシリア様はご自分から手を伸ばし、私の手を握ってくださった。いつになく冷たいお手。
「マ・クベの手は温かいわね。こうしていると安心するわ」
「それなら良いのですが…」
 ありきたりな言葉しか出てこない自分が情けなかった。

「何かして欲しいことはありますか? お話をされたいのなら何でも聞きますし、必要なものがあれば持ってこさせます。ただ……そうですね、私は描画が苦手なので、絵を描けというのだけはご勘弁を願います」
 キシリア様はまあっというように眼を見開かれ、小さくお笑いになった。
「マ・クベにも苦手なものがあったなんて初耳です。もっと早く知っていれば良かった」
「知っていたら、どうされました?」
「うふふ。社交界デビューのお祝いに、新年のパーティで壁に飾る絵を描いて持って来て、とおねだりしたと思うわ」
「それは危ないところでしたな…」
 私も調子を合わせる。キシリア様の笑顔が見られるのなら、弱点のひとつやふたつ何でもない。

「私、罰が当たったような気がするの。マ・クベの言う通りにしなかったり、人を騙そうとしたから、あんなことに……」
「違います、キシリア様! そんなことで罰など当たりません」
 キシリア様がこんなに弱気になるなんて、よほど衝撃が強かったのだろう。痛ましいことだ……
「でも……」
「キシリア様、ジオンは法治国家なのです。正当防衛は認められていますが、やり過ぎると過剰防衛として罪になる。適度な防衛だけが許されて、それを超えた攻撃は許されない。キシリア様が企みをしたからといって、攻撃されるいわれなど、何一つ無いのですよ」
 早口で一気にまくし立ててしまった。そもそもギレン様は兄上ではないか。他の男に襲われているキシリア様をお助けするならともかく、自分が襲うなど言語道断だ!

「そうね、マ・クベの言う通りだわ。私、自分が悪いような気になってしまって……」
「キシリア様は何も悪くありません。それに、私のことは気になさらないでください。今回のことは私にも都合が良かったので、張り切っていただけですから」
「マ・クベにも都合がいい?」
「ええ。ここを出られれば、キシリア様と気兼ねなくお会いできるようになると思っていましたから」
 もっと下心もあったのだが、今はそういう話は厳禁だろう。

「マ・クベの辞書に『気兼ね』という言葉があったなんて驚きです」
 表情が少し柔らかくなられた。ほっとしながらも、注意深く言葉を選んでお答えする。
「私の辞書には他にも沢山の言葉がありますよ。純真、素直、一途……とね」
「辞書にあったところで、他の人とは違う意味が書いてあるのではなくて?」
 悪戯っぽい表情のキシリア様。いつもの調子を取り戻されたのだろうか。

「『純真』はキシリア様に嘘を申し上げたりキシリア様を疑ったりしないこと、『素直』はキシリア様のおっしゃることは逆らわずに受け入れること、『一途』はキシリア様のことだけを想うことでしょう? ほら、合っているではありませんか」
「私以外の人間にはどうなるのです?」
「他の者への言葉は、私の辞書には一切載っていません」
「もう、マ・クベったら……」
 おかしくて堪らないというように、お笑いになるキシリア様。お肌にも生気が戻ってこられたようだ。良かった……


 私はそれから小一時間ほどキシリア様のお部屋で過ごした。一緒にいる間キシリア様を抱きしめたくて仕方なかったけれど、我慢して、手の甲にお休みの口付けをするだけに留めた。今は性的な匂いのすることは一切しない方がいいだろう。
 私はユウにキシリア様のことをくれぐれも頼み、しつらえてもらった客間へ引き取った。本当は朝まで付添っていたかったが、さすがにそれはできかねた。せめて朝方にすぐ伺えるよう、こちらに一晩だけ世話になることにしたのだ。
 ユウは、今晩はキシリア様の部屋で寝ずに過ごしますから、と頼もしいことを言ってくれた。女同士の方が気楽なこともあるだろう。気の利いた子で良かった。ラウール中佐も隣室に詰めてくれるという。心強いことだ。

 眠れぬ夜の間、私はずっと今回のことを考えていた。ギレン様を、この手で殺してやりたい衝動に駆られる。キシリア様にした仕打ちを思うと、例え兄上であっても、いや兄上であるからこそ許せないのだ。
 だが、これは私の気持ちであって、キシリア様のお望みとは違う。そこを履き違えてはならない。それに、私がギレン様を殺すようなことをしたら、それが私の一存であってもキシリア様のお指図だと疑われてしまう。キシリア様のためにならないことはしたくない。
 ギレン様のことをデギン様に訴えようとされないキシリア様に歯がゆい思いもあるが、ザビ家の立場やこの国の行く末を考えると、それも仕方無いのだろう。内輪揉めが表面化すれば、反ザビ家の者たちを喜ばせるだけなのだから。

*   *   *   *   *   *   *   *   *   *


 朝一番でキシリア様の元に伺うと、私の顔をご覧になるなり冒頭のお言葉が返ってきた。やっといつものキシリア様に戻られたようだ。胸をなでおろすとともに、昨夜の頼りなげなキシリア様も良かったな、と思ったが口には出さない。
「……それで、これからどうされますか? 違う方法をお取りになる?」
「いいえ、今度こそマ・クベの立ててくれた作戦通りにやります。ギレンにも、こちらの思惑通りに動いてもらいましょう。私にしたことの報いは受けさせねば!」
 凄まじい威圧感が私を襲う。眠れる獅子が目覚める瞬間に出くわしてしまった。気の強い方だとは思っていたが、これほどとは……

 負けまいと精一杯の憎まれ口を叩いてみる。
「私の策を取ると、ろくなことにならないのでは?」
「あの想定問答集はギレンを翻弄するのに使えます。ろくなことにならないのは、身体を使うことだけです!」
 「ギレン」か。だが私はキシリア様にお身体を使っていただこうなど、考えもしなかったのだが。
「キシリア様がお使いになることは、ありませんでしたのに…」

 私のことを黙って睨みつけるキシリア様。それでも威圧感はかなり薄らいできているので、なんとか耐えられる。
「これ、マ・クベが付けたものでしょう?」
 襟元を少しだけ空け、鎖骨の下あたりをお見せになる。お肌の一部が花びらのように赤く染まっていた。
「これのせいで、ギレンはあのような真似をしたのですよ。その印を付けたのはマ・クベか、おまえはあいつとそういう関係なのかと逆上して――」

 昨日の自分の行為を思い出した。キシリア様のお肌の滑らかさに目が眩み、いつもより強くそこを吸ってしまったのだ。
「も、申し訳ございません」
「だから言ったでしょう!? おまえに任せるとろくなことにならない、と。二度とここには触れさせませんからねっ!」
「キシリア様、そんな…」
 眼の前が真っ暗になる。キシリア様のお肌に触れられないなんて、何が楽しくて生きていけばいいのか。

 とはいえ、お怒りになる気持ちも分かる。当分、性的なことはお厭なのだろう。ギレン様のことで男性不信になってしまわれたのかもしれない。
 キシリア様の信頼を取り戻し、私はギレン様とは違うのだと分かっていただくには、どうしたらよいのだろう? 国の予算を黒字に運営してゆくことより、私にはこちらの問題の方が難しいように思えてならなかった……
初出:2003.07.10、2ちゃんねる シャア専用classic板
 「◆◆全権は【キシリア閣下萌えPart2】私にある◆◆」スレッド




 ラブコメ風味で続けてきたこのシリーズも、今回からややシリアスモードに。
 本編との合流を意識しているのと、話の展開からくるものなのですが、今までの雰囲気が好きだった方は違和感を感じられるかもしれませんね(汗
 この一件については、この後の「ギレン様 攻略戦」「脱 出」まで続きます。


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