あの人の御話





 満月の夜。縁側で一人、熱燗と共に満月を見上げていると「私にもひとくち」という声と共に手にしていた猪口が浮いて、隣にが腰を降ろした。一口、と言いつつ空いた猪口を俺に傾けもう一杯とせがんでくる。俺は煙草を吸いながら無言で酌をして、そうして再び満月を見上げた。酒に酔うのもいいが、満月に酔うのも良いと思ったのだ。おいしい、と溜息をつくように言葉を発しながら隣で同じように満月を見上げるも俺と同じことを考えているのかと思いきや、出てきた言葉はまったく満月とは関係のないものだった。

「不思議だよねぇ」
「ア?なにが」
「私さ、人前でズボン脱ぐとか、タマ菌とか、脱糞とか、その他もろもろ無理なんだけど、引いちゃうんだけど」

 こいつは突然、何の脈略もなく話を始めるのはよくあることだったが…満月を見上げながらどうしてその話が出てくる。眉間に皺を寄せながら視線を満月からにうつせば、空いた猪口を俺に持たせ、酌をしてきた。俺は一口舐めるように飲んで、話を続けてやることにした。というか、今言ったことは別にお前じゃなくても引くだろうな。話題の人物を思い浮かべ、俺は笑った。

「近藤さんのことか」
「そう、近藤さんの行動のこと」
「でもお前、付き合ってんだろーが」
「そう。だから、他の人が近藤さんの行動してたら無理なの、引くの」
「近藤さん泣くぞ」
「なんで?無理だけど、でも近藤さんだと許せちゃうんだよねぇ」

 話を続けてしまったことを早速俺は後悔した。これからの話の展開がなんとなく読めてしまったのだ。人が酒を飲んでるところに現れて、こいつは一体なんの話を始めやがる。

「これって愛?愛だからかな?」
「…知るかよ、そうなんじゃねーの」
「愛かあ……さっきもね、女厠に大きな虫がいて近藤さんに追い払ってもらおうと呼んだんだけど」
「あァ」
「こんな虫が恐いのか、なんて虫持って笑ってたクセに窓から見える柳の木が揺れたの見てオバケと勘違いして急に私に抱きついてきたの!」
「近藤さんその手のもの苦手だからな」
「土方さんもね」
「ア?俺はンなもん信じちゃいねーんだよ」
「ふうん?あ、こんばんは」
「ア゛?」
「土方さんも挨拶しないと」
「……誰にだ」
「え?ほら土方さんの後ろに」
「テメェ、斬られてーか」
「ほーら、これだけでビビッてる」
「誰がビビッてるって?近藤さんと違ってお前に抱きついたりしてねーだろうが、見ろこの余裕っぷりを」
「私の手を震えるほど力いっぱい握ってるこの手は何ですかね?」
「酒が飲みてーんだよ、注げってオーラ出してんのにお前が一向に注いでこねぇから苛立ってんだよ」
「まだお猪口にお酒入ってるけど」

 からからと笑うを俺はひと睨みし、猪口に残った酒を飲み干した。は目じりの涙を拭いながら空いた猪口に酒を注ぐ。

「まあそれで、近藤さんは土方さんと違ってビビッて抱きついてきたわけ」
「あァ、近藤さんは俺と違ってビビりだからな」
「そうそう。なんだけど私思いっきり突き飛ばしちゃって」
「ア?なにやってんだお前、結局ケツ毛が嫌なのか」
「いや私ひとっこともケツ毛なんて言ってないんだけど、違うのあの人虫持ったまま抱きついてきたの!」
「ハァ?」
「虫が恐くて呼んだって言うのに虫を私に近づけるとかありえないでしょ!叫んで逃げたら私がオバケにビビってるんだと思って近藤さんまで叫んで逃げるっていうか私を追ってきて追いかけっこ状態」
「……騒いでたのはお前等か」

 そういえば一時間ほど前、どこかでバタバタと叫びながら騒いでいる声が聞こえていたのを思い出した。

「でも近藤さんから逃げ切れるわけもなくてすぐ掴まっちゃったんだけど、私は“虫を捨てて〜”って泣くわ近藤さんは“何で俺をおいてくの〜”って泣くわで大変だったんだよ」
「お前な、近藤さんから局長の威厳奪うようなことあんまりさせるなよ」
「私のせいなの!?」
「そうだろ、お前がビシッとしてろとでも言や近藤さんも少しはビシッとしてるだろうが」
「えぇ、私のせいじゃないと思うけど…それに近藤さんはあれが可愛いんでしょ。ビシッと男らしいところもいっぱいあるし」

 そうして笑うの顔は愛する男を想う女の顔で、ほんのり赤い頬はそのせいか酒のせいか。相手がであろうと、女のこういう顔を見るのはどうにも苦手だった。

「なにその顔」
「鳥肌立ってんだよ!」
「なんで!?」

 別に鳥肌を立てたわけじゃない、しかし俺はそう言って大声を出すしかなかった。そもそも、こういう話は俺じゃなくて女友達にでもすればいいであろうものを、何故だかこいつは毎回毎回俺のところに来ては近藤さんの話をしてくるのだ。

「いつもいつも俺にのろけ話してくんじゃねーよ!」
「別にのろけじゃないんだけど」
「それがのろけじゃなくてなんだっつーんだ」
「えぇー初心なのね、土方さんって」

 そう言って笑いを堪えるようにしながら俺の肩を叩くの頭を引っぱたいてやりたかった。が、引っぱたいてこれ以上寒気のはしる発言をされても困ると思い、こいつから酒を離し、酔いを醒まさせるようにと大きな声を出した。しかしは酔っててこういう発言をするわけではなく、普段からこうだということを俺は嫌と言うほど分かっていて、大声が無意味なことも知っていた。

「初心とかじゃねェ!なんでお前ら俺にそういう話してくんだよ」
「おまえら?」
「そうだよッ!近藤さんもお前も」
「えーーーーー!?」

 突然上げる大声に、俺は持っていた猪口を落としそうになりながらを見つめた。叩いてもいないないのに、ついに壊れたか。確か近藤さんは今書類書きしてるはずだが、こいつを引き取りに来てもらおうかとポケットに手を入れ携帯を引っ張り出そうとすれば、その腕を引っ張りぬくほど乱暴にに揺すられた。

「聞きたい聞きたいっ」
「ハァ?」
「近藤さん、私のこと何て言ってたの!?教えて、聞かせて!」
「テメェで聞いてこいよ!」

 壊れてたのは最初からだったかとうんざりしながら俺は掴まれた腕を振り払った。人が酒と満月に酔おうと一人の時間をゆっくりと満喫していたというのに、なんだって邪魔しに来やがる!そんなにのろけたきゃ本人に、それか山崎にでもしてろよ!分かった、そうだ山崎を呼んでやる。携帯の電話帳を開いて山崎に電話をしようとすれば発信ボタンを押す前に携帯を奪われ、ずいと近付くの顔。

「それじゃ違うじゃん!土方さんの口から聞くから嬉しいんでしょ!」
「ふっざけんな、あんな恥ずかしいセリフ誰が言うか!」
「え、恥ずかしい!?なに、何言ってたのあの人!言って、言ってよォー!」

 だから近藤さんも、コイツも…!そんなに好きだなんだと言いたきゃ聞きたきゃ本人のところに行けばいいだろーがよ!!

「俺に恋話ふってくんじゃねェェェエエ!」






20100524
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