敵の敵は味方か敵か? 下篇





 まだきっと、多くの隊士が眠りについているであろう早朝。作戦はスタートした。




 総悟から『ヤられる前にヤる』大作戦なるものを伝授された私は、その作戦名こそ不信感をいだくものだったけれど、予想外に成功率が高そうな内容だったため実行することにしたのだ。その作戦は早朝、でなくては意味がなかった。私が総悟に起こされたのが三時過ぎで、その後カップ麺の用意やなんやらで四時近くになっていた。作戦開始はそれから二時間後、六時前くらいが良いだろうと言う総悟の言葉を聞き、意気込んでいた私の出鼻をくじいたのはまさかの総悟だった。一緒に夜が明けきるのを待ってくれるのかと思いきや、作戦内容を話し終えた途端に背を向け部屋に戻ってしまった総悟を私は呆然と見つめるしかなかった。作戦を考えてくれただけでありがたいんだ…そう思いながら朝食の準備をすることで眠気を覚ましていた私は「作戦前に起こしてくれていーから」という総悟の言葉を信じて、五時半に総悟の部屋へ向かった。

「……わあ」

 総悟の部屋の障子に貼られていた紙には『侵入者殺ス』の五文字。余白に『のみ可』のような文章は一行たりとも、一字たりとも記されてはいなかった。作戦に必要で、総悟が貸してくれると言った“モノ”は廊下にぽつんと投げ出されている。入るな、起こすな、勝手にやれ、と。そういうことですか。予想し得ないことじゃない、でも予想なんかしていなかった私はぽつんと投げ出されたその“モノ”をそっと手にして、それ以上何も出来ずにとぼとぼと私室へと戻った。
 私室へ向かいながら本当に総悟は協力してくれる気があるのだろうかと考えてみるものの、答えが出るわけもなかった。掴めるわけがないのだ、総悟のあの性格を。ただきっと打倒土方なのは同じであって、少なからず協力してくれる気はあるはずだ。だって今まで私に土方暗殺を誘ってきたり、さっきだって作戦を考えてくれたんだから。ただ完璧協力体制、とはいかないことを胸に刻んでおく必要があるようだった。
 私室に着いた私は、入ってすぐに正座をし、目を閉じた。そして総悟が考えてくれた作戦を頭の中で反復する。大丈夫、至ってシンプルな作戦だ。失敗した場合の回避方法だって総悟は教えてくれた。絶対にこれは成功する、絶対に大丈夫。精神統一を終え、よし、いざ行かん!と立ち上がった。

 愛しの近藤さんに、少しでも近付くために!





 そろり、そろりと足音をたてず、床をするように歩く。息を殺して、気配の消し方なんてものは分からないけれど、とにかく静かに慎重に、目的の部屋まで近付いた。そしてそっと障子に手をかける。す、す、すと少しずつ音を立てずに横にずらして、私が横になってぎりぎり通れるくらいだけを開けてそっと身を滑り込ませた。障子は開けたまま、そろりそろりと目的の人物へと近付く。なんでも良いから、とにかく早く目的の人物、土方さんを起こす前に土方さんに近付かなくてはならない。無駄な行動をして彼を起こしてしまっては意味がないのだ。部屋に入り一歩、また一歩と足を前に進める私の心臓はこれでもかというほどバクバクと動いていた。足音よりも心音のほうが何倍もうるさい。これが私の体を通り越して音として響いていないことを私はただ願う。だって自分じゃ足の先から頭の先まで響き渡るほどバクバクとうるさくって、自分の足音が本当に聞こえていないのか、それともこの心音のせいで聞こえてないのかが分からないくらいなのだ。慎重に慎重に歩いているから、土方さんも起きている気配もないしきっと足音は響いていないと思うのだけれど…。
 そうして寝ている土方さんを見下ろせる、布団の横に立ったところで私はそっと息を整えて、胸元に忍ばせた総悟から借りた“モノ”のボタンを押してから飛び乗るようにして土方さんのお腹に跨った。

「土方さん!!」
「ッッ!?!?」

 驚いて目をかっぴらく土方さんを見て私は同情した。分かります、私もそうやってさっき総悟に起こされたから。死ぬほどびっくりしますよね、この起こされ方。分かってるんです、でも分かっててあえてやってるんですごめんなさい。

「目の前で死なれたくなかったら“副長の座を降りる”と言ってください!」

 私は自分の首に銀色の定規を当てて叫んだ。寝ぼけている状態なら定規であろうと銀色に光っていれば刃物に見えるだろう、というこれも総悟の提案だ。目をかっぴらいていた土方さんは、徐々に眉間に皺をよせいつもの細い目で私を睨みあげていた。恐くて目があわせられない私は俯き加減で土方さんの様子を伺う。

「おま、なにやって…」
「私に死なれたくなかったら“副長の座を降りる”って言ってください!」
「あ゛ぁ?」
「いいからとにかく“副長の座を降りる”って言って!!」

 寝ている土方さんの上に跨って、首に定規を当てて私はなにアホなことを叫んでいるんだと段々羞恥が湧いてきてしまった。早く言ってよ土方さん!寝ぼけている間に言わせる作戦なのに、完璧に目が覚められたら私どうしていいか分からない!総悟は作戦を開始する前に土方さんにバレた場合の回避方法は教えてくれたけど(お掃除に来たんです〜とか言えばいいって言われた)土方さんが作戦通りに動いてくれなかった場合のことまでは考えてくれなかったのだ。かくいう私も何も考えてなかった。なにこれすごい恥ずかしい、むしろ私が寝ぼけていたかった、もうこれ夢遊病です作戦に変更したいんだけど駄目かな、駄目だよね。頑張れ私、最後まで諦めるな私!

「土方さん、早く言って…」
「朝からなんだっつーんだよ、夢遊病かお前」
「ち、がいます“副長の座を降りる”って言ってくれないと私死にます」

 私の突拍子もない行動に土方さんの口から出た“夢遊病”の言葉。そのまま「うん、そうなんです」なんて頷きたい気持ちを抑えて私は定規をきつく握った。羞恥心から涙まで浮かんできてしまったが、どうにかこの涙が本気の涙だとして土方さんに伝わりますように。そろりと土方さんを見れば、呆れた目をして私に手を伸ばした。

「つうかお前これ定規だろ、定規で死ねんのか」
「えっ、ちが」
「まあいい、死にたいなら手伝ってやる」
「え!?ちょっ」

 土方さんが寝ぼけて“副長の座を降りる”なんて言ってくれるだなんて思っていた私の頭の方が寝ぼけていた。そんなことあるわけなかったのだ。土方さんは私が首に当てている定規を首に押し付けるように手のひらを私の首に押し付けてきた。その顔は意地の悪い、それ。全て見通されていることに私の背中にはじわりと嫌な汗が浮かんだ。どうするの、こうなった場合どうするの!
 いくら刃物ではなく定規とは言え、首に押し付ければ痛いのは一緒で、私はぐいぐいと手のひらを押し付けてくる土方さんに抗うように定規を首から放すように力を入れた。

「ひっ、じかたさん!」
「あ゛?」
「ふ、く長を降りるって言ってください!」
「寝ぼけたこと言ってんじゃねぇ、総悟に悪知恵仕込まれやがって」
「いいから言ってくださ───っあん、あっ、もっとぉ」
「「…………」」

 突然響き渡る卑猥な女性の声に私も土方さんも目を丸くして止まった。静かな室内にあんあんと女性の声だけが響いている。固まる私達におかまいなしに、その声は早朝に似つかわしくない色を含んで止まることがない。そしてその声は、何故か私の胸元から響いているようだった。
 え、なに!?どういうこと!?なにこの声!!

「お前この期に及んでなにを仕込んでやがる」
「知らない、これは私も知らない!」

 これでもかと眉間に皺を寄せ睨み上げてくる土方さんに怯える暇もないくらい私はパニックになっていた。だって、ねえ、なにこの声!なんで私の胸元から…え、まさか、うそ、まさかでしょ?定規を手放して胸元を開けば、布団にボトリと落ちた総悟からもらった例の“モノ”。女性の声は、それから響いていた。

「土方さん!こ………れ」

 原因はこれでした!と顔を上げれば、苦虫を噛み潰したような顔をして土方さんが顔を横に向けていた。何かと思って私も土方さんの視線の先に顔を向ければ、そこにいたのは私が開けっ放しにしていた障子の隙間から何とも言えぬ顔で佇んでいた近藤さんの姿。こうしている間にもあんあんと女性の声は響いたまま。

「っ!?こん」

 近藤さん!?え、近藤さん!?
 近藤さんは無言のままさっと障子を閉めて行ってしまった。え、ちょっと待って、今の勘違いされた?まさか私と土方さんがあんあんしてると思ってないよね?いや、ないない違うってだって私の声じゃないもん、分かるよね、ていうか私達服着てるしそんな関係じゃないし。でもじゃあ私が土方さんを副長の座から降ろそうとしてるのが今のでバレたんじゃ…それはそれでまずい、絶対にまずい!

「勘違いしたなアレは」
「え!?勘違い!?勘違いって、どれ、どっち!?」
「これがお前の声だっつー勘違いだろ」

 あんあん響き渡っていた声を、土方さんはボタンを押して消した。…え、勘違いって?

「嘘でしょ!?」
「嘘ついてどーすんだよ!」
「だって私の声じゃないもん!」
「知るかよ!」
「だって私、わたし……うあああああああああああん」

 近藤さんに近付きたかっただけなのに!私より一緒にいる時間が長い土方さんにヤキモチやいただけなのに!なのに、なのにこんなのひどい!土方さんの上に私が跨っているところを見られただけでも大問題なのに、あの声が私のだなんて勘違いされただなんて、そんなの、そんなの…!私が土方さんのこと好きなんだって思われてるってことだし、好きじゃなかったとしたら軽い女だって思われるってことだし!私は近藤さんが好きなのにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!

「うるっせえな泣くな!つーかいい加減降りろ!」
「土方さんのせいだああああああああ」
「お前が勝手に俺の上に乗って声流したんだろ!」
「だって、総悟がこれ録音機能ついてるから証拠に録音しとけって、言っ…うあああああああん」
「だアアアアうるせえ!勘違いだったって説明しといてやっから泣き止め!」
「そしたらまた土方さんと近藤さんが一緒にいる時間増えるうううう」
「ハア?」
「私っ、土方さんが副長だと近藤さんと一緒にいる時間が長いから、だから」
「総悟と一緒に俺を副長から降ろそうとしたってことか」

 呆れた顔で溜息をつく土方さんに、私は泣きじゃくりながらこくんと首を縦に揺らした。もう作戦が本人にバレたってどうでもいい、私はただただ泣きたかった。

「アホか、仕事だっつーの」
「でも」
「男の俺に嫉妬してどうすんだよ」
「でもっ」
「お前のライバルはお妙だろ」
「……それは」
「ったく、じゃあ一緒に行くぞ、降りろ」
「一緒に行ったらなんか更に勘違いされそう!」
「じゃあ俺ひとりで行」
「ずるい!」
「どっちだよ!」
───カシャ

 ああでもないこうでもない、と言い合いをしているとカシャと言う音と共にフラッシュの光りが私たちを包んだ。二人で音と光りの元に顔を向ければ、そこに立っていたのは、それはもう幸せそうに意地の悪い笑みを浮かべる総悟。

「見出しは“真選組副長、嫌がる女中に騎乗位強要!”か“真選組副長隙だらけ、女中にヤる前にヤられた”とどっちにしやしょーかね」
「「総悟!!」」
「バラまかれたくなかったら副長の座を降りてくだせェ」
「「ふざけんな!!」」

 怒りと共に立ち上がった私達を見てサッと逃げ出した総悟を、私と土方さんは鬼の形相で追った。
 信じられない、これが協力?これが一生懸命考えた作戦?これのどこが私に協力してくれて、一生懸命考えてくれたって言うのよ!怒りながら追いかける私達をちらりと振り返って、心外だとでも言いたげに総悟は私を見た。

「なんでまで怒るんでィ」
「当たり前でしょう!なにあの録音機!変な声流れてきたんだけど!」
「自分で間違って再生ボタン押したのを人のせいにしないでくだせーよ」
「録音ってシールついてる所押したもん!仕組んだでしょ!」
「まあまあ、あれも含めてこの写真撮るまでが俺の作戦でさァ。多少手違いがあったにせよ」
「そんなの聞いてない!」

 やっぱりテメーの差し金か!と隣で土方さんも怒鳴っている。けれど土方さんの数倍私の方が怒ってるんですよ、数倍!

「言ったら成功しないと思いやして」
「当たり前でしょ!そもそも知ってたらこんな作戦やらなかった!」
「え、近藤さんに見られたせいでヤれなかった?あれは俺も計算外でさァ」
「ふざけないでよ!」
「近藤さんが来なきゃ、あのまま土方さんがを襲うと思ったんですがねィ」
「するか!」
「それはに魅力がねーっていうことですかィ」
「えっ、ひどい土方さん!」
「そういう問題じゃねーだろ!!」
「ハイハイ土方さんが意気地なしチキン野郎ってことでしょ」
「違ェーよ!!」
「まあ、んな怒らず聞いてくだせーよ。土方さんがを襲う所を撮れれば訴訟起こして簡単に副長の座を降ろせるって作戦でさァ」
「土方さんを副長から降ろす前に近藤さんに誤解されちゃ意味ない!!」
「だからそれは俺も予想外」

 にやにや笑いながら振り返る総悟を見て私の怒りはふつふつと燃える。その顔の、どこが予想外の顔だっていうの!

「総っギャ!」
「どわっ」

 バタバタと必死に総悟を追いながら叫んでいたせいで、先ほど胸元から録音機を取り出す際に浴衣が緩んでいたことをすっかり忘れていた。走ったせいでよけいに乱れてしまった浴衣の裾を踏んで、私は盛大に転んだ。土方さんは私に巻き込まれないようにと、さっと横に避けている。
 じりじりと痛む手やら膝やらを堪えながら、私は顔を上げて叫んだ。

「なんで避けるんですか!?」
「俺も転ぶだろ!」
「支えてくれればい」
「あ、待てコラ総悟ォ!」
「ちょっ、二人とも待てェーーー!!」

 避けるんじゃなくて、腕を引いてくれるなりして支えてくれたっていいじゃないですか!なのに土方さんは逃げる総悟を追って行ってしまった。バタバタと走る音と怒声が遠ざかるこの場所で、私はべたりと床に這い蹲ってひとり。最後の私の叫びすら二人には届いていない。
 なんで?なんでこうなるの?まともに寝てないから寝不足で体だるいし、近藤さんには誤解されるし、土方さんとの変な写真は撮られるし!いいことなんて、ひとっつもない!私はただ、ただ純粋に、近藤さんに近付きたくて、近藤さんが…

「う、うああああああああああああああん」

 もう泣きたい。というか泣いている。
 すると横の障子がサッと開いた。思わず顔を向けると、廊下に寝そべって泣いている私を見て目を丸くする退ちゃんの姿がそこにはあった。どうやらここは、退ちゃんの部屋の前だったらしい。でもそんなこともおかまいなしに、私は声を上げて泣いた。

「ど、どうし」
「味方なんていないぃぃ〜」
「え、ぇえ?」


  敵の敵も、結局──────私の敵よ!






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