あたためあって





 日曜の朝、珍しく関東に雪が降った。だからと言って部活が休みになるわけもなく、俺は朝早くから積もり始めた雪を踏みしめて学校へと向かった。
 テニスコートにつけば道路と同じようにうっすらと一面が白くなっていた。既にあちこち足跡がつけられていて、はしゃぎながら雪をコート脇に寄せている後輩の姿が見える。
 まったく、若いってのは元気でいいねぇ。
 コート整備が終わるまで部室で寒さを凌いでいようと思えば、幸村くんがにっこりと笑って「まさかこれくらいの気温で寒いだなんて言うわけじゃないだろうな?うちのレギュラーが?」と言うもんだから俺はさっさと着替えラケットバックをロッカーにつっこんでコート脇のベンチで身体を丸めていた。
 だーさみい、さっさと整備終わらせろよぃ。
 走り込みでもして身体を動かせば少しは暖まるだろうが、寒いとこう、動くのが億劫になる。最初の一歩を踏み出す気がなくなるのだ。鼻を赤くしながらもあまり寒くなさそうな後輩たちを恨めしそうに見つつ、コート整備を手伝う気にもならない。テニスならする、だから早く整備を……と思っていると視界の隅にデカい雪だるまが映った。

「仁王お前それ着こみすぎだろぃ、真田にはがされんぞ」
「むり、凍死する。ブンちゃんの脂肪わけて」
「凍死しろ」
「ピヨ」

 恐らくジャージの下にもTシャツではなくロンTを着ているだろう仁王は、その上に自前のダウンを着て、更にその上に部活用のベンチコートを着ている。首にはマフラーがぐるぐる巻きだ。もこもこと着ぶくれた身体を丸めて俺の隣で体育座りをし、外気に触れているのは鼻から上だけという状態で、もごもごとこもった声が聞き取りにくい。

「仁王せんぱい、できたよー」
「遅いぜよ、凍死するとこじゃった」
「そんなに着こんでるくせに何言ってるんですか」

 後ろから声をかけてきたのは2年のマネージャーだった。彼女も雪かきをしている後輩たちと同じように鼻を赤くしながら仁王の前に立ち、水筒から湯気の出た何かを注ぎだした。

「なにそれ」
「ホットポカリです。仁王せんぱいが寒くて死んじゃうって言うから」
「ずりぃ、仁王だけ?俺には?」
「仁王せんぱい飲み終わったら丸せんぱいにもあげてね」

 おかわりはあるから、と水筒を見せる彼女から仁王は顔をそむけた。

「だめ、これは俺のじゃもん」
「早く真田に身ぐるみはがされろ」
「ブンちゃんやばん〜」

 お前がぶりっ子しても可愛いくねーんだよ、と思いつつ俺等のやりとりを見て笑う彼女を俺は手招いた。そして仁王にニヤリと笑う。
 お前はせいぜいそのポカリで温まってろぃ。

「ポカリなんていらねーよ、俺は人肌で温まるから」

 近づいてきた彼女の手を強く引いて、覆いかぶさるように倒れてきた身体を俺は抱きしめた。

「まままままっ丸せんぱいっ!」
「ブンちゃんちかん〜」
「お前に言われたかねーよ」
「俺がいつちかんなんてしたと?」
「昨日グミもらった時にこいつの指ごと食ってたろ」
「グミかと思ったんじゃ」
「あれ痛かったんですからね!」
「傷残った?」
「それほどじゃないですけど」
「なんじゃあ、残念。傷モノになったら俺が責任取ろうと思ったのに」
「もう、ふたりともからかうのいい加減にしてくださいよ!」
「つーかこれ、俺はあんま温まんなくてお前だけ温まってねえ?」

 横にある彼女の真っ赤な耳を見て言えば、俺にこれ以上寄しかからないようにと不自然な前かがみの体勢でもがきだした。
 こんなんで慌てちゃって可愛いねぇ。
 次はどうしてやろうか、と考え始めた所で俺が何もしていないのに彼女は悲鳴を上げた。

「ひゃっ!」

 悲鳴と同時、か先に パシッ という音は聞こえたが、何の音なのか分からず抱きしめていた腕を緩めれば彼女は俺から勢いよく離れて自分の背中に手を回した。

「冷た…!」
「ガキんちょ赤也じゃのう」
「赤也!?」

 どうやら赤也が彼女の背中、というか頭に雪をぶつけて、それが背中に入ったらしい。叫び声につられて視線を向ければ、おっかねぇ顔をした赤也がこっちを睨んでいた。
 バカだな、あいつ。

「うぅ〜とれない……冷たい」
「ほら後ろ向いてみ。とってやるから」
「えっ、でも」
「ジャージ濡れると風邪ひくぞ。溶ける前に取った方がいいだろぃ?」
「ブンちゃんセクハラ〜」
「うっせぇな、コートから手出す気のない奴は黙ってろぃ」
「へ、へんなことはしないで下さいね」

 恐る恐る、俺に近づいて背中を向ける彼女のジャージを少しめくり、手を入れる。雪はだいぶ背中をつたって落ちてきていたようで腰の所で掴むことが出来た。が、これだけじゃつまんねーだろぃ。俺は「うん」とは言っていない。つまり、へんなことはしない、とは誓っていないのだ。
 雪だけは地面に落して、俺は自分の手をそのまま彼女の背中にぺたりとつけた。すると声にならない悲鳴を上げ、俺から勢いよく離れて行った。なんだよ早いっつーの、ようやく俺も温まれるかと思ったのに。

「ななな、なにするんですか!変なことしないって言ったのに!」
「俺は返事してねーだろぃ。それに今のは変なことだったか?」
「変でしょ!どうみても!」
「え、マジ?仁王もそう思う?」
「変じゃなか〜俺の手も温めて」

 ポカリを飲むときですらコートの袖に手を隠したままだったくせに、さっと手を出した仁王に彼女はさっと一歩後ろに下がった。

「二人ともヘンタイ!」
「なんでだよ、手が冷たくてラケット握れないから温めてもらおうと思っただけだぜ、なぁ仁王」
「ウン。手が凍傷になってしまいそうじゃ」

 はやく、と眉尻を下げる仁王に彼女はたじろいだ。こいつは本当に何度騙されても懲りない。というか”お願い”に弱いんだよなぁ。そこがカワイーんだけど。
 どうしようか迷っている彼女の背後から不機嫌オーラ全開の赤也が近付いてきて俺は笑った。

「ほっかいろ買ってきましょうか」
「手で温めてくれればええよ」
「でも私の手も冷た──ッ!」
「マネージャーがサボッてんじゃねぇよ」
「さ、サボってないし!冷たいから離してよ!」

 後ろから近付いた赤也は、彼女の首を自分の冷えた手で掴んだ。それを離させようと彼女は振り返って赤也を見るも、赤也は離す気はないようだった。

「ガキんちょ、邪魔しないでくれんかのう」
「誰がガキんちょっスか!」
「お前だよお前。さっさとコート整備してこいっつうの」
「もう終わってるんスよ!」
「ていうか、離してってば!」

 冷たい手で首を掴まれたまま彼女は怒った顔で両手を上げた。何かと思えば、その両手はそのまま赤也の両頬を挟んだ。冷たい思いをさせられた仕返しのつもりなのだろうが、逆効果だ。顔を赤らめ彼女から離れる赤也にやれやれと思う。
 そんなんじゃいつまでたってもカノジョに出来ねーぞぃ。

「なっ、にすん────
「さっさと集合せんか!」

 なんだよ、こっからが面白い所だってのに。
 響いた真田の怒声に息を落とすも、ようやく体を温められるならいいか、とベンチから腰を上げた。
 顔を真っ赤にした赤也と雪だるまな仁王、そして俺は彼女に見送られながら、まるで寒さを感じさせない真田がいるコートへと走った。






20120317
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