手のひらの星 前篇





 たくさんの星が光る空を見ると、おれは思い出す。
 あの日、きれいな星が見えた日に、が泣いたこと。

 「お星さまほしいのに、お星さまはもらえないんだって」

 そう言って泣いた、のことを思い出す。






 はいつも星をほしがっていた。「きらきら光るのが好き」と言って「くもりで見えなくてもお星さまはきらきらしてるんだよ」と、おれにきらきらした瞳で話していた。おれはそんな風に話すを見るのが好きで、星の話をする時ののきらきらした瞳が大好きで、おれにとっては星よりもきらきら光ってまぶしかった。
 幼稚園のころから、小学生になっても、はおれに星の話しをした。

 だけど、あの日は泣いたんだ。

 瞳から、星つぶを落とすようにぽろぽろと涙をこぼして。





 あの日おれは夕食を食べ終えたを迎えに行って、のために探した星がきれいに見える場所へ向かった。が、喜んでくれると思って。
 小学校3年生のとき。だんだん、が星の話をしなくなったときだ。おれはが星の話をしなくなったのがさみしくて、またあのきらきら光る瞳を見たくて、星がきれいに見える場所を探してを連れて行ったんだ。

「ほらみてー!マジマジきれい!」
「ほんと……すごくきれい」
のだいすきな星!すっげーいっぱい!」
「う、ん」

 すごくたくさんの星が見えたのにはあんまり嬉しそうな顔をしてなくて、でもきっとあまりにきれいだから、びっくりしてるんだと思ってた。だけど、そうじゃなかった。
 はとつぜん泣きだしたんだ。

「えっ、!?どうしたの?」
「ごめ、んね……なんでもない」
「なんでもなくないよ。なんで泣いてるの?なにがかなしいの?」
「あのね、ジロー。お星さまほしいのに、お星さまはもらえないんだって」
「え?」

 はいつも星がほしいと言っていたから、おれも星はもらえるものだと思っていたんだ。宇宙にあるから簡単にはもらえないけど、おれが大人になったらいつかに星をプレゼントしてあげられるって、そう思っていたんだ。それなのに泣きだしたを見て、俺はとてもおどろいた。
 星って、とれないの…?

、おれがいつかに星をあげるから泣かないで!」
「無理だよジロー。お星さまはとれないんだよ」
「だいじょうぶ!おれがいつかのためにとってきてあげるから!」
「……だめ、無理なの。それにお星さまは、石なんだって。きらきら、してないんだって」
「え!?」

 きらきら、してないの?
 そんなのうそだ、だって今おれたちの目にはきらきらとうつっているのに。星ってうちゅうの宝石でしょ?ダイヤモンドも石でしょ?でもきらきらしてるから、宝石でしょ?なのに、星はきらきらしてないの?宝石じゃなくて、ただの石なの?星は、おっきいおっきいダイヤモンドみたいなものじゃないの?

っ、でも、おれ」
「いいの。もう……お星さまいらない、から」

 おれがなにを言ってもは泣きやまなくて、おれも泣きたかったけど、おれは男の子だから、泣くのをこらえての手を握って家まで送った。を送った帰り、星を見ても、星が石で、しかもきらきらしていないだなんてまだ信じられなかった。
 こんなにきらきらかがやいているのに。

 が「もう……お星さまいらない、から」と言ったその言葉が、おれの頭の中からはなれなかった。





 まだ小学3年生だったとしても、あの日のことをなぐさめられなかった自分に腹が立つ。どうしておれはをかなしい気持ちにさせたままにしたんだろう。どうしておれは、の涙をぬぐってあげられなかったんだろう。

 昨晩の星空は、あの日の星空によく似ていた。

 あれからおれはもう中学生で、星が石だということも知ってるし、おれたちが見てる星は何億年も昔に光ったひかりだっていうのも知ってる。でもおれは、今でもに星をあげたい。また、きらきらと瞳を光らせるを見たいんだ。
 あの日が「いらない」と言ったのは星のことなのに、なんだかおれのことを言われてるみたいで悲しかったんだ。
 どうしてか……よくわからないけれど。


 はあのとき、ほんとうに星はいらなかったのだろうか。今も、星はいらないのだろうか。

  も  う  星  は   には必要ないのかな。





* * *






 このごろは元気がない。ふつうに生活していても、学校に来ていても、友達としゃべっていたって、おれにはわかる。笑っていたって、に元気がないのがおれにはわかる。どこか、さみしそうなんだ。おれにはわかる。ずっと、のことを見てきたから。

「ねえ、
「ん?ポッキー食べたい?」
「うん、食べる」

 はおれに笑顔でポッキーをさしだしてくれているけれど、その笑顔はどこかさみしそうに見える。おれのかんちがいなんかじゃないはずだ。

、どうしたの?」
「え、なにが?」
「なにが、さみしいの?なにがかなしいの?」
「えっなにも……さみしくないよ?」

 そう言ってまた笑ったって、さみしそうなくせに。どうして、かくすの?

「あ、次わたし移動だから!ポッキー全部あげるね!」

 そう言って箱ごと俺の手にポッキーを押し付けて「じゃあね、授業中寝ちゃだめだよ」と笑って手を振ったの笑顔も、やっぱりさみしそうなままだった。

 教室にもどって、にもらったポッキーを全部口の中につめて、おれは机にへばりついた。どうしてどうしてどうして。どうしてはさみしそうなの。かなしそうなの。あんな笑顔を見るとおれは、泣きそうになる。あの日のことを、思い出すんだ。
 あれからはあんまり泣かなくなった。はおれに、泣き顔を見せなくなった。むかしはおれがよく泣いてるをなぐさめてたのに、もうずっとなぐさめたことはない。
 はおれの前でだけ泣かなくなった?
 それとも、ひとりでも泣かなくなったの?





 部活が終わってだらだらと家に帰っていたら、眠くてたまらなくなった。それに、今ものさみしそうな笑顔が頭からはなれない。家に帰ったらすぐに寝ちゃってのさみしい理由を考えられなくなると思ったおれは、公園のベンチに向かった。
 は何も話してくれないけれど、おれはをさみしそうな、かなしそうなままにしておくなんて嫌なんだ。あの日のように、かなしい想いをさせたままになんてもうしたくない。

 公園に足を踏み入れベンチに近づくと、ひとりの女の子がベンチに座っていた。同じ、氷帝の制服。


「ジ、ロ」

 そこにいたのはだった。
 泣いている。あの日、きれいな星がたくさん見えたあの日に泣いたの顔と重なるように、おれの瞳に映った。

「なんで……泣いてるの」
「なん、で、もない」

 またあの日と同じように、はおれに「なんでもない」と言った。
 なんでもなくなんかない、なんでもないことじゃないのに。
 今ここにいるのは中学生のおれとなのに、なんだかあの日の、小学3年生のおれとがここにいるような気分になった。

「もう、星はいらないの?」
「……ほ、し?」
「もう、星はに必要ないの?」
「ジ、ロー?」

 おれは思い出した。
 どうしておれが、かなしくなったのか。「いいの。もう……お星さまいらない、から」と言ったときに、どうしておれがかなしくなったのか。今、思い出したんだ。あの日、が星を見て泣いた日よりも前に、おれとが話したこと。
 が、おれに言ってくれたこと。


「ジローってお星さまみたい!」
「えー?なんでー?」
「だってかみのけ、お星さまと同じいろだし」
「だし?」
「きらきら、してるし」
「きらきらー?」
「お星さまも、ジローもだいすき!」
「おれも、すきだよー!」
「あのね、ジロー」
「うん?」
「ずっと、あたしのお星さまでいてね」
「うん!まかせて!」
「あーお星さまほしいなぁ」
「おれがおっきくなったらとってあげる!」
「ほんとう!?」
「まじまじ!!」
「じゃあ、約束ね」


 ねえ、もうは、星はいらなくなったの?必要じゃなくなったの?は、もう俺のこといらなくなったの?必要じゃ、なくなったの?

、いらないの?ねぇ、星はもういらないの?」
「じ、ろう」
「どうして?ほしいって言ってたのに」
「だっ、て……ジロー」
「ねぇ、どうして?」

 おれも泣きそうで泣きそうで、に聞いてもは泣くばかりで、おれも泣きそうで泣きそうで、ねぇ、どうしてなの。星はいらないの?俺はいらないの?どうして、。おれは今でもあの日の約束おぼえてるよ。
 あの日の約束、まもりたいんだよ。

 は泣いたまま、おれの前を走っていなくなった。公園から、いなくなった。おれは声もかけることもできなくて、ただただの背中を見ていた。





 雨がふってきたと思って空を見あげたけれど、雨はふっていなかった。空はあの日見上げたのと同じように、星がきれいにかがやきはじめていた。そんな空を映す、


 雨がこぼれ落ちるおれの瞳。






20080210
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