ガキで鈍感な彼女は





 最近、俺は不機嫌になることが多い。




「どうしたの?」
「ア゛?」
「見るからに機嫌悪そうだけど」
「べっつに!」

 別に、はないだろ…俺!
 朝から乱暴にドアを開けて教室に入るなり近くにあったゴミ箱を蹴っ飛ばした俺に、クラスの奴等はどこか怯えてる。それなのにいつもおかまいなしに声をかけてくるのは、隣の席のだけだ。なのに俺は不機嫌な態度をそのままにぶつけて、ガタガタと乱暴に椅子を引いて机に突っ伏した。床に投げ出した鞄の中に入っている弁当が横になっていようが知ったこっちゃない。

「朝練でなんかあったの?」
「何もねぇし」
「話するときはこっち向いてよね」
「…なんだよ」

 どんなに乱暴で不機嫌な態度をとろうと、何故かだけは俺に臆することなく話しかけてくる。クラスの女は怯えたような目で見てくる奴もいるし、仲の良い男友達だってこんな時は触らぬ神に祟りなし、とでもいうのかあえて話かけてきたりなんかしない。なのには、おせっかいとでもいいたくなるくらい構わず俺に話しかけてくるから、それがどういう意味なのかを考えるだけで息が詰まるような、そんな感覚がする。俺にまったく関心がないからなのか、それとも俺に──────だぁ、クソ!
 余計なことを考えそうになる頭をガシガシとかいて、俺は考えるのを無理矢理止めた。そしての言う通りにしぶしぶ顔を向ければ、はじっと観察するように俺のことを見ていた。話すって言ってみたりじっと見てきたり、一体なんなんだ。つーかマジマジと人の顔見んな!
 じっと見られることに耐えられなくなった俺は「なんだよ!」と大きな声を出した。ビクリと肩を揺らすを見てしまった、と思ったがもう遅い。こんな態度をとりたいわけじゃねぇのに、うまく感情は隠せねーしついデカい声をだしちまうし、こんな自分のガキくさい所にうんざりする。それなのには、やっぱり何もなかったように再び俺に話しかけてくる。

「だから、何で不機嫌なのって聞いてんの」
「不機嫌じゃねぇよ」
「嘘つき。赤也って見てればすぐわかるよ」
「どこが」
「素直すぎっていうか、感情が表にですぎっていうか」

 フン!と鼻を鳴らして俺は顔を背けた。
 じっと見ていられると恥ずかしくて耐えられないのに、見ていてくれてるのだと思うと恥ずかしいけど、嬉しかった。

「赤也」
「…なに」

 “話をするときはこっちを向いてよね”と言ったの言葉を思い出して、俺は顔を少しだけに向けて返事をした。するとは鞄からコンビニの袋を出して、中に入っていたサンドイッチを出しながら「食べる?」と聞いてきた。「食う」と一言ボソリと呟いて、俺は体ごとに向けた。
 今朝、寝坊して朝練に遅刻しそうになったせいで朝飯を食ってこれなかった。その代わりに朝飯用のおにぎりを練習後に食おうと思ってたのに、それも俺が不機嫌になった理由のせいで食いそびれていた。その今朝のことを思い出して、腹ん中がまたムカムカする。

「今日朝ご飯食べてこれなくって」
「俺も」
「赤也も?寝坊しても食べてくるのに、珍しいね」
「別に」
「別に、ばっか!ちゃんと私の質問に答えないとあげないからね!」
「…ちょっと時間なかっただけだっつーの」
「ふーんまた寝ぼ、あ!私もタマゴサンド食べたかったー!」

 タマゴサンドを手にとり口に運ぶ俺を見ては非難の声をあげた。食うかって聞いてきたくせに、どっちだよ。にちらりと目線をやれば、眉を八の字にしてアホみたいに口を開いている。そのマヌケ面に、思わず噴出してしまった。笑いながら「しょうがねーから半分やるよ」とひとくちで半分食べて、残りをの口へ押し込んでやれば、は満足そうに目を細めた。もとはのサンドイッチだけど、なんか俺が餌付けをしてるみてェ。口元にタマゴをつけながら口をもごもごと動かすは何とも言えず可愛くて、俺はにやけそうになる口元を笑って誤魔化した。

「もふぉは、わはしのれすへど!(元は、私のですけど!)」
「食いながら喋んなよなー」
「あ、カツサンドも半分こね!」
「へいへい」

 きっとそう言うだろうと思いながらカツサンドに手を伸ばせば、案の定「半分こ」のご要望。思わず笑う俺を見て、笑う。笑うを見て、笑う俺。そうやっていつの間にか俺は機嫌が悪いことを忘れて、機嫌が悪かった理由も今はどうでも良くなってたりする。
 そんなことに、きっとは気付いてなんかいねーだろうけど。


* * * * * * * *



 昼休み。昼飯も食べ終えて自販機に飲み物を買いに行った時、俺の機嫌は再び悪くなった。自販機の横で、と仁王先輩がなにやら楽しそうに話しているからだ。まさか今朝と同じ理由で再び機嫌を悪くするとは自分でも思ってもいなかった。
 今朝、朝練も終わり着替えもすませ部室のドアを開けると、いつの間に着替えをすませたのか制服姿の仁王先輩と、ちょうど登校してきたが何かを話していた。二人とも笑って、楽しそうに。俺と一緒に勉強を教わったのをきっかけにが柳先輩とよく話すようになったのは知ってるけど、いつの間に仁王先輩とまで仲良くなったのかは分からなかった。別に、が誰と話していようと俺には関係ねぇ。けど、仁王先輩と話ている時のの頬が心なしか赤く見えるせいで、俺はどうにも穏やかでいられない。よりによって相手は仁王先輩。俺の学年からも三年からも、あーでもないこーでもないと人気のある、あの仁王先輩だ。まさかも他の女と同じ理由で頬を赤らめているのか、それとも仁王先輩お得意の話術ではからかわれているだけなのか、もしくはお互い本気なのか。なんにせよ俺は気分が悪い。

 俺は飲み物を買うのを止めて、そのまま屋上へと向かった。と仁王先輩が話している姿を見ても気軽に話しかければいいものを、そんなことも出来ずにこうやって背を向けてしまう自分にいつも余計に腹がたつ。
 屋上について寝転がれば、陽射しのせいか余計にのどが渇くのを感じた。いらいらするのをどうにかしたくて眠ろうとするのに、すんなりとは眠れない。五時間目開始のチャイムが聞こえたのを無視して俺は溜息をついた。どうしてと仁王先輩が話すようになったのかが分からない、と仁王先輩がいつも何を楽しそうに話しているのかが分からない、と仁王先輩の関係が、分からない。とはクラスメイトなんだ、仁王先輩とは部活仲間なんだ、どっちにだって簡単に聞けるのに俺はどっちにも何も聞けないままでいる。クラスメイトだからこそ、部活仲間だからこそ、余計に聞けなくて、自分はそんなイイ子チャンだったかと呆れてくる。そのせいで話す二人を見てはいらいらして、そのままにまで不機嫌な態度をとっちまう。そんな態度、とりたいわけじゃねーのに。


 結局いらいらしたまま、いつの間にか俺は眠っていた。じんわりと汗ばむ体に不快感を感じながら体を起こし、いい加減喉が渇いたのをどうにかしたくて屋上をあとにした。
 自販機でコーラを飲み干して、乱暴に缶をゴミ箱に捨てた。寝たおかげで忘れたと思ったのに、ここに来たせいでまた思い出しちまった。クソ、いらいらする。かといってまたサボるわけにもいかねーし…仕方なく教室へ戻れば、何故か腕を組んで仁王立ちしている真田副部長がいた。げ、なんで。

「赤也!」

 真田副部長は俺を見つけるなり怒鳴った。なんだよ、よりによって今真田副部長に会わなくたっていいだろ。小さく返事をして近寄れば、何故だか俺がサボっていたことがバレているみたいでガンガンと響き渡る声で真田副部長は俺に怒鳴った。

「何度目だと思っているのだ!」
「…すんません」
「前回言ったことをもう忘れたのか!!」

 柳先輩がいれば「そのへんでやめておけ、弦一郎」なんて止めてくれんのに、今日は一緒じゃないのかよ。永遠に続きそうな説教を前に更に俺はいらいらした。今日はなんだっつーんだ。と仁王先輩が楽しそうに話してる現場に二回も出くわすわ、真田副部長に説教くらうわ。ついてねーにもほどがあんだろ。
 いつまで俺は怒鳴られるんだとうんざりしていた所で、の声がした。

「真田先輩」
「む、お前は…」
「赤也のクラスメイトのです」
「あぁ、そうだったな。すまない」
「宿題の答え合わせしたいんで、赤也借りてもいいですか?」
「ならば仕方ない。赤也、次はないからな!」
「…ウィーッス」

 を前に怒鳴ることを戸惑った真田副部長は、そのままのお願いをしぶしぶ受け取り帰って行った。俺は真田副部長が背を向けたのを見ての顔も見ずさっさと教室へ入った。
 真田副部長のあの剣幕にビビらねぇ女なんていねーのに。宿題だって出てなかったはずだ。なのに、なんでは…。

「お礼の一言もないのー?」
「………」
「赤也?」
「………」
「また機嫌悪くなっちゃったの?真田先輩に怒られるなんていつものことじゃん」
「うっせえ!」

 机にうつ伏せになってそっぽを向いたまま、俺は声を荒げた。「“また”機嫌悪くなっちゃったの」というの言葉。きっとは俺が何か気に入らないことがあって不機嫌になってると思ってる。気に入らないことがあるのは確かだが、そうじゃねーんだよ。うまく押さえ込めない感情も、態度も、その理由も。きっと何ひとつは分かっていない。分かんなくて当然だ、ただそんな態度をとる俺が悪い。
 でもどうしても、とのこの距離がもどかしくて、うまく出来ない。









 今日は委員会の日だから部活開始時間は四時半。それまでは自主練で、コートに入っている奴も数人しかいない。その中で俺は、いらいらを晴らすには体を動かすのが一番だと一人もくもくと打ち込みをしていた。テニスコート横のベンチには柳先輩とが何かを話している。俺を見るの視線を感じながらも、俺は気にしないふりをしてボールを打った。
 は委員会の日のこの時間に、柳先輩のところに来ることがよくある。俺が柳先輩に勉強を教えてもらうときに、も誘ったのがキッカケだった。柳先輩は面倒見の良い人だし、色々なことを知っていて話していて面白いのかは柳先輩のことが好きになったらしい。この“好き”は、先輩後輩としての好きだ。と話していて聞いたことだし、俺自身そうなのだということが分かる。すごく簡単なことを言えば、は柳先輩といて頬を染めない。俺はと柳先輩が話していても嫌な気分にはならないし、普通に話しかけることだって出来る。あの二人は先輩後輩の関係、なのだ。

「う、わ、仁王先輩!」

 急に大きくなったの声に思わず振り向けば、先ほどまでいなかったはずの仁王先輩がの後ろにいた。また、仁王先輩かよ。テニスをすることでいらいらが少し解消されていたのに、仁王先輩とが一緒にいるところを見るだけでまたいらいらが湧き上がってくる。が俺に話しかけてくれても、俺に笑いかけてくれても、仁王先輩といるところを見ればすぐにまたこれだ。それで俺はまたに嫌な態度をとっちまうんだろ。もうそんなのうんざりなんだよ。
 どうしてと仁王先輩が話すようになったのかも、と仁王先輩がいつも何を楽しそうに話しているのかも、と仁王先輩の関係も、全部聞けず仕舞いで分からないままだ。二人が話していても声をかけられない。

 ──────けど、な!!
 
俺は渾身の力を込めて、ボールを仁王先輩目掛けて打ち込んだ。
 俺がただ見てるだけだと思わないでくださいよ、仁王先輩。二人がどういう関係なのか聞けないなら聞けないままでいい。そんなこと知らないままでいいんだよ。要は仁王先輩をに近づけさせなきゃいい話だ。そうすれば俺がいらいらすることも、に嫌な態度で接することもなくなる。
 の目の前をすり抜け、仁王先輩の腹部目掛けて飛んだボールは、予測していたのか仁王先輩のラケットに弾かれて勢い衰えぬまま俺のところまで戻ってきた。目を丸くして驚くの後ろで、仁王先輩は俺を見てフと笑った。全部お見通しとでも言いたげな目で。
 俺はアンタが何を考えてるのか知らねーけど、今のは宣戦布告ですからね仁王先輩。その意をこめて俺は仁王先輩を睨んだ。





 それからすぐに、柳先輩も仁王先輩も部室へと消えた。それなのにはぼーっとベンチに座ったままだ。そんなに気をとられていたせいで、ボールまでもが引き寄せられるようにの足元へ転がった。
 まだいらいらしてるし、心の中では仁王先輩に宣戦布告してるし、一体どんな顔での前に出ればいいっつーんだよ。俺は複雑な心境のまま、ボールを取りに足を動かした。ボールを握るの前に立って、結局俺はそっけない態度しかとることが出来ない。

「さっきは危なかったんですけど」
「こんなところにいるんだからボール飛んで来ても文句言えねぇだろ」
「なにそれ」
「ボール返せよ」
「質問に答えたら返してあげる」
「ハ?いいから返せよ」

 さっき飛ばしたボールは、自分を狙ってきたんだと思っているのかはじとりと俺を見た。けれどいつもの俺の不機嫌と受け取ったのか相変わらず気にしていないようないつもの態度だ。急に質問だなんてワケのわかんねーことを言い出して、何を聞かれるのかと思えばの次の言葉に俺の心臓は跳ねた。

「さっきのボール、仁王先輩狙ったんでしょ」
「なっ」
「赤也が不機嫌なのも全部仁王先輩のせいでしょ?」
「ッ!!」

 なん、なんで、なんでそんなこと聞いて来るんだよ!つーか、何でそれを知って──────何を言ったんだよあの先輩方!

「赤也、顔あか」
「いいからボール返せよ!」
「ちょっ」

 仁王先輩は分かんねーけど、柳先輩になら俺の気持ちがバレててもおかしくない。いや、さっきの含み笑いからして仁王先輩だって知っていそうだった。まさか俺の気持ちを、に吹き込んだわけじゃねーよな!?焦りやら怒りやら羞恥やらで俺の顔は赤くなっていたのか、指摘されるのを遮り俺はからボールを無理矢理奪ってコートへ戻った。つうかそもそも、なんでは俺にそんなこと聞いてきたんだよ!困惑する俺の背中に、の声が投げつけられた。

「危ないからボールあちこち飛ばさないでよ!」
「お前には当てねーよ!」

 俺は一瞬振り返ってに叫び返した。
 ホントに俺が仁王先輩を狙ったってこと、その意味分かってんのかよコイツ。どこまで、何を知ってんだよ。ああもう、ワケ分かんねェ!!余計なことしてくれてたら、仁王先輩だろうと柳先輩だろうと容赦しねぇっスよ!



 とりあえず。もう仁王先輩が頻繁にお前に近付くことも、お前が仁王先輩に頬を染めることも今後ないことを覚悟しとけよ!!






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