私の大事なスター☆ベア





「あかん、謙也に惚れてまうかもしれん」

 可愛い声に、可愛い関西弁。それを聞いて、私は顔を俯けた。




 自販機にジュースを買いに行こうと、謙也と廊下を歩いていたら話しかけてきた隣のクラスの女の子。謙也は人懐っこくて誰とでも仲が良いから、隣のクラスだろうが違う学年だろうが、友達はたくさんいる。だから女の子と楽しそうに話している光景だって、別に珍しいことじゃない。見慣れた光景ではあるけれど……それでも私の心がざわつくのは、謙也に片思いをしているのだから仕方のないことだと思う。でも、私の心がざわつくのは、謙也と話す彼女が“可愛い女の子”だからということだけではないのだ。彼女の話す、その関西弁にまで嫉妬して、謙也が私の知らない女の子と話しだすといつも不自然に口を挟めないでいた。

 だって、私の口から出るのは関西弁じゃない。
 可愛い声に嫉妬するならまだしも、関西弁にまで嫉妬するなんてなんだか馬鹿げている。それって英語喋ってるから好き、と言っているようなものでしょ。でも、それでも。関西弁って可愛いく聞こえるじゃん、可愛いじゃん。ふざけて真似は出来ても、自然とその言葉が私の口から出ることはないのだ。
 笑って隣のクラスの女の子にツッコミを入れる謙也を横目で見ながら、私は背を向けた。

「アホ、今更俺に惚れるなんて遅いっちゅー話や!あ、ちょおどこ行くねん」

 呼び止める謙也の声も無視して歩き続ければ、少し乱暴に腕が引かれた。振り返るつもりなんかなかったのに、反射的に振り向いてしまえば謙也は驚いた顔をしている。

「なんちゅう顔してんねん」
「なに、が」
「なにがやあらへん、なんでそないな顔」
「そんな顔ってなによ?いつもと同じ顔だけど」
「全然ちゃうやろ。なんつーかこう……大好きなクマの人形取られたみたいな顔しとんで」
「大好きなクマ?」

 自分が不機嫌で泣きそうなのは自覚していたけれど、それを全て押さえ込んで隠しているつもりだった。それなのに、“大好きなクマの人形をとられたみたいな顔”をしている?

「なんやねん急に、何かあったん?」
「そうだよ、大好きなクマの人形取られたの」
「は?え、ほんまに?クマの人形持ってたん?」
「……金髪のね」
「金髪のクマ?誰に取られたんや。ちゅうか、どこにつけてたん。見たことないわ」

 取られてなんかいない。だってもともと私のものじゃないもん。取られる取られないの話じゃない。だけど取られそうで、取られたら嫌で……。
 謙也は、まさか自分が例えで言ったことが肯定されるとは思っていなかったらしく驚いている。そんな謙也を見上げながら、私はボソリと呟いた。

「関西弁って可愛いよね」
「なんやねん急に。クマの話はどこ行ったんや」
「可愛いよね、関西弁!」
「だから何やっちゅーねん急に、普通やろ別に」
「ふつう!?可愛いじゃん!!」
「今度はなに怒ってんねん、聞きなれてるのに可愛い言われてもわからんわ。ちゅうか俺に可愛いって言ってんのか?それなら可愛いじゃなくて格好良」
「謙也の話じゃない」
「せめて最後まで言わせろや!」
「可愛いって思ってるくせに隠すからでしょ」
「せやから特別そんな風に思っとらんっちゅーねん。それよりお前、クマはええんか」
「金髪のクマだってば」
「はいはい金髪な。で、誰に取られたん」

 そもそも金髪のクマってなんなん、毛が金色っちゅーことか?と首をかしげる謙也に、私は唇を噛んだ。私が大好きな金髪のクマ。誰かに取られたわけじゃないけれど、誰の手元に近いのか分からないけれど。私が欲しいって言えば、私の手で抱きたいと言えば、謙也はそれを叶えてくれるのかな。

「私のところにはいたくないかもしれない」
「金髪のクマが?」
「うん」
「何言っとんねん、大好きなんやろ?それなら金髪のクマやってのそばにおりたいはずや」
「……そうかな」
「せや、俺がちゃんと取り返してやるから元気だしぃな!」

 背中を強く叩いてくる謙也に私は軽くつんのめって、でもそのおかげで胸につっかえていたものが少しだけ飛んでいった感覚がした。謙也が私に笑顔を向けてくれるなら、今はそれでいいや。
 彼女の可愛い声に、彼女の可愛い関西弁に。私は嫉妬した。私の持っていないものを彼女は持っている。私と彼女じゃスタートラインすら同じじゃないように感じていたのだ。それが謙也にはどう映っているのか気になって、もどかしくて。謙也の言う通り“大好きなクマの人形を取り上げられた”ような顔をしていたのだろう。
 私のことを励ます謙也を、じっと見つめる。金髪のクマだって私の傍にいたいはず?金髪のクマが自分のことだって分かっててそんなこと言ってるのかな。まさか、そんなわけないよね。謙也が気付いてるはずがない。

「な、なにじっと見つめてんねん」
「金髪のクマが私のところに来たらいいなって思って」
「せやから俺が」
「謙也には無理」
「なんでや、まさか俺が敵わん相手……白石に取られたんか!?」
「ふうん、白石くんには敵わないんだー謙也」
「なっ、そないなことあらへんで!取り返して来ちゃる!」
「え、いや待っ…!あーあ」

 白石くんじゃないのに。ていうか金髪のクマ、私の目の前で喋ってたのに。
 走って行ってしまった謙也を見て私は呆れた。

ちゃん」
「あ、白石くん」

 名前を呼ばれて振り返れば、そこには話題の人物、白石くんが立っていた。

「謙也に話あったのに、あいつどこ行ったんや」
「白石くんから金髪のクマを取り返しに」
「は?俺から、金髪のクマ?」
「そう。なんか勘違いしてて」
「どういうこっちゃねん」
「んーと、私ね、大好きな金髪のクマがあるんだけど。誰かにとられたら嫌だなぁって悲しんでたら謙也が取り返してきてくれるって言っていなくなっちゃった」
「金髪のクマ?金毛のクマやなくて?」
「うん、金髪」
「ははぁん、ちゃん、そのクマ足がむっちゃ早いやろ」
「どうかなぁ、クマって人間よりは足早いよね」
「ほいで月の輪熊やなくて、星の輪熊やろ?」
「星?」
「スピードスターや」
「おぉ、うまいね」
「座布団2枚くらいもろてもええ感じ?」
「それはどうかな」

 白石くんには私の気持ち、多分バレてるんだろうなぁって思ってたから、こうして当てられても特に驚いたりはしなかった。白石くんの言う通り、私の大好きな金髪のクマは足が速くて、星の輪熊。誤魔化す私に白石くんはそれ以上何も言わずに微笑んだ。白石くんのこういうところが、女の子にモテる所だよなぁ、と思う。大人と言うか紳士と言うか、それでいて背伸びしすぎじゃなくて自然体で馴染みやすい。

「ところで、ちゃんの金髪のクマ奪ったのが何で俺なん?」
「そう、そこが謙也の勘違いポイント2つめ」

 白石くん探して校内一周したらすぐ戻ってくるだろうから、そこのベンチで待ってよ、と私は白石くんの腕を軽く引いて、廊下の隅に置かれたベンチに腰掛けた。きっと謙也の足の速さなら5分かそこらで戻ってくるでしょ。

「そもそも金髪のクマは私のものじゃないんだけどね。私のそばにいてくれたらいいなって思ってたの」
ちゃん、案外大胆やね」
「どうして?金髪のクマの話だよ?」

 あくまでもそこは“金髪のクマ”だととぼける私に、白石くんは笑う。

「そしたら謙也、なんて言うたん」
「私が大好きなんだったら、金髪のクマもそばにいたいはずだって」
「俺もそう思うなぁ」

 同意する白石くんに、私は目を丸めた。きっとだいぶ前から私の気持ちに気づいていた白石くんだけど、私の背中を押すようなことも、止めるようなことも、言わなかったのに。

「そんな私をぬか喜びさせるようなこと言うなんて、白石くんらしくないね」
「ん?金髪のクマの話やろ?」
「……ソウデシタ」

 片眉を上げて私を見下ろす白石くんに、私は苦いものを噛んだような顔を返した。確かに、その金髪のクマがキーホルダーか何かなら、大好きだと思ってる私のそばにいるほうが幸せってもんだろうけど。

「まぁ、それで謙也がその金髪のクマを取り返してくれるって言ったんだけど、私は謙也には無理だよって言ったの」
「なんで謙也やと無理なん?」
「それは秘密」

 面白そうに笑う白石くんに私はきっぱりと言い放つ。私から話始めたくせに、都合の悪いところは話す気がないんだから、私ってば嫌な奴。でも、全部分かっててあえて聞いてくる白石くんだって、ちょっぴり意地悪だ。

「秘密でもええけど、俺は金髪のクマとってへんよ」
「私が謙也には無理って言ったら、謙也には敵わない相手だからだと思ったみたいで」

 謙也、白石くんには敵わないと思ってるみたいだよ?と見上げれば、白石くんは笑った。

「そうみたいやなぁ」
「ん?なに?」

 白石くんは毒手を私の目の前にかざして、そのまま私の頭に触れた。何かゴミでもついてたのかな、と自分の手も白石くんが触れた部分に伸ばそうと腕を上げたところで、大きな風と声が私に届いた。
 驚いて顔を上げると、謙也が汗だくの顔を真っ赤にして、肩で息をしてそこに立っていた。すごい、浪速のスピードスター、瞬間移動みたいに現れたよ。

「白石!」
「おぉ、探しとったで」
「それは俺のセリフや!」
「謙也すごいね、今の瞬間移動みたいだったよ」

 上げかけていた手でパチパチと拍手を送り、突然現れた謙也を見上げれば、何故だか睨まれてしまった。

「ど、どうしたの」
「“どうしたの!?”お前、クマはええんか!」
「え、えっと」
「なにクマ取ったやつと仲良うしとんのや!」

 走ってきた勢いのまま捲し立てる謙也に口を挟めず口籠っていれば、謙也は私の頭に触れていた白石くんの手を叩き落した。
 あぁ、白石くんは何も悪くないのに。申し訳なく思いながらも、まだ私の頭に触れてたんだ、と思った。髪に何か絡まってたのかな。
 それよりも、謙也の不機嫌さは一体どうしたというのだろう。

「随分汗だくやなぁ」
「はよ返せや」
「何をや」
の金髪のクマや」

 余裕の笑みを浮かべる白石くんに、それを見て更に苛立ちを増しているような謙也。
 ちょっと待ってよ、一体どういう状況?なんでこんな空気になってるの?白石くんを探しに行った時の謙也はこんな雰囲気微塵もなかったのに。

「け、謙也、私もうクマはいいから、ごめんね。走ってくれてありがと」
「あないな顔してたのに、取られたのが白石やったらそれでええんか」
「白石くんだからとかそういうんじゃなくて」
「まぁまぁ謙也、落ち着きぃや」
「金髪のクマはの大事なもんなんやぞ、はよ返せや」

 だ、だから…。
 謙也の言葉に私は顔を赤くした。私の中でも白石くんの中でも“金髪のクマ=謙也”という図式が成り立っていて、それが成り立っていないのは謙也だけだ。だからこそこんなに真剣になってくれてるのかもしれないけど、さっきまで冗談交じりに言っていたこのことを、こんなに真剣に言われてしまったら恥ずかしくて、どうしていいか分からない。もういいって言ってるのに、些細なことでも熱くなるのが謙也のいいところで、困るところだ。私のために熱くなってくれてるのは嬉しいけど、今は一刻も早く冷めて欲しい。赤い顔を隠すように顔を俯ければ、隣で笑いを堪えて肩を揺らしている白石くんの腕が見えた。悔しくて肘でつつけば、白石くんは笑い声を洩らした。

「ははっ、すまんちゃん」
「おま、謝る態度ちゃうやろ!」
「謙也も、ほんま堪忍なぁ。黙って見てよう思てたのに」
「はぁ?だから黙ってへんでに返せ言うとんねん」
ちゃん、金髪のクマ返さんと謙也の怒りがおさまらんみたいやから、返すな」
「え…」

 白石くんの言葉に思わず顔を上げれば、白石くんは立ち上がりながら私に意味ありげに微笑んだ。
 うそ、返すって、まさか!

「待って待って!いい、返さなくていいから!後ででいいから!」

 つられるように私も立ち上がり、白石くんの腕を引けば謙也の不機嫌な声が聞こえた。

「返して欲しい言うてたのはやろ」
「でもいいの、後で!白石くん、それは二人きりのときにしよう、ね?」

 今返されるって、それって金髪のクマが誰のことなのか、謙也にバレるってことでしょ!そんなの無理無理、すまんじゃ済まない!

「なんでクマ返すのにわざわざ二人きりにならなアカンねん、今でええやろ」
「いいの、謙也は黙ってて!」
「なっ、がクマ取られたって泣きそうな顔しとったから俺は…!」
「はいはい、喧嘩しなや」

 白石くんは私と謙也の顔の間にひらひらと手をかざして、呆れたようにして笑った。そうして掴んでいた私の腕を解いて、それはそれはとても良い笑顔で笑った。
 うそでしょ──────待って!

「ほなちゃん、金髪のクマ返すで」
「おわっ」

 声を発する間もなく、白石くんは謙也の肩を掴んで私へと押しつけた。白石くんの行動に、謙也の体温に、私の思考と身体は完全にフリーズしてしまった。

「…なっ、ななななななにすんねん白石!」

 私によしかかったまま一瞬動きが止まっていた謙也だったけれど、私の肩を掴んで身体を離して真っ赤な顔で白石くんを睨んだ。

「なにって、謙也の言う通りにちゃんの大好きな金髪のクマをちゃんに返したったんやけど」
「はぁ!?金髪の……金髪の、クマって」

 まさか、と小さく呟きながら、謙也が私を見た。目を逸らしたいのに、あんまりにも真剣な目で見てくるから逸らすことが出来ない。
 その隙に、白石くんは私たちを置いて行ってしまった。

「まさか、俺のことなん」
「け、謙也はクマじゃなくて人間でしょ」
「せやけど、金髪って」
「だから、べつに…」

 謙也に掴まれた肩が熱い。さっきから段々力が強くなってきて痛いし、顔も近いし…どうしろっていうのよ!白石くんのバカ!謙也のバカ!

「け、謙也」
「お、う」
「謙也うざい!バカ!」
「なっ!?」

 白石くんの言葉に期待しちゃうけど、謙也の真っ赤な顔と必死な声に期待しちゃうけど、期待した先に何が待ってるかなんて分からないのに素直に金髪のクマの正体を明かせるわけがない。私は謙也の胸を押して、白石くんが歩いて行った方へ走って逃げた。

「アホって言えって教えたやろ!」
「そんなの知らないもん!白石くんのバカー!どこ行ったのよ!」

 走りながら白石くんを探してみても、その姿は見つからない。絶対に見つけて、この状況をどうにかしてもらうまで許してあげないんだから!走ってくる謙也の足音が聞こえて、私は無駄だと分かっていても走る速度を速めた。謙也に捕まるまえに、早く出てこい白石くん!

「なんで白石のとこ行くねん!」
「クマいらないって言いにいくの!」
「なんでや!大事なんやろ!」
「もういい────っ!」

 たった数秒だった。たった数秒で、あっという間に私はまた謙也に捕まってしまった。その腕を振り切って逃げようとすれば、後ろで小さな声が聞こえた。走りながら叫ばれていた声とは比べ物にならないほど小さく、ぼそりとした声。低い低いその声は、この距離じゃなきゃ聞こえないほどに小さかった。
 だけどしっかりと、私の耳に届いた。

「金髪のクマ、その…のそばにおりたいって、ほんまに思っとると思うねんけど」

 掴まれた腕はやっぱり熱くて、力が強くて痛い。振り返って見れば、謙也は真っ赤な顔で私を見ていた。ドクン、と私の心臓が一生強く脈打つ。きっと、私も負けじと真っ赤なんだろう。謙也の真剣な瞳に目が逸らせなくて、謙也の真剣な瞳に、何故だか涙が出そうになる。

 本当に、金髪のクマは私にそばにいたいって思ってくれてるの?

 心の中でそう呟いてじっと見つめ返せば、私以上の強い眼差しが返ってきた。

「もう金髪のクマはええの、白石のとこ…行きたいん?」
「え、と」
「どうなん」
「白石くんの所には行かないよ。金髪のクマ、私の所にいる、から」

 勇気を振り絞ってそう言えば、謙也は嬉しそうに笑った。テニスをしている時に日に透けて光る金髪よりも、眩しく見えた。

「ほんま?」
「うん」
「金髪のクマ、いらんことない?」
「うん」

 ドキドキとする心臓を抑えて、たったひとことだけど気持ちをこめて、頷き返せば謙也は笑い返してくれた。強く握られていた手の力も少し緩んで、私の緊張も、謙也の緊張もほどけた気がした。
 けれど謙也はふと眉を寄せて、再び私の腕を強く握って心配そうに私の顔を覗き込んできた。

「なぁ、金髪のクマて…俺のことやんな?」

 まさか、今更それを確認されるとは思わなくて私は思わず噴き出してしまった。






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