LOVE OF DEVIL





 「ちゃん、おれと逃げよう!!」

 「え、どうしたの急に」と驚いたちゃんの顔もおれは好きだ。

 だからおれと逃げよう。




「え、え?…ねえ忍足、ジロちゃんどうしたの?」
「俺に言われたかて分からんわ」
ちゃん、早く!!」
「えーと…なんで?」
「早くしないと世界ははめつするんだよ!だいまおうが来るんだ!」
「……忍足、ジロちゃんは何を言ってるの?」
「俺にも分からんなぁ。めっさ古い話題やん、大魔王て」
ちゃん!!」

 おれは、いつもおれのことをかまってくれる忍足も好きだけどちゃんのことはもっと好きだ。それに忍足はきっとおれがいなくても逃げられる。だからだいじょうぶ。忍足は岳人と一緒に逃げるのかな。こないだ彼女と別れたばっかって言ってたし。

「忍足、おれ忍足のことも大好きだったよ!」
「おー、ありがとさん」
「忍足もちゃんと逃げてね!また会えたら…会おうね」

 やばい、ちょっと涙出そうだ。ちょっとケチくさいしオバさんみたいなことたまに言うけど、おれ忍足のこと好きだったよ。だけどやっぱりちゃんの方がもっと好きだから、だからおれはちゃんをつれて逃げなくちゃいけないんだ。おれはちゃんの柔らかい、可愛い手をにぎった。

ちゃん、行こう!!」
「え、わっ、ど、どこに!?授業は!?」
「じゃあね忍足!」
「行ってらっさーい」
「え、ちょ、忍足、ジロちゃん止めてよー!!」
「世界が大魔王に襲われんかったらまた会おなー」

 ちゃんはまだ状況をはあくしていないみたいだったけど、おれはちゃんの柔らかい手を少し強めににぎって走った。今は説明してる時間もないんだよ、ちゃん。階段をかけおりて廊下を走って、くつもはきかえないで玄関をとおりぬけて、更に走った。とちゅうでテニス部のやつらとすれ違ったけど、みんなのこともおれは好きだけど、ごめんおれはちゃんと逃げるよ。校門を抜けてもおれはちゃんをつれて走って、足をもつらせながらもいっしょうけんめいついてくるちゃんを引っ張るようにおれは走った。

「ジ、ジロ…はっ、や、い」
「ごめん、でも早くしないと!」

 こうなるんだったら、もっとはやくにちゃんにおれの気持ち伝えておけばよかったんだ。好きだって思ったしゅんかんに、好きって言えばよかった。好きって思ったときに、可愛いって思ったときに、ぜんぶぜんぶちゃんに伝えておけば良かったんだ。

 おれのいくじなし。

ちゃん…」

 走りながらふりかえってちゃんの名前を呼んだ。やばい、涙でる…。ちゃんは息を切らしながらおれを見た。ちゃんの綺麗な透き通る瞳に映るおれは、やっぱり泣きそうな顔をしていて、今にも涙を落としそうだった。

 おれにはいっぱい好きなものがあるのに。

 おれの昼寝スポットの屋上に中庭、テニスコートのベンチもだし、家のソファと部屋のベットも。教室の机の上も好きだし、そして何よりもちゃんの隣が好き。羊にムースポッキーにつぶつぶ苺ポッキー、何回かだけちゃんと一緒に食べたときのお弁当がたまらなく好きだった。ゲームもプールも海もぜんぶぜんぶ好き。おやじに母さんに兄貴に妹。忍足、岳人、跡部、滝、樺地、宍戸、長太郎、日吉、監督。みんなとするテニス。そしてやっぱりちゃん。みんなみんなおれの大好きな物や人たち。なのにおれの手には、たったひとつしかおさまらない。どうしたら全部かかえて逃げれるんだろう。

 おれには、ちゃんの手を握るだけでせいいっぱいだ。

 だからお願い、おれの手をふりほどかないで。

「あ…」
「っは、はぁ、はぁ、ジ…ロ?」
「だめだ」

 おれ、ちゃんとどこに逃げればいいんだ。

 廊下を走って階段を降りて、くつもはきかえずに玄関をとびだして校門をぬけて、おれはどこに走ってたんだ。ちゃんをつれて、おれは逃げようと思ったのに、おれはどこに逃げれば良かったんだ。

「ごめん、わかんなくなった…」

 おれはちゃんを見ることが出来なかった。手をふりほどかれそうで怖かった。だけどちゃんはおれの手をふりほどかなかった。

 おれはどこに逃げればいいかわからない。ちゃんは走ったせいで息が苦しそう。おれは  息 が 出   来 な   く  な りそ   う だ 。

「ごめん、ちゃん…どっか座ろう、か」

 急に止まったせいもあってちゃんは本当に苦しそうだった。ちゃんの手をにぎっていた力を少しゆるめて、おれは近くにあった公園へ歩いた。おれの手は汗でべちゃべちゃで、ちゃんの手も汗でべちゃべちゃで、だけどすべって手をはなしてしまわないように俺はしっかりとちゃんの手をつかんだ。

「だい、じょうぶ?」

 ベンチが見当たらなくて芝生の上に来て座った。ちゃんはうまく息ができていなくて今もまだくるしそうだった。

 おれはもう 息  が で  き   な  い 。

 手が、はなれてしまった。

「ジ、ロ?な、に泣いて…んの?」

 苦しそうに息をぜーぜー言わせながらちゃんは驚いた顔でおれを見た。ちゃんの驚いた顔がおれの瞳にぼやけてうつった。おれはなにもつれて逃げられないんだ。





「ジロ、どうしたの?なんで急にこんなとこつれてきて、泣いてるの?」

 息がととのったちゃんはおれの好きな声でおれに話かけた。おれの瞳にうつるちゃんはぼやけたまんまだ。

「逃げよう、って思ったんだ」
「…大魔王、から?」
「うん。だいまおうは、世界をはめつさせるんだ」

 だからおれは世界がはめつする前にちゃんをつれて逃げたかったんだ。たったひとつしかおさまらないおれの手に、ちゃんの手をのせて。だけど世界がはめつするなら地球から出なきゃダメなんだ。今、気がついたんだ。でもおれの力じゃ地球からなんて逃げられない。どこか、はめつしないところ、さがして走ったはずだったのにどこに行けばいいかなんてわからなかった。

 それにおれとちゃんの手はもうはなれてしまった。

「はめつする前にちゃんをつれて逃げようと思ったんだ」
「ジロちゃん、大魔王は」
「でも逃げられない…それなら、おれ、はめつするそのしゅんかんまで」
「…………」
「最後のときまでちゃんといたいよ」
「…え、と、ジロちゃん…その大魔王って、誰に聞いたの?」
「岳人。あと、監督も言ってた」

 ちゃんの顔が少し、赤くなったと思ったら、にがそうな顔になった。

 だ い ま お う は ど こ か へ き え た 。







 おれの手はちゃんの手の中にある。

「岳人もだけど榊先生まで!ジロちゃんにこんなこと教えるなんて」
「……うそ?」
「嘘だよ嘘!にしても大魔王って・・・!信じるジロもジロだよ!」
「だって監督が…」
「いくら監督の言うこと信じるにしたって、そんな作り話…!」

 ちゃんは面白そうに笑った。おれはちゃんに、ちゃんをつれて逃げようと思ったんだ、と話した。好きなものはいっぱいあるけどおれの手にはひとつしか入らないから。だからちゃんの手をにぎったのに…ちゃんの手はもうはなれちゃった。そう言ったらちゃんは頬をぴんくいろにしておれの手をにぎった。そして「大魔王なんて嘘っぱちだよジロちゃん」とスラリと喋った。

「ジロってさ、なんかたまに不思議ちゃんだよね」
「なに、それ」
「なんかちょっと違うところにいるというか」
「おれはちゃんと同じところにいたいよ!」
「えっ、そ、そういう意味じゃなくって」
ちゃん可愛い」
「え、ええ!?」
ちゃん好き」
「え、と、ジロ、」
ちゃん可愛い。抱きしめたい」
「ジ、ジロ、あの、その…!」
「抱きしめてもいい?」
「……いい、よ」

 おれは「ちゃん可愛い。だいすき」とつぶやいて真っ赤になってるちゃんを抱きしめた。おれは決めたんだ。思ったときに言うって。ちゃんはだいまおうなんて嘘だよって言ったけど、だいまおうだけが地球をはめつさせることが出来るわけじゃないんだ。地震だってカミナリだってたくさんあるんだ。いつはめつするかわかんない。だからおれはきめたんだ。

 ちゃんのことが「好きだよ」って、言うこと。ちゃんの「そばにいたい」って、言うこと。

「おれ、ずっとちゃんのそばにいたい」

 抱きしめるちからを強めたらちゃんは「破滅するそのときまで、そばにいてね」って言ったんだ。抱きしめていたから顔は見えなかったけど、ちゃんが微笑んだのがわたかった。おれの大好きな、大好きなちゃんの微笑み。

 だけどおれは「やだ」と答えた。

「はめつしたって、ずっとそばにいるよ」

 ちゃんの優しい笑い声が聞こえた。






20081103
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