ドラマスクールの歴史
 1996年、日本ではクリエイティブ・ドラマがほとんど知られていない頃、福岡県と福岡市の共同事業で
「子どもの表現活動育成事業」が企画されました(総経費約1500万円)。この事業はアクロス福岡と飯塚
コスモスコモンの支援のもとで1996年3月に募集され、1997年8月の発表公演を目指して実施されました。
「子どものための」と銘打つからには、子どもたち自身の言葉から歌を作り、子どもたち自身でドラマを
作る活動をと、日本に数少ないクリエイティブ・ドラマの専門家を東京から招いて企画が進み、「捨て子
になりたい」「脱出!GO」などのキーワードのみから子どもたちが創りあげたストーリーがオムニバス風
に組み合わさって舞台になりました。そしてその中から多くの歌詞が子どもたちのことばで作られ、クニ
河内さんの作曲で曲が生まれました。このミュージカルは2会場4ステージを満席にし、3000人以上の観
客を集めたのです。
 この活動が引き金となり、翌年度から県下数カ所の文化施設でクリエイティブ・ドラマ事業が開始され
ましたが、第1期からいままで引き続いているのは飯塚だけです。現在は、各地にクリエイティブ・ドラ
マに限らず表現教育全般をマネージメント、実践できる表現教育家も生まれ(佳代ちゃんもその一人です)
東京都近辺や北海道、富山県などの小学校や各地方自治体、文化施設によって多くのクリエイティブ・ド
ラマ活動が行われるようになっています。



子どもにとってのドラマスクールの意味
 「人の感性というのは、他人から認められないで放っておかれると次第に自信を失って、萎縮して、鈍
くなって、やがて衰えて消えてしまう」(岡田陽)といいます。感性の教育という考え方に立脚すると、
芸術教育は個人の内面を耕し、さまざまな感情を生み、それを自分の感じるままに自由に表現することと、
その心地よさを学ぶ場でなくてはならないと言えます。子どもの感性の発達になくてはならない「こども
達が自分の経験と想像にもとづいて深く思考し、仲間たちと共に創造的な表現に至る過程」を、ドラマス
クールは実践しているのです。
 また、今の子どもたちの様々な事件や学校での友達関係からうかがわれる日本の子どもたちの現状に対
して、ドラマスクール(クリエイティブドラマ)の持つ意義をいうと、一つは、子どもたちの「実体験の
喪失」と深く関わってきます。
 現実の自分自身やまわりの問題に真剣に向き合うという経験は、子どもが育つ上で重要なことなのです
が、現実に周りの友達と向き合うことは「いじめにつながる怖さ」もあってなかなかできるものではあり
ません。それを「演劇」というフィルターを通すことでフィクションに変換され、フィクションであるこ
とで、安心かつ安全に実際の自分とは違う考え方や行動をとってみることができる一方で、演劇の疑似体
験を通して感じた感情の揺れ動きや、自分自身と向き合った経験は、その子どもの体験の一部としてより
豊かな深いこころの発達を促すのです。
 教育現場では、特に人間関係に関して言及されることが多くあります。人間関係の希薄さ、自分自身に
対する自信のなさなどは代表的なものであり、学級内における人間関係の希薄さは昨今のいじめ問題とつ
ながっているとの指摘もあります。学校教育の崩壊が危惧されている現代では、子どもたちの心身の発達
は以前のように学校およびそこで構築される人間関係の中で、自然と育つことが期待できるという状況で
もなくなってきています。人間関係を構築する力と適切な自己肯定感は、子どもたちのこれからの人生に
おいて、そして現代社会で生きていく上で、最も重要な育成されるべき力であると言えるのではないでし
ょうか。そこに一貫した視点を置いて実践してきた活動が「子どものためのドラマスクール」であると理
解してほしいのです。



ドラマスクールによって育つ子どもたち
 この「ドラマ」とは、一般に考えるような「お芝居の練習」ではなく、海外では「人生の練習」とも言
われ、演劇を行うことが目的なのではなく、その過程で自ら課題を発見し、考え、行動し、まわりの人た
ちと時には対立したり協力したりしながら一つのことを成し遂げるということを通して、大きな意味で
「学ぶ」ことが目的とされています。体験学習は「為すことによって学ぶ」ことを重視していますが、ド
ラマスクールの活動はさらに深く「なることによって学ぶ」といえるのです。つまり、演劇的な活動を通
して、想像したり実際に動いて演じてみたりすることで、他人の気持ちになってみることや、相手に思い
を伝えることの難しさや、人と協力することによって得られるさまざまなものなどを学んでいくのです。
これは今の子どもたちに欠けていると言われる「相手の立場に立つ能力の育成」に大きな力を持つもので
す。
 「(学級におけるドラマ活動後)の質問紙調査 (山田寛子:筑波大学卒業論文より)」子どもの成長
の最初のステップは「発見」である。「人間の想像力はすごい」、「みんなでやれば難しいこともできる」
「表現が人を動かす」、「身近なものにもいろんな工夫ができ(て新しい発見ができ)る」などを、子ど
もたちは活動を通して発見した。     
 次のステップは自分自身のさまざまな「能力の向上」である。例えば子どもたちは自分の伸びた力とし
て、「想像力(見えないものを見る力)」、「集中する力」、「目や心で感じる力(感じ取る力)」「表
現力」、「ものごとを考える力」「相手の気持ちを考える力」などをあげている。
 そして最後のステップが、「自信」である。単刀直入に「自信がついた」と答える子もいるが、より具
体的に「自分から意見が言えるようになった」、「堂々と言えるようになった」、「恥ずかしくてできな
かったことができるようになった」、「苦手だったものに挑戦したらできた」などの自分自身の態度の変
化や、「(創作、発表など)いいものができた」、「頑張ればできることがいっぱいある」などの自己肯
定感・有能感に溢れた意見がこれに含まれる。
 実際の学校生活でも、進んでリーダーを引き受けようとする姿勢が見られはじめたり、普段から子ども
たちの発言が活発になったり、自分で決めて自分で動くという姿勢が定着したりという変化が現れている
という。
 他者からの受容感(心理的安全/安心)についても、活動を終えた子どもたちは、「みんなでやる(表
現する・協力する・考える・ドラマをする)のがおもしろかった」、「友達と一心同体!」、「相手を信
頼すれば目をつぶっても歩いてもこわくない」、「みんな工夫していてすごいと思った」、「学校に来る
のが楽しくなった」などの感想を寄せている。活動を通して、感覚の共有や分かち合いを行い、お互いを
認め合う関係を構築していったことが読み取れる。また、「他の人の表現を見るのがおもしろかった」、
「○○ちゃんがいつもより楽しそうにしていた」など、他の人の表現や考え方に関心を持ち、気にかける
意見も見られた。その後の(クリエイティブドラマを実践した)学級の変化を担任は、友達同士で教え合
ったり、相談し合って決めたり、お互いに気軽に助け合ったりするようになったと述べている。これらの
実例から、活動を通して学級内で多くの友達と心情的な結びつきが生まれ、他者からの受容感を感じるこ
とが増えていることが指摘できる。
 また、特に学校で行われる際に重要な意味を持つのが、否が応でも、学級内でこれまであまり関わって
こなかった子や異性とも、いろいろな活動をしなくてはならない点である。自己と他者に対する不安が大
きく、あえてきっかけを作らないと関わりを持てないという現代の子どもたちに対しては、「とりあえず
やってみたら楽しかった」という体験をすることは重要であると考えられる。(以下略)」


 ドラマスクールはこのような教育的視点を持ってみるべきものであり、保護者や専門家の趣味的な活動
と同一視されてはならないし、「自己肯定感を育て、人間関係の構築の方法やその意義を感じることので
きる時間と空間の保障」という教育学的視点から公的支援を持ってその意義を理解していただけることを
深く希望いたします。また、この12年間の実績を持つ飯塚市がドラマスクールを学校現場での実践へと繋
げることは、学園都市を標榜する本市が全国に先駆けて教育改革実践への道を開く意義を持つのではない
かと思われます。






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