片想いは廻り続ける





 あぁ、寒い。

 これが異常気象というやつか、最近やたらと寒くて見廻りを終えて屯所に戻ってくる頃には体の芯まで冷えてしまう。外での張り込みがないだけ良いにしても、せめて何か騒動があれば止めに入って体を動かせるし、潜入捜査や長期の張り込みでもあれば室内で過ごすこともできるのに。
 平和であることに越したことはないけど、手袋もマフラーも侍がするもんじゃねぇ、と副長が許可してくれないもんだから、どうにか身体を温めるために何か一悶着くらいあっても良いのに、なんてことを思ってしまう。
 こんな寒い日は、攘夷浪士も犯罪者も、事件を起こす気力が湧かなくて当然だ。寒くて家から出たくない、なんて俺だけじゃなく皆が同じ気持ちでいるに決まってる。



 見廻りを終えて屯所の門を通った俺は、ぶるり身体を震わせた。
 次の任務に行く前に少し時間があるし、風呂に入っちゃおう。
 午後からの任務は深夜まで長引きそうな案件だし、それまでに一度体をあたためておきたかった。もちろん、副長には絶対に見つかってはならない。
 副長が屯所に戻ってきているのかは分からないけど、とりあえず副長室には近寄らないように庭から自室へと戻ることにした。
 すると庭には、洗濯物を取り込んでいるちゃんの姿があった。黙々と洗濯物を取り込む彼女は、俺には気づいていないようだった。
 ちゃんも、寒くて早く中に戻りたいのかな。

 テキパキと洗濯物を竿から外す後ろ姿を見て、俺の中に小さな悪戯心が芽生えてしまった。


 俺はそのまま気配を消し、さっと彼女の背後に立った。
 一応、真選組の監察とでも言おうか、俺が真後ろに立ってもちゃんは相変わらず気がついていないようだった。
 俺は彼女の背後で両手を広げ、そして彼女の顔の高さまで手を持ち上げた。そうして素早く、冷えた両手で彼女の頬を包んだ。
 柔らかな肌は、ひやりと冷たかった。きっとそれ以上に、俺の手は冷たいのだろう。

「ひゃっ……総悟!」

 ちゃんを驚かせようと、ちょっとした悪戯心だった。
 驚く彼女にゴメンと謝りながら笑い合えれば、湯に浸かるよりも早く俺の心がほっとあたたまる……なんて思っていたのに。
 彼女の一言に、俺の心はあたたまるどころか一瞬にして氷点下に突き落とされてしまった。

 ちゃんが呼んだのは、俺ではなく沖田さんの名前。
 自分から仕掛けたことだというのに、俺の口元はぴくりとも動かなかった。いやむしろ、ひきつるようにぴくりと動いている。
 冷たい手を嫌がるように振り返ろうとするちゃんの頬に少し力を入れ、俺の方に顔を向けようとしているのを思わず止めた。ちゃんに、こんな引きつった顔を見られるわけにはいかない。
 そのことに怒った彼女の声は、再び抗議するように沖田さんの名前を呼んだ。

 確かに、いつもこんな悪戯を仕掛けるのは沖田さんだ。顔が見えないのだから、行動からちゃんがそう判断したって仕方がないことでもある。触れているこの手が、俺のものだとすぐ気づくような、ちゃんとはそんな甘い関係でもない。
 分かっているのに、ちゃんを見て勝手に淡い期待を抱いた俺には、冷えきった体にピシリと亀裂が入るような、鋭いダメージだった。

 俺を沖田さんと勘違いしているなら、いっそ本当に、あの人のような悪戯を仕掛けようか。

 俺は押さえていた頬から手を離し、彼女のうなじへと手を伸ばした。頰よりももっと冷たさを感じて、驚くだろうと思ったのだ。
 けれど白く細いうなじに触れる寸前で、俺はその手を止めた。彼女の頼りない首筋を見ながら、俺は自分の考えや行動にうんざりとした。
 大人しくショックを受けていればいいものを、沖田さんに勝手に嫉妬して、更に悪戯の手を進めて、厭らしい上に沖田さんならこんなことをするのか?と想像して、余計に嫉妬が深まっている。
 ちゃんにとっては良い迷惑だ。
 寒空の下、健気に仕事をしているというのにこんな邪魔をされ、勝手に的外れな嫉妬をしている俺に背後を取られているだなんて。
 迷惑どころか、恐怖だろ、こんなん。

 片思いとは、恐ろしい。
 ほんの淡い期待のはずが、相手にとってはその真逆になり得てしまう。
 せめてどうか、振り返ったちゃんに嫌な顔を向けられませんように……。全て俺が悪いことは分かっているけれど、そう願わずにはいられなかった。
 最初からいつも通り「お疲れ様」って声をかければ良かったのに。ほんの1、2分前の愚かな自分を殴ってやりたい。

「今日は冷えるね」

 馬鹿みたいな俺の感情のあれこれがちゃんにバレないように、俺はいつも通りの声色で、口元には微笑みを称えながらようやく声を出した。
 もちろん、汚らわしい行いをしようとした俺の両手は素早く下げ、もうちゃんには触れないようにと自分の腿の横にピタリとおさめている。

 あぁ、ちゃん、どうか笑って振り向いて。

 もしくは、いつも沖田さんにそうするように、怒ってくれてかまわない。俺はただ、軽蔑の眼差しを向けられることだけがこわかった。

「退ちゃんだったの!?」

 沖田さんだと思い込んでいたちゃんは、俺の声を聞いて先ほどとは別の意味で驚いて振り返った。
 可愛らしい瞳をまん丸にして驚いている、ちゃん。
 その頬が、みるみるうちに赤く染まっていった。

「そ、総悟だと思ってたから……」

 頬を押さえながらしどろもどろと照れたように話すちゃんの姿を見て、先ほど抑え込んだはずの愚かな自分が再び顔を出してしまいそうだった。
 怒るでも、軽蔑するでもない。
 こんな表情をされて、淡い期待を抱かずにいられる男がいるのだろうか。

「びっくりした?」
「するよ……退ちゃん、手が氷みたいなんだもん」
「ごめんね、ついあっためたくなっちゃって」
「私の首じゃあったまらないでしょ」
「ちょっとあったまったよ」
「もう……私は寒くなったんですけど」

 本当に?
 責めるように見上げられても、あまり信憑性がない。思わず手を伸ばして、ちゃんの真っ赤な耳に触れてしまいそうになる。
 さっきまでは、こんな風に赤くなっていなかったのに。これは寒さのせいじゃないよね、ちゃん?

「じゃあ、俺がお茶淹れてあげようか」
「お仕事いいの?」
「ちょっと休憩してから次の任務だから、大丈夫」

 洗濯物を入れている籠を持ち上げて、空いている手で俺はちゃんの手を握った。
 触れないように、と下ろしたはずの手があっという間に持ち上がり、彼女に触れてしまう。俺の感情と同じように、簡単に浮き沈みしている。
 片思いとは、本当に恐ろしい。

ちゃんの手、あったかいね」
「い、今は洗濯物取り込んでたから……」

 ちょうど今、寒いと言っていたばかりだからか、それとも今朝食堂で「冷え性で指先が冷える」という会話をしたことを思い出しているのか、ちゃんは自分の手があたたかいことを言い訳するように、俺から目を逸らした。
 そんな姿が可愛らしくて、片思いの愚かさを反省したばかりなのに、俺はいとも簡単に舞い上がってしまった。

「やっぱりちゃんであったまれるなぁ、俺」




 副長にバレないように、こっそり風呂に入って冷えた体をあたためてから任務に行こうと思っていたけれど、ちゃんといると、もっと心の奥からあたたかくなれる。
 その反面、簡単に凍てつくことも出来るのが悩みどころだけど。

 でももしかしたら、俺の気持ちを伝えても良いのかもしれない。
 懲りずに淡い期待を抱いてしまうけれど、意外と春はもうすぐそこのような気がした。

 ちゃんの梅のように赤く染まる耳を眺めながら、俺はそんなことを思った。






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