黄昏時の夢現は夢





 見回りから戻れば、縁側で洗濯物に囲まれながら眠る彼女の姿。近付いて顔を覗き込めば、夕陽に染まるその顔はあまり気持ちが良さそうなものではなかった。眉間に皺を寄せ、唇は微かに震えている。眉間に皺を寄せるなと、いつも俺に言う彼女が一体どんな夢を見てそんな表情をしているのかと顔を近付けてみる。けれど夢の内容が分かるわけもなかった。
 そのまま顔を近付けて、彼女の震える唇に触れる距離まで近付いたその時──────ごつり、と鈍い痛みが額に広がった。予想もしていない事態にお互い声が漏れる。

「痛っ」
「おっ前なァ、んな勢い良く起きたら危ねェだろ!」
「ひじ、方さ…なんで」

 彼女の問いには一理ある。寝ていて、まさか目の前に誰かの顔があるだなんて思わないだろう。俺が彼女の立場ならキレていてもおかしくはない。顔を近付け、自分が彼女にしようとしていたことを少し後ろめたく感じ、俺は誤魔化すように煙草に火をつけた。
 額を押さえたまま俯く彼女に心の中で謝罪していると、俺を呼ぶ近藤さんの声が聞こえた。何を焦っているのか、慌てたような大声が所内に響く。俺は立ち上がり、声を張った。

「今行く!」

 ふざけた内容じゃないことを祈りながら、一歩を踏み出せば、引っ張られる左足の裾。なんだと思えば彼女の手が、隊服の裾を掴んでいた。
 ぐすり、と鼻をすする音が聞こえたのは気のせいか。

「なんだよ」

 顔を上げた彼女の頬は涙で濡れていた。まさか額をぶつけたのがそんなに痛かったのかと思えば、彼女の口から出たのは予想外の言葉。

「行かないで…」

 行かないでって…近藤さんの所に行くだけで、何を言ってやがんだ。

「急に何言ってんだよ」
「ゆめ、見たの」

 ゆめ。それで、珍しく眉間に皺を寄せ、唇を震わせていたのか。先ほどの寝顔の意味を理解した俺は、彼女の見た夢がどんなものだったのか何となく想像がついた。「行かないで」と、彼女がそう言うような、そんな夢を見たのであろう。

「夢だろ」
「でも…今は、背中、見たくない」

 紫煙を吐き出して、しゃがみこむ。彼女の夢の中で俺は、彼女に背を向けどうしたというのだろうか。
 後ろでは一度はおさまった近藤さんの騒ぐ声が再び聞こえている。俺は彼女の腕をとり、引っ張るように立ち上がらせた。彼女はよろけながら立ち上がり、濡れた瞳を見開いて俺を見る。

「じゃあ見なきゃいいだろうが」
「…え」
「お前は俺の隣を歩けねぇのか」
「…っ、歩ける」

 涙を拭い、自らの足で俺の隣を歩く彼女に俺は笑みを漏らした。
 そうだ、お前は泣いてしゃがみこんでるだけの女じゃねぇだろ?

 いよいよ騒がしくなってきた近藤さんに今行くと再び怒鳴り声を届け、彼女には先ほど出来なかった口付けをひとつ落とした。

 お前が俺の隣を歩いてるから、出来ることだ。






20110324
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