身支度の仕上げに頬の紅潮を





 食堂の前を通り過ぎると、女中頭に呼び止められた。彼女がまだ起きて来ない、とのことだった。起こして来てくれと言われ、俺は彼女の部屋へと向かった。すると彼女は、女中頭の言う通りに布団ですやすやと眠っていた。あんまりにもよく寝ているものだから起こすのが可哀想だなと思いながらも、俺は彼女に近付き肩を揺らす。

「おーい、寝坊してるぞ」
「んん゛」
「早く準備して行かないと隊士が朝飯にありつけないよ」

 意識は覚醒しているようだけれど目を開けない彼女に、布団をめくってやれば嫌そうに瞼が上がった。

「おはよう」
「…おはよう」

 まだ寝ていたかったのにと言いたげな顔で見上げてくる彼女の肩を抱き起こしてやれば、彼女は大きなあくびをひとつした。目をこすりながら立ち上がる彼女に微笑んでいれば、そのまま部屋を出て行こうとするものだから俺は慌てて立ち上がり彼女の手を掴んだ。

「ちょっと、着替え!」
「いいの眠いからこのまま行く」
「顔も洗ってないし髪もねぐせのままで?」
「いいの眠いからこのまま行く」

 呪文のように同じことを唱える彼女に俺はため息をついた。なんでもいいけどとりあえず、そんな無防備に肌蹴た格好で野郎だらけの所内をうろつかないで欲しい。
 障子を閉め彼女の手を引けば、彼女は再び布団に寝転ぼうと膝を折るので、俺は彼女の腕を引き上げ座らせないようにした。

「寝るんじゃなくて着替え」
「…私はしなくていいの」
「そんな格好で出るなよ」
「そんなに着替えたかったら退が着替えさせて」
「…はあ?」
「私眠いもん」

 目を閉じ直立不動でいる彼女に呆れるも、彼女に動く気配はなかった。仕方なく、俺は彼女の手を離し箪笥へと向かう。

「今日はどの着物着るの?」
「なんでもいい」
「なんでもいいって…」

 振り返れば、寝転がりはしないものの、彼女は目を瞑りながらしゃがみこんでいた。彼女に意見を求められないことを悟った俺は、再び箪笥に顔を戻した。
 そうして俺は、朱のような橙のような、綺麗な染め上げの着物を探した。彼女が満面の笑みを浮かべる時の、紅潮した頬の色、それによく似た色だ。俺はこの着物が一番好きだった。この着物とお揃いの頬をして、笑う彼女が好きなのだ。
 帯を合わせて選び、振り返れば彼女の首はもたれていた。

「ほら、選んだから着替えて」
「……」
「まさか俺が着替えさせんの?」

 肩を揺すっても動かない彼女に、俺はようやく彼女が自分じゃ何もしない気だということを理解した。

「まったく…ほら立って」

 彼女のわきに手を差し入れ立たせれば、素直に立ち上がるもののやはり動く気配はない。俺は彼女のほどけかけた寝間着の帯をほどき、襟に手をかけ寝間着を畳に落とした。変な気分にならないでもないが、考えないようにして手早く着物を着せていく。彼女は母親に身支度をしてもらう子供のように、大人しくしていた。いったいどれほど眠いのだと呆れてくるけれど、大人しく俺に着せられている彼女が可愛らしくて、そんなことを思っている俺自身に呆れてしまう。まったく俺は、彼女には甘すぎるのだ。

「出来たよ、次は髪」

 きちんと着物を着ている彼女を満足しながら一瞥し腕を引けば、やはり大人しくついてくる彼女はまるで俺の子供のようだった。鏡台の前に座らせ、髪に櫛を通す。髪型は、一本結い。
 彼女が動く度に一緒に揺れる髪と、たまに覗く白いうなじがたまらなく好きだ。他の隊士も目にしていると思えば腹にもやっとしたものが浮かぶが、その彼女は俺のものだと思うと優越感を感じてしまう。綺麗に結い上げリボンを結び、出来たよと背中を叩けば、彼女の瞼がゆっくりと開く。

「ほら、顔洗っといで」

 彼女は鏡で自分の髪型と着物を確認して、鏡越しの俺に微笑んだ。

「退にやってもらったら、楽チンだしばっちり」
「今日だけだからな。それよりいいから早く顔洗って行かないと怒られるぞ」
「はあい」

 間延びした返事の割に彼女はしゃんと立ち上がって、障子を開けた。俺はそんな彼女の背中に、いってらっしゃいの変わりに一言声をかけた。

「俺と君の子供なら、俺はうんと可愛がるよ」

 そうすれば、今の今まで眠いとぐずっていたとは思えないほどの素早さで彼女は振り向いた。目を丸くして、二・三度口をぱくぱくと動かし空気を発した後の彼女の発言は、動揺しすぎて舌を噛んでしまいそうなものだった。

「っなん、なに言ってんの!?」

 けれどそんな彼女をよそに、着物とお揃い、いやそれ以上に頬を朱に染める彼女に俺は大満足をして、彼女を洗面所へと見送った。遅くれて来る彼女の弁明でもしながら、朝食の支度でも手伝ってこようか。

 今日はひどく気分が良いから、副長に八つ当たりされたって笑顔で受け止められそうだ。






20110320
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