うさぎの隠れんぼ





 明日、急遽入った潜入捜査。それに必要な変装道具を用意しようと俺は監察専用部屋へ向かった。変装道具や生地、裁縫道具は押入れの中に入れてある。前に使ったもので代用出来れば楽なのだが、そうもいかなかった。今回は初めて忍び込む場所、幼稚園の保育士に変装するためのエプロンが必要なのだ。エプロンは既製のもので良いらしいけど、エプロンに自分の担当するクラスのワッペンと自分の名を刺繍せねばならんらしい。他の任務で作業の時間がなかったり、あんまり難しいものは女中さんにお願いすることもしばしばだけど、今回はワッペンを作って名を刺繍するだけ、今日は特に仕事もないし自分で出来るだろう。

 俺はうさぎ組に潜入するから、うさぎのワッペン。白の生地はあっただろうか…と考えた所で、資料として集めたうさぎのイラストを部屋に忘れてきたのを思い出した。まあいいや、道具を揃えたら取りに行こう。そう思いながら押入れの戸を開けた俺の心臓が、一瞬にして縮んだ。

「ひっ─!」

 押入れの中には、膝を抱え座り込んでいる一人の女がいた。髪を垂らして、顔を下に向けて。座敷童子、幽霊、貞子!?慌てて閉めようとしたその時、その女の着ている着物に見覚えがあることに気付いた。

「あ…れ、ちゃん?な、何してるのこんなところで」

 そこにいたのは女中として働いている、ちゃんだった。沖田隊長とかくれんぼだろうか?いつも何かしら沖田隊長と遊んでいる彼女のことを思い出しながら、驚いてドキドキしてる心臓に手を当て息を吐いた。オバケ見えちゃったかと思ったよこんな真昼間から!そんな俺をよそに、彼女は顔を膝に埋めたまま、こちらを見もせずにボソリと一言だけ呟いた。

「…なんで開けるの。早く閉めてください」
「なんでって、用事があったから開けたんだけど…あれ、でも沖田隊長ならさっき見廻りに行ったよ」
「どうでもいいから早く閉めてよ」

 そういえば沖田隊長は副長に連れられて見廻りに行ったはずだ。じゃあ沖田隊長とかくれんぼしているわけじゃない、ってこと?

「何してるの、こんなところで」

 ってアレ、俺さっきこれ聞いたよね、一番最初に聞いたよね。とりあえず彼女を押入れから出そうと腕を引けばようやく彼女は顔を上げ、俺を見た。

「なに?早く閉めてって言ってるでしょっ」
「俺取りたいものがあるんだけど…ちゃんの奥にある生地と裁縫セット」

 すると彼女は仕方がなさそうに押入れから出てきた。こんなところにいたもんだから、軽く埃をかぶっている。こんな天気の良い日の昼間に、一体なにをやってるんだか。今度は俺が体を半分ほど押入れに入れて、彼女の奥にあった生地と裁縫セットを探した。俺が目当てのものを取り出し押入れから出たのを見ると、彼女はまた押入れに入ろうとした。けれどそれより早く俺は押入れの戸を閉めた。

「ちょっ、何するの!」
「それは俺のセリフだよ。何してんの一体」

 もうこれ三回目だからね。いい加減答えてよ、そう言えば彼女はその場で膝を抱えて、またボソリと答えた。

「何もしてない」
「…まぁ、何もしてなかったんだろうけど、なんでここにいたのかってこと」
「何もしたくなかったの」
「は?」
「なんか分かんないけど今日は何もしたくなかったの」

 副長に言いつければ、そう言って彼女はそっぽを向いてしまった。なにこれ反抗期?とも、なんか違う気もするけど。

「だからって、わざわざそんなところに隠れなくても」
「隠れてないと仕事サボッてるのバレちゃうでしょ」

 姿が見えないという時点でおかしいことがバレそうなのに、彼女はそのことに気づいていないのだろうか。いつもは結わいている髪もそのままで、本当に何もしたくなかったようだけれど。

「じゃあ、隠れてなくていいからここにいなよ。俺今日は仕事これだけだし、誰かに見られても俺の手伝いしてもらってるって言えばいいだろ?何もしないでいいからさ」
「…寝転がってもいいの?」
「どうぞ。誰かの気配したら教えるから、そしたら起きなね」
「…はい」

 そうして彼女は大人しく横向きに寝転がって、じぃっと俺のことを見ていた。にしても、急にどうしたんだろう。「雨の日は憂鬱」とか「具合悪いから動けない」とか“なにもしたくない”というような彼女の発言はよく耳にしたことはあったけれど。それによく沖田隊長と遊んでいるんだから、それだってサボッているのと同じじゃないか。それなのに今日は何故彼女は何も言わずに、ただ隠れて過ごそうとしたのだろうか。

「具合悪いの?」
「……げんき」
「元気には見えないけどなあ」
「なにもしたくないだけ」
「何かあったの?」
「何もないってば」

 それ以上聞くな、とでも言いたげに彼女は瞳を伏せた。元気がなさそうなのは見れば明らかなのに。体調的に、というよりも精神的に。何か塞ぎこみたくなることでもあったんだろうか?俺は生地を広げながら彼女に声をかけた。

「無理にとは言わないけど、何かあったんなら聞くよ」
「……ん」

 それ以上、俺は何も言わずに自らの作業に取り掛かった。途中、私室に忘れてきた資料を取りに行こうかとも思ったけれど、彼女をひとり部屋に残して置くのも気が引けて、俺はそのまま作業を続けた。





 しばらく作業を続け、完成に近づいた頃。

ちゃん…って、寝てるか」
「…起きてるよ」

 眠そうな声を出す彼女にひとつ、質問を投げかけた。

「うさぎのワッッペンって、どこにつけるのが可愛いと思う?」
「…なにそれ」

 わけがわからない、と言いたげな瞳で見上げる彼女に、俺は「エプロン」と答えた。それから、簡単に明日の潜入操作について彼女に話した。攘夷浪士の子供が通うとされている幼稚園で、子供から父親の情報を得たいのだ。だから子供に警戒心を与えず、むしろ群がられるようにしたい。

「というわけで、コレどこにつけたらいいと思う?」

 完成したうさぎのワッペンとエプロンを彼女に見せるように掲げる。後はこの完成したワッペンを取り付けるだけなのだ。

「俺はやっぱり胸のとこの真ん中に付けるのが…って、ちょっと?」
「……」
「なに、その顔」

 俺がイイかなーと思う場所にうさぎのワッペンを持って行きながら彼女の顔を見れば、彼女の顔はなんとも険しいもの。え、そんなに変?王道的な場所だと思ったんだけど。

「それ退ちゃんが作ったの?うさぎなの?」
「え?俺が作ったうさぎだけど」
「信じられない。キモイ」
「キモイィイ!?ちょ、なんで、どこが!」
「退ちゃんいっつも器用なのに…なにそれヒドイよ、キモイ」
「二度も言うなよ!一時間もかけたんだから!」
「えっ一時間もたってたんだ、十五分くらいだと思ってた」
「起きてたとか言いながら、やっぱり寝てたんじゃん」
「い、いーでしょ別に、退ちゃんが何もしなくていいって言ったんだもん」
「いいけど…このうさぎのどこがキモイのか教えてよ」
「…眉毛と口元?なんか耳もだし、変にリアル。ていうかうさぎなのそれ?白クマみたい」

 全否定ィィイイ!あの、それって全否定ってことですよね?眉毛と口元、とか言いながら白クマみたいって、それうさぎということ自体を否定してますよね!?元はと言えば、彼女をひとりにしないようにと資料を取りに行かなかったのが原因なのに。ハァ、と溜息をつきながら彼女にキモイと言われた眉毛を口元を見てみる。子供は強いヒーローに憧れると思ったから凛々しくして、結構格好良く出来たと思うんだけどなァ。

「ていうかなんでうさぎに眉毛?」
「こっちの方が強そうじゃん」
「退ちゃんと違ってねー」
「あのねえ、元はと言えば」
「しょうがないから、私が作ってあげる」
「え?」
「だいたい、なんで白なの?」
「うさぎは白か、黒か灰色でしょ。あと、茶色?だから白が一番可愛いと」
「うさぎはピンクです」
「ピンクのうさぎなんて俺見たことないよ」
「私もないよ」

 そう言いながら彼女は起き上がり、ピンク色の生地を引っ張り出して裁断し始めた。彼女の顔を見れば、さきほどよりも元気そうだった。彼女の中に何があって、解決したのかも分からないけれど。元気になったようで良かった。

「でもピンクのが可愛いでしょ、うさぎグッツとか売ってるの思い出してみてよ」
「あー…そういえばピンクか」
「耳が短くて白いからクマに見えちゃうんだよ」
「あ、ほんだ、うさぎっぽい」
「でしょ?」

 切り取ったうさぎを彼女は自慢げに掲げた。俺がつくったワッペンよりもすらりと長い耳で、確かにうさぎはこうだな。

「あれ、でもなんで二枚も切ってるの?ひとつでいいんだよ」
「子供を惹きつけるには普通じゃダメでしょ」

 まあ見てなさい、と今度は顔のパーツを作り始めた。じゃあこれは彼女にまかせるとして…。よいしょ、と俺は立ち上がって彼女の後ろに座った。

「え、なに?」
「手伝ってくれる御礼に、髪結ってあげる」
「でも櫛も何もないよ?」
「ここには女装道具もあるんだよ」

 そう言って、振り向く彼女に櫛を見せた。

「じゃあ、お願いします」
「はいよ」

 彼女の髪に櫛を通すと、さきほど押入れの中にいたせいで埃がついていた。あんな所に隠れていなくたって良かったのに。

「もう押入れに隠れないようにね」
「んー…」
「あんなとこにいたって気が滅入るだけだよ」
「…じゃあ、退ちゃんのとこに行く」
「えっ、俺?」
「うん…だめ?もうかくまってくれない?」
「いいよ、ちゃんが元気ない時だけね。サボりは副長に怒鳴られるから駄目だけど」
「別に、元気ないわけじゃないってば!何もしたくなかったの!」
「あれ、じゃあコレもサボりか。副長に言いつ」
「ワッペン!!作ってあげないよ!!」
「はいはい、こっちは完成したからそっちもよろしくね」

 ポン、と彼女の頭を押して、彼女の手元を見た。ピンク色の可愛らしいうさぎに、くりっとした可愛い目がついていた。俺が作ったのより、やっぱ子供はこういうのが好きなのかな。彼女はどこか納得のいかないような、そんな声でありがとう、と小さな声で呟いた。

 彼女が押入れにいたのは、何もしたくないのと同時に誰ともいたくないということだったのだと思う。それなのに、今度からは俺のところに来てくれるだなんて…驚いた。俺には気を許してくれているってことかな。好意的に受け取って良いんだよね?けれど─

「退ちゃんって面倒見いいし、髪結うのもうまいし、なんだかお姉ちゃんみたい」

 そう言う彼女に、俺は苦笑いをするしかなかった。

 ───お姉ちゃん、か。






 翌日、彼女が作ってくれた立体うさぎのワッペンをエプロンにつけた俺は幼稚園へと潜入捜査に向かった。俺の作ったうさぎは、朝食の時に配膳をしてくれた彼女のエプロンについていて、彼女を守るように威嚇の顔を向けていた。

 ───好意的に受け取っちゃ…だめなのかなァ






20090401
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