いつまでもあなたは、そばに





「暇」
「び、っくりした」

 突然、障子が開かれたかと思えば、仁王立ちした総悟が一言そう言い放った。針仕事中に、驚かせないで欲しい。私は縫い物の手を止め、総悟を見上げた。

「急に開けないでよ、着替えてたらどうするの」
「どうとも?」

 顔色一つ変えず、無表情のまま総悟は部屋へと入ってきた。障子も閉めずに、その態度は自分の部屋かと言うほどに図々しい。

「どうともって…一応私おんなのこなんですけど」
「俺が反応するほどイイ体してるって言うんですかィ?そりゃおがませてもらわねーと」
「え、ちょ、ちょっと」
「い゛っ」
「あっ」

 針仕事をしてるというのに、そんなのおかまいなしにニヤリと笑って私の隣に座り迫ってくる総悟。針持ってて危ないから、と告げる間も針をしまう暇もなく私に押し迫って来るもんだから、針が総悟の腕に軽く刺さってしまったようだった。私は慌てて持っていた針を針山に戻して、総悟を見る。悪巧みをした笑みはどこへやら、総悟は不機嫌な顔をして、少し体を引いて私を睨んでいた。

「陰険なことしてくれやすねィ」
「総悟が急に近寄ってくるから」
「刺したと」
「違うってば」

 刺してしまった方の腕を掴んで引き寄せれば、不機嫌な顔はそのままだけれど大人しくされるがままだった。隊服の袖を捲れば、二の腕に小さくぽつんと一点の紅。それは本当に小さな小さな点だった。隊服を着ていたおかげで、針先がほんの少し肌に触れたくらいで済んだみたいだった。

「良かった、深く刺さってないね」
「重症でさァ」
「どこらへんが」
「心が」
「はあ?」

 こ こ ろ?うっかり針を刺してしまったことに対して怒ってるのかと思えば、総悟の口から出た言葉は「心」。私が、いつ総悟の心を傷つけてしまったと?そして重症?なにを言っているのかと怪訝な顔で総悟を見れば、総悟は不機嫌そうな顔のまま顔を逸らして、ごろりと横になった。

「俺が近付いたのが嫌で刺したんだろ」
「え…」

 だから違うって言ってるのに、“総悟が近付いてきたのが嫌で刺した”のだと、総悟はそう思っているらしかった。最初は冗談で言ってるのかとも思っていたけど、その声は本気の声色だった。

「ちょっと、違うからね?刺す気なんてないから、不注意で刺さっちゃったんだって」
「………」
「ねぇ総悟、聞いてる?」

 私に背を向けて寝転がる総悟は、返事もしてくれなかった。肩を揺すってみても、こちらを見ようともしない。どうしたもんかと私は頬をかいた。暇、と言って登場した総悟だったけれど、仕事があるのだ暇なわけがない。きっとサボりにここに来ただけなんだろう。障子も開けっ放しだし、土方さんが通って見つかったら総悟だけでなく私まで怒られてしまう。怒られるのはいいとして、この不機嫌なままの総悟ならバズーカをぶっ放しかねない。そもそも勘違いだっていうこと、分かって欲しいんだけど。そうすれば不機嫌なのも直るでしょ。
 と、なれば。

「ねえ、総悟ってば」

 “近付かれたのが嫌”だと勘違いされたのなら、そうじゃないってことを実際にやればいいんだ。私は立ち上がり、総悟と向き合うようにして寝転がった。触れるか、触れないかほどの距離まで近付いて。総悟の顔を見れば、長い睫が伏せられている。

「総悟。近付かれるの、嫌じゃないよ」
「………」
「……まさか寝てないよね?」

 何度声をかけても、嫌じゃないよと近付いて見せても、総悟は返事を返してくれなかった。数分待っても、総悟の瞳は伏せられたままで、返事もない。私は諦めて立ち上がった。ここまでして機嫌を直してくれないなら、今はもう何もすることは思い浮かばない。それより、小さな傷だとしても消毒しておかなきゃ。小さくても、傷は傷。
 そうして救急箱を出そうと一歩踏み出した私の足が何故か後ろに引かれた。

「う、っわ」

 強く引かれたわけじゃなかったけれど、予想外のことにバランスを崩し、私はその場で転んだ。両手をついたのでどこにも怪我や、特に痛い場所はなかったけれど…やっぱり起きてて返事しなかったのかと、振り返って総悟を睨む。けれど私は総悟の瞳を見て、息を呑んだ。
 ──────さみしそうに、揺れているのだ。
 てっきり、不機嫌なままか、いつものいたずらをする時のような目をしていると思っていたのに、総悟の瞳には不機嫌さはいささか残っているものの、さみしそうな色をしていた。その瞳が濡れ、揺れているように見えるのは、私の見間違いなのだろうか。

「どこに行くんでさァ」
「ど、こにも行かないよ、消毒しようと思って救急箱を」
「そんなもんいらねーや」
「でも、一応」
「いいから」

 そう言う総悟の瞳から「行かないで」と聞こえた気がした。どうして、そんなにさみしそうな瞳をしているの?私は困惑しながら、総悟に近付いた。座った私が寝転がったままの総悟を見下ろしている。総悟は動かずに、ただ私のことを見上げていた。まさか本当に、私はそんなに総悟を傷つけてしまったっていうの?

「総悟、本当にちが」
「前にも、あったんでさァ」

 前、にも?私が総悟に針を刺してしまったのは、これが初めてだったはずだ。黙って次の言葉を待っていると、総悟は静かに瞳を閉じた。

「小せェ頃に、かまって欲しくて抱きついた時」

 誰に、と総悟が言わなくても、誰の話をしているのかがすぐに分かった。

「それ以来、針仕事してる時は危ねーから遠くで見てた。俺じゃなくて、姉上に刺さるのが恐くて」

 総悟は私の手を握って、目を開いた。その瞳はどこか遠くを映して、さみしそうに揺れている。

「さっき刺されて、ふと思い出した」

 総悟がぽつりぽつりと紡ぐ言葉に、不機嫌になった理由が、さみしそうに瞳を揺らす理由が、私にじんわりと伝わる。“思い出”に、そして“思い出を思い出したこと”に、そんな瞳をしているんでしょう?
 それ以上口を開こうとしない総悟に、私は理由を確かめることは出来なかった。だから、私にははっきりとその理由が分からない。だけど、これだけは分かることがある。言いたいことが、ある。

「私は、針が刺さっても大丈夫」

 だから──────遠くで見ていなくていいんだよ。遠くで見てなんかいないで。
 そう気持ちを込めて、私は握られていない方の手で亜麻色の髪を撫でた。総悟があの日を思い出して瞳をさみしそうに揺らすなら、私が傍にいるから。遠くで見ていることに瞳をさみしそうに揺らすなら、どんなときでも私の傍にいて。
 離れる、ということを総悟にはもう選択して欲しくなかった。

「……知ってまさァ」

 再び瞳を閉じた総悟の口元が緩んだのを見て、私は心の奥がツンとするのを感じた。目の奥がツンとしたわけでもないのに、どうしてか泣きそうだった。ぎゅう、と私の手を握る総悟と同じように、私もぎゅう、と泣くのを堪える。
 私は再び総悟と向き合うようにして寝転がった。触れるか触れないかの距離さえ埋めて、総悟に触れるほどの距離で。

「暇なら、一緒にお昼寝しよう」

 障子が開かれたままだから、きっとすぐにサボっていることは土方さんにバレてしまうだろう。でも、それでもいいの。それまで二人寄り添って、起きたらいつものように土方さんに怒られて、悪態ついて、悪戯をして。

 そうしていつものように二人で笑い合おう。ね、総悟






約束は出来ないけれど、約束になるようにするよ



20100511
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