なあに、そんなこと





 なんだか今日は、無性にイライラとする。

 いつもなら何とも思わない、私にさほどダメージを与えないような、気にかけないようなことでも今日は何だか全てが私の神経を逆撫でした。それは立て続けに起こるからなのか、今日の私がピリピリしているからなのか。きっと答えは両方だろう。そう自覚していても、起こる出来事は止められぬしピリピリとした気分を自分で落ち着かせることも出来なかった。出来ないからこそ、こうやって余計にイライラとするのだけれど。些細なことにイラつく自分、そんな気分を落ち着けることの出来ない自分、それに余計にイライラとする、堂々巡り。こんなときは誰かに八つ当たりをしかねなかった。そんなことをすれば、また後になって八つ当たりしてしまった自分に腹を立てるに違いないから、私はなるべく誰とも接せぬようにと、隊士達を避けながら仕事をこなしていった。どうにか私のイライラが納まるまでは、誰とも関わることのありませんように、そう思いながら。

 そろそろ洗い終えたであろう洗濯物を干すべく私は洗濯物を取りに行った。今日はもうこれで五回目。まだあと三回分くらいはありそうな洗濯物の山を思い出して私はげんなりとした。しかも今日はあまりお天気も良くない。夕方までに無事乾いてくれるかも分からなかったけれど、今日中に洗濯してしまわなければならなかった。乾かなかったときのことを考えると頭が痛い…けど、そんなことを今考えても仕方がない、と私は頭を振った。するとその頭を押さえるように、ポンと誰かの手が乗せられた。驚いて振り返ると、そこには局長の姿が。

「局ちょ…」
「大丈夫か?」
「え?」
「呼んでも気付かないし、あんまり元気ないみたいだからさ」
「あ…すみません、何か御用でした?」
「こうやって顔見てみると、なんだか顔色も良くないなァ」
「そんなことないですよ、元気です。局長こそ目の下のクマ、すごいですよ」
「ウン、昨日から書類と睨めっこでな…」
「少しは寝たほうが良いですよ?あ、もしかしてお腹空きました?」
「ウ〜ン…」
「…いや、あのウ〜ンではなくてお腹空いたなら何か用意しますけど?」

 私がそう問いかけても局長はウ〜ンと唸って何かを考えたままだった。何を悩んでいるのだろう。お腹空いたのかそうでないかくらい、考えなくたってわかるでしょうに。私は洗いあがった洗濯物が皺になっちゃう前に干しに行きたいのに…それにまだ洗いたいものも残ってる。悩んでる局長を放っておいて残っている洗濯物を洗濯機に放り込んで良いものか。さすがにこのまま局長を残して干しに行っちゃダメだよね。でも本当は真っ先にこれを干しに行きたいんだけど…。ああもう、何を悩んでいるの局長は。食べたいものでも考えてるの?なんだかはっきりしない局長に私は少しイライラし始めていた。女中のお仕事を中断されることなんて、いつものことなのに。目の前にいるのが総悟くんじゃなくて局長であるってだけでも良い方。だけど今日の私はいつもの私とは違っていて…ああもう!

「今日はあんまり天気が良くないからな」
「そうじゃなくって、お腹空いたんですかって私は」
「洗濯は天気の良い日にやれば良いさ!」
「は?」

 そう言って局長は私が抱えていた洗濯籠を取り上げて床に置いた。私は「お腹空きました?」って聞いたはずなのに、どうしてその答えが「今日はあんまり天気が良くないからな」なワケ?意味がわからなくて局長を見上げれば、そこには目の下にあるクマが見えなくなるほどの豪快な笑顔。

「なに笑って…」
「洗濯はもうやめて良いからさ」

 言いながら局長は私の手を引いて洗濯場を出ようとした。ちょ、ちょっと待ってよ。お腹が空いたならご飯用意しますから、これだけは干させてください、皺になっちゃう!それに洗濯回してからじゃないと今日中に残り終わらないし、やめて良いなんて何言ってるんですか!わけがわからない局長の行動に私は混乱した。

「お腹空いたなら用意しますから、少し待ってください!」
「洗濯はもう良いから!」
「良くないですよ!これ洗わないと明日隊士の皆が」
「一日くらいあいつらなら平気さ」
「何言っ…ひゃあ!」

 ついにイライラを局長にぶつけてしまいそうになった時、私の体は中に浮いた。何事かと思えば私は局長の肩に担がれていた。目の前に見えるのは黒くて大きな局長の背中だけ。逆さまになった視界に私は慌てて顔を上げ、横にある局長の顔を見た。そんな私とは反対に、局長は平然として、笑っている。

「なっ、なにするんですか!?私まだお仕事が!」
「だからー洗濯は天気の良い日に!」
「そんなこと言ってられないんです!雨が降ってるわけでもないんだし」
「いいのいいの、疲れた時は休んで、な!」
「局長だって目の下にクマ作ってるじゃないですか!私だけ休んでなんか」
「ん?じゃあだけ休んでなきゃいいんだな?」
「…は?」
「おーいザキィ!」
「…局長、セクハラで訴えられますよ」
「セッ、セクハラァ!?ちっ、違いますぅ!」

 私を担いだまま局長は歩き出し、退くんの名を呼んだ。首をひねって局長の視界の先を見れば、驚いた顔をしている退くんの姿があった。当然だよね、私の方が驚いてるし。“セクハラ”発言をされた局長は慌てて私に「違うよな!?そんな風に思ってないよね!?」なんて同意を求めてきたけれど、私は答えないで顔を再び下げた。視界いっぱいにまた黒い背中が映る。セクハラでもなんでもいいから早く降ろして欲しい。担がれている意味がわかんないし、洗濯物終わらせちゃいたいし、今日は無性にイライラするから誰にも合わないようにしていたのに…私の努力が全部水の泡。「なんで担がれてるの?」と聞いてくる退くんに、私は聞こえなかったかのように顔を伏せたまま返事をしなかった。そんなの、私の方が聞きたい。

「あーもーとにかくゥ!手の空いてる奴に声かけて道場に集合って伝えてくれ!」
「え?何かするんですか?」
「まァ、来れば分かるさ!五分以内だぞ!ホラ急げ!」
「は、はいっ!」

 走り去る退くんを見送って局長は私を担いだまま、また歩き出した。どこに行くんだろう。さっき退くんに言ってた、道場?どうして道場なんかに…お腹が空いてるわけじゃないなら私に用はないじゃない。そもそも最初に私に声をかけてきたのはなんの用事だったんだろう。イライラしそうになるのを抑えるように私は息を吐いた。

「…あの、降ろしてください」
「だーめ」
「なんなんですか一体」
「いいからいいから」
「あの、私っ」
「イライラ」
「え…?」
「イライラしてるだろ?」
「なっ…べ、別にそんなこと」
「なあに、隠さなくても見れば分かるさ」
「…………すみません」

 局長と話をしたのはほんの少しだったはずなのに、どうしてバレちゃったんだろう。バレないようにしていたのに、こうも簡単にバレてしまうような態度をとってしまっていたのかと申し訳ない気持ちになった。変な迷惑かけないようにって思ってたのに…。

「ん?なんであやまるんだ?」
「だって…」
「疲れてるんだよ」
「それは皆さん同じじゃないですか…」
「だからあいつ等もあちこちで喧嘩だのなんだのってしてるじゃないか」

 ガハハと笑う局長。イライラすることなんて、なんともないことかのように。私はイライラしちゃう自分に自己嫌悪に陥るというのに、局長にとってはそんなこと、なんでもないんだ。
 局長局長ってみんなに慕われていて、とても気さくで優しい人で私もお慕いしていたけれど。私は逆さまに映る局長の大きな背中におでこをつけて、隊服をぎゅうと握った。局長の大きな背中の中に、大きな心をじんわりと感じた。局長のいちばん大きいところは、ここなんですね。

「イライラするほど頑張ってるってことだもんなあ」
「そんなこと…私、ちいさいですね。恥ずかしいです」
「人間はイライラするように出来てるんだから、気にすることじゃねーよ」
「………」
「あいつ等みたいに、も息抜きの仕方覚えねーとな」
「……はい」
「だからァ…ア!そうか!」

 局長の言葉が私に沁みる。イライラとした気持ちはいつの間にか消えていて、局長の大きさを感じては自分の小ささに恥ずかしくもなったけれど、それはあまり惨めなものではなかった。自分の小ささを嘆くというよりも、局長の大きさに安心したような、許されたような、そんな気持ちだった。
 それでも、反省するように私は一言返事を漏らした。すると突然局長は大きな声を出して、私の反転していた視界が元に戻された。未だに足が宙に浮いた状態なのは変わらないけれど、私の視界は元に戻っていて、目の前には局長の顔があった。

「そうか、そうだよな!」
「…え?」
「女の子はお姫様抱っこがいいよな!」

 そう笑顔で言われて、私はそのまま“お姫様抱っこ”をされた。私に元気がなかったのが、担がれていることに対する不満だったとでも思ったのだろうか。話の流れ的にそれはないんじゃ…と思ったけれど、私が無駄にイライラしていたことが本当に無駄なことだったんだと、ちいさいことだったんだと気付かされて思わず私は笑った。

「すまん、やっぱりそうか」

 違うけど、局長がそう言うんならそれでもいいですよ。私は笑いながら局長の首に腕を回した。

「私、バブルス星のお姫様はイヤです」
「俺バブルス星人じゃなくて地球人んんんんんん!」




 その後は、退くんが呼んできた隊士数十人と局長と退くんと私で道場でお昼寝をした。局長は私が本当にお姫様抱っこじゃないことを不満に思っていたんだと思い込んでいて、私にだけ「女の子扱いだ」とお布団まで運んできてくれた。皆で円を描くように並んで、副長に怒られるまでのお昼寝大会が始まった。洗いっぱなしでしわしわになっちゃっているであろう洗濯物と、残っている洗濯物が心配になったけれど局長命令ってことで私は目を瞑った。怒られても、全部局長のせいにしちゃいますからね。今度イライラすることがあったら、私も隊士にまじって喧嘩してみようかなあ、なんて思いながら私は眠りについた。

 副長が怒鳴りに来るまで、後少し。






20091231
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