真ん中お月さま





 ぺちぺち、と頬を叩かれる感覚がして目を覚ますと、目の前には近藤さんの顔があった。「なぁ」と口を開いた近藤さんの吐いた息は、微かにお酒の匂いがする。薄暗い部屋の中じゃ分からないけれど、頬も赤いのだろうか。目を擦りながら上半身を起こせば、大きな手が背に添えられれ手伝ってくれた。
 私が返事をする前に、近藤さんはにかりと笑った。

「デートしよう」

 私が目を丸くするのも構わず、近藤さんは私の手をとって部屋を出た。


 そうして気付いた時には近藤さんと仲良く手を繋ぎ、私達は屯所の門前にいた。

「えっ、デートって今から?」
「おう」
「ええっ、今何時?」
「二時過ぎ」

 ようやく目が覚めた頭で冷静に考えてみれば、おかしな点しか浮かばない。それなのに近藤さんは嬉しそうに私の手を握っている。隊服ではなく着流しを着ているから、今日の隊務はもう良いんだろうけど……。

「酔ってるでしょ」
「ちょっとだけな」

 私の予想した通り、月明かりと街灯の下で見る近藤さんの頬はうっすらと赤らんでいた。けれど酔っ払ってこんな時間にいきなり“デート”だなんて言い出すほどに飲んでいるわけではなさそうだった。

「ほら、行くぞ」

 そう言って手を引かれるも、私は腰を引いて一歩を踏み出すのを拒んだ。

「私、寝間着だよ」
「こんな時間に誰もいやしないって。俺だって寝間着だし」
「男の人の寝間着と女の寝間着とじゃ違うでしょ。寝起きで髪もぐしゃぐしゃだし」
「こんな時間に化粧バッチリで着こんだ女とデートしたいんじゃないの、俺は」

 少々不満げな顔を向けられるが、そういうことじゃないのだ。

「でも」
「大丈夫だって、誰かいたら俺の後ろに隠れてりゃいい」

 近藤さんは大きな手で私の髪を梳かすように手を差し入れた。何度か繰り返されるうちに、私の心まで解かれてしまったようで、「よし、きれいきれい」と近藤さんが笑う頃には私の足も一歩を踏み出していた。

 ぽつりぽつりと星が光るだけで、月が強く輝いている日だった。近藤さんは嬉しそうに私の手を引いて歩いていて、私は手を引かれながら半歩遅れて近藤さんの横を歩いている。
 斜め後ろから見上げる近藤さんの頬が緩んでいるのを見て、私の頬も自然と緩む。

「ねぇ」
「んー」
「なんでいきなりデート?」
「なんでってそりゃあ、デートしたかったからだろ」
「こんな時間に?」
「うん。たまには静かにふたりっきりになりたいの、俺だけ?」

 顔を少し後ろに向けて呟く近藤さんに私は笑った。

「そうだね」
「だろ?……え?“そうだね”!?俺だけ!?」
「うん、だって私は“たまに”じゃないもん」

 そう言えば、近藤さんは驚いていた目をぱちくりさせて、ほんのり赤かった頬を更に赤らめた。

「お、俺も!」

 繋いでいた手を離し、ぎゅうぎゅうと苦しい程に抱きしめてくる近藤さんに私は笑いながら、そのぬくもりに安心していた。酔っているせいか、抱きしめる力がいつもより強い。その強さが、零れ出てしまった愛のように感じて、私は嬉しかった。
 こんな夜中に起こされてなんだろうと思ったけれど、デートに来て良かったと思う。真昼間のデートじゃ、こんな道の真ん中で堂々と抱き合うことなんて絶対に出来ない。多少の恥ずかしさは感じるものの、きっと誰も見ていないから大丈夫。
 私は近藤さんの腕の強さとあたたかさを感じながら、お返しとばかりに抱きしめ返す力を強めた。お互いに何も言わず、ただ笑い声を漏らしながらぎゅうぎゅうと抱き合った。
 ばかみたいな行為なのに、たまらなく愛しい。

「ちょ、強い強い折れるゥ」
「真選組の局長が?女の子の力で?」
「女の子?ゴリラの女はゴリラでさァ」
「「──っ!?」」

 二人しかいないと思っていたこの道の往来で、私達以外の声が聞こえたのと同時に強い光に視界が遮られた。とっさに目を瞑り、私は隠れるように近藤さんの懐に顔を押しつけた。
 突然のことに驚いて心臓が縮んだけれど、聞きなれた声と近藤さんが呼んだ名前に私は溜息のような息を吐きだした。顔を向ければ、懐中電灯を私達に向けて持ちあげた総悟がいた。

「総悟」
「困りまさァ、いくらゴリラだからってこんな場所で交尾始められちゃあ」
「そんなことしてないから!」
「おぉ、喋れるんですねィ、このゴリラ女」
「ゴリラなのは近藤さんだけですゥ!」
「なんで!?」
「私がゴリラだって言うの!?」
「いやそうじゃなくて、俺だってゴリラじゃな」
「はいはいオネーサン、こんな所でゴリラ散歩させないでね、いくら夜中でも市民びっくりしちゃうから」
「すみません、このゴリラがどうしてもって言うこと聞かなくて」
「ペットにするからにはちゃんとしつけしてくんないと」
「はい、気をつけます」
「俺人間んんんんん!ちょっとゴリラっぽいだけェェェェエ!」

 もう、やめてよそうやっていつも俺をゴリラにして二人で楽しむの!と涙声で私の肩を揺する近藤さんに私は噴き出して笑う。
 あーあ、もう二人っきりは終わっちゃった。
 近藤さんといると、何故だかいつも誰かが寄って来て、いつの間にか二人っきりじゃなくなってしまう。こうして私達が二人きりでいるのを邪魔してくるのは7割が総悟だけれど。
 でもそれが、近藤さんなんだよなぁと思う。自然と人を、集めてしまう人。

「近藤さんがゴリラに間違えられたせいでデート終わっちゃった」
「やっぱり交尾してたんですねィ」
「デ・エ・ト!」

 でも、嫌じゃない。
 楽しくて、こうして私も一緒にあたたかい空間にいられるから。
 それに、近藤さんは私と二人きりになることも望んでくれる。それが今日は言葉で聞くことが出来たから、たった十分の二人きりでも、私は満足だった。

「総悟これから見廻り?」
「いや、帰りでさァ」
「じゃあ、三人で帰ろっか」

 はい、手繋いでね。そう言って、私は近藤さんの右手を総悟に差しだした。はてなマークを浮かべる近藤さんを見上げる。

「私は近藤さんの左手、総悟は右手。三人で仲良くお手てつないで帰りましょ」
「え、俺が真ん中なの?普通女の子じゃないの?」
「これでいーの。ね、総悟」

 そうして私達は、仲良く三人で静かな夜の中を歩きだした。
 繋いだ手をゆっくり揺らして、私も、近藤さんも、総悟も、笑顔だった。私はそれが幸せで、わざと遠回りになるように道を曲がった。真ん中で笑う近藤さんを総悟と二人で見上げて、やっぱり私は満足に思う。

 近藤さんは真ん中にいるのが、一番いいのだ。






20120802
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