昼下がりも貴方が欲しい





 凝った身体を伸ばそうかと縁側へ出れば、ばたばたと騒がしい足音と声が聞こえた。かと思えばすぐに、目の前の庭を着物の裾を捲し上げ走る彼女と、それを意地悪そうな顔で追う総悟が見えた。追いかけっこにしては、彼女の顔は怯えている。そんな勢いで走っていては転ぶぞと声をかけようかと思えば、ひと足早く、彼女は勢い良く転倒した。
 あぁ、そんな勢いで転べば手も足もすりむいちまってるな。
 転んだ彼女に近づけば、総悟も彼女の元へしゃがみ込み「ばあか」と声をかけていた。そんな総悟に俺はげんこつをひとつ落とす。

「転ぶほど追いかける奴があるか」
「遊んでたんでさァ」
「追いかけっこには見えなかったぞ」

 なかなか起き上がらず、顔すら上げない彼女を抱き上げてやれば、彼女は涙を堪えて唇を噛んでいた。そんなに痛かったのかと膝を見れば、じわりと血がにじみ、着物もすれて汚れていた。

「近藤さんが、可愛いって褒めてくれた着物だったのに」

 痛い、と泣き言を漏らすかと思っていたのに、予想外の彼女の言葉に俺は顔を上げた。彼女の瞳からは、涙がぽろりと落ちていた。

「なんだ泣くほど痛いのか」

 俺が笑えば、彼女は唇を噛み締めて首を右に左にと動かし、総悟を探しているようだった。しかしいつの間に逃げたのか、総悟の姿はない。悔しそうに彼女は口を開く。

「総悟のばか!」

 総悟に聞こえるようにだろう、大きめの声で言う彼女を抱き上げて、背をさすってやった。

「後で俺がしかっといてやる」
「…子供扱いしてるでしょ」
「してねェさ。追いかけられて転んで膝すりむいて泣くたァ、ガキみたいだなぁとは思うけどな」
「転んだのは総悟が追いかけてくるせいだし、泣いたのだって膝が痛いからじゃないから!」

 涙声の彼女の声に“近藤さんが可愛いって褒めてくれた着物なのに”という言葉を思い出す。
 ──────その着物は良く似合う、俺ァ好きだなあ
 そう褒めた言葉が、そんなにも彼女の中には残っていたのか。それが嬉しくて、俺は声を出して笑った。

「やっぱり子供扱いしてるでしょ」

 憎らしげに漏らす彼女の背をさすりながら、俺は立ち上がり縁側に足を乗せた。

「ヨネさんが繕うの上手だろ、うまい具合に直してもらえばいいさ」
「…うん」
「そんなに悲しいなら、次の休みにでも新しい着物を買いに行くか」
「ほんとう!?」
「ほんとう」

 ぐずぐずと方に顔を埋めていた彼女は、ぱっと顔を上げ嬉しそうに笑った。

「可愛いのがいい、私に似合うのを選んでくれる?」
「俺にそんな洒落たセンスはないぞ」
「いいの、近藤さんが可愛いって言ってくれるのがいい」
「じゃあいつまでもめそめそするなよ」

 ご機嫌に笑う彼女にそう言えば、彼女は急に顔を歪め悲鳴を上げた。背後で総悟の気配がすると思えば、どうやら彼女の擦り剥けた膝に消毒液をぶっかけたらしい。

「まーた泣いたァー。泣いてるガキにゃ着物はナシでさァ」
「っガ、キはあんたでしょ!」
「消毒してやっただけで泣いてるのはどいつでさァ」
「泣いてない!」
「お前らなぁ…」

 俺より年下ではあるが、ガキだと言うような年齢ではない二人の子供じみたやり取りには笑いが漏れてしまう。

「私が近藤さんに抱っこされてるのが羨ましいんでしょ」
「はあ?お前と違ってガキの頃に飽きるほどされてんだよ」
「私は今もこれからもずーっと抱っこしてもらえるもんね!」
「そういうのはただのお荷物って言うんでさァ」
「ち、ちが」
「ストップゥ!なんなんだお前ら」
「「近藤さんは黙ってて(下せェ)!!」」

 今まで言い合いをしていたと思えば、声を重ねて同じことを言う二人に俺は目を丸くした。まァ、喧嘩するほど仲が良いって言うから、いいけどよ。でもなんで俺が怒られるわけ?
 理不尽さを感じながら、俺は彼女を右腕で抱えなおし、空いた左腕で総悟の腹を抱え込んだ。そのまま持ち上げれば、捕まえられた犬のように大人しく抱えられながら特に騒がない総悟に俺は笑った。なんだ、「近藤さんに抱っこされてるのが羨ましいんでしょ」の言葉はあながち間違いではなかったのか。
 俺の右腕に身体を乗せ、首に腕を回す彼女は、不満そうに俺に顔を近づけてきた。

「近藤さんっ、なんで総悟まで抱っこするの!」
「まぁまぁ、仲良くしろよ」
「自分だけが特別扱いで抱っこされてるとか勘違いしてんじゃねーよバァーカ」
「とっ、特別だから私の方が大事に抱えられてるんです!」
「ハイ勘違いィ」
「い゛っ痛いいぃ!」
「コラ総悟!」

 再び俺の首元に顔を埋め叫ぶ彼女に慌てて下を見れば、総悟の顔近くにある彼女の擦りむいた膝を、総悟が握り締めていた。両腕で二人を抱えているこの状況では、総悟にげんこつを落とすことも出来ない。それをいいことに、総悟は意地の悪い笑みを浮かべながら彼女の膝を握ったままだ。
 これは俺だけでは駄目だ、と思った俺は二人を抱えたまま走り出した。

「トシィ!こいつらどーにかして!」
「「なんで土方さん呼ぶの(んでさァ)!?」」

 再び声を重ね俺を睨む二人に、どうしたもんかと俺は笑った。






20110324
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