ripe strawberry





 放課後の教室、二人の男女。ひとつの机に向かい合わせに座り、近い距離で日誌を覗き込む。
 夕陽が差し込む青春の1ページや。
 日誌を書く俺に注がれるの視線を何となく感じながらも書くことを続けていれば、ふとが口を開いた。

「白石って、おもんなーい」

 甘酸っぱい何かが始まるのでは、なんて空気をまるで無視したの発言に、俺の胸にはグサリと何かが突き刺さる。けど表には出さず、俺はゆっくりと顔を上げて、口元が引きつりそうになるのを堪えてなんとか笑顔を浮かべた。

「なんやて?」
「だって、全てにおいてぜーんぶバイブルって感じ」
「なんやそれ」

 冗談で言っているのだと思えば、予想外に真剣な顔で俺を見ているに、ふたつめの何かが俺の胸にぐさりと刺さる。
 日直の名前を書く欄に自分の名前を書いたっきり動いていなかったのシャープペンシルが久しぶりに動いたのは、俺の顔を指すためだった。ビシリ、とシャープペンシルで顔を指され、「おもんない」の次は何を言われるのだろうと俺は軽く姿勢を正した。しかし構えてみたものの、の口から出た言葉は予想外のことだった。

「そつがなさすぎってこと。顔、髪型、スタイル、声、どれも良くてスポーツも出来るし勤勉だし全部が万人受け、誰から見てもハズレなし」
「それは…褒めとるっちゅーことで受け取ってええの?」
「なんでやねん」
「それこそなんでやねん、どう考えても褒め言葉しか並んでなかったやろ。おもんなさそうな顔しとるけど」
「そう、おもんないの」
「あんなぁ、関西人におもんないって言うたらえらいことになるで。俺やからええけど」
「ほら、それ!」
「え、なんなん」

 それまで淡々と、何かを教えるように話していたが急に身を乗り出した。
 更に近付く距離に、これだけを見ればが俺にキスを迫っている、ようには見えへんやろか。生憎、好意を寄せられているような会話やあらへんけど。

「そこで私を諭してるのがダメ、えらいことになればいーのに、おりこうさんすぎ。謙也だったらアホみたいに食いかかってくるよ」
「お、バカやなくてアホって言うのは分かっとるな」
「……」

 よしよし、と笑えば彼女はつまらなさそうな、呆れたような顔をした。
 一体俺にどないして欲しいっちゅーねん。

「俺にどうして欲しいねん」
「どうして欲しいとかじゃなくて、どうしてそんな完璧な一本道なのって聞いてるの」
「完璧、ねぇ」
「謙也だったらすぐどついてくるし、そもそも日直押し付けて部活行くだろうし、残ったとしても全部私に書かせて、そのくせ急かしてくるし」
「結局この間は日誌書かんと二人で暗うなるまで笑い転げて、俺が迎えに来たんやったな」
「そう、謙也が毒手の餌食になっちゃった」
「なぁ、謙也が好きなん?」
「え?なにいきなり」
「謙也みたいな方がええ、っちゅー話やったんやないの」
「違う違う」
「俺のことおもんないって言うし」
「まぁ、そうなんだけど」

 でも謙也みたいな方がいいって話じゃないよ、と何も動揺せずに言う所を見るとどうやらその言葉通りのようで俺は内心ほっとしていた。思わず聞いてしまったけれど、これでがもし「そうだよ」なんて言ったら俺はどうするつもりだったのだろうか。
 口元が引きつるどころじゃ済まん、笑えへん。
 とりあえずは気が緩んだものの、おもんないということを否定してくれないにみっつめの何かが俺の胸に刺さった。そんな俺も気にせず、は淡々と話を進めていく。

「だからね、白石はバイブルすぎておもんないって言ってんの。完璧すぎ、誰もが好きになっちゃう感じで、全てが王道で正解すぎ」
「…やっぱり褒められとるようにしか聞こえへんのやけど」
「なんでやねん」
「会話がループになっとるで」
「白石がおもんなくて、どえらいことになんないからでしょー」
「どないせっちゅーねん」
「だからあ、バイブル破いて自分の感情の赴くままでいればいいんだよ!」

 自分の感情の赴く、まま。

「お前に言われたないわー、とか言ってどついてくれていいし、はよ部活行きたいから無駄話せんといて、とかさぁ」

 俺はそないにおもんない男なんやろか。確かに、部長をやってるせいかしっかりせなとは思うし、ひとりはずれたことはせぇへん。それかて、部長やからっちゅーのもあるにせよ、元からそういう性格やしなぁ。特別、全てにおいてお利口さんを演じとるつもりはないんやけど。
 でも、好きな子に『おもんない』と言われて黙っているわけにもいかない。

 感情の赴くままでええ、と目の前のが言うんやから。

「次おもんないて言うたら、どえらいことになるで」
「おっ、きた!わーい白石おもんない!」

 俺の言葉に待ってましたと言わんばかりに喜ぶに、苦笑いが漏れる。
 なんやも俺も、しょーもない。これでええんやろか。せやけど、におもんないと言われるくらいなら、おもろい方がええに決まっとるやろ。
 期待の眼差しを向けるに、俺は手を伸ばした。近かった距離を更に俺から詰めて、最後はの後頭部を引き寄せる。

 どや、どえらいことになっとるで。俺の、心臓が。

 いつも香るのやわらかな香りが、一層強く感じた。
 眩暈がしそうや。口を開けば息がに触れてまう、そのことに背中がぞくりとする。少しでも動けば唇が触れてまうその距離に、の瞳は驚きに揺れとった。やってもうた、と思う反面、これが俺の感情の赴くままやったんやからしゃーない、と思う。向かい合わせで座ったその瞬間から、ずぅっと思っとったんや。その唇に、キスしたいって。
 触れるか、触れないかの近い距離を保ったまま、俺は口を開いた。
 ここまですれば、も俺に「おもんない」と言うたことを反省して、降参するやろ。

「次言うたら、くっついてしまうかもしれへん」
「……おもんない」

 真っ赤な顔で睨むように俺を見るに、今度は俺が驚く番やった。
 が俺に「おもしろい」と言って、ここまでしなくていいんだよ、なんて怒りながら笑ってこの話は終わり、かと思えば。の口から零れたのは「おもんない」の一言で、つまり、それは。

「えっ、ええの」
「…やだもう白石!なんでここでバイブルじゃなくなんの!」

 は声を上げて、顔を伏せた。
 嘘やろ?ほんまに?キスして良かったって、そういうことなん?


「なに」
「俺のことおもんないって思とるやろ」
「その通り」
「せやけどがおもんないっちゅうとるバイブルとも違たやろ」
「そこはバイブルでええねん」

 の不慣れな関西弁と不貞腐れた声に、俺は笑った。
 ほんま俺はバイブルでも何でもあれへん普通のしょーもない男なんやけど。女子達のかいかぶりすぎなバイブルな俺と、バイブルやあれへんしょーもない俺と、はどっちが好きなんやろか。

「なぁ、

 真っ赤になっている可愛らしい耳を撫でれば、の肩がびくりと震えた。
 本能の赴くままでええって言うたのはやで。

「俺な、ひとつだけしーっかりとバイブルみたいなとこあるんやけど」
「…なに」
「付き合うてる子としか、キスしたくないねん」

 そろりと視線を上げたの瞳は、どこか不安げだった。
 俺がさっきしたことが冗談で、だからキスせえへんかったと思ってるんやろ。

「俺が日誌書きながらずーっと思っとったこと、言うていい?」
「なに」
「キスしたい、って思っとったんや。に」

 俺の言葉にはパッと目を見開いて、そしてまた机に伏せた。さっきよりも赤くなった耳は熟れた苺のように赤くて、噛り付いてしまいたいほどやった。




 俺のせいで真っ赤になって照れるを眺めながら、一文字ずつ丁寧に日誌を書いて、そうして暗くなった頃にようやくキスをして、部活が終わったと怒りながら教室に来るであろう謙也を軽くかわしてと手を繋いで下校しようとしとる俺は、なあんもバイブルなんかやあれへんやろ?
 こんな俺は、のお気に召すやろか。おもろい男に映っとるやろか。

「おもんない」

 顔を伏せたまま小さな声で紡ぐに、俺は笑った。可愛らしい答えをありがとうな。




 熟れた苺、いただくで。






20111206
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