だから、いつまでもその幸せを





「ねぇ銀ちゃん」
「んー」
「暇だよー」
「んー」
「寝てないで起きてよう」
「銀さん起きてまーす」
「寝てるでしょ」
「ジャンプ読んでんだって」

 それでジャンプが読めると言うのか。私は眉間に皺を寄せながら、向かいのソファに仰向けに寝転がって顔にジャンプを開いた状態で乗せた銀ちゃんを見た。それって、漫画でよく見る寝る体勢デショ。そんなにジャンプ近づけて、ていうかジャンプに顔が触れててどうやって読むっていうの。明らかな嘘にツッコむ気も起きずに、私は溜息をひとつついた。

「溜息つくと幸せ逃げるぞ」
「じゃあ捕まえてきてよ」
「お、依頼か?」
「そう、捕まえて来てくれたらいくらでも出すから」

 誰のせいで溜息をついたと思ってるんだか。呆れながら私は立ち上がった。銀ちゃんはどうせこのままお昼寝タイムに突入するんだろう。一人ポツンと残されたって暇なだけだから、冷蔵庫の中身でもチェックしてから大江戸スーパーに買い出しにでも行こう。適当に銀ちゃんに返事をしながら、私は台所へと足を運んだ。
 私の暇も満たせない銀ちゃんが、私の幸せをどうやって捕まえてきてくれるんでしょーね。なんて、心の中で悪態を尽きながら冷蔵庫を開ける。いつもよりは食材が入っているものの、空間が目立つ中身だった。

「卵買ってこなきゃ。あとは…」
「イチゴ・オレね」
「……寝てたんじゃないの」
「ジャンプ読んでたんだって」

 まだ言うか。
 冷蔵庫の中を見る私の背後に気配がしたと思ったら、後ろから腕が伸びてきて私の腰に回された。肩には銀ちゃんの顎が乗せられ、右の耳には銀ちゃんの声がいっぱいに響いた。さっきは目も見てくれなかったのに、今はぴたりとくっついて逆に目が見られないくらい。背中に感じる銀ちゃんの心音に、安心するようなくすぐったいような、そんな気持ちを感じながら私は冷蔵庫の中をぐるりと見回した。後は野菜と…冷凍にお肉は残ってたっけ。冷凍室を開けようと一歩下がろうとしたものの、後ろでびったりと私にくっついている銀ちゃんのせいで足を動かせなかった。

「銀ちゃん、冷凍室見たいの、下がりたいの」
「おう」

 返事をしたと思えば、私の体は銀ちゃんに抱きこまれるようにして浮いた。そしてそのまま銀ちゃんが一歩後ろに下がり、少しだけ浮いていた私の体が地面に下ろされる。かと思えば、銀ちゃんの体重がいきなり背中にかけられ、お辞儀するように私の上半身は銀ちゃんによって倒された。

「っわ」
「ほら冷凍室」
「…どうも」

 そして私の腰に回していた手を片方はずして、銀ちゃんは冷凍室のドアを引いた。
 …なにこれ?まさか私の暇にかまってくれようとしてる?顔にあたる冷凍室の冷気と、銀ちゃんの謎な行動に私は目を細めた。ていうか、冷凍室からっぽ。

「あずきバーもな」
「お肉は確か明日が特売日だった、から」

 とりあえずお肉は今日使う分だけにして、明日また買いに行こうかな。自分の中でお買い物リストと計画を立てて、冷凍室を閉めながら私は起き上がろうと上半身に力を入れた。すぐに銀ちゃんが起き上がってくれると思ったのに、びくともしない。何度か背中で銀ちゃんを押してみるも、動く気配は一切なかった。ほんっとに、何がしたいの?怒ろうと、銀ちゃんの顔がある右側に首を回せばパクリと銀ちゃんの唇に私の唇が食べられた。

「あ、どぅ、き」

 私の唇をパクリと食べたまま、銀ちゃんは「あずき」と声を発した。不自然な体勢に、不完全な言葉。私は唖然とすればいいのか、笑えばいいのか、はたまた照れればいいのか、なんだかよく分からなかった。ただ銀ちゃんがあずきバーに対して私がスルーしたことが不満だったっていうのだけはよく分かった。そんな私をよそに、銀ちゃんは私から唇を離してにんまりと笑う。倒していた上半身も銀ちゃんに起こされるように元に戻し、私は再び銀ちゃんに後ろから抱き込まれた。
 いったい、どうしたいの銀ちゃん。なんて思いながらも、私の頬も銀ちゃんと同じように緩んでいた。

「で、依頼料はいくらくれるのオネーサン」

 にまにました顔で、私の顔を覗きこんでくる銀ちゃんの鼻を私は軽くつまんでやった。

「前払いはしません。ちゃんと捕まえてきてくんなきゃ」
「ほら、ちゃんと捕まえただろ」
「私を捕まえてほしーんじゃなくて、私の幸せを捕まえてほしーの」
「だからァ、これがお前の幸せだろ?銀さんの腕の中にいるコトが」
「…………くっ、くさ!銀ちゃんクサ!!」
「顔赤くしてなァ〜に言っちゃってんの、かわいいねぇ」

 依頼料は一生かけて払ってくれればいいから、なんて銀ちゃんが言うもんだから、私は自分の鼻をつまんで「銀ちゃんくさい!」と大声で叫ぶしかなかった。銀ちゃんはそんな私を見て、嬉しそうに笑っている。私の顔が赤いのは、鼻をつまんで息が苦しいからと、銀ちゃんの私を抱きしめる腕がきつくて苦しいからだから!なんて照れ隠しに言いたくても、銀ちゃんがあんまりにも嬉しそうに笑うもんだから私は何も言えずに、ただ顔を赤くするしかなかった。

 銀ちゃんがそんなにも嬉しそうに笑ってくれることが、私にとっての幸せだよ。


 だから、いつまでもその笑顔を見せてね






20100510
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