バレンタインのお楽しみ





 そういえば今日の部活は各自筋トレで終了だったか。久しぶりに早く終わる部活、その後は何をして過ごそうか、など考えながら昼食をとり終え読書をしていた時のこと。教室のドアからひょっこりと赤也が顔を出した。こうやってこっそりと俺の教室に赤也が来る時は、何か俺に相談がある確立98%だ。嬉しい報告がある場合は俺の名を呼びながら遠慮なく教室に足を踏み入れるからな。赤也の相談とは何だろうか、と考えながら俺は読んでいた本をしおりを挟んでから閉じた。

「どうした赤也」
「柳せんぱい…」
「またなにか弦一郎に怒られることでもしたのか?」
「また、って何スかー!違いますよう、先輩に…その、相談があって」

 予想通り、赤也は俺に相談があって来たようだ。いつもに増して何やら言いにくそうだが、一体何の相談だろうか。

「どうした?」
「絶対、ぜーったい誰にも言わないで下さいよ!?」
「俺は今まで誰かに言った記憶はないが?」
「えぇ、だっていつもいつの間にか先輩方皆知ってるじゃないっスかー!」
「それは仁王や丸井の仕業だろう」
「…いないっスよね!?仁王先輩も、まる先輩も!」
「今のところ、いないようだな」
「えっと…じゃあ、耳かしてください」

 昼休み中。誰もが騒ぎながら昼食をとったりしている中、そんなことをしなくても誰にも聞こえてはいないはずだ。よほど今回は誰かに聞かれたくない内容なのだろう。俺は赤也が話しやすいようにと耳を傾けた。

「あのですね、オレ…その、ぎ、ぎゃ、」
「ぎゃ?」
「なんつーか、ぎゃ、…く、あ゛ーーーーッ!!」
「ッ、」
「言えねっス!」

 よほど言いづらい内容なのか、何でも良いが、耳元で 叫 ぶ な …!キーンとする耳を押さえながら、開いている方の手で俺は赤也の耳を引っ張った。

「痛て、いたたたっ」
「いいか赤也?耳には鼓膜というものがあってだな、耳元で大声を出すと鼓膜が破れるということがあるんだ。その鼓膜が破れるとな、今はこうして聞こえている声が」
「すんません!すんません!もーしませんから耳離して柳せんぱいっ」
「…ったく、そんなに言いづらいことなのか」

 耳を離してやり、そう聞く俺に赤也は「痛いっスよう」と涙目になって見せた。どっちの方が痛かったと思っている。まだ軽く耳鳴りがするのを感じながら俺は先を促した。

「言いづらかろうとも、相談しに来たのなら話さないと意味がないだろう」
「そうなんスけど…」
「ぎゃ、の続きはなんだ?」
「あの…柳先輩ってCMとか見ますっけ?」
「CM?テレビを見ている時に流れる程度ならな」
「それでっスね、その、ぎゃ、逆、ちょことかって…知ってるっスか?」
「逆チョコ?あぁ、男性からチョコを贈ろうというものだろう。聞いたことがある」
「だからオレ…作り方教えて欲しいんス!」
「作り方?何のだ?」
「その…チョコの」

 そういうことか。今年は逆チョコというCMに煽られて、赤也自ら好きな女性に愛の告白をしたいというのだな。それで俺にチョコレートの作り方を教わりに来たというのか。しかし、俺もバレンタインに贈るようなチョコレートを作ったことなどないのだが…。

「ブン太の方が菓子作りは得意だろう」
「ダメっスよ!まる先輩なんかに頼んだら笑われますもん絶対!」
「しかし、俺も菓子作りは得意ではないぞ」
「でも柳先輩なら器用そうっスし、レシピとか見たらなんとかなると思います!」
「なんとかって…」
「お願いします柳先輩っ!」
「そもそも赤也にはお姉さんがいただろう、一緒に作らせてもらってはどうだ?」
「姉貴になんて頼んだらどうなると思ってんスか!勘弁してくださいよ!」
「………」
「柳せんぱぁい」
「…保障はしないぞ」
「大丈夫っス、柳先輩なら!」

 そういうわけで、俺は赤也と共に逆チョコを作らねばならなくなってしまった。菓子など特に作ったことはないのだが…可愛い後輩の頼みだ、失敗するわけにはいかない。さっそく菓子作りのデータを揃えねば、そう考えた俺は時計に目をやった。まだ昼休みが終わるまでに20分はある。今のうちに少し調べておくか。

「赤也、昼はもうすんだのか?」
「ウィッス!ソッコー食ってから来ました!」
「じゃあ、付いて来い」
「へ?どこ行くんスか?」
「図書館だ。菓子作りの本が何かあるはずだ」
「えぇ!?学校で調べるんスか!?誰かに見られたら…!」
「そんなにコソコソせずとも大丈夫だろう」
「えぇー…バレたらオレマジで死ぬっス」
「ではバレないように行動するんだな」

 次の授業の教科書を机に出し、俺は赤也にそう言って笑いながら教室を出た。今のところ弦一郎、ジャッカル、ブン太はまだ昼食をとっているはずだし、精市は花に水をやりにいっているだろう。柳生も読みかけの本があったはずだ。仁王は…今日の天気の良さだと屋上で昼寝だろうか。全員が図書館に来ないという保障はないが、それほど心配しなくても良いはずだ。教室を出た俺に慌ててついてきた赤也は、何を思ったのか俺の背中にぴったりとくっついて歩き出した。俺は思わず足を止めて後ろを振り返った。

「…何をしている?」
「バレないようにしてるっス!」
「赤也…」
「ささ、柳せんぱい!バレないうちにサッサと図書館行くっスよ!」

 俺の背中を押して進むように促す赤也に俺は溜息をついた。バレないようにって…これでは前からはバレないだろうが、後ろからは丸見えだ。そもそも、こんな風に歩いている方が逆に怪しく思われる。

「赤也」
「なんスか?誰か来ました!?」
「…後ろからは丸見えだ」
「ゲッ!柳せんぱい!オレ隠れられねっス!」
「隠れなくて良い、普通に歩け」

 バレないように、とは不必要に騒がずにいろ、という意味で言ったんだが、どうやら赤也には“見えないように”という意味になったらしい。そんな不可能な。呆れつつ俺は赤也の腕を引いて横を歩かせた。

「別に俺と二人で歩いていることに関して不自然さはないのだから自然にしていろ」
「でも」
「図書館で見つかっても勉強を教えているとでも言えば、いつものことだろう」
「なるほど!さっすが柳せんぱい!あったまイイー!」

 緊張が解けたのかスキップするように歩く赤也に俺は笑った。

「楽しそうだな。で、渡す相手は同じクラスのか?」
「えええっ!?なん、なんでそれを知って…」
「俺のデータを侮るなよ」

 手伝いの褒美と言ってはなんだが、少しは楽しませてもらうとするか。






20090214
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