プロローグ
来紗(きさ)はくまが嫌いだと言った。
そう……よりによって「くま」だった。クモが嫌いだって言うんならともかく、来紗が嫌いなのはくまなんだ。
その理由がまたちょっと変わっている。
くまと言えば真っ先に思い浮かぶのがテディベアだ。つぶらな瞳に、ふわふわで丸っこい体。本物のくまとはかけ離れた姿の人形。おもちゃ屋に飾ってある大きなぬいぐるみから、女子がカバンにつけている小さなマスコットまで、いたるところでよく見かける。
だからだろう、その可愛らしいぬいぐるみの印象が強すぎて、くま本来の姿をイメージすることができないのは。
他のライオンだとか、オオカミだとかに比べれば、くまというのはどうもその凶暴性が希薄になっているような気がする。
確かにくまにヒトが襲われたなんていう話を、たまにニュースで見かけることはあるけれど、実際に都会に住んでいるヤツは、くまを恐怖の対象物としてみることはないだろう。
まぁ、それはオレが実物のくまを動物園のオリごしでしか見たことがないせいかもしれない。
それはともかく。来紗はそんなくまを何で嫌っているのか?
それは次のような理由による。
「謎がある上に、落し物を届けにくるから」
もちろん、ふつうのくまの話ではない。
これは「森のくまさん」という童謡に出てくるくまさんのことだ。
森のくまさん――
『ある日森の中〜』で始まるあの有名な童謡。歌詞の内容は「女の子がくまに追いかけられて、でも実はそのくまは女の子の落し物を届けようとしているだけだった」というもの。
で、来紗は「森のくまさん」のくまさんが嫌いだから、くま嫌いになった、と。
どうやらそういうことらしい。変な理由だ。
そもそも来紗は変な子だった。
ずれているというか、周りとの方向性が180度くらいちがうって感じだ。来紗が興味を持っていたのは流行の歌やバンドなどではなく、「森のくまさん」の童謡だったんだから。
来紗はくまさんについて考えていた。それも恐ろしく真剣に考えていたんだ。森のくまさんの謎ってやつについて。
そう、この誰もが知っている「森のくまさん」には少し謎があるんだ――
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