手のひらの星 後篇





 あきらめてしまったの いらなくなったの、
 
 「おれがとってきてあげるから」

 そのことばを、信じてくれなかったの?


 どうして星は、
 おれの手の中に きみの手の中に

 おさまってくれないんだ。







 おれはブランコに揺られていた。
 最後にと一緒にブランコを乗ったのはいつだったかな。もうずいぶん長いこと一緒に公園で遊んでない。中学生になったら、それが普通なのかな、はもう大人になっちゃったのかな?俺は今でも、と一緒にブランコに乗ったり……またあの丘で一緒に星を見たいのに。



 小さく呟くと、タイミング良くポケットの中の携帯が震えた。まさかから、と思ってディスプレイを見ると画面には「母さん」の文字。きっと部活が終わった時間なのに帰って来ないから心配になってかけてきたんだろうけど、おれは出る気になれなかった。震える携帯をポケットに押し込めて空を見上げた。夜空の中に星が輝いている、けれどどうしてもあの日と同じようにきれいには見えないんだ。あの日と同じくらいきれいな星空なのに、何かが足りない。目を閉じるとすぐ頭のなかに浮かんでくる。
 あの日見上げた星空はどうしてあんなにもきれいだったのだろう。





 あれから何時間たったかな。しつこく鳴る携帯の電源をおれはとうとう切ってしまって、時間がわからなかった。
 あれからいくら考えてもに星をあげる方法が思い浮かばなくて、が悲しんでいる理由もわからなくて、おれはまた涙が出そうだった。どうしておれは、になにもしてあげられないんだ。
 が泣いているのはいやなのに……。


「ジローっ!!」

 俺の呟きに答えるかのように、の声が聞こえた。
 まさか、と思って顔をあげればそこには息を切らしたの姿があった。

「お母さん心配してたよ!携帯は出ないし、途中で電源切れたって」
「あー、うん」
「まだここにいたの?」
の泣き顔が頭から離れなくて」
「………」
「さっきのだけじゃないよ。あの日から、一緒に星を見て、が泣いたあの日から」 

 忘れられないんだ。
 のあの泣き顔が、どうしても。の瞳をみつめるとゆらゆらと揺れていて、涙がこぼれ落ちそうだった。泣かないで、と俺が言う前にが口を開いた。

「泣かないで、ジロー」
「えっ……おれ?」
「うん、ジロー泣いてる」

 頬に手を持っていけば、たしかにぬれていた。まさか俺が泣いているなんて。

「わたし、ジローがお星様をとってきてくれるって言ったこと……忘れてないよ」
「う、ん」
「でも、お星様はもらえないってあたしが言ったの、覚えてる?」
「覚えてるよ!!でもっ」
「お星様がいらなくなったわけじゃないの、だ、けど」

 そう言ってはうつむいた。ぎゅう、とこぶしを握るのが見えて、またなにかを隠してる、そう思っていたら顔をあげたの表情はやっぱり泣きそうなさみしそうな笑顔だった。
 ねぇ、どうしてなの?

「もらえないものは、しょうがないんだよ」

「とってくれるって言ったジローを信じてないわけでも、忘れたわけでもないの」

 だから悲しまなくていいんだよ、とは笑った。
 ありがとう、と言って。違う、おれはそんな言葉がほしかったんじゃない、そんなの笑顔が見たかったんじゃない。違う、違うよ。

「ほしいんでしょ」
「え?」
「今でもほしいんだよね?」
「欲しい、けど、でも」
「おれとってくる」
「でもジロー」
「とってくる!!ぜったいにおれとってくるから!!」

 だから泣かないで、とは言えなかった。
 そうだ、星のことで勝手に泣いて、かなしんでいたのはおれの方なんだ。おれのことをお星様みたいだと言ってくれたが星をいらないと泣いたのが、おれのことをいらないと言われたみたいでかなしかった。だから、おれにはがどうしてかなしい、さみしい顔をするのか今もまだわからない。
 それでも、あの日のはお星様がもらえないと言って泣いていたから。今からでも、あの日の涙をぬぐってあげたい。
 おれはに星をプレゼントする誓いを守るから。

、目つむって手のひらだして」
「え?」
「ね、いいから早く」

 はおずおずと手のひらを前に出し、言う通りに目をつむった。おれはかばんから蛍光イエローのマーカーを出しての前に立った。キャップをはずして、の手首を握りマーカーを手のひらにすべらせる。

「ジ、ロくすぐった」
「目開けちゃだめだよ」

 手を動かそうとするの手首をぎゅ、と握った。書き終えたマーカーをポケットにしまって、のひらいた手を握らせる。

「目開けていいよ」
「なに描いてたの?」
「ひらいてみて」
「……お星様」

 の手のひらの上にはおれの書いたいびつなお星様。
 マーカーで描いたせいで少しにじんでいて、だけどがお星様って言ってくれるならそれでいいんだ。今はこんなものしかあげられないけど、でも絶対おれはが満足するお星様を──────────

「違うよ」

 違う、そう言っては泣き出してしまった。

「なんで泣」
「違うの!もう、いいの!お星様、は」
「どうして」

 どうして、ねぇどうしては泣くの?
 どうして、泣いてまで……星をいらないなんて言うの。あの日のはお星様がもらえないことに泣いていた。おれはその涙をどうすることも出来なくて、だから今もう一度ここで約束したかった。涙をぬぐってあげたかった。
 なのにどうして、は泣くの?おれとの約束を、忘れたわけでも信じていないわけでもないって、そう言ったのに。お星様をほしいって、言ったのに。
 おれは今のがどうして泣くのか、ぜんぜんわからなかった。泣いてる顔を見たくなくて必死にのことを考えてるのに、どうしておれにはわからないんだ。
 あの日はお星様がもらえないから、と泣いていたのに。今のはどうしてお星様をいらない、と言って泣くの。
 ねぇ、どうして。

「もらえないものは、ほしがっても悲しいだけなの!」
「でも、おれ、頑張るから」
「違う、違うのっもういいの、もう……っ」
「わかんないよ」

 なんで、ねぇどうして。

「なんでほしいものをいらないなんて言うの?」
「だっ、て」
「それってほしくないって、いらないってことだろ!」

 ねぇ、はもうおれのことなんかいらなくなったの?
 星の話をしているはずなのに、おれのことをお星様みたいだと言ってくれたがどうしても頭から離れなかった。おれのことをいらないと言われてるみたいで、苦しくて悲しくてしかたがなかった。
 声をあらげたおれと同じようにの泣き声も大きくなった。泣いているを見たくないって言ったおれがを泣かせてどうするんだ。でも、わからないんだ。どうしてはお星様いらないなんて言うんだよ、どうして……泣くの?

「ジローは忘れ、てるかもしれないけど」
「……」
「わたしの、お星様は」
「……」
「わたしのお星様はジローなんだよ!」

 そう言ってはボロボロと涙をこぼしながらおれをみつめた。
 はもう覚えていないと思っていた言葉が、の口からこぼれたことにおれは驚いた。
 でも、それって。

「じゃあやっぱり、おれのことがもういらないの」
「違う、そうじゃない……お星様は、もらえない、の」
「ねぇ、それはどっちの星のこと」
「どっ、ちも」
「おれは、のそばにいるよ」

 そう言ったおれに、は泣きじゃくって頭を横に降った。
 おれはずっとずっとのそばにいるのに。昔みたいに公園で遊んだりしなくなったけど、それでものとなりにずっといたよ。
 おれはのこと──────────

「そういうのじゃないっ」
「そういうのって、どういうの?」
「幼馴染とか、じゃない。わたし、ジローのこと」

 好きなの そう言って、は更に泣いた。

「え、おれのこと……好き?」

 おれは驚いて何度もまばたきをくり返した。は泣きながらも、コクンとひとつ頷いた。
 おれはやっぱりわからなかった。どうしてが泣くのか。
 だって──────────

「おれも、のこと好きだよ」

 今度はが目を丸くして、おれのことを見ていた。

「わ、たしが言ってるのは、ジローのこと、男の子として」
「うん」

 おれは、ずっとずっと前から、のこと女の子として好きだったよ。
 恋とか、まだガキだった頃はよく分かんなかったけど、それでもガキの頃からのことが大好きだった。今だってそれは変わらないよ。ううん、昔よりももっと、のこと想ってる。
 それでもはおれの気持ちが伝わっていないのか困惑した表情をしていた。
 は、お星様がもらえないと言って泣いていた。それは、おれがのことが好きじゃないってこと?それで泣いていたの?おれの気持ちがもらえないと思って、ずっとずっとはかなしい顔をしていたの?



 おれはのくちびるに、自分のを重ねた。
 驚いたまま目をぱっちりと開けるの瞳をのぞきこめば、真っ黒な瞳にお星様色のおれの髪が揺れていた。

「じ、ろう」
「おれ、ずっとのこと大好きだったよ」
「ジロー」
「もうかなしい顔しないで」

 ぽたり、との瞳から涙が落ちた。

「わたし、今すごく綺麗なお星様が見えたよ」
「え?」

 空を見上げていなかったのに、そう思いながらもおれも空を見上げようとすれば、すぐにまた名前を呼ばれた。

「わたしのお星様でいてくれるの?」
「あのときの約束は嘘なんかじゃないよ」
「わたしのお星様は、やっぱりジローだったんだね」
、おれのこと抱きしめて」

 おれはにぴったりとくっついて、が抱きしめてくれるのを待った。
 の瞳から涙はまだ落ちてるけど、その瞳からさみしさは消えていた。でもまだ、まだなんだ。おれはちゃんと、に星をあげるから。
 だから、はやくおれのこと抱きしめて。
 ゆっくりと、おれの体に回されたの腕。そっと触れるに我慢ができなくて、つよく抱きしめ返したかったけれどおれは我慢をした。
 ねえこれで、との約束を守ったことに、かなえてあげられたことになるのかな。

おほしさまつかまえた

 うれしそうに笑うの声が聞こえて、おれはついに我慢ができなくなってを抱きしめた。
 ねぇ、おれは空に浮かんだ星のように、とおいとおいむかしの光なんかじゃないよ。ずうっと前から、今も変わらずにの瞳のなかにいるんだよ。

 わすれないで、おれがのお星さまなんだってこと。






 あの日のように、再び星がきれいに輝きだした。






20140107
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