その口付けで、戦は幕を開けたのだ





 土方さんが煙草が切れる、と言うのでおつかいから帰ってきてみれば、近藤さんが縁側に蹲って泣いていた。お妙さんの所に行くと言っていた近藤さんを思い出しながら溜息をついて、私は胸の奥の痛みを誤魔化した。

「近藤さん、何やってるの?」

 本当は声なんてかけたくなかった。いい加減、近藤さんの口から「お妙さんが」と聞く度に苦しくなるのは嫌なのだ。それなのに、私は近藤さんの姿を見れば足をそちらに向けられずにはいられない。声をかけたくて、少しでも近くにいたくて、あの笑顔が見たくて。ひとつ胸が苦しくなっても、ひとつふたつと胸があたたかくなるから。そのためなら、胸の苦しさなんて我慢できる。今は、まだ。

「今日はお妙さん俺のこと殴ってくれすらしなかった」
「近藤さんMなの?殴られたくてお妙さんの所行ってたの?」
「違うけどォ!殴ってもらえたら、す、少しでもお妙さんに触れられる、から」
「…………」
「そんな冷たい顔で見ないでよォ!」

 いつものように慰めて!と涙目で私の手を握ってくる近藤さんに私は溜息をつく。
 大丈夫、苦しくなんてない、痛くなんてない。まだ、大丈夫。
 手首のぬくもりにすがっているなんて、私だって近藤さんと同じだ。近藤さんがお妙さんの名を口にしても、その後は私の名を呼んでくれる、こうして必要としてくれる。それだけで、今はまだいいんだ。
 ──────今は、まだ
 私は本当に、それでいいの?

「やっぱり俺は駄目な男なんだなァ」

 情けなく笑う近藤さんに、私は強く拳を握った。
 我慢なんて最初から出来てない。今はまだこのままでいいだなんて、最初から思ってない。
 いらいらする。本当は、最初に口にされるのは私の名前がいい。本当は、私のことで泣いて欲しい。いらいらする。何度私が慰めても再び傷つきに行く近藤さんに。何度胸が苦しくなっても、誤魔化して近藤さんの傍に行く自分に。いらいらする。自分の良さを分かっていない、情けない近藤さんに!

「おい?どうし、っ」

 私は握られた手首を思い切り振りはらって、そのままの勢いで近藤さんの口に自分の唇をぶつけた。甘さもトキメキも何もない。そこにあるのは、私が溜めこんだ熱い熱い想いだけだ。

「…な、い、今」

 真っ赤な顔をして固まる近藤さんを睨んで、私は息を吸い込んだ。
 もう、溜息なんてつかない。誤魔化したりなんて、しない。

「私のこと好きになったら許さないから!」

 そう叫んで、下駄を投げ捨てるようにして縁側に上がり副長室まで足を速めた。
 けれど副長室に行くまでもなく、角を曲がってすぐのところに土方さんはいた。覗き見してるだなんて、悪趣味すぎる。

「遅ェよ」

 笑いながら紫煙を私に吹きかける土方さんのことも、私は睨んだ。それなのに土方さんは私の頭に手を乗せるものだから、堪えていた涙が溢れそうになる。
 遅いって、頼まれた煙草のことなはずなのに、近藤さんのことに言われてるように聞こえてくる。

「ご覧の通り、ちょっと寄り道してたんです」

 あぁ本当に、まるで近藤さんのことだ。私は寄り道をしていた。それを土方さんはいつも見ててくれていた。

「しっかし、あんな告白の仕方があるなんざ知らなかったぜ」
「ずっとずっと好きだったんだから、簡単に好きになんてなられたくないの」
「たいした女だ」

 煙草の入った袋を押しつけるように渡せば、土方さんは口元を引き上げて笑った。この笑い方は、大きな捕りものをして帰って来た皆に、私が不安げに訊ねる時に見せてくれる顔だ。大丈夫ですか、と聞く私に、当たり前だろ、と。いつも勝利を聞かせてくれる時の顔だ。

 縁起の良い笑顔に押されて、私の恋が今ようやく始まったのだ。
 ──────覚悟しててよ、近藤勲!






20120221
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