夢の中まで連れて行って





 ソファで寝そべって、昨晩コンビニで早売りしていたジャンプを読む。既に五度目の読み返しで、捲る手が早い。流すようにページを捲りながら、今晩の夕飯は何かなァなんて俺はぼんやりと考えていた。
 昼飯を食べ終え、だらだしているうちにどうやら俺は寝ていたらしい。目が覚めた時にはの姿がなく、新八に聞けば俺が寝ている間に買出しに出て行ったとのこと。ちゃんと糖分たんまり買って来てくれんのか、なんて心の中で不満を言いながらも、本当はただ単に誘って欲しかっただけだった。だって寝てる間に置いてけぼりとか寂しいじゃん!家事をする新八がいて一人取り残されたわけじゃねーけど、荷物持ちィーとか言って無理矢理起こすくらいの甘えがあっても良かっただろうに。しっかりしすぎている彼女を思いながら俺は頭を掻いた。でもまあ、そのもそろそろ帰ってくるはずだ。今日は魚よりも肉な気分なんだけど、アイツ肉買って来っかな。




 ──────ポツ、ポツ

 微かに、窓に何かが当たる音がした。開いている窓からふと雨の匂いが流れてくる。

「あ、雨降ってきちゃいましたね」

 新八がベランダに走り、洗濯物を取り込み出した。数十分前からどんどん雲行きが怪しくなっていたが、ついに降りだしたのか。ジャンプを閉じながらぼんやりと外を眺めた。今はまだ降ってるかわからないほどの小粒の雨だが、これから本降りになってくるのだろうか。天気予報では結野アナ、今日は曇りって言ってたはずだったんだけどなァ。

「神楽ちゃん、濡れる前に帰って来てくれるといいんだけど」

 濡れた定春が家に戻ってきたら大変ですよ、といいながら新八は洗濯物を畳む。昼飯を食べてすぐに神楽は定春の散歩に出て行ってるから、もう帰って来るだろ多分。それよりも、

「そういえばさん、傘持って行ってないけどもう帰って来ますかね」

 やっぱりか。まだ小雨で、既に万事屋付近にがいるのなら問題はないが、今大江戸スーパーを出た辺りだとしたら完全に濡れて帰ってくるだろう。

「しょーがねェなァ、俺迎えに行ってくるわ」
「その方がいいですね、これから本降りになるみたいですよ」

 新八が洗濯物を畳みながら、テレビで天気予報を伝えるアナウンサーを見て返事をした。まったく…お前はお母さんですか。




 傘を一本手に持ち玄関を出て階段を下りる。スクーターに跨ったところで、一台の黒い車が万事屋の前で止まった。なんだと思えばそれは真選組の車で、助手席から出てきたのは俺が迎えに行こうとしていただった。

「送ってくれてありがと」
「いーえ、調度降り始めてきやしたねィ」
「ね、送ってもらわなかったら濡れてたかも。だんだん雨脚強くなってきてるみたいだし」
「あァ、濡れてから声かけるべきだったか」
「え?」
「その方が色っぽい姿が見れたのに残念でさァ」
「そんな濡れたくらいで色っぽくなんかならないって」
「濡れた襦袢から透ける下着と肌、ぴったりと襦袢が張り付く体を微かに震わせながら上目遣いで“総悟くん…抱いて”と」
「ストップゥ!なにそれ!?私ちゃんと着物着てますけど、襦袢で外歩きませんけど!」
「おっと、否定するのはそれだけですかィ?じゃあ“総悟くん抱いて”は言うと」
「言わない言わない!」
「でも否定しなかったじゃねーですか」
「言わずもがな全否定でした!」
「照れなくてもいーんですぜ」
「照れてないってば!」

 なにやってんだアイツ等。俺はメットをかぶる手を止め、二人を見ていた。沖田くんは車の中からに話かけていたが、後ろの席に置いてある買い物袋をが取り出すのを見て運転席から降りてきた。

「上まで運ぶの手伝いやしょーか」
「ううん、大丈夫持てるから」

 一人で買い物に出たというのに何をそんなに買い込んだのかパンパンに膨らむ重そうな買い物袋二つを両手に下げるから、沖田くんはそれをさりげなく奪った。

「まぁまぁ、こーいうのは男の仕事でさァ。粗茶でかまいやせんぜ」
「お茶してこうって魂胆ですか」
「お茶菓子までだしてもらうなんて申し訳ないですねィ」
「私なにも言ってないんですけど。てゆーか送ってもらっといて何だけど、これ以上サボって平気?」
「女の誘いを断るなんて男には出来ないんでさァ」
「私がいつ総悟くんを誘ったの」
「潤んだ瞳で“総悟くん…もっと激しく抱いて”ってせがんだじゃねーですか」
「いつ!てゆーか“もっと”って何!?もうすでに何かあった感じになってるけど!」
「記憶失うほど良かっただなんて照れやすね」
「誰!?誰の話してんの!?」
「しょうがねぇなぁ、今晩たっぷり思い出させてやりまさァ。あっ、いけね、きっと今晩も記憶ぶっとんで明日には覚えてやせんね」
「だから誰の話ィィィィイイい゛たっ!」
「あれ、旦那じゃねーですかィ」

 楽しそうにあーだこーだと会話をしている二人に歩み寄り、の頭部にチョップをかませば二人はいささか驚いた顔で振り返り俺を見た。雨脚は徐々に強まっているというのに、二人は階段も登らずだらだらと立ち話をしたままで濡れ始めていた。
 は頭をさすりながら俺を見上げている。いつもならチョップをかましたことに抗議をしてくるところだが、俺の突然の登場に驚いているようで目を丸くしていた。

「銀ちゃん、ただいま。でかけるの?」
「あァ」
「雨降ってきたから…あ、傘持ってるならささなきゃ濡れちゃうよ」
さんも中入んねーと、せっかく送ったのに濡れやすぜ」
「うん。ほら銀ちゃん傘さし、っわ!」

 傘を開かせようと俺の手から傘をとろうとしたの腕を、逆に俺が掴んで思い切り引いた。予想していなかったからか、俺が強く引きすぎたせいか、はよろけて突っ込むように勢い良く俺の胸に顔をぶつけた。

「痛ァ…な」
「沖田くんそれちゃんと冷蔵庫に入れといてね〜」

 そのまま俺はの腰に手を回し、引き寄せるようにして沖田くんに背を向けて歩き出す。わけもわからず足を動かせないでいるの腰をぐいぐいと引きながら、傘を持ち上げ沖田くんに手を振るように揺らした。離れて行く沖田くんとの距離に戸惑いながらも、自分もついて行かなければならない用事だとでも思ったのか、は大人しく足を動かし、振り返った。
   
「待っ、あ、アイスは冷蔵庫に入れておいてね!」
「旦那ァ、高くつくんで覚悟しといてくだせーよ」
「そりゃこっちのセリフだ」

 聞こえるか聞こえないか程度の声で一瞥くれてやれば、やれやれと肩をすくめるもんだから聞こえていたのだろう。




 くっつきすぎて歩きづらいのか足を縺れさせるの腰を相変わらず強く引きながら歩いていると、が「銀ちゃん…?」と戸惑いがちに口を開いた。
 …俺は一体何をやってんだ。

「私いないと駄目な用事とか…あったの?帰ってくるの遅かった?」

 全部違う。ピタリと足を止めた俺を見上げるの視線を無視して、腰に回していた腕の力を強め、ほぼ抱き上げるようにして俺は路地へと曲がった。

「ぎ、ん」

 カツン──────と傘が地面に落ちた音と、強まった雨音、そしての小さな声だけが響いた。暗く狭い路地で隠れるようにして、俺はを力いっぱい抱きしめていた。雨脚が強まっているというのに、傘も差さず歩いていたせいでの着物はしっとりと濡れてしまっている。頬にあたる肌も髪も、わずかに冷たい。

「銀ちゃん…?どうしたの?」
「なんでもねーよ」
「でも」
「なんでもねーの」
「…そっか」

 俺が何も言う気がないことを悟ったのかは問うことを止め、そろりと俺の背に腕を回して力を入れた。密着度は変わらないのに、一方的に抱きしめるよりもにも抱きしめられた方が体が温かくなったような気がした。

「……」
「……」
「…肉買ってきた?」
「お肉?買ってきたけど、今日は魚にしようかなって」
「肉がいい」
「じゃあ、魚は明日の朝にするね」
「おう」
「イチゴ牛乳もちゃんと買ってきたよ」

 返事をする代わりに、抱きしめる力を強めた。が何も聞いてこないもんだから、この状況をどうすればいいのか分からない。
 いや、聞いてきても答えなかったのは俺だ。

「悪い」
「え?」
「せっかく沖田くんに送ってもらったのに濡れたな」
「あぁ、大丈夫これくらい。銀ちゃんの方が天パ爆発しちゃうよ」
「優秀な天パだからしません〜」
「優秀ってなに、耳にあたってくすぐったいんだけど」
「んなワケねーだろ銀さんの天パは優秀なんだから!」
「だから優秀ってな、ちょっくすぐったいいい」

 抱きしめたまま、頭をぐりぐりとの頬に寄せればは顔を背けながらも笑った。その笑顔を見て、俺はほっとしていた。勝手に許されたような気持ちになっていたのだ。
 ──────何に?
 嫉妬心とわがままに、だ。たかが沖田くんに送ってもらっていただけだろ。たったそれだけのことなのに。沖田くんがいた場所は、沖田くんが見たの表情、言葉は、全部俺のものだったはずだ、そう思ってしまう俺は異常だろうか。
 置いてかれたことが、ただちょっと寂しかっただけなのに、どうして俺はこんなにも余計な気持ちまで抱いちまったんだ。

「銀ちゃん」
「悪い、力入れすぎたな」

 言葉を口にしないと、その分勝手に体が動いてしまう。きつく抱きしめていた腕をの体から放し見下ろせば、は眉尻を下げた。

「違うよ、もっとぎゅーってしてて、って言おうと思ったのに」
「は?」
「だ、抱きしめてきたのは銀ちゃんでしょ!」

 赤く染めた頬を隠すように俺の胸に頭をつけると、予想外の言葉に俺の胸がじりじりと焦げたような感覚がした。くすぐったいような、苦しいような…言葉に出来ねェよ。
 俺は放した腕を再びの体に巻きつけて、先ほど以上に強く強く力を入れた。苦しい、って言ったって力を緩めたりしてやんねーからな。

「ぎ、んちゃん」
「…ん?」
「ちょっと、くるしい」
「抱きしめてって言ったのはだろ」




 俺は──────放したりしねぇぞ






20100829
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