あなたを想ってこの夜道





 もうコンビニにジャンプ並んでっかなァ、と思いながら家を出た日曜日の夜二十三時。

 寝静まった神楽を起こさないように家を出た俺は眠いような眠くないような、そんな気分で欠伸をしながらチカチカと点滅する街灯に照らされた薄暗い道を歩いていた。
 コンビニに着けば予想通りジャンプが並べられており、俺は一冊手にとりぺらりと表紙をめくる。買って帰り家でじっくり読むのもいいが、こうやってコンビニのガラスから見える景色をチラチラと視界に映しつつ、多少落ち着かない感覚で読むジャンプもまた良い。
 そうして俺が巻頭カラーのワンピィィィィスを読んでいると、ふとガラス越し、コンビニの外から視線を感じた。おいおい、ヤンキーですか?まだ深夜とも言えねぇこんな時間から何を張り切ってくれちゃってんだ。いくらガンくれようとも銀さんそんなの興味もなんもないからね、今一番気になってるのはワンピィィィィスの続きだから、ルフィィィィの行く末だから。俺になんてかまってねーでさっさとご自慢の単車でも飛ばしてこいっつーの。
 じっと注がれ続ける視線を無視し、俺はページをめくる。それでも飛んでくる視線は途切れず、反応をしない俺に痺れを切らしたのかコツコツとガラスが叩かれる音がする。ヤンキーにしては控えめな、大人しい音。なんだよヤンキーじゃねぇの?もしかして酔っ払ってる可愛いオネーサンだったりするわけ?ちょっと勘弁してよ、銀さん彼女いるからね、いくら銀さんがいい男だからって誘ってこられちゃ困っちゃうんですけどォ。
 なんて、心の中で多少期待しつつ顔を上げてみればそこにいたのは…

「ンでテメーだよッ!!」

 ガラス越しに立っていたのは、酔った可愛いオネーサンではなく瞳孔が開いたマヨ野郎。お前に呼ばれたくなんかねーんだよ!!可愛らしくガラス叩いてんじゃねェェェエエエ!!
 可愛いオネーサンを期待していたからか余計に怒りが爆発した俺は、煙草をふかせているマヨ野郎をこれでもかと睨みつけた。つうか、熱い視線送ってきてたのもお前!?マジでないんですけどキモいんですけど勘弁してほしいんですけどォォォオ!!

「銀ちゃん」
「…あ?」

 ガラス越しに、俺を呼ぶ小さな声が聞こえた。それは俺の彼女の、のものだった。なんだ、と思えばひょこりと現れたの顔。どうやらマヨ野郎の横でしゃがんでいたらしい。というかこんな時間に、なんでこのマヨ野郎と一緒にいんだよ。
 俺は読んでいたジャンプを棚に戻し、走るに近い速度でコンビニを出た。
 コンビニを出れば、が立ち上がりながら少し口を尖らせている。けれど口を尖らせたいのはむしろ俺、だ。

「私の視線に気付いてくれなかったの?」
「何やってんのお前」
「銀ちゃんにジャンプ買ってってあげようかな、って思って」
「こんな時間にひとりで歩くなって俺前に言わなかったっけ」
「だからひとりじゃないよ、土方さんが護衛してくれたの。真選組の護衛がつくなんて私すごくない?」

 VIPな気分でも味わっていたのだろうか、へらりと笑うをじとりと見れば、俺の機嫌が良くないことを悟ったは笑顔をさっと引っ込めた。の後ろではマヨ野郎が煙草の煙を口から吐き出し、空いた手での頭を軽く小突く。

「じゃあな、あんまり俺の仕事増やすなよ」
「えぇ、市民の安全を守るのが真選組の仕事でしょ」
「守らなきゃなんねーような状況を作るなっつうことだ」
「…う」

 早々に背を向けるマヨ野郎に、は苦い顔で奴の背中を見ていた。ありがとうございました、と背に声をかけたに奴は軽く手を上げ、宵闇に消えて行く。振り返ったは、俺がまだ目を細めていることに戸惑いながらも笑顔を作った。

「え、っと、ジャンプと苺牛乳買って帰ろうか」
「……」
「……や、やだなぁヤキモチ?ちょっと前に会って、ここまで送ってもらっただけだよ」
「……」
「ほ、ほんとだよ?歩いてた時も近藤さんの恋話聞いてただけだし」

 無言で見下ろす俺に、は弁解するように口を開くが、俺が怒っているのはそんな理由じゃない。マヨ野郎に不快感を感じているのは間違いじゃねぇが、問題はそこじゃない。
 困ったように見上げてくるに背を向け、俺はコンビニの明かりに照らされた駐車場から離れた。後ろからは慌てたように俺の名を呼び、駆け足で追いかけてくるの足音が聞こえる。

 コンビニから離れ、チカチカと点滅する街灯が照らす、暗い夜道。コンビニの明るい白熱灯が照らしていた場所に比べると、真っ暗と言っていいほどだった。いくら眠らない街だとは言え、店がない路地などは所詮この程度の明るさだ。数メートル先など暗く、誰かが歩いていたとしても見えやしねぇ。
 近づいた足音に俺は振り返り、の肩を外壁に押し付けた。痛い、と小さく漏れる声も無視して、空いている手での腕を握った。いつも握る力よりも、力を込めて。突然のことにの体には緊張が走り、堅くなるのが分かる。それでも俺は、更に力を強めた。不安げに揺れるの視線を無視し、首筋に顔を近づければ、は体を震わせ俺の名を呼んだ。

「ぎ、んちゃん」
「お前さ」
「──────っ」

 の首筋に近づけた唇を、開いて歯を立てる。傷をつけないように、とは思いつつも手加減できていなかったのか息を呑むようなの悲鳴が聞こえた。
 押し付けた肩と握る腕の力は弱めずに、顔を上げればの瞳は一層に揺れていた。

「こうやって押さえつけられて、逃げられんの?」
「ぎ、ん」
「これで半分の力も出してねぇんだよ。でもお前は痛ぇし、逃げらんねぇだろ」

 俺が怒っている理由は、これだ。
 度々、夕食も終え人々が眠りにつくであろうような時間には万事屋に遊びに来ていた。その度に夜に一人で歩くな、と小言を言う俺に「まさか私が」とよく笑っていただが、変な野郎が現れない保障なんてどこにもない。こんな歌舞伎町付近なんてとくに、だ。何かあってからじゃ遅いということが、どうしてこいつは分かんねーのかね。

「こんな時間にひとりで歩くなって、俺前にも言ったよな?」
「…う、ん」

 近づいてくる足音に気付き、俺は再びの首筋に顔を落とした。そして先ほど噛んだ部分をべろりと舐め上げる。びくりと震える体は、近づいてくる足音に気付いたのか再び揺れて、緊張したように固まる。俺はの反応が分かっていて、あえて首筋をもう一度舐め上げた。

「っ、ぎんちゃ、誰か来る、から」
「俺の言いつけ守んねぇなら、俺もお前の話は聞けねぇよ」
「っご、ごめんなさ、い」
「なにが」
「もう、夜にひとりで歩かないから」

 その言葉に、俺は力を入れていた腕を放して一歩後ろに下がった。は顔を俯け、近づいていた足音が通り過ぎたと共にしゃがみ込んでしまった。やりすぎたか、と思いながらしゃがみ込んで顔を覗き込めば、予想通りは唇を噛み締めて涙が落ちるのを堪えていた。

「これで分かったろ」
「…もう少し、優しく言ってくれたっていいじゃん」
「それでも言うこと聞かなかったのは誰」
「……ほんきで怒ったのかと思って、怖かった」
「本気だっつうの、まだ分かってねぇのかよ」

 もう分かったよ、とは目元を乱暴に着物で拭いながら答えた。俺は溜息をひとつついて、の肩に触れる。そうすればビクリと揺れる肩に、少しやりすぎてしまったかと罪悪感が浮かぶ。だが俺の言ったことは間違っちゃいない。こんばんは、と夜遅くに現れるを見ては一人で歩いて来たであろう夜道を想像して一瞬ざわりと不安が俺の中に現れるあの感覚を、こいつは分かっちゃいねーんだ。
 あやすように軽く肩を撫で、腕を引いてやれば大人しく立ち上がる。いつものように手を握ってやれば、強く握り返してきた。その手を引いて、俺は歩き出した。

「もう遅ぇから帰って寝るぞ」
「…ジャンプは?」
「明日でいーんだよ」
「じゃあ明日、一緒に買いに行こうね」
「あァ」
「銀ちゃん」

 大人しくついてきたが、ぴたりと止まる。振り返れば、まだ少し潤んでいる瞳が俺を見つめていた。

「私…銀ちゃんに会いたいから、夜道でも歩いちゃうんだよ」



 ぐっと詰まる息に、心臓に。なんて答えりゃいいんだと俺は頭を掻いた。






20110328
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