おつきさまがみつけたふたり







「んん〜今日も疲れたぁ〜」

 暑い日差しをギラギラと照らしつけてくる太陽が隠れて、代わりに黄色いお月様が静かに夜を照らす頃。縁側で日中に火照った体をしずめるように、だらりと寝転がっているひとりの女の子がいました。
 涼しい風と共に、ちりん、と風鈴が鳴いた。その音と合わせるように、その彼女もごろりと寝返りを打つ。

「んんぅ〜」

 体温よりも低い縁側の床が肌に気持ち良い。女の子はごろり、ごろりと肌を床につけるように転がりました。だんだんと冷やりとした感覚がなくなってくるのと反対に、だんだんと転がることが面白くなってくる。ごろり、ごろごろ、ごろり。着ていたTシャツが捲くれ、お腹が見えるのも気にせずに彼女は縁側でごろりごろりと転がっていました。

「んふふ、ごろごろ〜ごろ、あ」

 ぴたり、と止まる体。急に止まった体に、女の子は反射的に顔を上げました。そこには、眉間に皺を寄せて見下ろしている跡部景吾の姿。ごろごろと転がっていた女の子の体が止まったのは彼女の意思ではなく、彼が彼女の背中を足で止めたからでした。床につけるように転がったおかげでいくらか冷えた背中に、じんわりと彼の足裏の体温が広がる。じんわり、じんわりと広がる熱にふにゃりと顔を綻ばせる彼女とは反対に、彼の眉間に寄った皺はまたひとつ増えたようでした。

「お前はいつからモップになったんだ?」
「もっぷ?」
「ったく、埃を体につけるのが流行ってんのか」
「まさかあ」
「だろーな」

 彼は呆れたように笑い、彼女の背に当てていた足をよかしました。暑かったから転がっていたはずなのに。じんわり、じんわりと広がる熱が離れてしまったことを彼女は残念に思いました。その熱は、あたたかくて気持ちの良い熱だったからです。同じ熱でも、日中に浴びた太陽の熱とはまったく別物の。
 彼はすっとしゃがんで、めくれていた彼女のTシャツの裾を元に戻しました。その行為に、彼女の顔は再びふにゃりと綻ぶ。彼がしゃがんでも、ごろりと横になっている彼女は彼のことを見上げたまま、彼は彼女のことを見下ろしたまま。まったく起き上がる気配のない彼女を見下ろして、いつものことだと思いつつも彼は埃のついた髪を見て呆れました。そしてその埃を掃うように彼女の頭に平手を一発。

「あいた!」
「頭に埃つけてへらへらしてんじゃねぇ」
「え、うそ」
「明日掃除しろよ」
「はあい」

 叩かれた頭を両手で押さえて、非難の目を向けてくる彼女に彼は目を細めました。埃がついていたことを言えば、彼女はその両手をわさわさと動かし、埃を掃うように髪をまぜ始める。今掃除しろ、転がるのをやめろ、と言っても聞かないことを彼は知っていたので“明日”という単語を強調して掃除をするように言えば、彼女はわさわさと動かしていた手を止め、しぶしぶ返事をしました。くしゃくしゃになった髪としょんぼりした顔で、相変わらず寝転がったまま見上げてくる彼女に彼は再び呆れましたが、胸の奥からじわじわと何かあたたかいものがこみ上げてくるのを感じました。そして今日も彼は、彼女がだらだらと寝転がることを止めさせることが出来ないのです。
 立ち上がり離れて行こうとする彼を見て、彼女は物足りなさを感じました。それはさみしい、と言うにはとても小さい感情。けれどそれは小さい小さいさみしい、という感情に変わりはありません。引き止められた彼は振り返り、再び彼女を見下ろしました。

「一緒にごろごろしよう?」
「ふざけんな」

 彼は彼女の言葉をバッサリと切り捨てました。百歩譲って、彼女がごろごろしているのを許しすとしよう。それは彼女がそれを望み、楽しんでいるからです。しかし彼には髪に埃をつけてごろごろ床に転がるという行為を楽しいと思うことも、ましてや望むことなどありえません。寝るときはベッドで、休みたい時はソファで。畳に座るということはあっても、彼が床に寝転がるということは今までにありませんでした。それは彼の中で“だらしない”という行為に識別され、彼の中に“だらしない”行為というものは存在しないからです。
 それでももう一度お願いしよう、と口を開きかけた彼女を遮ったのが、彼の携帯電話の着信音。まるで彼の携帯にも、そんなことはありえない、と断られているようで、彼女は少し悲しくなりました。
 ────────今までだって一緒にごろごろしてくれたことなんてないし、別にひとりでも楽しいもん。
 彼女は口を尖らせながら、携帯を取りに行ってしまった彼の背中を見ていました。そして携帯を耳にあて、話し始めてしまった彼から目をそらし、そしてひとりでまたごろり、ごろりと転がり始めました。床に触れる肌が、やっぱり気持ちが良いようです。

「ごろごろ〜ごろごろ〜あ、もうまた」
「少しそっちに行け」
「え?」
「俺の場所がねえだろ」

 ごろり、ごろりと転がっていた背を再び止められ、抗議の眼差しで顔を上げれば、彼から降ってきたのは予想外の言葉。彼女が目を丸くしていると、彼は横にしゃがみこみ彼女を追い払うようにひらひらと手を振りました。“俺の場所”という言葉に首をかしげつつも、彼女はずるずると寝たまま体を言われた通りにずらしました。すると、彼女が横にずれて空いた空間に、彼がぱたりと寝転がったのです。

「え!」
「今だけここをベッドだと思ってやる」
「えええ!」

 寝転がって自分を見つめてくる彼に、彼女は目を丸くして驚きの声をあげることしか出来ませんでした。今まで誘っても誘っても、一度も床に寝転がってくれなかった彼が。寝転がる度に足で止め、寝転がることを何度も止めてきたあの彼が。今彼女の目の前で床に寝転がっているのです。彼女はここがベッドの上なのではないかと、もしくは自分が夢を見ているのではないかと、床に自分の頭をゴツ、ゴツと叩きつけてみました。けれど痛みを感じないはずもなく、じりじりと痛む頭にこれが現実で、ここが床の上だということを認識させられたのでした。
 今まで散々止めてきた自分が床に寝転がることに彼女が驚くのも無理はない、と彼は思いましたが、それでどうして今度は床に頭を打ち付け始めるのか意味が分かりませんでした。その上、床に寝転がるという“だらしない”行為を自分はしているのですから、眉間に寄る皺がいつも異常に増えてしまっています。けれど、胸にじんわりとあたたかいものがこみ上げてきたのもまた事実でした。ベッドで寝るときには今のように同じ目線になることもありましたが、いつもは自分が見下ろしてばかりの床の上で、彼女と同じ目線になることに彼は不思議なあたたかさを感じていたのです。

「今だけだからな」
「ご、ごろごろしてくれるの?」
「……一回だけだ」

 床に寝転がるだけでなく、まさかごろごろもしてくれるのだろうか?そわそわした気持ちでそう問えば、多少間があいたものの、しぶしぶ彼はOKの返事をくれました。
 彼は彼女の願いを叶えてあげるべく床に寝転がったのですが、今まで良しとしていなかったその行為を自分がするということに多少抵抗を感じました。けれどここはベッドの上であり、自分は寝返りをうつだけだ、そう心の中で唱えながら彼女に返事をしたのです。
 彼女は彼が一緒にごろごろをしてくれることに、わくわくする気持ちを抑えられませんでした。

「じゃあ、どうぞ!」

 ────────どうぞ、って何だ。
 彼はそう思いましたが、始めるタイミングもよく分からなかったので彼女の言葉を開始の合図として、体を一回転半させ、彼女に背を向けるかたちで体を止めました。彼女がいつもしているように、ごろりごろりと体を転がすことが出来るはずもなく、これでいいのかとも思いましたが後は彼女の反応を背中越しに伺うことにしました。けれど彼女の言葉は一言も聞こえて来ず、不審に思いながら顔だけで振り向けば彼女は寝転がっておらず、両手を膝につき座り込みながら瞳をきらきらさせて彼を見下ろしていました。てっきり寝転がって、彼女もごろごろと転がっているのだろうと思っていた彼は驚いて思わず固まりました。

「なん」
「景吾がごろごろした!」
「お前がしろっつったんだろーが」

 ────────一緒にごろごろしたかったんじゃないのかよ、なんで座ってんだ。
 きっとごろごろする彼をしっかりと見ていたかったのでしょう。座って瞳をきらきらさせる彼女に彼が呆れていれば、彼女はばたりと寝転がり、ごろごろと転がりながら彼に突進してきました。背中で彼女を受け止める彼の顔はやはり呆れ顔です。けれどその口元は、緩められていました。

「景吾、もっとそっちにごろごろしてくれないと!」
「するかよ」
「えぇー、これ以上進めないよ」
「反対に進めばいいだろ」
「だめ、こっちにごろごろしたいの」

 彼の背中にぶつかり、ころがりたいアピールをしてくる彼女に、彼は笑いを噛み締めて振り返りました。

「だめ」

 そう言って彼女を自分の腕に閉じ込めて、彼は笑いました。もうごろごろと転がるのはご免だけれど、たまにならこうして床で一緒に転がってあげてもいいかな、と彼は思いました。ベッドで横になっているのと何が違って、床で転がることの何が良いのかは未だに分かりませんが、彼女が楽しいのなら、彼女と同じ目線になれるのならば、たまには良いなと彼は思ったのでした。
 彼女は彼の胸に顔をうずめて「ごろごろしようよ〜」と、この状態に満足しながら言いました。こうして二人で寝転がっているだけでこんなにも幸せなのだから、二人でごろごろしたらもっと幸せで楽しいんだろうな、と思いながら。






20100730
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