蒼いキズ





 今日は、赤也と一緒にお昼を食べる約束をしていた。お昼まであと30分、あと20分と楽しみにしていたのに、15分をきった所で私は机に腕を伸ばして眠ってしまった。授業に集中する気も起きないで赤也とのお昼をただ楽しみにしていた私の耳に、先生が読む古文の物語は良い子守唄になってしまったのだ。それが、赤也を怒らせる元凶になってしまった。
 授業が終わっても気付かないで寝ている私を見かねて、隣の席の山田くんが私を起してくれたのだけれど運悪くその瞬間を私を迎えに来た赤也に見られてしまったのだ。誰かが私を呼んでる声がするな、とは思ったもののなかなか目が覚めなくて、そんな私を山田くんは親切にも肩を揺すって起こしてくれた、それが悪かった。私に触れていること、そして耳元で声をかけてくれていた近い距離が、赤也の逆鱗に触れてしまったのだ。
 赤也はヤキモチ妬きな方だし、独占欲も強い方だと思う。しかも相手が“3年の男の子”の場合は、特に。学年がひとつ違うことを気にしているのか、3年の男の子絡みのこととなると特に、怒る。
 寝ぼけ眼で山田くんにお礼を言っていると、後ろにいきなり引かれた腕の痛みで一気に目が覚めた。驚いている山田くんを視界に入れつつ、私も驚いて振り向けばそこには山田くんを睨んでいる赤也の姿があった。じわり、と汗をかきながら状況を理解した私は鞄からお弁当を掴んで立ち上がり、慌てて赤也の腕を引いた。

 黙ってついてくる赤也をちらりと振り返れば、苛立った瞳と目が合った。どうしよう、と思っていると引いていた腕を逆に引かれて、今度は私が引っ張られて歩いた。振り返りもせず、ずんずん進んで行く赤也に黙ってついて来た先は、ほとんど使うことのない空き教室だった。何度か赤也と来たことがあるここは、あまり陽が入らなくてお昼を食べるにはしけっぽすぎる場所だった。
 乱暴に開けられたドアは、赤也と私が教室に入れば再び乱暴に閉められた。
 握られた手首が、痛い。

「あか──っ」

 口を開けば、ぶつかるような赤也の唇に声を遮られてしまった。そのまま壁に押し付けられて、先ほど教室で引かれた腕が再び痛んだ。抵抗なんてしていないのに、まるで私が逃げると思っているような赤也の手が、私の腕に食い込んでいく。何度も何度も重ねられる熱い唇の合間に、私は痛みの呻きを何度か漏らした。

「ッ、センパイ」

 苛立ちの中に、苦しそうな赤也の瞳が揺れていた。痛いのは私の方なのに、赤也の方が何倍も痛いように見えた。実際、そうなのだろう。きっと私のこの痛みは、赤也の感じている痛みなのだ。

「ごめんね赤也」
「分かってるんスか」
「うん、もう授業中に寝ないね」
「そうじゃねぇよ、寝顔見られてんのもムカつくけど」
「分かってる」

 そう言えば、赤也は私を思い切り抱きしめた。私の首に顔を埋めて、痛いほどに抱きついて来た。私は赤也のくせのある髪に口付けて、胸の奥がきゅうっと締まる痛みに耐えた。
 赤也といると、痛いことばかりだ。

「赤也、お昼ごはん食べよ」

 ずっとこのままでもいいけど、この空気はもういらない。いつもの赤也の笑顔の方が見たかった。
 顔を上げた赤也は、先ほどのつり上がった眉とは違い、不安げに眉を下げていた。

「あれくらいで、って思ってます?」
「ふふ、少しね」

 山田くんにあんなにコワイ顔を向けていたのに、今は叱られた子供のように可愛い顔をする赤也に笑えば、拗ねたように口を尖らせてしまった。

「メシ食いましょ」
「うん──痛っ」

 身体を離し、椅子に座ろうと私の腕を引いた赤也に、私は思わず声を漏らしてしまった。最初に教室で腕を引かれた時、ついさっき壁に押し付けられた時、どちらも同じ左腕を強く握られたのだ。その腕が、今は軽く引かれただけでも痛みが走った。
 赤也は感情がそのまま抑えきれずに力に出てしまう時がある。だから、たまに掴まれた所が青くなっていることがあるのだけれど、今回もそうなってしまったようだった。いつもは家に帰って気付くから、それを赤也に気付かれたことはなかったのに。
 動きを止めた赤也に気付かれまいと、私は何もなかったように椅子に座った。赤也もそのまま椅子に座るから気付かれないで済んだのだと思ったのに、そうはいかないようだった。私の隣に椅子を引いて近付けて、赤也は私の腕を持ち上げた。乱暴だったけれど、掴む手は先ほどよりも何倍も弱い。そのまま袖を捲られ見えた腕は、予想通り赤也に掴まれた部分が青くなっていた。それを見て赤也は情けない声で私の名前を呼んだ。

「ごめんなさい」
「いいの、先に悪いのは私だから」
「でも……もしかして俺、よくセンパイにこんなことしてたんじゃ」

 ふるふると首を振るも、信じてもらえなかったらしく赤也は私の腕を掴んだまま項垂れてしまった。
 もちろん痛い、けど。でもいつも赤也の熱い想いを感じるから、気になんてならないのに。私にとってこれは傷じゃなくて、赤也のくれた跡なんだけどなぁ。
 そう言えば、赤也は顔を上げて私を見つめた。

「センパイ、そういうのマゾって言うんスよ」
「マゾじゃないですう、赤也だからいいよって言ってんの」
「……良く、ねえよ」

 顔を真っ赤にしながら逸らした赤也の掴んでいた腕に、再び力が入った。ほらやっぱり、無意識にそうやって赤也の気持ちと連動してる。
 だけど今回はすぐに気付いて、赤也は私の腕を離した。

「どうしよ、俺センパイのこと優しく触ってるつもりだったのに」
「いつも優しいよ?」
「センパイ、マゾだから分かってねぇんスよ」
「だから違うってば」

 本当に、いつも優しく触れてくれてる。痛い時があるからこそ、いつも優しく触れられる時に赤也の優しさを感じて幸せになるのに。いつも優しいから、感情が抑えられなくて強く触れられる時に胸が甘く苦しくなるのに。結局は、赤也にだったら私はどんな風に触れられたってこうして幸せを感じるのだ。
 今だって、こうして赤也の口から優しくしてるっていう気持ちを聞けて、こんなにも嬉しくて胸があたたかくなってる。赤也が眉を下げることなんて、ひとつもないんだよ。
 下がっている赤也の頭に触れれば、赤也はそのまま私の腕に顔を寄せた。そうして、青くなった二の腕に唇を落とした。

「でもこれ、なんか俺がつけたキスマークみたいっスね」

 そう言って赤也は歯を見せて笑った。






20120423
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