HEARTを繋げて!





 今日の数学の授業は自習、各自プリントを授業終わりに提出だそうで、数学の先生はプリントを配ってそのまま教室から出て行ってしまった。先生がいないとあっちゃあ騒ぐのが生徒の役目だというもので、配られたプリントを律儀にやり始めるのは数人の真面目な生徒だけだった。その他の生徒は隣のクラスから先生が怒りに来ない程度に騒ぎ始め、一番後ろの席の私はそんなみんなを眺めながらとりあえずプリントに名前だけ書いた。

「え、プリントやるの?」
「まっさかあ、名前書いただけ」
「後で誰かの写すんでしょ」
「まっさかあ、見えちゃうだけだよ」
「ワルイ子ー」
「キヨに言われたくなーい」

 どうせ自分だって写させてもらうくせに。そう思いながら私は欠伸をした。教室ちょっとウルサイけど、お昼寝でもしようかな。お昼食べたばかりのこの時間は眠くなるんだよね。私と同じ考えらしいあっくんも教室には戻ってきてないし。きっとどこかでお昼寝してるに違いない。まあ、そうじゃなくってもサボッてばっかで教室にいないけど。
 自分の腕を枕にしようと腕を机に伸ばすと、その腕をキヨが引っ張った。

「ねぇねぇ」
「んー?」
「せっかくの自習なのにお昼寝すんの?」
「せっかくの自習だからお昼寝するんだよ」
「えーつまんないじゃん!俺と遊ぼーよ」
「遊ぶって何して?」
「星座占いとか!今日買った雑誌にさ」
「却下。キヨって占い好きだよねー」

 なんだか女々しくない?なんて口にしながら私は余分に一枚もらっといたプリントにも名前を書いた。自分の字とは違う、ちょっと乱暴でやる気のない感じで“阿久津”と、苗字だけ。

「…それあっくんの?」
「そう。変わりに出しておいてあげて、後であっくんを恐喝すんの」

 にっこり笑う私とは反対にキヨは面白くなさそうな顔をした。

ってさ、あっくんに優しいよね」
「そう?恐喝するって言ってんのに?」
「だって前にもそういうことしてあげたり、テスト範囲教えてあげたりしてたじゃん」
「うーん、母性本能くすぐられてんのかな」

 なんて言いながらも自分でもよく分からなかった。けれどなんでと聞かれればその答えが一番合っているような気がする。一匹狼なあっくんは私にとってまさしく狼であって、犬を育てるような感覚でどうしてかお世話をしてあげたくなってしまうのだ。あっくんは私にとってのちょっぴり怖くて大きなワンちゃん、つまりまあ、まさしく狼ってことだ。それにほっといて卒業出来なかったら優希ちゃんがカワイソーだし。あっくんじゃなくてね。

「それってさ…」
「で?なにして遊ぶの?」
「…じゃあー、しりとり」
「は?しりとり?今時?しりとり?」
「いーじゃんしりとり!しかも今時ってなんだよ」
「今時って言ったらDSとかDSとかDSじゃないの?」
「DSしか言ってないんだけど」
「だってDSしたいんだもん、キヨ買ってよー」
「彼女になったらプレゼントしてあげるけど?」
「えーそれならいいや南に借りてくる」
「なんでー!?」
「私、硬派な人が好きなんだもーん」

 私は笑いながらキヨの鞄からはみ出していたぷっちょを引っ張り出してひとつぶ口に入れた。
 キヨスミくんてば、自分がどれほど軽〜いオトコなのか分かって言ってんでしょうか。コイツが女の子に声をかけていない日を私は見たことがない。清純なんて漢字を親がせっかくつけてくれたっていうのに、とんだ親不孝モノだよ。

「しょうがないからしりとりね。しりとりの“り”からだから〜、りす!」
「……」
「なに?ぷっちょ食べたの怒ってる?」
「そんなことに怒らないよ!」
「じゃあ何に怒ってんの」
「別に怒ってないけどさあー」
「んじゃ“す”ですよ、次」

 自分からしりとりしようなんて言い出したくせに、そのしりとりが不満なのか何が不満なのか知らないけれど、キヨは何か不満そうだった。怒ってないと言いながら拗ねた顔をして見せたと思えば、今度は見たこともないような真面目な顔で私を見ている。なに、しりとりってそんな真剣にやる遊びだっけ?そんな真面目な顔でどんな言葉を言うのかと思えば…

「好き!」
「…きらい」

 勢いよく言うその言葉に一瞬驚いたけれど、しりとりの“す”から始まる言葉だったので私も思わず“き”で始まる言葉を口にしてしまった。私の言った言葉にキヨは一瞬たじろいだけれど、意気込むようにまた“い”で始まる言葉を放った。
 …これ、しりとりだよね?

「一緒に帰ろう!」
「ううん、やだ」
「大好きだよ!」
「…よく聞こえない」

 ねぇ、これしりとりなんだよね?
 なんて思いつつも、私もキヨの言葉に返事するような言葉をついつい選んでしまっていた。冗談でやっているのだろうと思っていたけれど、続いてゆくキヨの言葉と真剣な瞳に今度は私がたじろぐ番だった。まさか本気で言ってる?

「いつも見てました」
「ただのストーカーだね」
「ねぇ、俺と付き合って?」
「てゆーかこれしりとりでしょ?」
「しょーだよ!」

 本気なのか冗談なのか分からなくて真意を問おうとしても、何故かうまくしりとりが続いてしまう。しかも「しょーだよ!」ってなに。結局しりとりなわけ?私をからかってるのキヨスミくん?
 私はぷっちょの包み紙をキヨに投げつけながら今度こそしりとりを中断させた。

「普通のしりとりしてくんない?」
「でも俺、言ってることは本気!」
「……」

 なにそれ。本気ならなんでしりとりなんかで言ってくるんだろ…。ばかじゃないのとか、だから軽く見られるんだよ、なんて思いながらも、キヨの瞳が本気を物語っていることに私は気付いていた。それは私とキヨが仲良しだからか、私がキヨを…よく見ているからなのか。

「ほら、次!“よ”だよ!」

 急かすキヨに私は“よ”のつく言葉を捜した。

「よ…」
「よ?」

 なんでこんなばか、なんでこんな軽いオトコ、なんでこんな不清純クン、私が───
 そう思っても、どうしてか私の頭の中には“よ”のつく言葉がひとつしか浮かんでこなかった。

「…よろしくお願いします」

 言葉にした後、ヨットとかヨーグルトとか“よ”のつく言葉がたくさん頭に浮かんできて、私の返事を聞いて叫びながら立ち上がるキヨを見てどうしてもう少し早く浮かんできてくれなかったのかなと思った。叫ぶキヨに驚いてみんながこっちを見ている。私は色々と恥ずかしくなってきて机に伏せた。

「キヨのばか」
「俺、あっくんに勝ったァー!」

 勝ったとかじゃないし、最初から私はあっくんのことは狼としか思ってないし、最初からキヨのこと…見てたワケじゃないけど!もっと他にあったじゃん!まいにちまいにち女の子ナンパしといて、どうして私にはうまくナンパしてくれないかな!
 なんだか恥ずかしさとか嬉しさとか、いろんな感情が私の体をぐるぐる回って脳が熱くなるのを感じた。そのせいなのか何なのか私の声までも少し大きくなっていた。

「あっくんの勝ちに決まってんでしょ」
「なんで!?俺と付き合ってくれるんじゃないの!?」

 キヨの大声で先ほどから注目していたクラスのみんなが沸いた。ほんとばか、やだもう黙って欲しい!私は顔が真っ赤なのもかまわず、思わず顔を上げた。

「私は硬派な人が好きなの、硬派なら断然、あっくん!」
「じゃ、じゃああっくんと付き合」
「キヨと付き合うってば!!」

 言ってしまってから、体が急激に熱を帯びるのと反対に頭がサーッと冷えていった。はやし立てるクラスのみんなの声がガンガンうるさく耳に響くのに、どこか別の世界の物音のように感じる。
 みんながいる教室の中で私何言ってるんだろう…!キヨのことばかだばかだって言いながら、私もとんだバカだ。でも、だけど、泣きそうな顔で「じゃああっくんと」なんてキヨに言われてしまえば、思わずそう叫ばずにはいられなかった。硬派な人がタイプだけど、硬派なら断然あっくんの勝ちだけど、でも私はキヨのことが好きじゃないわけじゃない。というか、私だって、

「何を騒いでいるんだ!」

 隣で机の上に立ちながら有頂天になるオトコに、それをはやしたてるクラスの大勢。うるさくないわけがなく、鬼の形相で先生が教室に入ってきた。怒鳴る先生にもおかまいなく、隣のばかは騒いでいた。私はもうこんな場所にはいられなくて、騒ぐみんなの背後でこっそりと教室を抜け出した。数学のプリントが白紙のままだけど、もうそんなのどうでもいいや…。教室を出た後も、教室からは先生の怒鳴る声とばかの声が聞こえていた。

「先生も俺を祝福しに来てくれたの!?」
「なにバカなことを言ってるんだ!いいから机から降りろ!」
「バカじゃなくって、が…あれは!?」

 ばかでしょ…。呆れて溜息をつきたいのを堪えながら、私は耳にあてた携帯から不機嫌な声が聞こえたので口を開いた。

「私、硬派なあっくんと付き合いたい」
『ざけんな』
「告白を“ざけんな”で返すなんて、さすが硬派」
『お前にはあのバカがお似合いだろ』

 やっぱそうなの…?

 ばかなオトコ。そのオトコを好きになった私も…もしかしてバカなオンナなの?






20090930
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