君のせいにしていいですか





 どうにも、筆が進まなかった。進むわけがない、先ほどから始末書始末書始末書始末書、どこかの誰かさんのせいでたまってしまった始末書を書き続けているのだ。ほぼ書き終え、残りの始末書は今書く必要が特別ないものだったが、いつデカい仕事が入ってくるかも分からない。暇がある時に全部終わらせておくのが賢いだろう。しかし期限が迫っているわけじゃないとなると中々やる気も起きず、だいたいが二時間ほど机に向かってるとあっちゃ飽きてきて当然だ。座ったままぐっと伸びをして、開いた障子から見える庭を眺める。今日はやたらと静かだが、総悟は真面目に見廻りに行ったんだろうか。それとも俺が所内をうろついてないのをいいことに昼寝でもしているわけじゃねぇだろうな。
 煙草に火をつけながらそんなことを考えていると、廊下を歩く誰かの足音がした。それは男の、隊士のものではなく女中のものだった。多分、アイツだろう。読みどおり開いた障子から洗濯物を抱いたアイツの姿が見えた瞬間、俺は思わず口を開いていた。

「オイ」
「あ、土方さん。どうしました?」
「暇だ」
「えっ」

 咄嗟に声をかけたはいいものの、何かを話しかけるつもりがあったわけではない。どうしたと問われ思わず声に出した言葉が「暇だ」だった。休憩をしようとは思っていたが、暇なわけじゃねぇ。総悟がまた暇よろしくサボっているんだろう、と考えていたせいで漏れた言葉だった。俺自身、なんでこんな言葉が出てきたんだと内心驚いていたが、俺以上にコイツの方が驚いているようだった。総悟ならまだしも、まさか俺の口から「暇だ」なんて言葉が出てくるとは思わなかったのだろう。驚いて目を丸くしながら俺を見るコイツを取り繕うように、俺は次の言葉を考えた。

「あー…だからよ、休憩だ。ちょっと暇つぶしに付き合え」
「この洗濯物置いて来てからでもいいですか?」
「あぁ、かまわねーよ」
「じゃあ、すぐ戻ります」

 休憩、という言葉に納得したのだろう。そういうことか、というような顔をして笑うアイツは、再び障子から消えた。仕事中の女中を捕まえて暇だ、だなんてまったく総悟でもあるまいし何を言っているんだ俺は。自分も勤務時間だというのに。しかし嫌な顔をされたわけでもなし、一緒に休憩をとるくらい問題はないか。
 一本目の煙草を吸いつぶし、二本目を箱から出したところでアイツが再び顔を出した。今度は洗濯物ではなく、お盆に茶を乗せて、庭を眺めながら座る俺の斜め前に横向きで座った。

「休憩中に食べようと思ってとっておいた大福、土方さんも如何ですか?」
「俺が食っていいのか」
「もちろん。ただ、これしかないから総悟には秘密にしておいてくださいね」

 土方さんだけにあげただなんてバレたら、きっとうるさいから。なんて言って笑いながら茶を渡され、まだ総悟はコイツにちょっかい出しに来ていないのか、と思った。現在二時過ぎ。この時間あたりで総悟は仕事にも飽き始め、いつもコイツにちょっかいを出してはサボりに付き合わせていた。コイツの悲鳴や、二人の笑い声がいつも俺の所まで届いてきて、そして俺が怒鳴ってサボりが終わるのだ。総悟もコイツも、サボっているのに隠れる気がないのかいつも楽しそうに笑い声を上げていた。そもそも二人ともサボっているという意識がない。総悟にはあるのかもしれないが、コイツは俺が怒鳴り込む度にビビった顔を見せながらも、俺と総悟のやり取りを見ては笑うのだ。

「総悟の奴、今日はサボってねーのか」
「そういえば今日は珍しく静かかも。朝食の時からまだ一度も見てないです」
「珍しいな」
「ですね。あ、そういえば近藤さんと出てくのを見たから、それでご機嫌なのかも」

 近藤さんと一緒だから勤務を張り切る、だなんてどこの授業参観日の小学生だ。いつもそれくらいしっかりしてくれりゃあ、俺が先ほど書いていたような始末書は一枚も増えずに済むんだがな。茶をすすりながら、俺はひとつ息をつく。俺の息の理由を察したのか、コイツは笑った。

「総悟がちょっかいかけてこないから、いつもより仕事がはかどっちゃいました」
「あぁ、俺もだな」
「でもそのおかげで、いつもより集中して仕事し続けてたせいか肩が少し凝っちゃった」
「総悟のサボりがお前の休憩だったってか?」
「そうかも。今日は土方さんが声をかけてくれて良かったです」

 土方さんの口から「暇だ」って言われたのには吃驚しましたけど、と言いながら笑って大福を頬張るコイツを見て、それについては返事をせず俺も大福を口に入れた。
 
「甘すぎなくて美味いな」
「気に入りました?ここの大福甘さ加減が絶妙で何個でもいけちゃうんですよね」
「いや、一個でいいだろ」
「えぇー、この間総悟と三個ずつ食べましたよ」
「まぁ、マヨネーズがありゃ三個はイケるか」
「え゛ぇぇ。でも気に入ってもらえたなら、また休憩中に持ってきますね」

 そうコイツが笑ったのを最後に、会話は途切れた。大福を食べながら茶を啜り、無言の時間が流れていく。二人でぼんやりと庭の方を眺めていた。聞こえるのは隊士達の足音や、遠くで聞こえる声。一人で報告書を書いていた先ほどまでとは違う、ゆったりとした時間だった。体が休まるような、穏やかな空間。
 総悟がいつもコイツにちょっかいを出し、サボる理由が分からなくもない。そう思って、ふと気付く。いつも総悟とコイツの笑い声が俺のところまで聞こえてきて、俺は怒鳴り込むのだ。隠れる気も、静かになる雰囲気もなく、総悟とコイツは楽しそうにしているのだ。それに比べ、今目の前にいるコイツは微笑むことはあっても、先ほどから何も喋らず笑い声もたてていない。
 俺一人、無言を心地良く感じ、穏やかな空間だと思っていたが…

「こうやって、ゆっくりしてると落ち着きますね」
「あ、あぁ」
「お茶のおかわり、いります?」
「あぁ」

 コイツは退屈をしていたのでは、という考えは俺の杞憂だったらしい。俺と同じように心地良く感じていたことを知り、どこか安心しながら淹れられた茶を啜った。
 すると、先ほどまでの空気をぶちこわすかのように、あざ笑うような総悟の声が聞こえた。

「どこの老夫婦ですかィ」
「あ、総悟」
「二人で休憩なんてずるゥい、俺等もまぜてっ」
「近藤さん、ちゃんと見廻り行ってきたのかよ」
「老夫婦みてーにじめっと茶ァ啜ってる奴に言われたくありやせんね」
「そうだよなァ総悟。ちゃあんと見廻りしてきたのに!」
「二人のお茶も今用意してきますから」

 老夫婦老夫婦と嫌味のように言う総悟をなだめるようにして立ち上がったコイツに立ちはだかるように総悟は一歩前に出た。いつも自分がちょっかいをかけているコイツが、俺といるのが面白くないのだろう。しかも自分がサボりに誘うのよりも先に、俺と一緒に茶を飲んでるとあっちゃあ尚更。老夫婦だと罵るのは総悟とサボっている時のように笑い声をたてることはなくとも、その時とはまた違う笑顔をコイツが浮かべていたからだろう。まったく、一体いつから見ていやがった。

「あの皿は何でさァ」
「え、皿って?」
「白い粉がついた皿でさァ」
「あ…」
「大福食ったんだろ」
「え!違うよ!」
「じゃあ何なんでさァ、あれは」
「えっ、と」

 助けを求めるように視線を向けてくるも、既に総悟にバレていては誤魔化しようがない。スルーするのが一番だ、と俺は話題を変えた。

「ほら近藤さんが茶ァ待ってんだ、早く行ってこいよ」
「逃げようったってそうは行きやせんぜ。もちろん俺の分もありやすよねぇ?」
「ご、ごめん」
「土方さんと二人で全部食べちまったと?」
「全部っていうか、二個しかなくって」
「お仕置きですねィ」
「え、ちょっ」

 ニヤリと口元を緩ませ目を光らせたかと思えば、総悟は素早くアイツに覆いかぶさった。何をしてるんだと思えば、アイツの悲鳴ともつかない笑い声が部屋中に響き渡る。

「そ、そう、ご!むりっ」
「こちょばしの刑でさァ」

 やめてええ、と言いながらアイツは声をたてて笑っていた。いつだかもこんな風に、総悟にくすぐられて息も絶え絶え笑っていたな。そんなことを思い出しながら俺は呆れて二人を見つめ、隣で近藤さんも我が子を見守るかのように微笑んでいた。総悟はくすぐる手を休めずに、意味ありげに俺に笑って見せた。“こんな風に、コイツを笑わせることはお前には出来ないだろ”と言いたげに。
 今の総悟の笑わせ方は無理矢理感が否めないが、確かに俺はコイツにそんなことは出来ず、声を立てて笑わせることも出来ないだろう。総悟といる時のような空気は、俺には作ることが出来ない。
──────だが、

「総悟、仕事の邪魔すんな」
「なァにが仕事でさァ、自分は大福食って茶ァすすってたクセに」
「俺じゃねーよ、コイツが仕事だ。早く局長に茶持って来い」
「はっ、はひ」
「ほら総悟、いい加減にしてやらんと息が出来てないぞ」

 近藤さんに言われ、しぶしぶ手を止めた総悟。全力疾走をした後のように息を整えるアイツは、礼を言うように俺にふわりと微笑んでから、近藤さんに「すぐお持ちします」と告げ部屋を出た。

「まったく総悟は。いくら仲良しだからって女性の体にあんな無遠慮に触るもんじゃない」
「なんでィ、近藤さんもあーんなとこやこんなとこ、触りたいんですかィ?」
「えっ俺!?ちちち違うからね、そんなやましいこと決してお妙さんに出来たらなんて思ってないからね!」
「思ってんだろ、つうかくすぐるんじゃなくてやましいことする気かよ」
「違うってばトシィィィィイイ!」

 喚く近藤さんに、それをからかう総悟。それを横目で見ながら俺は煙草に火をつけた。ひとつ紫煙を吐き出したところで、盆に茶を乗せたあいつが開いた障子からひょっこりと顔を出した。近藤さんと総悟のやりとりを見て笑い、それから俺を見てふんわりと微笑んだ。

 声を立てて笑わせることが出来なくとも「落ち着きますね」とお前が微笑むから。俺もまた「暇だ」と呼び止めてしまうだろうなと自嘲した。






20100513
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