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ご挨拶

テスト文 スクロールテスト。
私は歴史小説を書いてきた。もともと歴史が好きなのである。両親を愛するようにして、歴史を愛している。 歴史とはなんでしょう、と聞かれる時、「それは、大きな世界です。かって存在した何億という人生がそこにつめこまれている世界なのです」 と、答えることにしている。私には、幸い、この世にすばらしい友人がいる。 歴史の中にもいる。そこには、この世で求めがたいほどにすばらしい人たちがいて、私の日常を、はげましたり、なぐさめたりしてくれているのである。 だから、私は少なくとも二千年以上の時間の中を、生きているようなものだと思っている。この楽しさは−−もし君たちさえそう望むなら−−おすそ分けしてあげたいほどである。 ただ、さびしく思うことがある。 私が持っていなくて、君たちだけが持っている大きなものがある。未来というものである。 私の人生は、すでに持ち時間が少ない。例えば、二十一世紀というものを見ることができないにちがいない。 君たちは、ちがう。 二十一世紀をたっぷり見ることができるばかりか、そのかがやかしいにない手でもある。 もし「未来」という町角で、私が君たちを呼びとめることができたら、どんなにいいだろう。 「田中君、ちょっとうかがいますが、あなたが今歩いている二十一世紀とは、どんな世の中でしょう。」 そのように質問して、君たちに教えてもらいたいのだが、ただ、残念にも、その「未来」という町角には、私はもういない。 だから、君たちと話ができるのは、今のうちだということである。 (司馬遼太郎:二十一世紀を生きる君たちへ)


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