ステップアップ・スキンシップ!





 私は千歳が好き。

 千歳を目で追って、たまにお喋りをして、それだけで今までは満足していたのに。恋をすると人は少しずつ欲張りになってしまうもので、今私は千歳のあの大きな手に触れてみたくて、触れられたくて仕方がなかった。
 千歳の大きな手は、柔らかいのかな?いつもラケットを握っているから、豆があって固いのかもしれない。力は、私よりもずっとずっと強いんだろうな。そしてきっと、千歳のあの雰囲気と同じように温かいんだろうな。
 千歳の大きな手に頭を撫でてもらえたら、どんなに幸せな気分になれるんだろう。少しでいいから、その幸せな気分を味わってみたい。

「だから謙也、協力して」
「はあ?告白なら一人で行きや」
「そんなこと出来るわけないでしょ!」

 告白なんて最後のステップまで、私はまだ進めていないのだ。そうじゃない、そうじゃなくって、目で追ってお喋りをして、そこから少し先に進んでみたい、少し先を味わってみたい、それだけなの。告白なんて、私にはまだまだ出来ない。

「彼女にならんと千歳に触ってもらいたいやなんてお前そんなん」
「違う!ちょっと待って、なんかその言い方やだ、違う!」
「違わへんやろ、千歳に触っ──痛!なにすんねん!」
「違うって言ってんでしょ!変な言い方しないでよ!」

 なんだかいやらしい言い方をする謙也の頭を叩いて、睨んだ。謙也は私に叩かれた場所を手で押さえながら眉間に皺を寄せた。
 謙也とはこんなに簡単にスキンシップがとれるのに。恋って本当に思い通りにいかない。私は謙也の手のごつごつした感じも、力の強さも、子供のような体温も、知りたくもないのに知ってるっていうのに。千歳のことは、なにひとつ知らない。千歳には少しだって触れたことも、触れられたこともない。

「こーいうのでいいの、ちょっとしたスキンシップをとってみたいの」
「千歳にど突かれたいんかい」
「……もうそれでいいけど」

 お子様謙也クンには恋する気持ち分かんないのねー、と相談相手を間違えたことを漏らせば、謙也は更にむっとした顔をした。

「誰がお子様や!」
「謙也」

 ボソッと呟けば、謙也はいきなり私の腕を掴んで引いた。私は椅子から落ちるように立ち上がり、そのまま走りだした謙也に合わせて慌てて足を動かした。

「ちょっ謙也、どこ行くの!?」
「お前、もっと早く足動かせへんの。昼休み終わってまうで」

 呆れた顔で振り向く謙也に、私は切れそうな息を抑えながら口を開いた。昼休みはあと20分もあるっていうのに、それが終わってしまうだなんて一体どこまで行く気なんだ。

「だからっ、どこに行くのっ」
「千歳んとこやろ」
「えっ」

 確かに、協力してって言ったけど、今から千歳のところに行って何する気なの?謙也の読めない思考に私は焦った。

「待って、なにする気?」
「せやから、千歳がお前を触ればええんやろ。俺にまかせとき!」
「ど、うやって」

 あぁ、もう!走るの早い!バタバタと廊下を走りぬける私たちに、生徒の視線が痛かった。でも、今はそんなことどうでもいい。謙也が何をやらかそうとしているのかの方が気になるのに、謙也は私の質問通りに答えてくれない。
 私は、ただちょっぴり、千歳の手の大きさと温かさを知りたかっただけなのに。
 千歳が金ちゃんの頭を撫でるように、私もほんの少しだけ千歳の温かさを感じたかっただけなのだ。だから、腕相撲でも指相撲でも、なんでも良かった。謙也を混ぜれば、友達同士でするじゃれあいに見せかけて、千歳の手に触れられるかなってちょっぴりずるいことを謙也に協力して欲しかったの。
 謙也はそれをちゃんと分かってくれて、私の腕を引いているんだろうか。

「千歳!」

 謙也の声に顔を上げれば、木陰でパンをかじっている千歳が見えた。走ってくる私たちにわずかに驚いている。

「そぎゃん急いで、どがんしたと?」

 もう息も絶え絶えで、ただ息を吸って吐いてを繰り返すだけで精一杯な中、謙也にもう一度「待って」と声をかけてみても、私の腕を引く謙也の力は弱まらなかった。
 こんな髪も乱れて息もまともに出来ない状態で千歳の前に行きたくないのに!謙也のアホ!
 結局最後は引きずられるように千歳の前にしゃがまされて、走りつかれたしかめっ面が千歳に見えないようにと私は下を向いた。乱れた息を必死に整えながら空いている手で前髪を直す。そんな私を知る由もなく、息ひとつ乱れていない謙也の明るい声が頭上で響いていた。

「千歳、ちょお手だし」
「手?」

 え、なにする気なの謙也────!
 謙也を止めようと顔を上げれば、千歳はパンを口に咥えて、パンくずがついた手のひらをかざしていた。声を出すのも追いつかず、謙也は千歳の腕を掴んで私の頭に千歳の手を押しつけた。

「っ!」

 ち、ちと、せの手────
 千歳の手は、想像していたのよりも、ずっとずっと大きかった。私の頭がすっぽりとおさまってしまうんじゃないかっていうほどの安心感が、あった。
 思っていた通り温かいのに、この状況のせいで上がってしまった体温が邪魔をして、千歳のぬくもりがよく分からない。

「なんばしよっと?」
「ヒーリングや!」
「ヒーリング?そぎゃん力なかよ」

 笑う千歳の声に、胸がきゅうっと締め付けられる。ただでさえ息が苦しかったのに、これ以上は息が止まってしまいそう。
 突発的すぎる謙也の行動に文句を言いたいのに声にならなくて、でも結果的に千歳に怪しまれてないし、私の希望はかなったし、感謝すべきなのかと考えながらも、やっぱりそれどころじゃなかった。
 私の頭に触れていた千歳の手が一度離れたかと思えば、今度はその指が私の髪に触れたのだ。

「パンのついたばい」

 だめ、もう私死にそう。
 本当に、ほんの一瞬でいいから千歳の手のぬくもりが知りたかっただけなのに、こんなにも触れられたらもう、心臓が持たない。この状況に耐えられなくて、私は両手で顔を覆って地面に顔を伏せた。
 そんな私を心配して、千歳が背中を撫でるものだから、きっと私の心臓はもうすぐ止まってしまうはずだ。

 どうしよう、少し先に進みたかっただけなのに。
 その手から全てを、私のものにしてしまいたくなっちゃった。






20120423
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