曇り空はもう晴れたみたい





 放課後、テニスをしている景吾を眺めてから帰ろう、と思ってテニスコートに来たはいいけれど景吾の姿はどこにも見当たらなかった。部室にいるのかな…そう思ってボール籠を持ちながら通りかかった部員の子に聞いてみれば今日はまだ見ていないという返事。今日は委員会の日じゃないし、家の用事とかで帰っちゃったのかな。昼休みに会った時、放課後の予定聞いとけば良かったなぁ…でも榊先生と話しながら歩いてたから話かけられなかったんだよね。景吾いないなら帰ろっかな、そう思っても観客席からなかなか腰を上げる気にはならなくて、景吾に「今日はテニスしないの?」とメールを送ってみた。侑士とかに聞けば早いんだろうけど、なんとなくそんな気にならなくて携帯を握り締めながらぼんやりとテニスコートを眺めた。
 どんより曇った空のせいかな、今日は朝からなんだか私もどんよりした気分。

 すぐに返事が来るはずがないだろうと思っていたのに、予想外にも送信してすぐに私の手の中の携帯が震えた。メールを開いてみると「生徒会室で書類作成中だ」という一行。
 私は鞄を掴んで生徒会室へと早足で向かった。




 そのままの勢いで生徒会室のドアを開けてからしまった、と思った。ノックするのを忘れてた。前にも怒られたことがあったのに、また景吾に怒られる。そんな顔をしながら室内を見ると私が考えた通りのことを思っていたのだろう、景吾が私のことを眉間に皺をよせながら見ていた。

「お前な…」

 私は分かってます、とでも言うようにドアをノックしてから生徒会室に入ってドアを閉めた。そんな私に軽く呆れながらも景吾はまた書類に目を戻した。他にも役員の人がいれば入室すること自体怒られてしまう所だったけど、今日は景吾しかいないみたいで私が入っても怒られなかった。
 だけど、景吾の意識は書類に向かっていた。せっかく景吾を見つけたのになんだかつまらなくて、私は景吾の気を惹こうとドアにもたれかかったままその場にしゃがみこんだ。景吾は書類に視線を向けたまま、自分の隣にあった椅子を引いた。

「なんでそんな所にいんだよ、こっち座れ」
「ここでいい」
「汚ぇだろ」
「綺麗に掃除されてるよ」
「そういう問題じゃねぇ」
「いいの」

 動こうとしない私に、ようやく景吾の視線が書類から上がった。さっきと同じ、呆れた視線。

「かまって欲しいのか?」
「…んー」
「とりあえず椅子に座れ」
「ここでいいよ」
「だから、なんでだよ」
「景吾のこと見てる」
「隣に座ってた方がよく見えんだろ」
「近すぎて全部見えないもん」
「…じゃあ、そっちに椅子持ってって座ってろ」

 別にこのままでもいいのに。仕方なく私は近くにある椅子を引っ張ってきて、ドアの前に置いて座った。

「私ここにいたらドア開けた人びっくりするよね」
「そうだな」
「ここに座ってていいの?」
「そこがいいんだろ?誰か来る予定はねぇよ」

 ふうん、と言いながら私は書類を眺めている景吾を眺めた。せっかく気を惹けたと思ったのに、また書類に戻っちゃった。でも、景吾を眺めてられるだけでやっぱりいいや。私は上靴を脱いで、椅子の上で膝を抱えるように体育座りをして、ただ景吾を眺めた。窓の外に見える空は相変わらずどんよりと曇ったまま。空が晴れれば私のどんよりとした気分も晴れると思うのに、今日はもうこのまま夜になっちゃうのかな。



 ぼんやりと窓の外を見ていた視線を、私は再び景吾へと戻した。景吾の視線は書類を眺めたままなのに、私がドアを開けた時みたいに眉間に皺が寄っている。ちゃんと椅子に座ったのに、今度は何を注意されるんだろう。

「そういう座り方をするな」
「でも、ちゃんと靴は脱いだよ」

 注意されたのは座り方だった。怒られるだろうから、ちゃんと靴は脱いだのに。私の場所からは景吾を全部見ることが出来るのに、景吾からは私のこと全部見えないのかな。

「そうじゃねぇ」
「お店とかじゃないんだから、いいじゃん」

 私だってそれくらいのお行儀、分かってるよ。でも私と景吾しかいない生徒会室なんだから、ちょっとぐらいお行儀悪くしたって良いでしょ?口を尖らせていると呆れたように景吾はひとつ溜息をついた。やっぱり、お坊ちゃまな景吾は私よりお行儀にうるさいらしい。

「まさかその座り方、教室とかでもしてるんじゃねぇだろうな」
「…してるけど?」

 書類に戻ってしまった視線は以外にも早く私の方へ向けられた。また気を惹けた、と思ったのに予想外に景吾の眉間の皺は深くなっている。おかしいな、私は怒られたいわけじゃないのに。さっきから私を見る景吾の眉間の皺がなくなることがない。

「今後一切その座り方をするなよ」
「でも」
「でもじゃねぇ」
「なんで」
「あのなァ…から俺が全部見えてるのと同じように、俺からも全部見えてんだよ」
「……?」
「スカートの中とかな」

 その一言で、抱えていた足はストンと床へと下りた。先にそれを言ってよ…!見えないようにスカートの裾は足でちゃんと押さえてたし、自分の足に隠れて見えてないと思ってたのに、まさか見えていただなんて。恥ずかしさで私の体温は2・3度上がったような気がした。教室でもたまにこの座り方してたけど、まさか見えてたのかと思うと更に恥ずかしい。いやでも、机とかで見えてなかったはず、そもそも誰も私のことなんか見てない、そう言い聞かせて恥ずかしさが増そうとするのをなんとか押さえた。過去のことなんてどうだっていい、それより今、大事なのは今なの。私はスカートの裾をのばすように掴みながら、伺うように景吾を見た。

「お行儀が悪くて…ごめんなさい」
「まったく…スカート長くしろ」
「え!」
「許して欲しいんなら、下げろ」
「でも、この長さが一番可愛いんだよ」
「長くした方が可愛いからそうしろ」
「可愛いとか…思ってないくせに」

 ウエストで三つ折ったこのスカートの丈が一番足が長く見えて、一番可愛いのに。前にも景吾には短いから長くしろって言われてたけど、なんとか誤魔化してこの短さをキープしてたのに。こんな状況だと長くするしかないじゃん。…足の長い景吾には分かんないんだよ、少しでも足を長く見せたい私の気持ちが!しぶしぶ椅子から立ち上がり、私は折っていたスカートを一段下げた。5pも長くなってないはずだけど、なんだかすごく長くなってしまったような気がする。スカートが長くなった分だけ、私の足が短くなってしまったような気分だ。これでいいですか、と不機嫌な顔で景吾を見つめれば、眉間の皺もなくなっていた。

「あァ、そっちの方が可愛いぜ?」
「足が短く見えるのに」
「見えねぇよ、そんなにパンツ見せて歩きてーか」
「なわけないでしょ。足の長い景吾には分かんないんだろーけど」
「確かに分かんねぇな」
「むかつく」

 このスカート丈はバランスが悪くないか気になって足元を見下ろしてみるけど、バランスが悪いところでまた元の長さに戻すことも景吾は絶対許してくれないだろうから仕方なく私は椅子に腰を降ろした。しょうがない、私が悪かったんだ。だって自分の彼女が教室でパンツ見せてたかもしれないなんて、普通嫌だよね。…別に見せてたわけじゃないんだけど。でもその引き換えにスカート丈のこと言ってくるなんてずるい、女子高生にとってスカート丈がどれほど重要なことなのか景吾は分かってないんだ。それに私、ただ自分のためだけにスカート丈気にしてるわけじゃないのに。少しでも景吾に釣り合えるように、足が長く見えるようにしていたくて試行錯誤した丈だったのに。そんな理由なら余計に長くしろって景吾には言われそうだけど。
 ぐるぐると頭の中でそんなことを考えながら黙って座っていると、私の頭にあたたかい手が乗せられた。ふと顔を上げれば景吾の姿が。いつの間にこんな近くに、全然気が付かなかった。

「機嫌悪いの少しは良くなったと思ったら、また逆戻りか?」
「機嫌悪かったわけじゃないよ」
「じゃあなんだよ?」
「なんかどんよりしてただけ」
「一緒じゃねぇか」
「ぜんぜん違うよ」

 見上げるようにして景吾を見れば、頭に乗せられていた手が頬へと撫でるようにおりた。景吾は幼い子をあやすように、やわらかく微笑んで私に問いかけた。

「じゃあなんでどんよりしてたんだ。なんかあったのか?」
「今日がどんより曇ってるからかな」
「先週の曇りの日はハイテンションだったじゃねーか」
「でも今日はどんよりなの」
「曇りが理由で?」
「うん」
「そりゃ残念だな」
「残念?」

 なにが?そんな私の問いかけにも気付かないで景吾は生徒会室のドアにかちゃりと鍵をかけて、そのまま扉を背にしてもたれかかった。私を見てにやりと笑う。

「今日は俺とまだ一言も話せてねぇからどんよりとしてんのかと思ったんだが」

 残念ながら俺の勘違いだったみたいだ、そう言って景吾は視線を腕時計へと移した。あと少しで部活に行かなきゃな、と私に聞こえるように呟いてから再び視線を私に戻す。時計を見るのを止め、そのまま少し腕を広げた景吾を見て私は椅子から飛び降りるように立ち上がった。

「あと少しって、何分?」

 私は広げられた景吾の腕の中に体をすっぽりと収めた。景吾の体にぎゅううっと腕をまわし、胸に顔を押し付けながらくぐもった声でそう問う。体いっぱいに景吾の香りが染み渡って、どくんどくんと景吾の心臓の音が耳に響く。

「一分だ」
「十分がいい」
「ジローの睡眠時間をこれ以上まだ増やす気か」
「だって一分って、一秒くらいじゃん」
「バァカ、一分は一分だろ」
「そーゆーことじゃなくて…」
「五分な」

 そうして、一方的にぎゅううっと景吾を抱きしめていた私の体に、景吾の腕が回された。五分だって、たった五秒くらいなのに。十分だって、たった十秒だよ。だけど、一秒でも五秒でも、どんよりした曇り空はもう晴れたみたい。






20091231
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