この日の朝も





「ねぇねぇ銀ちゃん」

 いつものようにソファに腰掛けながらジャンプを読んでいると、が膝の上に跨ってきた。ジャンプから顔を上げれば、は二コリと笑ってジャンプを背後に投げ捨てる。バサリ、ともグシャリ、とも言えぬ音を立ててジャンプが床に落ちた。

「おい、まだ最後まで読んでな」
「今日は誕生日だね」
「あ?あ、あァ」

 なにするんだ、と怒ろうとしたのだけれど、の嬉しそうなその言葉にジャンプのことなど頭からなくなってしまった。は微笑みを湛えながら、腕を俺の首に回した。

「銀ちゃんへの誕生日プレゼントね、考えてたんだけどどうしてもどっちか選べなくって。だから、銀ちゃんが選んでくれない?」

 小首をかしげる姿が、どこか色っぽい。内心ドキリとしながらも、の腰に腕を回した。

「おう、なにくれんの」
「あのね、甘いもの食べ放題か……わたし食べ放題」
「は?…え?わたし?」
「うん。どっちがいい?」
「なにそれマジで?選んだらマジで食べ放題させてくれんの?」
「うん。だって銀ちゃんの誕生日だもん」

 まさか、今のは本当にが言った言葉か?信じられない俺をよそに、はにこにこと笑ったままだ。どこからも、嘘や冗談といったものは読みとれない。
 なにこれ、マジで?こんな俺の妄想でしか聞いたことないようなセリフ、マジで言ってくれちゃってんの?
 の瞳に映る俺が、一瞬、狼に見えた。ごくりと喉を鳴らせば、の瞳に映るのはやはり俺の姿。ひどく乾いた瞳をしている、俺の姿。
 今更、“冗談”はナシだからな。

「ねぇ、どっちがいーい?」

 まるで煽るように顔を寄せてくるに、俺の答えは最初から決まっていた。

「そりゃーお前、食べ放題に決まってんだろ」

 耳元でそう囁いて、耳朶を口に含めば嬉しそうな甘い声が漏れた。

 その後はもう、食べ放題のその言葉通り、俺の欲望がおさまるまで、俺の好き放題だ。
 乱れて絡まる衣服が邪魔だと思うのに、それを全て脱ぐ時間も、脱がす時間すらも惜しい。何度求めても尽きない俺の感情と自身に、俺の脳は痺れっぱなしだ。
 頭に、視界にかかる白い靄が消えない。

「っあ、銀ちゃんっ」
「──ん」
「も、う」

 眉間に皺を寄せ、涙目で見上げるに身体の奥がぎゅう、と疼く。力の入らない手で俺の胸を押し、距離を取ろうとするに俺は腰をぐっと寄せた。

「俺、のプレゼントだろ?逃げんじゃねーよ」






「逃げ、ん……ねぇ」
「ん?」

 銀ちゃーん、と俺の名前を呼ぶ元気な声が、鼓膜に響いた。やけにクリアなその声と、揺さぶられる身体────揺さぶられる、俺の身体?
 え、なに、なんで俺の身体が揺さぶられてんの。むしろ揺さぶってたの俺なんだけど。
 何かがおかしい、と瞼を持ち上げれば、身支度を完璧に整えたが不思議そうに首をかしげていた。潤んだ瞳も、上気した頬も見当たらない。

「銀ちゃん?おはよう、起きた?」
「え、ちょ、なにこれ」
「なにこれって…なにが?」
「いやいやいや!なにつらつら喋ってくれちゃってんの!」
「はあ?」

 怪訝そうに眉間にしわを寄せたに俺は首を振った。違う、そうじゃない、同じようで、同じじゃない。さっきまではもっと切なそうにしてただろーが!俺が濡らした唇もどこにやった!なんでピンク色の口紅が乗っかってんだよ!

「かっちり着物着てるしィィィイイ!違うだろーが!俺が良い具合に乱してただろーが!」
「なに言ってんのほんと、寝ぼけてんの?」
「違ァァアアう!もっと息絶え絶えに!唇も濡れてた!唇だけじゃなくてアソ」
「ちょっとォ!どんな夢見てんのやめてよ!」

 意味が分からない、という顔をしていただったが俺の言葉に察したのか、さっと頬を赤らめながら俺の言葉を遮った。赤くなる頬が先ほどまでと少し近づいた、ようでまるで違う。そんな不機嫌さなど、さっきは微塵もなかった。
 俺は勢い良く起き上がり、布団を剥いだ。

「見ろ!銀さんの銀サンを!こんなんなってんのに夢だと思ってんのかお前!」
「なっ…夢に決まってんでしょ、誕生日の朝からアホなこと叫ばないでよ!」

 一瞬視線を向けるもすぐに顔を反らし、が俺を睨んだ。そんなに俺も睨み返し、腕を掴んで引き寄せる。
 そう、今日は俺の誕生日。これは夢でも何でもない、事実であり現実だ。

「俺の誕生日プレゼントにお前がくれたんだから、もう俺のもんだ。食べ放題の約束は守ってもらうぞ」
「はぁ?私からの誕生日プレゼントは今──」

 百歩譲って、先ほどのあれが夢だったと認めてやってもいい。でも絶対に夢で終わらせたりしねーぞ。今日が俺の誕生日だということは夢ではない、現実なのだ。絶対にあのプレゼントを貰ってやるからな!
 掴んでいた腕を引いて、身体を布団に押し倒せばの目が見開かれ、視界いっぱいに俺が映る。

「ちょっと、なにして」
「お前がプレゼントに食べ放題していいって言ったんだろーが」
「だから夢でしょ!ていうか食べ放題って何を」
を」
「私!?ば、バカなこと言っんぅ」

 俺が濡らしたはずの唇を覆い隠す憎い口紅を舐め取るように唇を重ねれば、ようやく甘い声が漏れた。
 そうそう、これだよコレ。俺が聞きたいのは、さっきまで絶え間なく聞こえていたこの声。
 あー、あれが夢だったなんて…未だに認めたくない。終始頭や視界に靄がかかったようだったのはそのせいかよ。それにしてはやけに生々しくリアルだったっつーのに。
 悔しさを感じながらも、悔しがることは何もない、と自分を励ました。何故なら、今から現実になるからだ。俺の胸を押し返すの手の強さが夢とは違い強すぎる、と思いつつも、後数分後にはあの弱々しい手つきに変わるだろう、と口元が緩んだ。

「っん、や──ちょ、寝ぼけんのいい加減にして!発情期じゃないんだから!」
「銀さんはに年中発情してるって覚えとけ」

 潤み始めた瞳を見つめながらそう言えば、の感情が一瞬揺れたのが見えた。この隙だ、と着物の襟に手をかけ首筋を舐め上げた。

「っだ、から…」

 震えるの声に、このまま一気にいける、と確信した俺は俺よりも先に起きていた銀サンをの足へと押しつけた。ぴくり、との足が反応する。
 よし、おかえり俺の夢ェェェェェェエエ!!

「や……め、ろマダオ!」
「痛っィィィィイイイイイイ」

 ぴくり、と揺れたの足が、そのまま勢い良く天井へと持ち上がった。銀さんの銀サンを潰しながら、それはもう素晴らしい力と速さで。
 まさかの展開に痛みを堪えて蹲れば、は俺を押しのけ起き上がった。

「神楽ちゃん違う違う!」

 どうやら神楽がいるらしい。
 あーもう、ふざけんなよ、空気読めよ!つうか今日は俺の誕生日だろ!全然お祝いされてないんですけど!俺の夢を返せェェェェェェェェエエエエエ!

「なにが違うアルか。プロレスごっこしてるだけ、なんて通じると思ってるアルか」
「いや、あの、ね」
「プロ…レスじゃ反則だ、っつの」

 白い目を向けているのであろう、冷めた声を出す神楽に、俺は涙を堪えながら声を出した。

「もう新八と先に行ってるから好きにやるヨロシ」
「だめだめ、今行く!みんなで朝ご飯食べよ!銀ちゃん起きて!」

 俺の腕を引くを、じとりと睨む。

「起きてたのをお前が蹴り潰したんだろ…」
「ほら夢だったでしょ、起きてご飯食べるよ!」

 何事もなかったように笑うの笑顔を見て、俺は溜息をついた。しつこく腕を引かれ、痛みを堪えながらしぶしぶ立ち上がる。
 夢の中と同じように、その笑顔で俺の身体の奥がぎゅう、と疼いたのだから。
 誘いに乗らないわけにはいかねーだろ。



 半ばに引っ張られるように歩きながら、先ほどの夢を頭の片隅で思い出す。

「あーあ、夢なら夢で見続けてたかったのによォ」

 愚痴るようにそう言えば「はいはいキモい」とは俺を適当にあしらった。

「おっ前なぁ、夢の中のはすっげぇ可愛いかったんだぞ!それはもう銀さんが昇天しそうなほどに!」
「ほんとどんな夢見てんの?やめてよね」
「それに比べて現実のときたら、プレゼントすらくれな…お?」

 居間についた所で、呆れた視線をよこしていたが俺の甚平の襟を引っ張った。まさか、夢と同じように居間のソファで続きか?

「やっと夢と同じように“わたし食べ放題”プレゼントしてくれる気になったか」
「ばか。お誕生日おめでとう」

 ぐい、と再び襟を引かれ、視線を下げてみてようやく意味が分かった。

「俺、藍色の甚平着てたよな」
「うん。だからこれ、私からのプレゼント」

 照れているのか僅かに唇が尖っているの背後で、新八と神楽が笑顔で俺を見ていた。

「銀さんお誕生日おめでとうございます、似合ってますよ、その色」
「ケダモノにその色は可愛すぎるアル。が作ったから超似合ってるけどナ」
「え、作ったの」
「…うん」
さんの手縫いなんですよね」

 へぇ、と声を漏らして甚平を撫でれば、は恥ずかしそうに俺を見上げた。

「手縫いって、全身に縛られてるみてーだな」
「なっ、なんでそうなるの!」
「お前も束縛したいタイプだったとは、銀さん知らなかったなァ。しかも運命の赤い糸」
「違ァう!糸の色はたまたま生地のピンクに合わせただけで…!」
「照れんなってェ、銀さん縛るタイプだから縛られるのも好きだから安心しろ。あ、でもプレイでは縛る専門ね」
「なにまた変なこと言っ…違う、違うからね神楽ちゃん!」
「ほら新八、汚れた大人に汚染される前に道場行くアルよ」
「いや〜この甚平の着心地最高だな、からの縛られ具合が」
「ちょっ……もう!」

 いい加減にしてよ!と怒り困った顔をするを、俺は胸いっぱいに抱きしめた。



 10月10日、目覚めてから数十分。

 たったこれだけの時間で、俺の身体の中はもうあたたかいものでいっぱいだ。笑う顔も、不思議がる顔も、怒る顔も、困る顔も、泣きそうな顔も、俺だけしか知らない顔も、もう全て俺の中だ。それだけで、俺の手の中から溢れてしまいそうなほどのプレゼントだということを、は知らない。「ありがとう」の言葉は、まだ言わない。それは最後の最後に、俺とのふたりきりになるその時まで、とっておかせてくれ。だから今は、溢れんばかりのお前が身体の中から零れてしまわないように力一杯に抱きしめることで、どうか伝わればいい。



 騒ぐを胸におさめながら、笑顔の新八と神楽に俺もにぃっと歯を見せた。


「よォし!朝飯にするぞ!」






20111010
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