さぁ、僕を信じてその先へ





「…は?」
「時間なんか止まっちゃえばいいのに」
「どういう意味じゃ」
「止まってほしいの」

 ぽたり、ぽたりと瞳から落ちる涙を見てあたしは少し笑った。バカみたい、何泣いてるんだろう。

、どうしたんじゃ?」

 急に泣き出したあたしを見て、仁王は少し驚いていた。当たり前だ。あたしはいきなり仁王の所に来て、隣にしゃがみ込むなり一言、二言つぶやいて涙を落としたのだ。泣きたいわけじゃない。勝手に涙が落ちてくるの。あたしの意思じゃない。




 授業中、仁王からの『屋上でサボっとるんけど、暇やからも来んしゃい』というメールを見てあたしはすぐさま屋上へと走った。もやもやとした頭で授業を受けるのはこの上なく苦痛で、だからといってどうすればいいのかも考えられなかった。ポケットで震えた携帯を握り締めて、あたしは屋上へと走った。走れば頭のもやもやが消えると思ったけれど、ただ溢れそうになるだけで、屋上についてそれは更に溢れそうになって、息を整えるのと一緒にもやもやを頭に押し戻した。けれど仁王を見たら、それはとても簡単に溢れ、こぼれ落ちてきた。
 溢れたものは……もう戻れない。

「よしよし。なに泣いとるんじゃ」
「あたし泣いてない」
「アホになったみたいやの」
「…そうかもしれない」

 もやもやは今も溢れていて、あたしの瞳からこぼれ落ちてきた。でもあたしは泣いてるわけじゃない。勝手に瞳から水が落ちてくるだけ。あたしは、泣いていない。けれど仁王が優しくあたしの頭を撫でるせいで、それは更にこぼれ落ちてくる。頭からもやもやがこんなにこぼれ落ちてきても、頭の中から消えてはくれなかった。

「どっか痛い?食いすぎ?」
「こ、ころが痛いの」
「……」
「そんで、頭がもやも、やする」
「それは昨日の俺の告白のせいかのう?」

 コクン、とうなずくあたしを見て仁王は微笑みでも苦笑いでもない顔をあたしに向けた。そしてあたしの頭の上に乗せていた手を降ろして、触れているか分からなくなるほどの力であたしの手を握った。あたしはさっきからただ仁王を瞳に映すだけで動くことが出来ない。涙も、こぼれ落ちたまま。

 昨日仁王に好きと言われてから、あたしの頭の中にはもやもやが生まれた。心は痛かった。あたしも本当は仁王のことが好きなのに、返事が出来ない自分をどうすればいいか分からなかった。緊張してとか、言葉が出なくて、というわけじゃない。なのにあたしは返事をすることが出来なかった。仁王に好きと言われたのは本当に嬉しかったの、あたしも仁王のことが好きなんだから、当然。
 だけど、本当に本当に嬉しかったから、悲しかった。

「なんて断ろうか悩んでると?」
「あたしが…仁王のこと好きなの知ってるクセに」
「それはどうかのう。まあ、ということはは俺のこと好」
「あたし仁王と別れたくないの」
「俺は昨日付き合ってと言ったはずやの」
「別れたくないから、付き合いたくない」
「よく分からんこと言うのう」
「でも…好き」

 あたしの言葉を聞いて仁王は喜びを映した笑顔をあたしに向けた。けれどあたしは無表情のまま瞳に仁王を映すだけで動くことが出来ない。頭のもやもやは今も消えなくて、涙はこぼれ落ちたまま。心は痛い。別れたくないから仁王とは付き合いたくない。けど、仁王が好き。

「なら、なんで心が痛いんじゃ?」
「わかんないの?」
「わからんのう」
「詐欺師のくせに?」
「詐欺師はエスパーじゃなか」
「仁王、時間は戻らないんだよ」

 あたしのその言葉で仁王はあたしが来てすぐ仁王に言った言葉を思い出したようだった。教室から走って来て、息をととのえて、頭のもやもやをなんとか押し戻して来たのに、結局は頭からこぼれてしまった言葉。

「とりあえず、泣きやみんしゃい」
「勝手にこぼれてくる」
「困ったのう」
「どうすれば止まるの」
「とりあえず思ってること言いんしゃい」

 ぽたり、とこぼれ落ちた涙と一緒にぽつり、とあたしは言葉をこぼした。

「わかんない」
「ほんとに困ったさんやの」
「だってよくわからない」
「じゃあ質問。なんで時間が止まってほしいて言うたんじゃ?」
「時間が流れたら人の気持ちは変わってしまうから」
「…変わったら嫌なのか?」
「やだ」
「なんでじゃ」
「好きだったのが好きじゃなくなるから」
は時間が戻ってほしいんか?」
「わかんない。そうかもしれない」
「どこに戻ってほしい?」
「あたしが仁王を好きになる前。仁王があたしを好きになる前」

 その言葉を聞いて仁王は笑った。どうして笑ったのかあたしには分からない。あたしは笑えない。泣いてもいないけど、涙が落ちてくる。あたしは時間が止まることが出来ないのなら、せめて戻って欲しいと思った。止まることがないのなら戻ってもまた進んでしまうけれど、でも一度戻ってくれるのなら悲しくならないように、うまく出来たかもしれない。でも、そんなこと無理なの分かってる。もしかしたら、一生あたしの頭はもやもやしたままなのかもしれない。涙もこぼれ落ちたままで、心も痛いまま。

はコリン星から来たんかのう」
「なにバカなこと言ってんの?」
「それはやの。ワケのわからないことばかり言っとる」
「……」
「涙止まる方法分かったぜよ」
「…なに?」
「目、閉じて」

 あたしが目と閉じる前に、ちゅ、と唇に柔らかい感触。今度こそ本当にあたしの瞳からたくさんの涙が落ちた。

「ど、うしてキスす、るの!」
「何か問題でも?」
「も、どれないんだよ!」
「戻らなきゃ良か」

 どうして好きなんて言ったの?戻ることなんて出来ないのに。どうして好きになったの?戻れないって知っていたのに。どうしてキスなんてしたの?頑張って止めていたのに、進まないようにしていたのに。もう、始まってしまったじゃない。
 時間は、流れてしまう。

「どこで時間が止まってほしいのか言うてみんしゃい」
「あ、たしが仁王を好きでっ、仁王が、っ、あたしを好きなところ、でっ」
「時間が流れてるから好きになったんじゃ」
「あたし、別れたくないって言った、のにっ。やなのに」
「俺も別れたくなか」
「嘘つき!」
「なんでじゃ」
「気持ちは、変わるんだよ」


 泣いている私は反対に、仁王は穏やかに笑った。





「時間が流れたら、今よりもっと好きになる」






20070721
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