“す”からはじまるアイコトバ





 縁側で洗濯物を畳みながら、庭で汗をかいてミントンをする退ちゃんを眺めて、溜息をひとつ。

ちゃん、今溜息ついた?」
「ついてなーい」
「フンッ、フンッ…えぇ、ついてたよ、幸せ逃げるよ?」
「退ちゃんのがさっきからフンフン溜息ついてんじゃん」
「これは溜息じゃないから!」

 人の気も知らずに、毎日ミントンミントンミントンときどきカバディ。私のちっちゃな溜息に気付くくせに、私の心の中の大きな気持ちには気づかないんですかね、この人は。

「土方さんにバレたら切腹だよー」
「大っ丈夫、フンッフンッフンッ!さっき見廻りに出てったからっ」
「あ、土方さんおかえりなさい」
「せせせ洗濯物手伝うよ!」

 私の「土方さん」という一言で、退ちゃんはミントンを縁側の下に隠し、素早く私の横に積みあがっていた洗濯物を手にした。ミントンを放り投げ、さっきからずっと洗濯物畳んでましたと言いたげに真面目な表情を作っている退ちゃんに私は呆れた。ミントンの汗なのか、はたまた土方さんに対する恐怖の汗なのか、顔からダラダラと汗が流れてますけど。どうやったら洗濯物畳むだけでこんなに汗がかけるっていうの?

「ばーか」
「…えっ、バカって…嘘ォ!?」
「土方さんの気配も読めないなんて、監察失格なんじゃないですかー」
「意地悪だなァ、ちゃん。せっかくノッてたのに」

 ただの素振りに“ノッてる”とかってあるんだろうか。ミントンは嫌いじゃないけど、私にはその感覚がさっぱり分からなかった。未だに汗をだらだら流しながら笑顔で答える退ちゃんに、私は畳んだばかりのタオルを顔に押し付けた。
 些細なことに気がついて私の気持ちを盛り上げるくせに、私の体中を占めている大きな気持ちに触れてこないなんて、退ちゃんの方が意地悪だと思う。

「退ちゃん、汗すごいよ」
「ん、けっこーやってたからね」
「このタオル使わせてあげるから、畳むの手伝ってね」
「はいよ。んー洗い立てのタオルはいいね」

 お日様の香りだ、なんて言いながらタオルに顔を埋めて、気持ち良さそうに微笑む退ちゃんの顔が私の瞳いっぱいに映った。
 退ちゃんの嬉しそうな顔を見ると、私も同じように、それ以上に嬉しい気持ちになる。退ちゃんを想うと、むずむずとした胸の疼きを感じるの。退ちゃんの柔らかい空気が、表情が、時にへにゃりと情けないほどに優しい退ちゃんが、私はたまらないのだ。
 こうして穏やかな時間を一緒に過ごせるのなら、このままでもいいかなあって思う。女中と隊士の、このままの関係。だけどやっぱり、それだけじゃ全然物足りないって思ってしまう私がいる。日に日に、もっと退ちゃんと一緒にいたい、もっと退ちゃんの笑顔が見ていたい、もっと退ちゃんに私を見て欲しいって…欲張りになる。それなのに、私にはまだ一歩を踏み出す勇気がない。
 一歩踏み出した先に何があるのか、わからなくて…。

「退ちゃん、クイズね」
「うん、なに?」
「すで始まって、すで終わる言葉、なーんだ?」
「すで始まってすで終わる?」
「そ」
「分かった!」
「え、もう!?」
「瑞西!」
「すいす?なにそれ」
「外国の国の名前だけど、あれっ違った?」
「ちがーう」
「す…スラックス?」
「は?なにそれ?」
「え、これも違う?なんだろ、すで始まってすで終わる…」
「ねぇ、すらっくすってなに?」
「外来語だよ、ズボンのこと」
「ふーん」

 隊服のズボンをつまみながら、退ちゃんが答えた。すらっくす、って言うのね。退ちゃんって、意外と物知りなんだよね。流石監察とでも言うべき?
 それにしても。その監察の情報収集能力は、物事にしか働かないのかなぁ。人の心とか、そういうのは読み取る力ないのかな。首をかしげながら洗濯物を畳み続ける退ちゃんを、私も洗濯物を畳みながら見つめた。ふ、と退ちゃんが顔を私に向ける。

「ねぇ、その答えって何文字?」
「四文字」
「てことは、す・ん・ん・す、だよね」
「そうそう」

 でも私の気持ちに気づかないからこそ、こうやっていられるのかもしれない。もし知られてたら…もしかしたら、もしかしたら。こんな風に楽しくすごせないかもしれない。そう考えると、迂闊にこんなクイズを出すなんてきっと間違ってる。だって、一歩踏み出す勇気がないのに、答えを当てられてしまったら一歩踏み出すことになる。なんだかもどかしくて、簡単にクイズなんて出してみたけど。こんなの良くない、よね。
 でも、退ちゃんが気付きそうもないからいっか。だって、そもそも“すで始まってすで終わる”だなんて謎も何もないクイズに、退ちゃんはツッコミもしない。私の暇つぶしだと思って、付き合ってくれる退ちゃんの優しさかもしれないけど、少しくらい怪しんでくれてもいいのに。やっぱり、ちょっとも私の気持ちに気づいてくれてないってことだよね…。

「あ、わかった」
「なに?」
「す」
「スライス」
「「え?」」

 退ちゃんの声を遮るように、どすの聞いた声が背後から聞こえた。驚いて退ちゃんと同時に振り返れば、そこには刀に手をかけた土方さんの姿が。ただ驚く私とは反対に、隣の退ちゃんの顔は真っ青になっている。

「なァ、そうだろ山崎ィ。切腹じゃ物足りなくてスライスして欲しいんだろ?」
「まっ、まさか!やだな副長、そんな怖い顔し、て」
「お前がサボッてるからだろォォオがァァァァアアアアア!!」
「ギィヤァァァアアアアア!!」

 そのまま、退ちゃんは抜刀した土方さんに追われるようにして走って逃げてしまった。最後に退ちゃんは何て言おうとしたのかな。土方さんのせいで聞きそびれちゃったじゃない。まぁ、私の望む答えではないんだろうけど。
 にしても、土方さんはどこから聞いてたのかな。「スライス」って答えもあったのね。まぁ、「好きです」だなんて普通は       

「わかんないかァ」
「何がでィ?」
「あれ、総悟。これから昼寝?」
「正解。で、何がわかんねーんです?」
「んー、人の気持ち」

 だから私だって、退ちゃんの気持ちが分からなくて、想いを告げようか告げまいか…迷ってるんだもんね。そう簡単に分からなくて当然だよね。

「俺ァ分かりやすぜ」
「ほんとに?」
「ほんとに」
「例えば?」
「今昼寝したら気持ち良いってこと」
「…それは人の気持ちっていうかさァ」
「まぁまぁ、畳み終わったんでしょ?休憩といきましょーや」

 言われるがまま総悟の隣に横になって目を閉じる。あ、ほんとだ。今昼寝したら気持ち良いね。総悟の言う通りだった。さすがサボり常習犯のお昼寝マスター。ぼんやりする頭でそう思った。あーでもこのまま昼寝しちゃだめだ、畳んだ洗濯物を片付けなきゃいけない…けど、ちょっとくらいいいかな。
 なんて眠りかけていると、隣で総悟の声がした。眠りかけていた私の耳にはぼんやりとしか聞こえなかったけれど。

「こーしてると影から覗いている男がひとり」
「…ん?なに?」
「俺には人の気持ちだけじゃなくて行動も読めまさァ」
「えーなにそれ。じゃあ今度…」

 相談しようかなぁ、という声は総悟に届いただろうか。そのまま私は総悟の言う通り、気持ちの良いお昼寝へと誘われていった。




「俺とさんの甘い時間を覗き見たぁ、いい度胸じゃねーか山崎ィ」
「甘い時間て…恋仲でもあるまいし。それに覗き見なんかじゃありません」
「恋仲じゃないって誰が決めたんでさァ?何を根拠に言ってんでィ」
「根拠って、そんなの」
さんが俺のこと好きじゃないとでも言ってたんで?」
「そんなことは言ってないですけど…」
「じゃあ分かんねーだろ。俺とさんが恋仲で何か問題でも?」
「問題あ」
「チーズの方です!!…………あれ」

 叫んでみると、パチリと自分の瞳が開いて天上が見えた。あ…私夢見てたんだ、あれは夢だったんだ!良かった!!夢であったことを確認するように慌てて起き上がると、隣で総悟が少し驚きながら私を見ていた。

「何がチーズなんでさァ」
「今すごい怖い夢見てた…!土方さんがお前もスライスかって追っかけてくるの!」
「それでスライスチーズってわけですかィ、良い逃げですね」
「うあーほんっと変な汗かいた!…はぁ、私もう仕事にもどるね」
「なんでィ、もう行っちまうんですかィ?」
「だってまたお昼寝しても土方さんに追われそうで怖いんだもん!って…あれ、退ちゃんいたの」
「い、いたよ!」
「ごめんごめん、土方さんに追われてったからもう戻ってこないと思って」
「手伝うって言ったからには最後までちゃんと手伝うよ!」
「ありがと、じゃあ畳んだ洗濯物半分持ってね」
「はいよ」
「じゃあ総悟おやすみ」

 ひらひらと手を振り欠伸をしながら返事をする総悟を置いて、私と退ちゃんは畳んだ洗濯物を持ってその場を離れた。せっかく気持ち良い眠りだったのに、土方さんのせいで逆に疲れちゃったなあ。

ちゃん」
「うん?」
「さっきのクイズの答え教えてくれない?」
「え…えーと、忘れちゃった」
「ええ!さっき出した問題なのに!?」
「土方さんが怖くてぶっとんじゃったの」
「えぇ〜思い出してよ、気になるなあ」
「いいのいいの」

 きっと、ちゃんと伝えるから。
 こんなうっかり出した答えで終わってしまってもいいほどの、簡単な想いじゃないの。もどかしくて、少しでも近付きたくて、先走っちゃったけど。しっかりと一歩踏み出せるように頑張るから、もう少し待っててね。
 それまでこのクイズの答えはおあずけ。

「あ、そういえば退ちゃんなんか答えかけてたよね?」
「ああ、そうだ、スパイスって言おうと思ったんだけど」
「ぶぶーハズレ」
「ハズレってことは答え覚えてるんでしょ!?」
「いや覚えてない」
「なんだよそれ!」

 私に詰め寄る退ちゃんに、私は笑った。



 忘れるわけないでしょ、溢れだしそうなほど胸いっぱいにあるんだから!






20100818
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