ガキで鈍感な彼は





 最近、赤也が不機嫌な時が多い気がします。



「どうしたの?」
「ア゛?」
「見るからに機嫌悪そうだけど」
「べっつに!」

 別に、じゃないでしょ…。朝から乱暴にドアを開けて教室に入って来たと思えば近くにあったゴミ箱蹴っ飛ばしたりして。クラスの皆は怯えてるし、朝だからまだゴミは入れられてなかった空のゴミ箱は転がったままだし。私の隣の席に座った赤也は、声をかければ返事をするものの私の方を見もしない。ガタガタと乱暴に椅子を引いて座り、そのまま鞄は床に投げ出したまま机に突っ伏してしまった。

「朝練でなんかあったの?」
「何もねぇし」
「話するときはこっち向いてよね」
「…なんだよ」

 ガシガシ、と頭をかいてこっちに顔を向けた赤也の顔は、一瞬泣き出しそうな顔に見えた。けれど次の瞬間にはもう不機嫌そのものな顔をしていて、ただの私の見間違いだったのかと私は赤也の顔をじっと見た。観察するように赤也を見ていると、もう一度「なんだよ!」と言われ睨まれてしまった。急に大きな声を出されたことに対してビクリと肩を揺らしたけれど、クラスの皆が赤也に抱いているような恐怖心を私が赤也に抱いているということではない。赤也は普段は明るくてクラスの皆からの人気もあるけれど、時折見せるこういう態度やテニスをしている時の悪魔化なんてものの噂のせいでで内心ビクビクしている子が少なからずいるのだ。だから今みたいに赤也の機嫌が悪そうな時は触らぬ神に祟りなし、と皆は遠巻きに見ているだけ。それでも私が赤也に対して恐怖心を感じないのは、赤也と仲が良いから、赤也の優しいところ知ってるから、って思っていいのかな。

「だから、何で不機嫌なのって聞いてんの」
「不機嫌じゃねぇよ」
「嘘つき。赤也って見てればすぐわかるよ」
「どこが」
「素直すぎっていうか、感情が表にですぎっていうか」

 フン!と鼻を鳴らすように赤也はまたそっぽを向いてしまった。最近割りと不機嫌になることが多い赤也の、不機嫌な理由はなんだろうと考えてみた。今日の朝練で真田先輩にまたコテンパンにされて拗ねたのか、それともまた寝坊して遅れて行って真田先輩に怒られたのか…。ブン太先輩とケンカでもしたのかもしれないし、もしくは仁王先輩に何か騙された?どれもあり得そうで、考えてみても答えは分からなかった。一昨日は真田先輩に怒られて鉄拳くらって不機嫌だったんだよね。あの時はほっぺたが赤くなってたからすぐわかったけど、今回はほっぺも赤くないし…何もヒントがないなあ。

「赤也」
「…なに」

 そっぽを向いたまま、顔を少しだけこっちに向けてチラリと私を見て赤也はそう言った。さっき私が“話するときにはこっちむいて”と言ったのを守ってくれてるようだ。そういう所は素直で可愛いんだけど。そんなことを思いながら、私は鞄からコンビニの袋を出して赤也に袋の中身を見せた。中に入っていたサンドイッチを出しながら「食べる?」と聞けば「食う」と一言ボソリと呟いて、赤也は体ごとこっちに向いた。

「今日朝ご飯食べてこれなくって」
「俺も」
「赤也も?寝坊しても食べてくるのに、珍しいね」
「別に」
「別に、ばっか!ちゃんと私の質問に答えないとあげないからね!」
「…ちょっと時間なかっただけだっつーの」
「ふーんまた寝ぼ、あ!私もタマゴサンド食べたかったー!」

 赤也の口に運ばれたタマゴサンドを見て非難の声をあげれば、ようやく赤也は笑って「しょうがねーから半分やるよ」とひとくちで半分も食べて、残りを私の口へ押し込んだ。

「もふぉは、わはしのれすへど!(元は、私のですけど!)」
「食いながら喋んなよなー」
「あ、カツサンドも半分こね!」
「へいへい」

 カツサンドに手をのばした赤也にそう言って、私も赤也も笑った。どうやら赤也の機嫌はなおったようだった。まぁ、いつもこんな感じで何かとすぐ機嫌は良くなるんだけれど。そのおかげで結局、赤也が何で機嫌悪いのかはわからず仕舞いのまま。まぁそれも、いつものことだけど。



* * * * * * * * 



 昼休みに友達と中庭でお弁当を食べて、昼休み終了のチャイムと共に席に戻って来た私の隣は五時間目の授業が始まっても空席のままで、授業が終わっても赤也が戻ってくることはなかった。赤也の嫌いな数学だし、どっかでサボッて寝てるのかなーなんて思いながら六時間目の授業の準備をしていると廊下から「けしからん!」なんて真田先輩の怒鳴り声が聞こえた。あらら、もしかして赤也がサボッてたの見つかっちゃった?今朝も機嫌悪かったのに、また機嫌悪くなっちゃうんじゃないの…。案の定、ドアに目をければ威厳タップリに立っている真田先輩と、だるそうに立っている不機嫌顔の赤也の姿が見えた。

「何度目だと思っているのだ!」
「…すんません」
「前回言ったことをもう忘れたのか!!」

 もうそろそろ授業も始まるし、いつもなら「そのへんでやめておけ、弦一郎」なんて涼やかで穏やかな柳先輩の声が聞こえてくるのだけれど、どうやら今日はいないらしい。ガンガンと真田先輩の声だけが廊下にも教室にも響く響く。このままだったら説教は永遠と続きそうだし、更に赤也の機嫌が悪くなっちゃったら嫌だなぁと思って私は二人に近づいた。

「真田先輩」
「む、お前は…」
「赤也のクラスメイトのです」
「あぁ、そうだったな。すまない」
「宿題の答え合わせしたいんで、赤也借りてもいいですか?」
「ならば仕方ない。赤也、次はないからな!」
「…ウィーッス」

 真田先輩が背を向けるのを見て、赤也はさっさと教室に入って行ってしまった。ちょっと、私にありがとうの一言もなしですか。

「お礼の一言もないのー?」
「………」
「赤也?」
「………」
「また機嫌悪くなっちゃったの?真田先輩に怒られるなんていつものことじゃん」
「うっせえ!」

 机にうつ伏せになってそっぽを向いたまま、赤也は私に怒鳴った。なんだか今日の赤也は不機嫌モードが常にオンらしい。いつも怒られてもヘラヘラしてたりするんだけどなぁ。どうしたことやら。








 別に私は赤也の彼女でもないし、機嫌悪い理由をいちいち言いたくないなら言ってくれなくてもいいけど。まぁ彼女だとしても言いたくないのなら言わなくてもいいのかもしれないけど。言わなくてもいいけど、でも!心配してる私に八つ当たりすることはないんじゃないの!それに最近いつもに増して機嫌が悪いときが多いし。赤也って前はこんなに短気じゃなかった気がするのに…。感情全部表に出すなんて、そんなのただのガキじゃん!

「そう思いません?柳先輩!」
「そうだな」

 柳先輩は微笑んで私の方を見た。この人はいつも穏やかな人だ。赤也も少しは柳先輩を見習えばいいのに。私はテニスコートの近くのベンチに柳先輩と座りながら、コートで練習をしている赤也を見た。今日は委員会の日だから部活開始時間は四時半。それまでは自主練らしく、コートに入っている人も数人しかいなかった。私はたまに、その時間を利用して柳先輩に会いに来る。
 二年になって赤也と仲良くなってから、私は柳先輩と話をするようになった。赤也がテスト勉強を柳先輩に教えてもらうときに私も一緒させてもらったのが最初のキッカケ。それ以来、柳先輩とは会えば何かと話をする。第一印象はなんだか話しかけずらそうな人と思ったのだけれど、一度話してみれば話しやすいし聞き上手だし、赤也を手なずけてるだけあって後輩の面倒見も良くて私のことも可愛いがってくれるから、私も柳先輩のことが大好きになったのだ。色々なことを教えてくれて、話していてとても面白い人。
 まあ、こういう風に大半が赤也の話になっちゃうんだけど。

は、最近仁王と仲が良いようだな」
「え…におうせんぱい?」
「昨日の放課後と今日の昼も一緒にいるのを見かけたんだが、随分仲が良さそうだったな」
「そ、そんな別に何もないですよ!」

 まったくもって予想外の話の展開にあたしは慌てた。本当に何もない。最近仁王先輩から話かけてくれるようになって、格好良いと人気のあの仁王先輩と仲良くなれて嬉しいとは思うものの、本当にそんな、仲が良いと言われるようなことはなにもない。なのに、何故か顔が熱くなるのを感じて私は頬をおさえながら柳先輩を見た。すると柳先輩は「知っている」と涼しい顔で笑った。

「な、わざとですか!」
「別にわざとも何もないんだが。勝手にが勘違いしただけだろう?」
「う…、そうですね」
は仁王に恋しているのか?」
「ええ!?違いますよ、カッコイイとは思いますけど!」
「なら何故顔を赤くしたんだ?」
「え、そんな別に」
「仁王と話している時も心なしか赤いように見えたんだが」
「うそ、本当ですか?なんだろ…仁王先輩の魔力?」
「誰の魔力がどうしたと?」
「う、わ、仁王先輩!」

 近くには誰もいないと思っていたのに、いつの間にか私の後ろには仁王先輩が立っていた。ラケットをトントン、と肩に乗せて揺らしながら私を見て笑う。驚く私とは反対に、何の反応も示さない柳先輩は仁王先輩がいたことに気付いていたみたいだった。

「何しとるんじゃ?」
「柳先輩とちょっとお喋りしに」
「俺んとこには来てくれんのぅ」
「最近赤也の機嫌が悪いから柳先輩に相談し、──ッッ!?」
「おー悪いクセが出たのう。ご機嫌ナナメのようじゃ」

 体を少し後ろに向けながら仁王先輩と話していると、突然私の目の前をテニスボールがすごい勢いで通り過ぎて、またすぐに戻って行った。どうやら飛んできたボールを仁王先輩がラケットで打ち返したみたいだった。あまりに一瞬の出来事に驚いてわけが分からなかったけれど、仁王先輩と柳先輩の視線の先を見ればそこにいたのは赤也で、赤也がボールを飛ばしてきた犯人のようだ。練習中に間違ったのかと思いながら呆然と赤也を見ていれば、赤也はこっちを睨んでからどこかへ行ってしまった。
 ボールが飛んできたのは間違いじゃなくて、わざとですか。

「機嫌悪いからって私に八つ当たりしなくても…仁王先輩にあたるところだったじゃん」

 それにしても。仁王先輩に当たらなくて良かったものの、テニスボールの軌道が少しでもずれていたら、あれは私に当たっていたっていうこと?あんな勢いのボールが当たったら絶対痛い、どころじゃないよね…機嫌悪いのもそうだけど、八つ当たりもいい加減にしてほしい。赤也は恐くなくとも、あのボールの威力は恐い。
 色んな意味で溜息をつくと、そんな私を見て仁王先輩も柳先輩も笑った。

「…なんで笑うんですか」
「まぁ、赤也は確かにガキで不器用ではあるが」
「素直じゃけん」
「え?まぁ、素直なとこもあると思いますけど」
ちゃんはにぶちんやの」
「にぶちん?」
「さて、ここで問題だ。赤也の機嫌が頻繁に悪くなり始めた頃には誰と話をするようになった?」
「…はなす?」

 話の展開が良くわからなかった。どうして急に私が鈍感なんて言われたんだろう。それに赤也の機嫌が悪くなるようになった頃に私が誰と話すようになったか、ってどういうこと?それと赤也の不機嫌に関係があるの?いつも柳先輩はわかりやすく話してくれるのに、今日はなんだかちょっと回りくどくて分かりずらい。頭の中に?マークをたくさん浮かべていると、仁王先輩がベンチの背もたれによしかかりながら私と柳先輩の間にずい、と顔を出した。

「…仁王先輩?」
「正解」
「え、正解?」

 急に仁王先輩が顔を出すものだから、どうしたのかと思って声をかけただけなのに“仁王先輩”が正解だったらしい。私はてっきり“柳先輩”が正解だと思っていたんだけど…仁王先輩が正解なの?首をかしげながら柳先輩を見れば、柳先輩はすぐに次の問題を出した。

「では次の問題。今、赤也がボールで狙ったのは誰だ?」
「それは簡単です、私」
「ブブー、俺じゃ」
「えぇ、これも仁王先輩?ていうか仁王先輩を狙ってたの!?じゃあ今日赤也が機嫌悪いのって仁王先輩のせい?」
「そうなんじゃが…まだわかっとらんの」
「分かってますよー。赤也が機嫌悪くなるようになった頃に私が話すようになったのが仁王先輩。で、その仁王先輩が赤也の不機嫌の原因、でしょ?」

 どうしてこんな回りくどい教え方をしてくれたのか私は不思議で仕方がなかった。仁王先輩と柳先輩は何やら顔を合わせて笑っている。それにしても、柳先輩の言い方からすると仁王先輩が赤也の不機嫌の理由、原因なのって、まさか今までずっとってこと?

「赤也が機嫌悪い理由が仁王先輩なのって今日だけ?いつも?」
「ま、だいたい原因は俺やのー」
「仁王先輩と赤也って仲悪いんですか?」

 そんな話、今まで聞いたことなかった。赤也はなんだかんだ言いつつも、テニス部の先輩みんなを尊敬していて大好きだったはず。だとすると、最近仁王先輩と仲悪くなっちゃったのかな?それで、仲の悪い仁王先輩と私が喋ってるのが嫌で余計不機嫌だったとか?でも仁王先輩の話題が出ることって普通にあったと思うんだけど…一緒にいるところだって見るし。よくわからない。そんな私の考えを見透かしたように柳先輩は口を開いた。

「仲は良いと思うぞ」
「でも赤也の不機嫌の理由のほとんどは仁王先輩なんですよね?」
「そうじゃの」
「じゃあなんで仁王先輩のせいで赤也が不機嫌になっちゃうんですか?」
「…難しいな」

 そう言って柳先輩は微笑んだ。ちっとも難しそうな顔はしていない。

「どうすべきだろうな、仁王」
「そうじゃなぁ。あんまり世話焼いてもまた不機嫌になりそうやしの」
「赤也は世話焼かれて不機嫌になるんですか?」
「そうであり、そうではない」
「…今日の柳先輩わかりずらいです」
「とにかく赤也は俺にとって可愛い可愛い後輩で、ちゃんも可愛い可愛い後輩ってことじゃ」
「ぜんぜん答えになってないですよ!」
「もう時間だな」
「え、待ってください!結局どういう」

 腕時計を見て立ち上がった柳先輩とそれについて行く仁王先輩に私は慌てて声をかけた。結局、仁王先輩のせいで赤也が不機嫌になる理由はなんなの?難しい問題だとしても、赤也の不機嫌が続くのは嫌だから教えて欲しいのに…もしかして私に教えていいかどうかが難しいところってこと?だとしたらそう言って欲しいのに、いつも分かりやすく話してくれる柳先輩が今日は言葉足らずでよく分からない。そんなところに、からかうのが大好きな仁王先輩が加わるものだから余計にこんがらがってしまう。
 私から数歩離れた所で二人は顔を見合わせて、こちらに振り向いた。

は赤也に恋をしているのか?」
「えっ!?」
ちゃんはいつも赤也の話しばっかしじゃー」
「そっ、そんなことないです!」

 柳先輩と仁王先輩に出来る共通の話題が赤也のことだから多くなっちゃうだけで、別に赤也の話ばかりしているわけじゃ…!それでも二人の言葉は私の隠していた感情を表に出すには十分の力があったようで、私の顔は真っ赤になってしまった。

 からかわれて、ベンチにひとり取り残されて赤也の不機嫌な理由も分からず仕舞い。ここにいてもしょうがないし、帰るかと立ち上がろうとした時、ころころとテニスボールが足元に転がってきた。拾い上げると、不機嫌オーラ出したままの赤也が私の目の前に仁王立ちしていた。

「さっきは危なかったんですけど」
「こんなところにいるんだからボール飛んで来ても文句言えねぇだろ」
「なにそれ」
「ボール返せよ」
「質問に答えたら返してあげる」
「ハ?いいから返せよ」
「さっきのボール、仁王先輩狙ったんでしょ」
「なっ」
「赤也が不機嫌なのも全部仁王先輩のせいでしょ?」
「ッ!!」

 あの二人に聞いて分からないのなら本人に聞いてみよう、と思って二人から教えてもらった少ない情報を赤也に問いかけると、赤也は何故かうろたえて顔を真っ赤にしてしまった。え、どうして?私べつに赤也を恥ずかしがらせるようなこと聞いてるわけじゃないんだけど…なんで動揺して赤面してるのこの人。仁王先輩のせいで不機嫌になる理由は、何か恥ずかしいことなの?

「赤也、顔あか」
「いいからボール返せよ!」
「ちょっ」

 顔が赤いことを私に指摘された赤也は更に顔を赤くして私からボールを無理矢理奪ってコートに戻って行ってしまった。触れた赤也の手は、とてもとても熱かった。それが移ってしまったようで、私の手もとてもとても熱い。その手をぎゅうっと握り締めながら私は赤也の背中に叫んだ。

「危ないからボールあちこち飛ばさないでよ!」
「お前には当てねーよ!」
「……そういう問題じゃなくて」

 今朝の会話をまだ覚えていてくれてるのか、一瞬だけ顔を私の方に向けて赤也は叫んだ。そして私は溜息をつく。私に当てないでよねっていうことじゃなくて、誰か他の人に当たったら危ないって言いたかったんだけど。あっちこっちボールを飛ばして、みんなが赤也に対して怯える要素が増えたって知らないから。

 赤也に怯えないで、そばにいるのが私だけになったって知らないからね。






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