ゴースト・キューピッド





 朝の光を感じながら、私の意識は自然と浮上した。眩しさを感じながらも瞼を持ち上げれば、もう朝になったのだということがはっきりと分かる。

 大きな欠伸をして何度か目を瞬かせれば、目の前に、わずかに口を開けてぐっすりと眠る銀ちゃんの顔があった。気持ち良さそうに眠る銀ちゃんに、私の口はゆるりと緩む。
 朝の光に透けた銀色が、とても綺麗だった。触れようとすれば、私の体は銀ちゃんの腕にがっちりと捉えられていて、軽く体を動かすだけじゃ身動きがとれなかった。気の抜けた寝顔なのに、その腕はしっかりと私の体を包んでいて、私は昨晩のことを思い出して笑った。




*      *




 それは、夜も更け人々が寝静まる時間。

 耳元で鳴り響く携帯に、私は半分夢を見続けている状態のままに手を伸ばした。ディスプレイに表示された名前も見ずに、眠気をなんとか押さえ込んで携帯を耳にあてる。こんな時間に電話をしてくるような相手の心当たりはひとつしかない。というよりも、眠たくて目を開けるのすら億劫だったというほうが正しかった。そうして携帯を耳にあてれば、私が口を開くよりも先に声が聞こえた。
 案の定、耳に響いた声は心当たりの人物のもの。

『もしもーし』
「…はあい」

 大きい声に意識が覚醒するも、私の意識はまだ僅かに夢の中にいた。けれど電話の向こう、銀ちゃんには眠気などこれっぽっちもないようだった。騒がしいその声は、今が夜中ではなく真昼間なのではないかと錯覚してしまうほどだ。

『もしかして寝てんのお前!』
「…寝てるよ、何時だと思ってるの?」
『まだ二十五時ですゥ!健全な男女ならまだ起きてる時間だろーが!』
「万事屋からかけてるんだよね?そんな声出してたら神楽ちゃん起きちゃうでしょ」
『あいつは何しても起きねーんだよ!』

 憎らしげに言う銀ちゃんに、私は眠りに落ちながら疑問を抱いた。だって、まるで神楽ちゃんに起きて欲しいような言い方なのだ。こんな時間に騒いで、酔っ払ってんのかなぁ。携帯で起こされた私も可哀相だけど、襖一枚隔てた場所で騒がれてる神楽ちゃんはもっと可哀相。それでもまぁ、起きないらしいけど。
 なんて、再び眠りに落ちかけながらそんなことを考えていれば、そうはさせまいとばかりに鳴り響く銀ちゃんの声。

『ちょっとォ!ちゃん起きてるゥ!?』
「…ん、もう、どうしたの?なんでそんなに元気なの」
『元気なんかじゃねーよ!』
「どう考えても元気だと思うんだけど…また昼過ぎまで寝てて眠れないんでしょ」
『今朝は五時から起きてますゥ!朝から晩まで肉体労働させられて今すぐにでも眠りてぇよ』
「じゃあ寝よう、私も眠いもん。おや」
『待て待て待てェ!』
「もォ〜銀ちゃんうるさいィ〜夜中なんだから静かにしてよぉ」
『お前が寝ようとするからだろ!』
「もー…なに?なんの用事?明日朝からそっち行くから、その時にしよう?」
『朝が来るまでにどれくらいの時間があると思ってんだよ!』
「あと五時間とか…それくらいでしょ」
『あと五時間もあるんだぞ!』

 相変わらず大きな声で話し続ける銀ちゃんに、私は電話を切ってしまいたかった。けれど切ったところで、この勢いならすぐにかけ直してきて私が出るまで電話を鳴らし続けるのが目に見えている。これで神楽ちゃんが起きないっていうんだから、ほんと神楽ちゃんの神経はたいしたものだ。
 もう私、ほんっとうに眠いのに……

「…………」
!?』
「…ん」
『おま、黙るなよ!』

 眠いせいで声を発せられなかった、というかあわよくば無言のまま寝てしまいたかった私に、銀ちゃんは慌てたように私を呼んだ。本当に酔ってるのかな、酔っていないとしたらこんな夜中にどうしたんだろう。少し無言になっただけでそんなに騒がなくたっていいのに。
 もしかして、それほど今言わなきゃいけないことがあるのかな?それにしては一向に話が進んでないけど…。

「ねぇ銀ちゃん、なんの用事?私眠いけどちゃんと聞いてるから言っていいよ」
『……』
「銀ちゃん?」

 こうなったら、さっさと用件を聞き出して寝よう、と思ったのに。今度は何故か銀ちゃんが黙ってしまった。本当にどうしたんだろう?銀ちゃんの大きな声でなんとか眠気をこらえていたのに、無言でいられたら今にも寝てしまいそう。

『別に用があるわけじゃねーんだけど…そういえば今日新八のやつが』

 と、喋り始めたかと思えば今度は世間話をしだした銀ちゃんに、私はいよいよ電話を切りたかった。何か用事があってかけてきたんじゃないの?まさかそんな世間話をするために、こんな時間に電話をかけてきたっていうの?
 もう寝てやる、と思ったけれど、延々と話続ける銀ちゃんに少しでも相づちをうつのを怠れば大きな声をだされるせいで眠りに落ちかけては起こされ、私は話も聞かず眠りに落ちるはざまで必死に「うん」とだけ声を出していた。話を聞いていないのだから相づちの場所があっているのか「うん」の一言で足りる話なのかも分からない。ただ私は眠気を堪えて「うん」「うん」と繰り返していた。

 けれど、なんとかそんなことを続けていても私の眠気は限界だったようで、気が付いたら電話を握ったまま眠ってしまっていたらしい。



 携帯の着信音で起こされた私が次に目覚めたのは、扉を叩く音と、私の名前を呼ぶ銀ちゃんの声のせいだった。

!!」
「っ、!?」

 扉を叩く音に驚いて飛び起きれば、次いでしきりに私の名前を呼ぶ銀ちゃんの声が耳に届いた。何事かとパニックになりながら、私は慌てて玄関へと走った。

「ぎ、んちゃ、──────っ!」

 どうしたの、と続けようとした言葉は、抱きしめられた苦しさに飲み込んでしまった。
 玄関を開ければいきなり抱きしめられ、耳元では電話越しに寝てしまった私への悪態が次々と紡がれていた。よっぽど急いで来たのか銀ちゃんの体は熱く、息も切れていた。玄関先に愛車の原付が置いてあるから、それに乗ってきてるはずなのにどうしてこんなに汗ばんでいるのだろう。急に電話がかかってきた時から、一体どうしたのか私にはさっぱり分からないままだ。とりあえず深夜の静まったこの時間に玄関で喋っていれば近所に丸聞こえな上、迷惑になってしまう。中に入ろう、と言えば銀ちゃんはあっさりと私の体を離してくれた。けれど手をしっかりと握られ、訳が分からないまま私が銀ちゃんの手を引きながら部屋に戻った。
 酔っ払っているのかと、そう思っていたのに抱きしめられた時にお酒の匂いは少しもしなかった。抱きしめる腕は離しても、びったりとくっついて歩く銀ちゃんに、私の頭は?マークだらけだ。後ろでは銀ちゃんが未だに何故寝たのだと怒っている。
 何か緊急なことがあってあんなに騒いでたんじゃないの?それなのに、銀ちゃんはただ私に何故寝たのだ、と。そう怒るだけ。

「だって何時だと思ってんの?」
「お前だって夜中にかけてくることあんだろ」
「あるけど…用事なにって言っても全然言わないし」
「お前だって“声が聞きたかっただけ”とか言ってくるだろーが」
「そ、そうだけど!」

 そんなに怒って、私の家に押しかけるほどの用事は何なのかと問い詰めても、銀ちゃんはその理由を一向に話そうとはしない。私の意見は至極全うなものなはずなのに、なんで私が怒られたあげく過去の甘えた話を持ち出されて恥ずかしい思いをしなきゃならないのかさっぱり分からない。

「“だって”ってことは銀ちゃんも」
「違いますう」

 全部を言い切る前に否定され、私は口を尖らせた。じゃあ、しっかりと繋がれたこの手はなんだっていうのよ。

「とりあえず、何か飲む?」
「あー、水くれ」

 手を離してくれる気配はないので、私は銀ちゃんの手を引いたまま台所へ行き、水を渡した。勢い良く飲み干した銀ちゃんは「寝るぞ」と言って私の手を引く。
 結局銀ちゃんは、何も話してくれない。まさか、ソーイウコトをしにきたわけ?でもそれなら、電話でだらだら話したりする必要なんてないはずだ。何も分からないまま私は布団に寝かされ、銀ちゃんは私の隣に寝転がり再び私を抱きしめた。

「おやすみ」
「え、ちょっと」

 何事もなかったかのように瞼を閉じて眠ろうとする銀ちゃんに私は驚いた。あれだけ騒いで人を叩き起こしておいて、何事もなく寝るっていうの!?

「はいはい、明日の朝た〜っぷりかまってやるから、後ちょっとの我慢な」
「そうじゃなくて…」

 なにを勘違いしてくれているのか、いやらしい笑みを浮かべている銀ちゃんに、“朝になったらそっちにいくから”と、それはさっき私が最初に言ったことですけど、と思った。
 けれどそんな私におかまいなく、本当に、あっさりと、寝息をたてはじめた銀ちゃんに私はあっけにとられた。なにこれ、気持ちよく寝ていた私を叩き起こしたのは一体なんだったの?本当に何もなくて、ただの気まぐれで私を叩き起こしておいて、それで今度は勝手に寝始めるの?そんなことって──────あるわけ?
 私は抱きしめられている銀ちゃんの腕の中から体をよじって片手を出し、気持ちよさそうに眠りに入る頬を叩いてやった。べちん、という音と共に銀ちゃんの目がバッと開く。

「っ今ちょうど眠りに落ちたところで何すんだよ!」
「こっちのセリフだから!」
「だからァ、朝になったら」
「違う!なんで私を叩き起こしたのよ、理由を言ってくれなきゃ気になって眠れないでしょ!」
「ちょ、マジ勘弁してくんない、今朝早くて眠いんだっつーの」

 だからそれは、私のセリフだっていうのに、何度言えばわかるのだろう。私は銀ちゃんの頬をつねりながら、小さく睨んだ。

「なんで私を起こしたのか言うまで寝かせないからね」
「なんでもないっつーの」
「そんなわけないでしょ、何もなくてあんなに騒がしくうちに来るはずない」
「何もねぇって、酔ってたんだよ、悪かったから寝よーぜ」
「お酒なんて飲んでないでしょ」

 ぐい、と。銀ちゃんの口に鼻を近づけて再確認すれば、そのまま唇が鼻に落ちてきた。わざとらしいリップ音をたてて、抱き込む力を強める銀ちゃんに私の眉間には更に皺が寄る。このまま誤魔化して寝ようとしたって、そうはいかないんだから。二度も叩き起こされて、目が覚めてしまった私をおいてひとり寝ようだなんて、 絶 対 に 許 さ な い !
 寝息をたて始めた銀ちゃんに、私は小さく呟いた。この一言で銀ちゃんは絶対に起きる、飛び起きる。そう確信があって、小さくもしっかりと、一言を紡いだ。

「銀ちゃん、後ろに女の人立って、っう゛」

 痛いほどに抱きしめる力を強められ、私の言葉は最後まで続かなかった。飛び起きる、とは思ったけれど、まさかここまでの反応が来るとは思わなかった。私を力強く抱き締める銀ちゃんの肩は、目に見えるほどに小刻みに震えていた。抱きしめる、との言葉通り、体が締め上げられそうなほどの力に、骨がきしむ音がしそうだった。

「ふっざけんな、なんでだよ!そいつ黒い着物着てる!?丸刈りの女!?」
「え?ちょ」
「どどどどどうする、日が昇るまで後三時間はあるぞ、それまでどーすりゃイイのォ!?」

 ……いや、私が何て反応をすればいいの?
 私を抱きしめたまま器用に頭先まで布団に潜り、銀ちゃんはひとりでぶつぶつと焦りだした。密閉された布団の中で、銀ちゃんの荒い息が熱い。
 黒い着物ってなに?丸刈りの女って何?そんな人に化けて出られるような理由が銀ちゃんにはあるの?

「ぎ、銀ちゃん、その女の人と何かあったの?」
「なんもねぇよ!なんで俺んとこに出てくんだよ、もう嫌ァァアア!」
「ちょ、落ち着いてよ、何もないなら何でその人のこと知ってんの」
「さっきテレビでやってたんだよ!夜な夜な男の綺麗な黒髪を求めて彷徨ってる女!」
「…銀ちゃん白髪でしょ」
「銀髪だって言ってんだろ!はっ…じゃあなんで俺んとこ来たんだ!?」

 綺麗な黒髪じゃなくても良い男の所には現れるもんなのか!?なんてひとりビビりながら口を動かす銀ちゃんに呆れながら、息をついた。
 ──────そういうことだったのね。
 私に急に電話してきたのも、寝るなと騒ぎだしたのも、わざわざ家まで押しかけてきたのも、全部全部、ついさっき見ていたテレビ番組のせいだったのね。怖いの大っ嫌いのクセに、なんでよりによって夜中にそういうの見ちゃうんだろ。

「私の家に来るより万事屋にいた方が神楽ちゃんがいて心強かったんじゃないの?」

 それに、うちに来るまでの道中だってすごく怖かったでしょ。

「お前いた方が安心して寝れんだろーが」
「……そう、なの」

 お化けに怖がってる情けない発言なのに、どうにも私の口元は緩んでしまう。

「とりあえず、日の出と共に消えるらしいから、あと少しの辛抱だ!ぎ、銀さんがついてるからお前は安心して寝ろ!」

 息が出来ないほどに抱きしめて、抱きしめているというよりは抱きついている、に近い体制だと言うのに何を言ってるんだか。震えてる肩は貧乏揺すりだとでも言うつもり?

「銀ちゃん、ちょっと離して」
「バカお前ェ!あの女は布団から出たが最後、バッサリ頭からもってくんだぞ!」
「私は女だから大丈夫でしょ?ちょっと確認させて」

 ぷはっと息を吐きながら布団から顔を出せば、銀ちゃんの背後には誰もいなかった。最初から、誰もいなかったんだから当然だけど。私は笑って、布団からはみ出した銀色のくせっ毛に顔をうずめた。

「銀ちゃん、大変!」
「バッ…だから顔出すなって言っただろーが!」

 私が怯えて顔をうずめたと思ったのか、銀ちゃんは急いで私を布団の中に引きずり込んだ。痛いくらいに抱きしめられて、抱きつかれて、私は緩む口元を引き締めることが出来ない。

「違うの、あのね、さっきのお化けね、土方さんの所に行っちゃった」
「はァ?大串くん?」
「そう、やっぱり黒髪がいいんだって」
「……じゃあ、もういねーの」
「うん、いなかった」

 本当に本当に本当なんだろうな、と、何度も念を押すように私を見つめる銀ちゃんに、私は微笑んだ。
 本当に本当に本当だよ?だって、最初からそんな人はいなかったんだもん。

「まぁ別に…いてもなんてことはねェんだけどな」

 お前が怖がると思ってよ、と言いながら恐る恐る布団から顔を出す銀ちゃんを、私は息苦しい布団の中から見上げた。ささっと顔を左右にふり、誰もいないことを確認すれば、再び枕に頭を落とした。私は多少緩んだ腕の中から這い出して、銀ちゃんと同じ枕に頭を乗せた。

「ね、いないでしょ」
の見間違いだったんじゃねーの」
「そーかも」

 さっきまでは、なんで起こしたの?とか、私を起こしておいて勝手に寝るの?とか、唇を尖らせていたけれど。理由が分かった今、私の唇は横に伸びっぱなしぱなしだった。

「ったく、睡眠不足は美容の大敵だろ、寝るぞ」
「うん、おやすみ」
「おやすみ、朝になったらたっぷりかまってやるからな」
「まだ言ってんの?」

 そういう意味で起こしたんじゃないって言ってるのに。それでも、私は口元を緩めたまま目を閉じた。安心したのか、すぐに銀ちゃんの寝息が聞こえた。お化けはいないよって言ったのに、未だに私の体には銀ちゃんの腕が回されていて、ちょっぴり重たいのだけれどそれが心地良かった。
 目が覚めてしまって眠れないかなって思ったけど、銀ちゃんの寝息に合わせて私もゆっくりと息を吸えば、あっと言う間に私を眠りへと導いてくれた。




*      *





 そうして数時間で朝日が登り、ぐっすりと眠る銀ちゃんを照らしていた。銀ちゃんが目を覚ます前に、朝食の準備をしたいと思うのに、体に回された腕から私は抜け出せなかった。抜け出そうと思えば、抜け出せるのに。今はまだ、この重さを感じていたかった。


 “たっぷりかまってやる”の言葉を期待しながら。






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