本物をくださいませ。





 洗濯物を干している女中がひとり。傍の縁側でアイマスクをして寝ている男がひとり。そしてミントン片手に通りかかった男がひとり。

 これはそんな昼下がりのお話。




「あれっ、ちゃん洗濯?さっきも干してなかった?」
「うん、今日は量多くて。でももうこれが最後!」
「じゃあ俺も手伝うよ」
「えっ、いいよいいよ!退くんミントンの途中でしょ?」
「ううん、もう終わったよ。それに…ちゃんとお話したいし。だめかな?」
「退くん…。じゃあお願いしてもいい?」

 そうして甘ったるい雰囲気を出しながら洗濯物をかけていた俺とちゃん。沖田隊長は起きているんだか寝ているんだか、アイマスクのおかげで分からなかった。洗濯物を干しながらちゃんの笑顔を見ていた俺は、ふといつもと違うことに気がつく。

ちゃん、今日はいつもと前髪の分け目違う?」
「あ、うん。たまには変えてみようかなぁって」
「そっちも似合ってるね、可愛い」
「えっ、ありがとう。誰も気づかなかったのに、すごいね退くん」
「そりゃあ気づくよ」
「ふふ、なんたって監察方だもんね」
「違うよ」
「え?」
「俺…ちゃんのこと、よく見てるから」
「…退くんも、ミントンのグリップ変えたんだね」
「え、よく気づ」
「あたしも、退くんのこと…見てるから」
ちゃん」
「お洗濯終わったね!手伝ってくれてありがとう!」
「あ、あぁ、どういたしまして」
「ね、退くん、一緒に休憩しない?いいお茶菓子があるんだ」

 良い雰囲気を残して、俺はちゃんに誘われるがまま空の洗濯籠を持ってついて行った。沖田隊長は未だ寝たまま。そんな沖田隊長を横目に、俺とちゃんは茶菓子を食べるべく部屋に…



* * * * * * * *



ちゃん」
「なに?」

 俺達は部屋に…行き、洗濯籠を置いた後に沖田隊長から少し離れた場所からまた外に出て、縁側の下に潜った。そして俺達の今いる場所は、沖田隊長が寝ている縁側の真下。茶菓子も茶も何もなく、砂とほこりにまみれて息を潜めている。

「これ本当に成功するの?」
「しなきゃ困るの!」
「なんで俺まで〜」
「いいじゃん、退くんこういうの得意でしょ?」
「得意とかじゃ…」
「女の子ひとりでこんなところに潜らせる気なの!?」
「じゃあやめればいいじゃん、こんなこと」
「だってさァ」

 さっきの甘い雰囲気はどこへやら。しょぼくれるちゃんに、それを少し呆れて見ている俺。それもそのはず、さっきのは全部ちゃんの考えた“作戦”だからだ。

「それにさっきの、絶対沖田隊長にバレてるって」
「えー?あれは大成功だよ絶対。あたしの演技うまかったでしょ?ときめいちゃったでしょ?」

 そりゃあ、演技といえど頬を赤らめながら俺に微笑むちゃんは可愛いかったけれど、も。

ちゃん、あれじゃあキャラ違うじゃん」
「え?なに?ジミーくん、今なんて?」
「(ホラほんとうはこっちじゃん)なんでもないです」
「もしバレてたらジミーのせいだからね」
「えっ、俺!?」
「でも可愛いとか言われた時はちょっとときめいたけど。不覚にも」
「あ、やっぱり?俺も思ったんだよね。あれ、俺もしかして俳優とかいける?みたいな」
「ちょうしこくなよ脇役が。主役は沖田隊長だから!」
「…すいません」

 本性はこうなのに…!あんな演技、うまかろーがバレてるに決まってるだろ!いやでも沖田隊長の前ではあんな感じかもしれない。俺の前ではこうなのに!しかもなに前髪の分け目って、なにグリップって!地味だから!地味すぎるから!もっと他にあんじゃん!え、なに?俺に合わせてくれちゃったとか言うわけ?地味な俺が演じやすいように!?

「ちょ、退くん、そんな本気で落ち込まないでよー」
「どうせ俺は地味ですよ」
「それが退くんの良さじゃん!地味にかっこいい!」
「なんだよ地味にって!」
「あーもー褒めてんの!ていうか静かにしてよ、作戦が失敗したらどうしてくれんの!?」

 そう言うちゃんの声の方が何倍も大きかった。それにしても、地味にかっこいいって褒め言葉なのだろうか。実はかっこいい、みたいな意味かな。ああもういいやどうでも、どうせ地味っていう意味なんだろうし。ていうかなんで俺ここにいんだろ。そういえば、これがどんな作戦か聞いてなかった気がする。見えもしないのに上に寝転んでいるであろう沖田隊長を伺うように、上へ視線を向けるちゃんを俺はじっと見つめた。

「………」
「なに?」
「なんでこんなところにいるんだっけ?」
「だーかーら、作戦って言ったじゃん!聞いてなかったの?」

 今朝、朝食の後にちゃんに呼ばれて「見よ!なんでジミーなんかと…あれ、これって嫉妬ですかィ?沖田隊長振り向かせよう大作戦!」と言われて突きつけられたのが、今俺達の頭上で寝転んでいる沖田隊長の前で言わされた台本。それ以外特に説明もなく、昼頃に洗濯物を干しているちゃんのところに来いとだけ言われ、有無を言わさず参加させられて演技をして、後はお茶菓子でももらえるんだと思えば、こんなとこに引っ張られてきたというわけだ。台本を渡されただけで特に説明も受けてないのに、俺はなんでこんなに従順に従っているのだろう。

「聞くも何も、台本渡されただけなんだけど、俺」
「あれ、そうだっけ?」
「そうだよ。ちゃんがしたいことは、なんとなく想像はつくけど」
「じゃあ説明するけど、“なんであんなに可愛いちゃんがジミーなんかと…あれ、これって嫉妬ですかィ?ジミーよりも俺の方が何億倍もカッコイイってーのに、死ねジミー。姫は俺のものですぜ、大作戦!」
「ちょっとォォォオオオ!?最初の作戦名よりひどくなってるんですけど!?なにそれ!?」
「え?なんか違った?」
「違ったとかじゃねーよおかしーだろ!俺をいじめる大作戦かよ!」
「違うよ、ジミーよりも何億倍もかっこいい沖田隊長を振り向かせよう大作戦!」
「もーいいやなんでも。それで、なんでこんなところに隠れる必要があるの」

 なんかもういいや、めんどくさくなってきた。どうせちゃんには何を言っても沖田隊長が格好良くてしかたないんだ。だいたい最初から作戦名おかしかったし、しかもなんで自分のこと可愛いとか姫とか・・・さっきの笑顔は可愛いかったけど。いや、そういうことじゃないから!なんでほこりにまみれてなきゃいけないのかってことだよ!嫉妬してもらいたいんならさっきの演技で十分のはずじゃないか。

「沖田隊長の本音を探るため」
「は?」
「だーかーら、演技してあのままいなくなっちゃったら沖田隊長の本音が聞けないでしょ?」
「本音って?」
「だから、なんであんなに可愛いちゃ」
「あーはいはい!でもそんな都合よく沖田隊長が独り言言うかな」

 すると俺達の頭上、縁側で寝転がっている沖田隊長が「あー」と言うのが聞こえた。ちゃんを見てみると瞳をきらきらとさせて人差し指を口に当てて俺に「しーっ」と合図する。まさかちゃんの作戦通りに行くなんて。俺は驚きながらも耳を澄ませた。

「あーあ、さんは山崎のことが好きなんですかねィ」

 言った!独り言って案外言うもんなんだな。隣にいるちゃんをチラリと見ると、なんだか嬉しそうに顔を赤らめていた。そして更に聞こえてくる沖田隊長の独り言。

「あー、なんであんなに可愛いさんがジミーなんかと…あれ、これって嫉妬ですかィ?えーと、なんだっけ、ジミーよりも俺の方が何億倍も格好良くてスタイルも抜群、頭も良くて高給取りで性格も良くて笑顔も素敵な最高の男だってーのに、死ねジミー土方のマヨネーズにでも埋もれてろそして死ね土方。ええと、後はなんでしたっけねィ、…あぁそうだ。姫は俺のものですぜ」

 え?沖田隊長、今なんて…?なんだか嫌な予感がして青ざめる俺とは反対に、ちゃんは沖田隊長の言葉を聞いて嬉しすぎたのか「やったぁ!」と大声を上げて立ち上がろうと体を起こした、けれど立ち上がれるはずもなく思い切り頭を打ちつけて俺の隣で頭を抱えてうずくまっていた。ちゃん…喜んでるところ、というか痛がっているところ悪いんだけど、沖田隊長の言葉ちゃんと聞いてた?「えーと、なんだっけ」とか「後はなんでしたっけねィ」とか、ちゃんが今さっき言ってた作戦名と同じことを言っていたと思うんですけど。えらく俺への攻撃性を増して。

ちゃん、大丈夫?」
「痛ァ〜」

 よほど勢い良く頭を打ち付けたのか、未だ頭を抱えているちゃんの頭に手を置いて撫でてあげたのと同時に、俺は殺意を感じた。顔をあげたらヤバイ、顔をあげたらヤバイ、と思いつつも俺は恐る恐る顔をあげると、そこには縁側から俺達を覗き込む沖田隊長の顔。ちゃんの大好きな格好良い顔に恐ろしい笑みを浮かべて、沖田隊長は俺を見ていた。俺はその恐ろしい笑みの意味を理解し、急いでちゃんの頭から手を離した。

「声がすると思ったら、こんなところでひとりで何やってるんですかィ、さん」
「お、沖田隊長…!」
「!(今沖田隊長、ちゃんにひとりでって言った!?)」
「すげぇ音もしやしたが、頭でも打ったんですかィ?」
「う、うん」
「いつまでもそんな所にいねーで、出てきなせぇ」
「あ、ありがとう」

 沖田隊長は縁側から降りてきて、ちゃんに手を差し伸べた。ちゃんは顔を赤らめながら沖田隊長の手を握り、外へ出て行った。そして取り残された俺。出て行っていいんだろうか。なんか沖田隊長、ちゃんに「ひとりでなにしてる」とか言ってたような…。でも俺のこと睨んだよね?見えてた、よね?そんな沖田隊長に怯えつつも、いつまでもここにいても仕方ないし、と俺ものそのそと外へ出た。すると沖田隊長はちゃんの着物についた砂をはらってあげながら、ぶつけた頭を撫でてあげていた。ちゃんは顔を真っ赤にして俯いてる。

「大丈夫ですかィ、コブが出来てやすぜ」
「だ、大丈夫、です」
「しっかし、あんなところで何してたんでさァ?」

 何をしていた?と聞かれ困ったのかちゃんは自分の砂をはらっていた俺に助けるように顔を向けた。沖田隊長はお見通しとでもいいたげな顔で俺を見て、笑った。

「なんでィ、山崎もいたのか」
「えぇ、まぁ、(気づいてただろ!俺いるの見てただろ恐ろしい笑顔向けただろ!)」
「えっと、密偵ごっこしてたんだよ、ね、退くん!」
「え?う、うん、そう、密偵ごっこ(ってなにそれ!?)」
「へぇ、山崎と密偵ごっこねぇ。さん、俺は誘ってくれねーんですかィ?」
「あの、沖田隊長は忙しいかと思って」
「まぁ忙しいですが、さんのお誘いなら大歓迎でさァ」

 いや忙しいって嘘だろ、愛用のアイマスクして昼寝してただろ!いつも仕事サボッて副長に怒られてるじゃないか!それなのにちゃんときたら、またしても顔を真っ赤にさせて喜んでいる。あーあーもう、良かったですね、さっきの沖田隊長の発言で両想いなのは確定しましたしね。まぁ、そんなこっちゃろうと俺は思ってましたけど。喜んでいるちゃんとは逆に、俺はなんかもうさっきの沖田隊長の恐ろしい笑みが頭から離れないんですけど、俺の身は大丈夫なのだろうか。もう逃げていいかな、あとはふたりでご自由にしていただきたいんですけど。

「じゃあ沖田隊長も今度一緒に」
「そうですねぃ、恋人ごっこなんかどうです?」
「えっ!?こ、恋人、ごっこ!?」
「やっぱやーめた」
「えっ?あ、なんだ冗談」
「ごっこなんかじゃなくて、俺は本物がいいんですが、さんはどっちがご所望で?」
「えっ、えっ、ほ、本物って」

 更に顔を真っ赤にするちゃんに、じりじりと近づき顔を近づける沖田隊長。そしてそれを傍観しているおグフォッ!…お、沖田隊長に腹を、蹴られ、てうずくまるお…れ。

 沖田隊長が一瞬だけ俺に向けた視線が「さっさと消えろ」と物語っていた。その殺気に慌てて立ち上がり腹をかかえながら立ち去る俺に、沖田隊長が後ろ手で何かを投げた。思わず手を出すと、俺の手は一瞬にしてマヨネーズまみれになっていた。なッ、どうやって投げたんだよ、コレ!まさか、俺がちゃんに触れたからってこんなことを?いやまさか…そのまさかか。俺はマヨネーズでべちゃべちゃになった手をダラリと下げながら屯所へと戻った。副長に会う前に手を洗わないと、マヨネーズを無駄にしたって切りかかられたらたまんないや。そんな俺の後ろで、ちゃんと沖田隊長は甘い雰囲気をかもし出してるようで

 最初から俺抜きでやってくれよ!


「さぁ姫、どっちなんでさァ?」






20071002
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