僕は君とキスがしたい




「キスしていい?」「ダメ」からはじまるシリーズ
01.坂田銀時 / 02.近藤勲 / 03.山崎退 / 04.土方十四郎






・坂田銀時は君とキスがしたい

「ねぇ〜ちゅうしていい?」

 夕飯後にジャンプを買ってくると言ってしばらく帰ってこない銀ちゃんに、どうせどこかで一杯ひっかけてるんだろうと思った私は早々に布団に潜り込んで寝ていた。すると予想通り、零時も過ぎた頃だろうか、酔っぱらって帰宅した銀ちゃんは眠っている私を揺すりながらただいまも言わずにそんなことを言い出した。

「ダメ」

 寝返りをして銀ちゃんに背中を向けながら私はぴしゃりと言い放った。ただいまも言わずに酔っぱらって帰ってきた男に誰がいいですよなんて返すもんですか。
 銀ちゃんが帰って来るの遅くて拗ねてるわけじゃないからね、と誰かに言い訳をするように私は心の中で口にした。

「あ〜?なあんでだよ〜」
「銀ちゃん酔ってるでしょ」
「そーだよ、酔ってんだよ俺は、いつだってお前に!」
「なに言ってんの、きもいさむい」

 酔っ払いっていうのは、どうしてこうも声が大きいんだろう。背中を向けた私の布団をひっぺ返しながら、再び肩を揺する銀ちゃんに私はうんざりしていた。
 さむいって言ったのは布団を剥がされたからじゃなくて、銀ちゃんのクサいセリフに対してだよ。分かってる?銀ちゃん。

「んなコト言っちゃってぇ〜、今ドキッとしたろ?きゅんとしちゃったんだろ?」

 背中を向け続ける私に覆いかぶさるようにして顔を覗き込んできた銀ちゃんに冷たい視線を送るものの、銀ちゃんの顔はゆるゆると緩んでいる。そのほっぺをつねってやりたい。可愛い。むかつく。

「分かってんだよ〜?銀さんはぁ〜」
「思ってないです、酒クサッてなっただけです」
「いいからいいから、唇をん〜って突き出してみ?銀さんが濃厚なチッスかましてやるから」
「だからダメだって言ってんでしょ!」
「あぁん!?ダメってなんだダメって!お前俺の女だろーが!」

 ダメという言葉が酔っ払いの癇に障ったらしい。更に声を荒げた銀ちゃんは、私の両肩を掴んで仰向けにして、そのまま馬乗りになって私を見下ろした。まるでこれじゃ強姦のようなのに、まったくもってそんな気持ちにならない。それは銀ちゃんが私の彼氏だからということだけじゃなくて、うるうるした瞳で私を見ているからだった。
 ダメだと言われたことに、傷ついているらしい。

「キスくらいさせろ!つうかキス以上をさせろ!今すぐにだ!」
「ちょ、ちょっと銀ちゃん!」

 寝巻の胸元をがっぱりと開いて私を半裸にした銀ちゃんは、そのまま露わになった胸に顔をうずめてめそめそと泣いた。




* * *





・近藤勲は君とキスがしたい

「キスしてもいいか?」
「ダメです」
「っ、う、ううううう」
「も〜泣かないの!そんなことで!」
「そんなこと!?俺にとっちゃ世界滅亡ですって言われたのも同然なんだけどォ!?」
「そこまで言う!?」
「言う!!」

 ちょっとした遊び心でダメだと言ったのに、あんまりにも大げさに泣きわめく近藤さんの背中を私は勢いよく叩いた。結構力を入れて叩いたはずなのにびくともしないがっちりとした背中を手のひらに感じながら、身体だけじゃなくて心もこれくらいどーんと構えてれば良いのにと思った。いつまでたったって、近藤さんは私と恋仲であることにどこか不安げな態度でいる。いつになったら自分がこんなにも愛されているんだっていうことを実感してくれるんだろう。

「わかった」
「いいのか!?」
「ダメだってば」
「どっちなの!?」
「いいよって言わせてみて、私のこと」
「て、ていうかさァ、俺ら恋人同士になって結構経つし、キスもたくさんしたし、そ、それ以上のブフォ!!」

 人差し指の先をちょんちょんと合わせてもじもじしながら厭らしい単語を発しようとしているゴリラの顎に下からアッパーをひとつかまして、私はにっこりと笑った。
 大好きだっていうことをしっかり伝えているつもりなのに、いつまで経っても自信なさげにもじもじとされると少し寂しい気持ちになっちゃうんだっていうことをいい加減分かって欲しい。私の愛情は彼に足りてないのかと思ってしまう。だから自信満々に私のことを口説き落として、そしてそれに快く返事をする私を見て更に自信をつけてもらいたい大作戦ですよゴリラさん!じゃなかった近藤さん!

「はいゴリラさん、私とキスしたいの?したくないの?」
「したいです!」
「じゃあ“いいよ”って言ってもらえるように頑張りましょうね〜」
「はい!」

 涙目で顎を擦りながら元気に返事をする近藤さんに、ばかだなぁ可愛いなぁ好きだなぁ、と思う。近藤さんに愛されている安心感やあたたかさを、私も彼に感じて欲しいのに。

「うまく出来たらご褒美にバナナあげますからね〜」
「え!?キスじゃなくて!?」
「バナナです」
「俺キスしたいんだけど!?」
「バナナです」
「俺はキスがしたいんですゥゥウ!!」
「ダメです」
「なんでなんでなんでぇぇえ!」
「のっけからダメじゃん!もう始まってんだけど!こんなんでハイどうぞって女心が傾くとでも思ってんの?」
「う……そうか。ちょっと待ってくれよ」

 キスをせがまれて実は内心喜んでいるだなんて口が裂けても言わないけど。
 眉間に皺を寄せて目を瞑りながらウンウンと唸る近藤さんを見ながら、そもそも、と思った。キスしていいかだなんて聞かないでほしいと思った。もう私は身も心も貴方の物なんだから、と。そう言えたら近藤さんは安心してくれるのかな。それともはしたない女だと思われるのだろうか。想っていることを全て口に出せない私の方がもしかしたら自信を持てないでいるのかもしれない。近藤さんから受け取る愛に対してじゃなくて、自分自身に対して。そう考えた時に、近藤さんもこんな風に考えているのかなと頭を掠めた。私からの愛に自信が持てないんじゃなくて、自分自身についての自信。だとしたら、私は近藤さんに大好きだとたくさん伝えるだけじゃなくて、近藤さんが自信を持てるように、近藤さんの格好良いところや素敵なところをたくさん褒めてあげたら良いのかな?

「おうし!分かった!まかせろ!」

 私がひとつの答えに辿り着いたのと同時に、近藤さんも答えが見つかったようだった。自信満々な笑顔に期待をしながらどうぞと言えば、近藤さんは真面目な顔つきになり、彼の表情が変わったと思った瞬間にはもう私の身体は引き寄せられていた。

「キスさせろ」

 掠れた声でそう言われて、閉じ込められた腕の中で唇は重ねられていて、私の鼓動が近藤さんに聞こえてしまいそうだった。

「ま、だ、良いって言ってないでしょ〜!!」
「だってェ!!」

 慌てて胸板を押し返しても、背中に回された腕を離してもらえなくて私と近藤さんの距離は近いままだった。

「女の子は強引なのが好きだって本に書いてあったァ!!」
「た、ただしイケメンに限るって書いてあったでしょうがァ!!」
「ヒドイィィィイイ!!!」

 あーあ、近藤さんに自信を持ってもらおうと思ったのに。また失敗してしまった。




* * *





・山崎退は君とキスがしたい

「キスしてもいい?」
「ダメ」
「…………」
「…………」
「そーいえば副長がさっき俺のこと呼んでたんだ、ちょっと行ってくるね」

 私は立ち上がりかけた退ちゃんの隊服の裾を掴んで引き留めた。

「呼んでないよ」
「え?」
「土方さん夜まで戻らないって言って出てったのさっき見送ったもん」
「…………」
「さっきのなかったことにしようとしてるでしょ」
「そうだよ!恥ずかしいだろ!」
「ふふ、かっこわるーうい」
「うっさいな!誰のせいだと思ってんだ!」

 恥ずかしそうに私を睨む退ちゃんに人差し指を向けて返事をして見せれば、その肩が上がった。

「なんで俺!」
「私のせいだっていうの?」
「どう考えたってそうだろ!ダメってなに!?」
「じゃあ、いいよって言ったらするの?本当に?」
「するよ。したくて聞いてるんだから」
「絶対?約束する?私に恥ずかしい思いさせない?」
「それ何の確認?していいの?」
「絶対にしてくれる?」
「ダメって言ってみたり絶対にしてほしいって言ってみたり意味わかんないんですけど」
「いいから!するの!?しないの!?」
「するよ!します!」
「何をする気でさァ、山崎ィ」

 大きな声で宣言をして私の顔に近づいた退ちゃんの顔の横に、総悟の意地の悪い顔がぬっと浮かんだ。

「……そういえばさっき土方さんが俺の事呼んでたんだった、ちょっと行ってくるね」
「土方さんならさっき俺が始末しといたからもうこの世にいねーよ」
「なにしてんだアンタ!てか、そんなわけないでしょーに。俺ちょっと────」

 そう言って立ち上がりかけた退ちゃんの腕を私は掴んで引き留めた。まさか、逃げるわけじゃないでしょうね。

「ちょっと?なに?私にするって約束したよね?」
「この状況で何言ってんの!?」
「するって言ったよね!?」
「いや言ったけど、沖田隊長いんでしょーが!」

 するって言ったんだから、しないで逃げるなんて絶対に許さないんだから!鬼気迫る勢いで腕を揺さぶる私に、退ちゃんが困惑するのも当然だ。人前でわざわざキスしてほしいと騒ぐ女がどこにいるというのだろうか。
 けれど私は今、絶対に退ちゃんにキスをしてもらわなきゃならないのだ。
 必死になる私に総悟は勝ち誇ったような顔をして、退ちゃんを促した。

「そうだぜ山崎、するって言ったんならしろよ。何するか知らねぇケド」
「何するか分かってる顔だろそれ!あんなた何なの!?見たいの!?見せたいの!?」

 私だけじゃなく総悟まで何を言っているんだと、私と総悟の顔を交互に見ながら声を荒げる退ちゃんに被せるように私も声を上げ、掴んでいた腕に力を込めた。

「見せたい!だから早く!」
「アホか!なんでこの人の前でんなコトしなきゃなんないんだよ!」
「ほ〜ら見ろ、意気地なしでさァ」
「そんなことないから!退ちゃんなら出来る出来る出来る出来る!!」
「修造かよ!出来る出来ないの話じゃなくて、しないの!」

 どれほど迫っても、励ましてみても、総悟にバカにされても、退ちゃんは私にキスをしてくれる気がこれっぽっちもないようだった。もうこうなれば懇願、泣き落とししかない。涙出ろ涙出ろ涙出ろ、と瞼を強く閉じながら声を絞り出した。
 もう本当のことを話して、協力してもらうしかない。

「お願いだからしてよ!1万飛んでっちゃう〜〜」
「はあ?」
「総悟の前で退ちゃんがキスできるかどうか賭けたの」
「俺の予想通りでさァ。意気地のねぇ山崎には出来ねぇよ。さっさと金払いな」
「ちょっと待ってよ!今するから!」

 退ちゃんは意気地なしなんかじゃない!そう否定するように総悟を睨んだのに、私と総悟の目の前には1万円札がひらりと揺れた。
 あっさりと総悟に1万円を出した退ちゃんを見て、総悟は分かっていたと言わんばかりの顔をした。私には、退ちゃんがこんな簡単にお金を出してしまった意味が分からなかった。軽くちゅってするだけで私の勝ちだったのに?なんでそんな簡単に負けを認めちゃったの!?

「これで賭けは負けで」

 悔しさも何も感じられない、それこそあったりした声を出して、退ちゃんは私ががっちりと掴んでいた手を引いて歩き出した。
 掴んでいるのは私の方なのに、ずんずんと進んで行く退ちゃんに何故だか私の方が引きずられるように歩きながら、無言の背中に抗議をした。

「退ちゃん!?ちゅうするだけで1万貰えたんだよ!?なにもったいないことしてんの!?」

 総悟がいた縁側からは随分離れたところに来て、ようやく歩みを止めた退ちゃんは「あのねえ」と呆れた声を出して振り返った。

「好きな女がキスしてる所をなんでわざわざ他の男に見せてやんなきゃいけないの」
「別に総悟とキスするわけじゃないし退ちゃんが相手なんだからよくない?」
「い・や・で・す」
「ええ〜なにそれ独占欲強くない?」
「強くて結構」

 呆れた、というよりもなんだか不機嫌に見える。総悟とキスをして1万円をもらう、なんて話じゃなくて自分の彼氏である退ちゃんとキスをするだけなのに、何がそんなに嫌なんだろう。そりゃあ私だって恥ずかしさはあるけれど、隊士全員の前でするわけじゃないし、土方さんとかならまだしも相手は総悟なわけだし。私からすると退ちゃんがそんな風に不機嫌になる理由が見つけられなかった。独占欲、とは言ってみたもののその言葉がしっくりとこないくらい、退ちゃんがそんなにも嫌がる理由が私には理解できなかった。
 つまりは本当に、退ちゃんが私が想像する以上に独占欲が強い、ということなのだろうか。

「なんか変じゃない?」
「変で結構」
「1万円もったいなくない?」
「そんなことより変な賭けしてくる俺の彼女頭おかしくない?」

 どうして退ちゃんがあっさりと1万円を出してしまったのかだとか、どうして不機嫌になっているのかだとか、どちらもイマイチはっきりと理解していない私に退ちゃんは呆れた顔をして、私に掴まれていない方の手で私の頭をゆらゆらと揺らした。
 バカにされているような、というかバカにされているのが面白くなかった私は掴んでいた退ちゃんの腕に思いっきり力を入れて返事をした。

「おかしくないですう!」
「痛っ!」
「1万GETしたら、この間オープンしたイタリアンに退ちゃんと一緒に行こうと思ったのに!ばか!」
「そんなバカなことせんでも一緒に行くから」
「バカじゃないし!退ちゃんの奢りだし!」
「はいはい」
「そのデートの時に着る新しい着物欲しいし!」
「はいはい、買いに行きます行きます」

 私の頭をゆらゆらと揺らしていた退ちゃんの手が、いつの間にか私の頭を優しく撫でていて、じわじわとむずがゆいような、居心地が良いような、あたたかい気持ちが私の心の中で膨らんでいた。

「ねぇね、退ちゃん私に甘くない?」

むずがゆさを誤魔化すように掴んでいた腕を今度は私がゆらゆらと揺らせば、私の大好きな、甘ったるくて優しい、情けないような笑顔が見えた。

「甘いよ、すんごく」

 そうしてやっと、すると約束をしたキスが降りてきた。耳元でひとつ、おまけの囁きも残して。

「ちなみに、独占欲もすんごく強いから忘れないで」

 そう言って、退ちゃんは携帯画面に映し出された“鬼の副長”からの着信画面を私に見せて塀を飛び越えて行った。




* * *





・土方十四郎は君とキスがしたい

「キスしていいか」
「ダメです」
「……キスしていいか」
「ダメです」
「悪ィな、声が小さくて聞こえなかったか?キスしていいか」
「ダメです」
「っかしーな、今度はお前の声が聞こえねぇな。キスしていいか?」
「ダメです」
「なんだお前、声が出なくなっちまったのか?そうなんだな?じゃあ俺がキスしてお前を、」
「ダメです」
「んなんでだよォォオオ!!」

 いつもは何も言わずにしてくるくせに、珍しく「キスしていいか」なんて聞いてきたから驚いてダメだなんて言っちゃったけど、まさかこんなに粘って来るとは思わなくて更に驚いてしまった。そして律儀に私の返事を守るだなんて。

「信じられないくらい粘りましたね」
「たりめーだ!信じられねぇ答えが返ってきたんだからな!」
「そうですか?」
「そうだろうがよ!お前は俺の彼女なんじゃなかったっけ?俺の勘違いか?」
「勘違いじゃないですよ」
「そうか、じゃあダメって聞こえたのが勘違いか」
「それも勘違いじゃないです」
「なんでェェエ!」

 私の言った言葉に意地になってるだけなんだろうけど、こんなにもダメだと言ったことが聞き間違いなんじゃないかと粘ってくれると、それほど私とキスがしたいみたいに見えてくすぐったい気持ちになってしまう。

「ふふふ、そんなに私とキスがしたいんですか?」
「ここまできたら意地でもしねぇと気がおさまらねぇよな」

 “意地で”。その言葉を聞いてやっぱりなぁと思う。私とキスがしたくてしたくてお願いだからさせて下さいなんて、そんなのは土方十四郎ではないのだ。分かってはいたけれど、私とどうしてもキスがしたいと思ってくれているんじゃないかという甘い幻想をこんな一瞬にして打ち砕いてくれなくてもいいのに。くすぐったい気持ちがあっという間にどこかへ消えてしまった。

「えぇ〜、意地でしたいの?」
「なんだったらいいんだよ」
「自分で考えて下さい〜」
「……分かった」
「お、なんですか」

 流石に乙女心を無視していたことに気付いてくれたのだろうか。一瞬考える素振りを見せて、そしてすぐに閃いたような顔をした土方さんの瞳は光っていた。

「キスはいい、抱かせろ」
「はい!?」
「キスを超えるモンしちまえば俺の勝ちだろーが!」

 何の勝負もしていないのに勝ち誇ったような顔をして私の両肩を掴んで押し倒した乱暴な土方さんに呆れながら、後頭部にくるであろう痛みに目を瞑れば、彼の大きな手が私の後頭部を支えていた。掴まれた肩は痛いくらいなのに、私の頭を支える手は信じられないほどに優しい。本当に、ずるい人だ。

「良いって言ってないんですけど!」
「お前がダメなのはキスだけだろうが」
「そういうことじゃな────────」

 そういうことじゃない。肩を掴んだ手はそのまま着物の襟を緩めて、そして私の言葉を遮った。
 そう、私の唇を、土方さんの唇が塞いだのだ。キスはしないと豪語して私を押し倒したくせに、早々にキスをしてくるとはどういうことだろう。自分でもその間抜けっぷりに驚いているのか、土方さんは瞬きを数回繰り返して私を見つめた。

「あ、ワリ、ついいつものクセで」






20170928
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