敵の敵は味方か敵か? 上篇





 好きな人のことは毎日のように目で追ってしまうもの。そうしてるうちに、私は気づいてしまったのだ。敵がいる、ということを。お妙さんのことはもちろんのことながら、こんなにも近くに敵がいただなんて灯台下暗しとはまさにこのことだろう。私の恋を成就させるには敵を野晒しにしておくわけにはいかない。(あ、でもお妙さんはいいの、私の敵というか、むしろ逆に私の好きな人がお妙さんの敵みたいになってるし、お妙さんはそのままで、素敵なので、私は手を出せません…)第一、気づいてしまったばっかりに私の体の中にはふつふつと嫉妬の念が沸き上がってきてしまっている。どうしようか、と考えていると突然敵の部屋から爆音と共に煙が上がった。これは誰かが敵に攻撃したに違いない。誰か、なんて言わずもがな敵の敵、すなわちきっと私の味方になってくれるであろう人物はすぐに見当がついた。早速手を組もうと私は干しかけていた洗濯物を投げるように一気に竿にかけ、多少ななめっているのも気にせずに洗濯籠を抱えて走り出した。



 まだ敵も、そして味方になってくれるはずの人物もそこにいる敵の部屋の前まで来ると、突然怒鳴り声が響いた。

「テメ、総悟ォォォォオオ!」
「なんだ生きてたんですかィ、ゴキブリ並の生命力だな」
「お前、ふざ」
「総悟!」

 咳き込みながらも怒鳴りつける敵、すなわち土方さんを無視して私は味方になってくれるはずの、総悟に声をかけた。思い切り息を吸い込んで叫んだため、私も煙を吸ってゴホゴホと咳き込んでしまった。そんな私を見て敵、土方さんは私が女中だから「こんなことしたら掃除が大変でしょ!」と怒ることを期待しているのか、いささか歓迎の眼差しで私を見ている。いや、もしくはこの舞い散っている書類をかき集めるのを手伝うのを期待しているのか、どちらにせよ女中という私に歓迎の色を示しているのだ。だけど残念でしたね土方さん、私は女中である前にね、ひとりの女なのですよ。そしてつい先ほど、私はあなたを敵と見なしたのです、敵と。

「なんでィ、か」
「良くやった!」
「ハァァァァアア!?」

 そう言って私は総悟にグッと親指を立てた。それはもう、力強く。そんな私を見て総悟はニタリと笑い、土方さんは予想していたことと真逆の反応をした私に心底驚いていた。瞳孔だけじゃなくて目も口も開いてますよ、土方さん。いや、敵なのだから「さん」付けで呼ぶのはおかしいよね。だとしたら私も、総悟と同じように呼ぶ方が正しいはず。じゃあ遠慮なく、

「土方コノヤロー」
「なん、…今なんつった!?」
「ははっ、こりゃ良いや!」
「おい、お前何言ってやがる!」
「あーあ、こんなに汚して困ります、しかも器物破損だなんて。ちゃんと自分で掃除してくださいね」
「どう見たって総悟の仕業だろーが!」
「あ、総悟。お洗濯干すの手伝ってくれない?」
「仕方ねーですねィ」
「籠ン中空っぽですけどォォォオ!」

 引き止める土方コノヤローを無視して、私は草履を脱ぎ縁側に上がり、総悟の手を引いて歩いた。後ろで土方コノヤローは「ちょっ、待て手伝え、つか総悟ォォォオ!」と、私の態度にあっけにとられて忘れていたのか、今更総悟のやったことへの怒りを表していたが無視だ、無視。総悟は私に手を引かれて、後ろでクックッと笑っている。第一段階、これで私も土方コノヤローをこらしめられたのかと思うと、なんだか笑みがこぼれてしまう。けど、まだまだこれから。戦いは始まったばかりなのだ。




 私の部屋に着き、お茶を入れて向かいに座る総悟へと差し出す。総悟はこれから私の言わんとすることが分かっているのか、楽しそうな、新しいいたずらを思いついた子供のような少し意地悪な笑みを浮かべていた。そんな総悟の目を見つめて、ひとつ息をして私は口を開いた。

「土方コノヤローが私の敵だということが判明したの」
「今まで土方暗殺を散々誘っても乗らなかったくせに、突然どうしたってんでさァ?」

 私が土方コノヤローのことを「敵」と見なしたことは総悟には分かっていたようだった。けれど今まで敵扱いなどせず普通に接してきて、むしろ総悟が土方さん、じゃなかった土方コノヤローにいたずらをしかけていたらたしなめていた私が、どうして急にそんなことを言うのか理解しきれていないようだった。そんなはずはないのに、総悟だったらすぐに理解できるはずだよ。だって同じ理由を持つ仲間でしょ?

「私も土方さ、コノヤローから副長の座を奪いたいの!」
「そりゃ歓迎しやすが、になんのメリットがあるんでさァ」
「だって土方さんてば近藤さんと一緒にいる時間が長いんだもん!」

 ずるい、と言わんばかりに私は声を張り上げた。総悟は一瞬キョトン、とした顔をした後にまた笑った。ここは笑うところじゃないのに!だって土方さんてば、本当に近藤さんと一緒にいる時間が多いのだ。外回りのお仕事はあまり目にすることがないから分からないけれど、よく一緒に勤務に出かけるところを見るし、バラバラで出かけて行っても一緒に帰ってきたりする。屯所勤務のときでさえ報告書だ会議だって、近藤さんの隣には必ず土方コノヤローがいるんだよ!きっと私の片思いの恋の邪魔をしているに違いない、ウンそう!なんてことを必死に説明すると、やはり総悟はおかしそうに笑う。恋する女の子を笑うなんてヒドイ!いつもからかいながらも総悟は応援してくれてたじゃん!

「なんで笑うの!」
「今更すぎやしねーですかィ」
「いっ、今更って」
「今までだって土方のアホがいても嬉しそうにニコニコ近藤さんに話しかけてたっつーのに」
「えっ…あれ」

 土方さんが、いても?果たしてそうだった?私は今まで、近藤さんの隣に土方さんがいるのにニコニコ話かけていた?土方さんが隣に、いるのに?…………隣にいた?

「私が話しかけてるときって…土方さん隣に…いた?」
「…ブッ」

 ハ、と噴出すように総悟は笑い出した。「こりゃ傑作だ」とか「恋する乙女ですねィ」とかなんとか言いながらお腹を抱えて。だから、私は恋してるって言ってるじゃない。それにしても、近藤さんに話しかけているときに土方さんが隣にいたという事実に私は驚いた。まさか視界に入っていなかったなんて。私が話しかける時は近藤さんがひとりの時だと思っていたのだけれど、どうやら土方さんもいたらしい。それに気づかずに私ってば…恥ずかしい、なんて思ったのもつかの間。つまり、それって!もし私の視界に入っていなかっただけで土方さんが近藤さんの隣にいたのだとしたら、私が思ってる以上に土方さんは近藤さんの隣にいたということになる。…やっぱり土方さんは敵!早く攻撃を仕掛けなくちゃ!

「もう、総悟!笑ってないで作戦考えようよ!私と手を組もう!」
「もちろん喜んで」

 そう言って総悟はお腹を抱えたまま、またニタリと笑った。




 そうして私と総悟の、土方暗殺…とまではいかなくても、打倒恋敵!副長の座を降ろせ!大作戦が幕を開けた。






20100226
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