ねんねん、ころり





 眠りに入ってから、間も無くのことだった。

 地響きのような足音がだんだんと大きくなる音で私は目が覚めた。何かあったのだろうか、と胸騒ぎを感じながら体を起こすと、部屋の両側の襖が勢い良く開け放たれ、その驚きで私の体が揺れた。
 何があったのかと不安で口を開くものの、声になる前に縁側に面した襖から部屋へと足を踏み入れた近藤さん、そしてその反対の左の廊下側から現れた土方さんが、私に一瞥もくれずに布団に頭を潜り込ませた。

「……なに!?」

 一体なんの茶番なのだと声を上げてみても、二人は返事もせずに私の布団に頭だけを隠してお尻を出した間抜けな格好で、微かに震えていた。
 夜中になんの遊びをしているのかと呆れながら布団を捲ろうとするものの、どうやらかなりの力で布団を掴んでいるらしく、ピクリともしなかった。

「ふたりとも、何やってるんですか?」
「大丈夫大丈夫!俺らがいるから安心して眠ってちゃん!」
「オイ、寝坊なんざしたら切腹だからな、さっさと寝ろ」

 二人の言葉と行動がまったく伴っていない。どう見ても、何かに怯えているようにしか見えなかった。
 確か、私が眠る前に見廻りに行っていたはずだけど、とっくに戻ってきて怖い映画でも見ていたのかな。
 寝覚めに危惧したような心配はする必要がないと察した私は、溜息をついて二人の頭があるであろう布団の上をぽんぽん、と叩いた。

「なにか怖いなら、ふたりで仲良く眠ればいいじゃないですか。こんな恥ずかしい状態で朝までいるなんてやめてくださいよ」

 この状態で、私が安心してさっさと眠る、だなんてことが出来るわけがない。
 事件があってもなくても、この屯所は本当に騒がしいなぁと思いながらもう一度布団を捲ってみるものの、未だにびくともしなかった。
 まさか本気でここで一晩を明かそうというのだろうか。

「ちょっと……ほんとにここで寝るの!?」

 布団の上から二人の頭を強めに叩いてみても、まったくの無反応。
 どうやら、本気ということらしい。
 いくら怖いからって、わざわざ私の部屋に来るだなんておかしい。明るい部屋でふたりで徹夜でもなんでもしていればいいものを、どうして私の部屋で眠ろうとしているんだろう。

「まったく情けねェや。こんなんじゃが寝らんねェでしょーに」
「あ、総悟。ちょっとこのふたりどうし……え?」

 開け放たれたままの襖から現れた総悟はやれやれと言った風に頭をかいていて、その態度からは怖がっている様子もなく、この状況から私を救ってくれるものだとばかり思っていた。
 それなのに、なんの迷いもなく近づいてきた総悟は上半身を起き上がらせている私の両脇に手を差し入れ、まるで大根を抜くようにするりと布団から私の体を持ち上げた。

 布団から抜き出して欲しいのは私じゃなくて、近藤さんと土方さんなんですけど?

「え、総悟?なにやってんの」
「これから俺の布団で寝るんでさァ」
「え!?」
「オイイィィ!自分だけ助かろうとしてんじゃねェ!」
「総悟ォォオ!お願い、俺にもちゃんをわけて!」

 いくら布団を捲ろうとしてもびくともしなかったのに、物凄い勢いで布団から出てきた二人は信じられないほど必死な形相をしていて、むしろ私からしてみればそんな二人の姿こそが恐怖だった。
 一体、なにがそんなに怖いの?
 そもそも、この二人だけじゃない。総悟までが私と一緒に寝ようとしているのだから、一体この三人に何があったというのだろう。

「全然話が見えないんだけど……なんなのこれ」
「いいから黙ってついてこい」

 黙ってついてこい、と言われても。
 両脇に腕を入れられて持ち上げられた格好のつかない状態で、どうすれば良いというのだ。
 本当に何も言わずに私を抱えたまま歩き出そうとする総悟に「待って」と声をかけるよりも早く、布団から顔を出した近藤さんと土方さんが私の足にしがみついた。総悟から引き離すように体重がかけられた私の体に総悟の体制も一瞬傾くものの、しがみつく二人を引き離すように体を持ち上げるものだから、掴まれている腕が痛んだ。

「痛っ、ちょっと本当になに!?」
「痛ェならさっさと二人を蹴散らしちまいな」
「この状況で足を動かせるなら総悟のことも振り払ってるから!」

 両足を抱きしめるように、ふくらはぎ辺りを近藤さんが、そしてその上の太ももあたりに土方さんがしがみついていて、私は身動きがとれなかった。
 良い大人たちが、こんな夜中に本当に何をしているんだろう。

「土方さん、それセクハラなんじゃねェんですかィ」
「ばっ……!違ェわ!人命救助だ!」
「救助っていうより捕獲されてる気分なんですけど」
「トシィ!ばっ、場所変わる?」
「ちょっと近藤さん!?」
「ち、違うよちゃん変な意味じゃなくて!」
「近藤さん、今なら人工呼吸っつってキスしても許されそうですぜ」
「えっ、ほんとう?」
「こらゴリラ!!」

 腕を緩めるな!いや、離してくれるのは良いんだけど、むしろ離して欲しいんだけど。

「もうバカみたいなことやってないでいい加減ちゃんと説明してください!」

 唯一自由に動かせる口を動かすと、カタリと襖が揺れる音がした。

 小さなちいさなその音に、何かに怯えていた三人だけではなく私までもが一瞬、息を飲んだ。
 こんな小さな音、ただの家の軋みでしかないのに。三人が馬鹿みたいに怖がっているせいで何かお化けがいるんじゃないかとか、そんなことを考えてしまう。先ほどまで騒いでいたくせに三人ともあっという間に口を噤んでしまうから、余計に。
 背後にいる総悟の表情は分からないけれど、近藤さんと土方さんはがっちりと私の足にしがみついて、何も見たくないとでも言うように顔までもを私に押し付けている。
 真選組の局長と副長がこんなんで良いのだろうか……。

「ただの軋みですよ。もう、なんの映画見てたんですか?」
「オイ、やべぇぞ!さっさと寝ねェからだろーが!」
「土方さんが邪魔しなきゃ今頃俺は眠れてたんですがねィ」
「先に邪魔したのはお前だろうが!」
「可愛い後輩を置いて自分だけ助かろうとするからでさァ」
「誰のどこが可愛い後輩だっつうんだよ!」
「だから、ふたりとも何の話してんの!?ちょっと近藤さん説明してくだ……」
「この状況で寝てんじゃねェ!」
「寝かせてよォ!」

 もう、わけが分からない。

 私の質問にも答えずに総悟と土方さんは二人で言い合いをして、足元では我先にと近藤さんが寝息を立て始めていた。こんな状況で寝られることもすごいけれど、そこまでして眠りたいのは理由がものすごく気になる。
 土方さんに蹴り起こされて、近藤さんは涙目になりながら私に抱きつく力を強めた。
 今の私に分かることは、とにかく三人とも恐れている何かから逃げる様に、早く私と眠りたがっている、ということだけだった。
 おかしい。おかしすぎる、こんな状況。

「とにかく一度ちゃんと説明し……」

 そこでふと、異変に気がついた。
 私にしがみついている近藤さんと土方さんはまだ、気がついていないのだろうか。総悟は?総悟なら、私と同じ方向を向いているから、気がついているかもしれない。

「オイ、なに黙ってやがる」

 襖が───────

 先ほど小さく音を出した襖が、少しだけ開いている。
 軋んだ弾みで開いたにしては大きく、けれど見逃してしまいそうなほどほんの少しだけ、開いていた。
 ぼんやりと月明かりが差し込む程度の暗い室内よりも、更に暗い闇が広がる押入れの奥が、わずかに、けれど確実に口を開いている。

 ぞわりぞわりと、足の先から全身へと鳥肌が立つのを感じた。

 真選組の中でも最強の三人が近すぎるくらい側にいるというのに、心強さが微塵もない。むしろこの事実を告げてしまえば、どんな反応をされてしまうのかとそちらの方が怖かった。

 ───────れて

「ア?なんだよはっきり言え」

 ───────い、れて

「オイ、」
「私、じゃないです……」

 小さく聞こえる声。
 それは押入れから聞こえてきているようだった。怖いのに、そこから目が離せない。
 私の異変を察したのか、硬直する様に土方さんの掴む腕が強まった。

 ─────── 俺 も 仲 間 に 入 れ て

 はっきりとした声と同時に、押入れから手が伸びた。

「「ぎィやァァァアアアアア!!」」

 私が声を上げるのよりも早く、近藤さんと土方さんの声が響いた。
 一体なんの意味があるのか、二人はしきりに「おやすみなさいおやすみなさいおやすみなさい」とお経のように唱えている。

「あ、れ」

 一瞬どきりとしたものの、動くことも顔を隠すことも出来なかった私は押入れから伸びた手がすぐに襖を開け、そしてそこから涙目の退ちゃんが出てきたのを見て、恐怖心があっという間になくなってしまった。
 そして真選組はこれで大丈夫なのかと、心底呆れてしまった。
 背後にいる総悟はクツクツと笑っているし、ずっと私を抱き上げたままでいい加減重くはないのかと、その腕力だけは褒めてあげたくなった。

「どうして俺だけ置いてくんすかァ!」
「ザキィィィイイイイ!?」
「テメェ、変な場所から出てくるんじゃねェ!」
「ずっと押入れにいたの?」
「いや……天井からお邪魔しました」
「二度と私の部屋にそういう入り方しないでね」
「……ごめん」

 本当に心臓に悪い。
 そもそも、深夜の女性の部屋だというのに入室の仕方が全員おかしい。ここまで何一つ説明をしてもらえていないし、そろそろ私もキレて良い頃だと思うんだけど。

「退ちゃん、説明して」

 どうせ総悟は本気で怖がってここにいるわけじゃないんだろうけど、まともに説明してくれるとも思えないし、退ちゃんならきっときちんと話してくれるだろう。
 そう思って、相変わらず身動きが取れない間抜けな姿のまま、私は退ちゃんに厳しい声を向けた。

「さっき見廻りをしてた時に───────」

 三人、そして退ちゃんを含めた四人が怯えているのは、見廻り時に出会った占い師の言葉にあるようだった。

 近藤さんと総悟、そして土方さんと退ちゃんの二組に別れて見廻りをして、それぞれが屯所へと戻る道を歩きちょうど鉢合わせをした時、どこからか「もし」と声をかけられたらしい。それまでは確かに自分たちしかいなかったはずの道の端に、占い師の様な風貌の女が佇んでいて「気をつけて」と四人に告げた。悪いものが憑いてきていて、それを振り払うには女と一緒に眠り、夢の中へと逃げるしかない。そうすれば、もうそれが追いかけてくることはないし、逆に今晩夢へと逃げることが出来なければ一生追いかけ続けてくる、と。

 そしてその話を聞いた瞬間、四人一斉に屯所へと走り、今に至るという話だった。



「なんでそんなの信じちゃったの……?というか悪いものってなに?占い師ってお化けも見えるの?そもそもその人、本当に占い師なの?」

 お化け系に弱いのは知っているけれど、いくらなんでもこのあらすじはひどすぎる。
 呆れるしかないこの状況で、私の足に絡みつく腕の力は弱まらないし、目の前で土下座する勢いで正座をしている退ちゃんは「俺も一緒に寝かせてください」と目を潤ませている。
 ねぇ、私の質問聞いてた?どうしてみんなそんなの信じてるの?

 こんな話、騙される方がおかしいと思うのに、怯えた態度を崩さない三人を前にしたら私の方が折れるしかなかった。

「もう……一晩寝れば大丈夫なのね?」
「なんでィ、5Pでも余裕たァ恐れ入るぜ」
「睡眠をとるだけでしょ!もう逃げないし一緒に寝るからいい加減離れて!」

 声を上げれば、おずおずと離れる近藤さんと土方さんに合わせて総悟もようやく腕を解放してくれ、私はようやく地面へと足をつけることが出来た。
 まるで猫のように持ち上げられた体勢が続いたせいで、肩が痛い。腕を回しながら溜息をついていると、もそもそと近藤さんと土方さんが布団へ戻ろうとしていた。

「ちょっとちょっと!布団一組で全員寝られるわけないんだから、自分の部屋から布団持ってきてください、そもそもみんな隊服のままなんだから着替えて!」
「馬鹿野郎!さっさと寝ねェとどうなるか分かんねェだろ!」

 退ちゃんの登場の仕方にすっかり怯えてしまったらしい土方さんと近藤さんは、私の部屋に入ってきたよりも更に怖がっていた。馬鹿野郎はどっちだと言いたいのに、この剣幕の土方さんを私がどうこう出来るとも思えなかった。
 かといって、たった一組の布団で五人が眠れるわけもないし、雑魚寝をさせて風邪をひかせるわけにもいかない。

「じゃあ私がお布団運んでくるので、待っていてください」
「ばっか、お前がいなくなったら意味がねぇじゃねぇか!」
「…………」
「すごい口説き文句ですねィ、土方さん」
「いいからもう寝ろ!」

 これが口説き文句なら、確かにちょっとグッときたのかもしれない。けれど事実はそうじゃない。
 呆れながら、私は自由になった体で部屋を出た。

 ふたつ隣の部屋に、予備の布団が何組かしまってある。もう寝ろという言葉を無視して部屋を出た私に、慌てたように土方さんと近藤さんがけが追いかけてきた。
 




 予備の布団を三組、土方さんと近藤さんに持たせて部屋に戻れば、いつの間にか着替えたらしい総悟が私の布団の中で先に眠りについていた。怖くないなら自分の部屋で寝ればいいのに、あくまでもこの馬鹿げた騒ぎに便乗するつもりらしい。
 追いかけてこなかった退ちゃんは何をしていたのかと思えば、これまた隊服から寝巻きに着替えていて、律儀に自分の布団を部屋から持ってきたらしく私の布団の隣に敷いて正座をして待っていた。占い師だという女の言葉全てを本気で信じる気はないものの、もし本当だったらどうしようと考えて、とりあえず今晩はここで寝たいということなのだろう。

 それなのに、この二人ときたら。
 布団を抱えながらもびっちりと私にくっついていて、隊服を着替えに行こうという気配すらない。

「上着は脱いでくださいね」

 ハンガーを取り出してそう言えば、二人は布団をどう敷くか、そしてどこに寝るかで揉めていた。
 私は部屋の真ん中に布団を敷いていて、先ほどまで私が眠っていたはずのそこには総悟が寝ていた。部屋は布団をぎりぎり三組並べられるほどの幅しかない。既に退ちゃんが布団を一組敷いていて、残りの一組を総悟の横に敷いた後は足元に横向きで一組敷くのが精一杯で、持ってきた布団は一組敷けずに余らせることになる。
 三組の布団に四人、足元の布団に一人が眠る感じだろうかと思いながら眺めていると、端に寝るのは嫌だとか、私の隣が良い、真ん中に寝ている総悟は横にズレろ、と再びうるさいやりとりが始まってしまった。
 寝て夢を見られればいいんだから、場所なんてどこだって構わないし、そもそも占い師の言うことなんて信用する必要もないのに。

 寝たふりをして意地でも動かない総悟に、部屋に入れて貰えるなら端でも構わないですからと慌てる退ちゃん。自分たちの格好悪さに気づかずに必死な近藤さんと土方さんから無理やり隊服の上着を剥ぎ取って、ついでにスカーフもほどいて一緒にハンガーへとかけてから、私はわざとらしく溜息をついた。

「怖いなら四人で仲良く寝たください」

 明日も早いし、もういい加減に眠りたい。
 一人で足元の布団で眠ろうと思えば、それまで寝たふりをして動かなかった総悟が私の足を掴み、布団の中へと引きずり込んだ。

「痛っ……!」

 引っ張られた勢いでついたお尻が痛い。涙目になりながら抗議をしようと総悟を見ると、綺麗な寝顔を天井に向けながら微動だにしていなかった。寝たふりのくせに、と文句を言いたくなるのに、天使の様な寝顔を見せられてしまうとそんな気も失せてしまう。
 ……もういいや、布団に入ったんだし、このまま寝ちゃおう。

「退ちゃんもほら、もう寝よう」

 いつまでも布団の上で正座をしている退ちゃんに声をかけて、隣で寝る様にと私は促した。けれど私の隣で寝ると揉めていた近藤さんと土方さんを気にしているのだろう、退ちゃんは中々布団に入ろうとしなかった。

「で、でも」
「土方隣で寝たら殺す」
「それは寝言か総悟ォ!ちょうど良い、山崎場所変われ!」
「待ってトシ、端っこ怖いって言ってなかった!?俺が端で寝てあげるから!」
の隣で寝てェだけだろうが!」
「それはトシも一緒でしょ!?」
「もういいから早く寝ないとなんか来るよ!!」

 ふたりは総悟の横で寝て!!そう叫んで、私は退ちゃんの腕を無理やり引いて隣に眠らせた。“なんか”って、一体なにが来るというのだろう。
 寝る場所の攻防の次は最後まで起きている一人になるのが怖くなったのか、近藤さんと土方さんはようやく大人しく布団の中へと潜ってくれた。

 結局、三組の布団の上で、土方さん、近藤さん、総悟、私、退ちゃんの五人で並んで眠ることになってしまった。
 なんでこんなことになっているんだろう、と欠伸と一緒に思わず笑い声が漏れた。








 なんとなく、想像していたけれど。

 目覚ましの音で目が覚めると隣にいたはずの退ちゃんは土方さんに変わっていて、蹴り飛ばされたのか退ちゃんは足元で蹲るように眠っていた。反対側を向けば総悟の寝顔が変わらずにあるのに、顔を下に向けると大きな体をねじ込む様にして眠っているゴリ……近藤さんの姿があった。
 結局、二組の布団に五人が身を寄せて眠っている。まるで十歳にも満たない兄弟のようだった。

 頼り甲斐があって男らしい部分もあるのに。
 ほんとうに、仕方のない人たち。



 今日のお昼はオムライスに旗をたてたお子様ランチにしよう、と欠伸をしながら思った。







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