ベラドンナリリーの花言葉





 朝練を終えて、蓮二と共に校舎玄関に向かおうとしていた時。後ろから声がかけられ、俺は振り向いた。朝練をしている生徒しかいなかった時間から随分たち、登校してくる生徒の喧騒が大きくなった時間だった。そんな喧騒の中、俺に向けて真っ直ぐに届く声。振り返れば、大きな花を鉢植えごと抱えている彼女がいた。まさかその花は、と期待の気持ちを落ち着かせながら、俺は彼女にいつも通りに声をかけた。

「おはよう、随分と大きな花を持ってるね」
「うん、あの、ね…お誕生日おめでとう」

 声をかけた時の勢いはどこへやら。茎が長くしっかりとしている、淡いピンク色をした花に隠れるように、彼女は少し節目がちに俺にお祝いの言葉を紡いだ。期待通りの彼女の行動に、俺は喜びを噛み締めながら差し出される大きな花と鉢を受け取る。俺が花を好んでいることは周知の事実だ。その中で、彼女がこの花を選んでくれた理由はなんだろう?
 顔が綻んでしまうのを隠すように、俺は花に顔を近づけた。上品な香りが鼻腔をくすぐる。

「ありがとう、いい香りだ」
「立派に育っているな、アマリリスか」
「そのお花、アマリリスじゃなくて」
「ベラドンナリリー」
「そう!」

 アマリリスか、と口を開く蓮二に彼女は首を振る。花の名を言おうとした所で、俺が先に口を開けば彼女はとても嬉しそうに笑った。
 俺も最初はアマリリスかと思ったが、近くで見てこれがベラドンナリリーであることに気付いた。彼女がこの花を選んでくれた理由はなんだろう?と、最初はそんなことを考えていたが、ふとこの花の花言葉を思い出して、彼女がこの花を選んだ理由が分かった。それと同時に浮かんだある人物の顔。まったく…と思いつつも、彼女が俺に花をプレゼントしたいと思ってくれた気持ちに変わりはないだろうから咎める気は起きなかった。

「アマリリスじゃないのか?」
「いいや、これが本来のアマリリスさ」
「本来?」
「アマリリスは少しややこしくてね、日本で主流のアマリリスはHippeastrum属性であって、本来のアマリリスじゃないんだ。この花がAmaryllis属性であるベラドンナリリーで、本来のアマリリスなんだよ」
「そうだったのか」
「それにしても…こんなに君が大胆だったとは」

 俺がにっこりと笑い、彼女を見下ろせば、彼女はきょとんとした顔で俺を見上げた。

「え…?だいたん…?」
「喜んで受け取らせてもらうよ」
「…?う、うん、喜んでもらえて良かった」

 プレゼントを渡しただけで、告白もしていないのに何が大胆なのだろう、というような顔で彼女は俺を見ていた。その表情の中には“もしかして私の気持ちがバレたのでは?”という、頬の赤みと焦りが見える。
 彼女が俺のことを好いてくれているのは知っていた。こうしてプレゼントをくれることからしても、告白の言葉はないにせよ俺の考えは外れてはいないだろう。
 それなら俺からも、返事をしてあげなくちゃ。

「蓮二、ちょっと持ってて」

 蓮二にベラドンナリリーの鉢植えを持たせ、俺は彼女に近づいた。首をかしげ、俺を見上げる彼女のブラウスの襟に手をかけ、顔を近づける。慌てたように一歩下がろうとする彼女をブラウスの襟を引っ張ることで引きとめ、ボタンをひとつはずす。

「ゆっ、幸村!?」
「何驚いてるの、君が言ったんじゃない」
「え?な、なにを」
「“私の裸を見て”」
「ッ!?言、ってない!」

 首を大袈裟に振り、後退する彼女の腕を掴んで引き止める。彼女はこれでもかというほどに顔を赤らめていた。
 そんな俺達の後ろで、蓮二の涼やかな声が響く。

「花言葉か」
「そう、ベラドンナリリーの花言葉。“私の裸を見て”」
「ち、違う!私は、幸村がこの花が好きだって聞いたから…!」
「なるほどな、仁王の仕業か」
「あいつもたまには良いイタズラをするんだな」

 俺と蓮二のやりとりに、ようやく自分の置かれた状況が掴めたらしい彼女は、顔を赤らめたまま仁王への怒りを露にした。
 だけどもう、遅いよ。
 それに、悪い展開じゃないんじゃない?俺にとっても、君にとっても、ね。
 彼女の腕を引いて、俺は再び彼女に顔を近づけた。

「ありのままの君を見せてよ」

 最高の誕生日プレゼントをありがとう、そんな気持ちを込めて彼女を見れば、見開かれた彼女の瞳にはえらく満足気に笑う俺の顔が映っていた。そして俺は顔を落とす。これが俺からの返事だよ。


 少し無防備になった彼女の首元に、口付けをひとつ。






20110306
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