私の愛しい目覚まし時計





 気持ちの良い眠りの中、ぐいぐいと夢から引き離され現実へと意識を引っ張られる感覚がした。


 まだ寝ていたいと抗う私の気持ちとは反対に、意識だけが現実へと、目覚めへと引き寄せられていく。自然に目が覚めるのではなく、起こされる感覚というのはどうしてこうも言い表せられぬ負荷が体にかかるのだろうか。痛いでも苦しいでも気分が悪いでもないような、むしろそれら全部が合わさったかのような。そんな感覚を体中に押し付けられながら、私は目を覚ました。けれど目を開けるどころかぎゅうっと強く閉じ、目覚めてしまったことを拒否するかのように体を、顔を、反対に背けた。
 すると頭上から、優しくあたたかい声が私に降り注いだ。

「ほら、朝だぞ」

 それは私にとって甘い、愛しい声。意図せず目覚めた不快さに眉間に皺が寄るも、自然と口元は緩んでしまう。

、起きる時間だ」

 ゆるゆると体を揺らされても、私は目を閉じたまま起きることを拒んだ。

「眠いぃ」
「でも起きる時間だぞ。また目覚まし止めただろ」
「…やだ」
「寝坊したらまたヨネさんに怒られるぞォ」
「……でも眠いぃ」

 ヨネさん、とは女中頭のことで、私は朝食の準備に度々寝坊してはヨネさんに怒られていた。私は基本的に朝が苦手なのだ。目覚ましをかけてもいつの間にか止めて二度寝してしまうし、目覚ましの音に気付いてすらいない時もある。今日は前者…いや後者もか。目覚ましを自分で止めた記憶すらなかった。

は本当に朝が苦手だなあ」

 穏やかに笑うその声につられて、私はうっすらと目を開けた。体を仰向けにして、起こしに来てくれた彼の、近藤さんの顔を見上げる。私と同じように寝起きなのかと思えば、既に隊服を着て髪も整えて、しゃんとしていた。昨晩は書類整理に追われていたから、近藤さんが眠りについたのは夜もだいぶ深まってからだったはずなのに。それよりも先に眠った私が未だ布団の中でぐだぐだと起きたくないと駄々をこねているなんて…

「でも眠いぃ」

 さっきから同じことしか言っていない気がする。でも私の気持ちはただひとつなのだ。
 ただただ“眠い”。

「ほら頑張って起きて」
「だめむり」
が起きてくれないと俺たちみんな朝飯が食えないだろォ」
「うぅ…ヨネさんが頑張ってくれるよ」
「俺はの作った朝飯が食いたい」

 私とはまったく反対に、眠気なんて微塵も感じない爽やかな笑顔で近藤さんは笑った。私を喜ばせる嬉しい言葉を添えて。
 優しく頭を撫でてくれる近藤さんに、嬉しくて照れた顔を見られたくない私は再び顔を逸らした。近藤さんのせいで、いつの間にか眠気も覚めてしまった。さっきまではまた寝たい、絶対起きたくない体が重いだなんて思っていたのに。今はふわふわした気持ちで、緩む口元を隠すために逆に起き上がれない。

「本当に朝が苦手で困ったちゃんだなァ」

 顔を背けた私が、再び寝ようとしていると思ったのか近藤さんは困ったような声を出した。

「どォ〜したら起きてくれるのォ〜」
「ん〜」
ちゃあ〜ん」
「ん〜」
「起ォ〜き〜て〜」

 ゆるゆると再び私の体を揺らして、私をあやすように猫なで声を出す近藤さんに、私はだんだん楽しくなってきてしまった。もう眠気はないし、ぱっと起き上がれるけれど。私は目を閉じたままわざと気怠い声で返事をしていた。

「どーしたらはぱっと起きるんだ?」
「ん〜とね、そうだなぁ」
「おっ、起きる方法あるのか?」
「うん」
「よしよし、俺に教えてくれ!」
「あのね、色気のある低い声のイケメンに耳元で愛を囁かれながら甘く優しく起こされたらすぐ起きるかも」

なーんてね。本当は近藤さんがこうやって起こしに来てくれることが私にとって一番ぱっと起きられる方法。例え叩き起こされようと、蹴り起こされようと、歌で起こされようとなァんだって嬉しくて、眠くてぐずぐずするかもしれないけどちゃんと起きられる。近藤さんが来てくれるなら、なんだっていいの。
 だけど近藤さんがあんまりにも私を甘やかすから、ちょっと意地悪を言ってみたくなってしまったのだ。“色気のある低い声のイケメンに耳元で愛を囁かれながら甘く優しく”なんて言えば、きっと近藤さんは頭を悩ませるのだろう。自分の声だって低くて素敵な声だと気付かずに。私を起こした最初の一声から全てが甘く優しかったことにも気付かずに。近藤さんのそんなところが、私は愛しくてたまらないのだ。
 無反応の近藤さんが、必死に愛の言葉でも考えてくれているのだろうかと、にやにやした口元を隠しながら私は振り返った。

「あれ…」

 するとそこには、今の今までいたはずの近藤さんの姿がなかった。
 え、あれ?いつの間にいなくなったの?今の間に?今話してたのに?
 クエスチョンマークがいっぱい浮かぶ私の頭に、遠くから聞こえてきた声が答えをくれた。

「だからトシィ、お願いっ!」
「なんで俺だよ!」
「だってトシが耳元で愛を囁かなきゃ起きれないって言うんだもん!」
「愛ィ!?」
「あっ、色気のある低い声でね!もとからトシは低いけど、色気たくさん放ってね!」
「ふっざけんな、なんで俺だよ!バカなこと言ってねーでさっさと起きやがれ!!」

 どすどすと歩く二人の足音と声が近付きだんだんと大きくなる。土方さんの最後の言葉は私に言っているのであろう、近藤さんがいなくなった意味を理解した私は慌てて体を起こそうとするも、私が起き上がるよりも土方さんが怒鳴り込んでくる方が数秒早かった。

「なに寝ぼけたこと抜かしてやがる!」
「違うトシ!色気のある声で甘くゥ!」
「おおおお起きてますっ」

 私は飛び起きて土下座をした。それはもう、ジャンピング土下座なんて目じゃないほどに。
 ちょっと甘えて、意地悪を言ってみただけなのに、まさか近藤さんがこんな行動を起こすだなんて思いもしなかった。というかイケメン、と言っただけで土方さんだなんて一言も…いや土方さんはイケメンだけど、一番頼みに行かないで欲しかったイケメンだよ…。

「えっ、寝ぼけてるのか」
「まだコイツ寝てやがんのか!」
「起きてますって!」

 いきなり土下座なんかしたものだから、私が寝ぼけているのかと勘違いした近藤さんの言葉のせいで再び土方さんの怒声が飛んだ。
 怖いいいい…。近藤さんのバカァ、朝からどうしてこんなに怖い思いしなきゃいけないの…!これならサッサと起きてれば良かった。近藤さんならどんな起こし方でもいいって言ったけど…土方さんを連れてくるのだけは止めて欲しい。






 ドスドスと足音を立てて部屋を出て行く土方さんを見ながら、「まァなんにせよが起きてよかった」と近藤さんは笑った。もう既に起きてたもん!とは言えず、私はじとりと近藤さんを睨む。眠いのに起こされたことで不機嫌になっているのだと勘違いしている近藤さんは「見廻り行ったらお土産買ってきてやるから、な?」と私の頭を撫でた。この人は本当に分かってない!でも、無意識なのか意識的になのか…いや絶対無意識だと思うけど、私が喜ぶことをはずさないところが困る。
 私は黙って頭を撫でられながら、近藤さんの笑顔を見上げた。
 この瞬間が、何より好きなのだ。ちょっと強いくらいの、その手のひらが好き。

「饅頭堂のケーキがいい」
「よォし、じゃあトシの目を盗んで饅頭堂行って来るな。その代わりも、俺に美味い朝飯作るために、ほら起きた!」

 撫でていた手を止め、私の脇下に手を差し込み抱き上げるようにして近藤さんは私を立たせた。

 ニカッと笑って「おはよう!」を紡ぐ近藤さんに、私も笑って「おはよう」を返した。近藤さんに起こされた日。

 今日はきっと、とっても良い一日になる!






20101028
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