きらきらしてるの?ぎらぎらしてるの?





 土方さんが出張に出て1週間。今日のお昼に帰ってくる予定なのに、私は女中のお仕事で大江戸スーパーまで買出しに行かなくちゃならなかった。私が一番におかえりなさいって言いたかったのに、買出しに出てる間に土方さんが帰って来ていたらどうしよう。久しぶりに会えるというドキドキもあいまって、私は今朝からそわそわ興奮しっぱなしだった。
 一秒でも早く屯所に戻って来たい、と思って大江戸スーパーでばったり会った銀ちゃんのスクーターの後ろに乗せてもらって無理矢理屯所まで送ってもらったというのに、私の努力もむなしく土方さんが出張に使っていた車は屯所の敷地内に1週間前と同じように止まっていた。私は買った物を入れたスーパーの袋も、銀ちゃんのことも忘れて副長室へと走った。

 副長室が開いてる。中からかすかに煙草の煙が漏れていた。私は、ここまで走ってきせいでうるさいのか、それとも久しぶりに会える緊張か、多分後者のせいであろう騒がしい心臓を落ち着かせるようにゆっくり息を吸って、吐いて、それから声をかけた。

「土方さん」

 そして半分開いている襖から顔を覗かせて副長室を見る。中には、上着を脱いでシャツの袖を捲りながら煙草を咥えている土方さんの姿。出張から帰って来たばかりだというのに、座布団に胡坐をかいて何か書類に目を通していた。私はそんな土方さんから、目が逸らせず石のように固まっていた。おかえりなさい、って、一番に言いたかったのに。一番に言えなくても、おかえりなさいって笑顔で迎えたかったのに。それなのに後の言葉が続かず、私は言葉を失っていた。

 書類に目を通している涼しげな瞳。捲くったシャツから覗く筋肉質な腕、煙草を挟むスラリと伸びた骨ばった指。開いた襖から入り込む風に、サラリと漆黒の髪が揺れる。

 私は胸元をぎゅうっと掴んで、目を擦りたい気持ちでいっぱいだった。差し込む陽の光のせい?土方さんが、きらきらきらきら光って見える。息が止まりそうなくらいに、胸が苦しい。だって、土方さんがきらきらしてる。えらい男前の人を好きになってしまったなとは思っていたけれど、こんなにも、きらきらしていたっけ。 

 土方さんが屯所にいない1週間の間、こんなにも私土方さんのことが好きだったんだとうんざりするくらいに土方さんでいっぱいだったのに、まだまだ私の中は土方さんでいっぱいになれるらしい。もう、溢れちゃいそうなくらいなのに。

「おう、ただいま」

 私が言う前に、土方さんは書類から目を逸らして私に声をかけた。一週間ぶりの土方さんの声が、私の体いっぱいに染み渡るのが感じる。口だけじゃなくて、耳までも動かなくなってしまいそう。土方さんの声が、私の体の中でぐるぐる回る。声だって、こんなにこんなに素敵な声だった?
 たった一週間だったはずなのに、私にとってはとんでもなく長い一週間だったみたいだ。土方さんの全てが新鮮のようでいて、なつかしいもののように私に染み渡る。もう一度、土方さんに恋に落ちてしまったみたい。一週間前の土方さんよりも、もっと素敵な土方さんが私の目の前にいるように瞳に映るのはどうしてなの?
 どうしよう、私おかしくなっちゃったみたい。土方さんの格好良さなんて前から知っていたじゃない、それにドキドキさせられるのなんて慣れっこだったじゃない。なのに、今はそんなこと比にならないほど土方さんはきらきらとしていて、私の全てをおかしくする。笑顔で、「おかえりなさい」を言いたかったのに。私は熱に浮かされたようにぼうっとして、笑顔も作れずに小さな声で「おかえりなさい」と呟くことしか出来なかった。あんなにもあんなにも、おかえりなさいって言うことを楽しみにしていたのに。
 土方さんはそんな私に特に気にするそぶりも見せず、手にしていた書類をヒラヒラと降った。

「総悟の始末書が一枚もねェぞ」
「…………」
「……オイ、どうした」
「っ、あ、ええと」
「突っ立ってねェで入れよ」
「は、はい」

 この距離だって、土方さんがきらきらきらきらしていて、眩しくてしかたないっていうのに。私は胸元をぎゅう、と握る力を強めながら土方さんの前に座った。ようやく私の行動を不審に思ったのか、土方さんは眉間に皺を寄せつつ私の顔を覗きこんだ。
 一瞬、私の心臓は止まったと思う。

「具合悪ィのか?」
「っ…いえ、なんていうか、久しぶりで…緊張しちゃって」
「ッハ、ここまで走ってきた勢いはどうした」

 走ったのがバレないように息を整えてから声をかけたのに、足音で全部バレバレだったんだ。眉間に皺を寄せていたのに、ぱっと笑って土方さんは私の頭をぐしゃり、と撫でたような、掴んだような、押したような、そんな風にして触れた。私はそのまま畳に視線をやりながら、そっと唇を噛んだ。触れられた部分がすごく熱い。
 土方さん、私を殺す気だ…。
 それでも、触れられたことで一気に何かが弾けたようにして、私をおかしくするものが解けた。やっと普通に息をすることが出来た。 

「で、総悟の始末書は?」
「ゼロ、です」
「ホントか?まだ書いてねェだけじゃねェのか」
「ホントですよ。だって、土方さんに頼まれた通り毎朝ちゃんと起こして仕事させて、悪いこともしちゃダメよって私が見張ってたから!」

 ようやっと、私は笑顔で、自信満々に土方さんの顔を見つめた。驚いたように目を少し丸くして私を見つめ返す土方さんに、またきらきら攻撃をされて息が止まりそうだったけれど。自分がおかしくなりそうなほどの何かは弾けたはずなのに、このきらきらはいつまで続くんだろう。私の心臓、もつのかな…私本当に土方さんに殺されるのかも。先ほどよりも余裕が出来た私はそんなことを思いながら自嘲気味に笑った。土方さんは私のそんな心の声もしらず、総悟くんの始末書がないということに感心したように、煙草の煙を吐いた。

「総悟が問題起こさないたァ、珍しいこともあるもんだな」
「私が頑張ったからね」

 胸を張ってそう答える反面、この一週間の努力を思い出して少し涙が出そうだった。だって本当に毎朝総悟くんを起こすのは死ぬ思いだったし、真面目に仕事してもらうために疲れたと言えば肩を揉んであげたり、好物を買いに走らされたり、常に総悟くんのご機嫌をとって大変なんてもんじゃなかった。総悟くんは私の土方さんへの想いを知ってるから余計に利用されるし、知られてるから逆に下手なことは出来なかったし。でもそんな一週間も、終えてしまえば、土方さんが始末書ゼロに喜んでくれるのなら、本当に頑張ったかいがあった。それだけで十分に救われる。

「こりゃ褒美やらなきゃなんねーな」
「え…」
「何がいい?常識の範囲にしろよ」
「ほ、ほんとにいいの?」
「副長の座とかじゃなきゃな」
「あはは、私は女中の座で大満足ですよ。…じゃあ私今度一緒に…の、飲みに行きたいです」
「ア?そんなんでいーのか?じゃあ今度の休みにでも行──」
「それはモチロン俺にも奢ってくれるんだよね〜多串くん」
「 「 ッッ!? 」 」 

 勇気を振り絞って、一緒に飲みに行きたいと誘いまがいのご褒美をねだれば、背後から突然だらりとやる気のない声が聞こえた。土方さんも驚いたようで、二人して襖へと目を向ければそこにはさっき私が大江戸スーパーで買い物した袋を二つを両手にぶら下げた銀ちゃんの姿があった。
 そうだ…………すっかり忘れてた!

「ぎ、銀ちゃんごめん!」
「いきなり走って行くから何かと思えばァ?まさか多串くんに会うため──」
「ごめんごめん銀ちゃん!買った物まで持ってきてくれてありがとう!」

 土方さんの前で、何を言ってくれようとしてるの!?私は慌てて銀ちゃんの言葉を遮って、銀ちゃんの持っていた袋を受け取った。

「テメェ、なんで屯所にいやがる」
「感謝はされても睨まれる筋合いはないんですけどォー。ここまで乗せて来たんだから俺にもご褒美くれてもいいんじゃない?」
「ア゛ァ?」
「あげるあげる、私があげるから、ほんとにありがとうっ、ねっ」
「じゃあ銀さんちに一日女中しに来てよ、うちではメイド服着用ね」
「オイ、うちの女中を勝手に使おうとしてんじゃねェ」

 “うちの女中”?土方さんの視界から銀ちゃんを、銀ちゃんの視界から土方さんを消そうと二人の間に立って、銀ちゃんをどうにか追い出そうと奮闘していた私は思わず土方さんの方に振り向いた。だって今、“うちの女中”って言った…?“俺の女中”だなんて土方さんの所有物発言をされたわけでもないのに、それでも“うちの”と言ってもらえたことが嬉しくて私の頬はこの状況に似つかわしくなく緩んでしまった。それに気付いたのか、銀ちゃんは私の顔を両手で挟み自分の方へと向かせた。

「勝手にじゃないですゥ、お礼だもんねー?ご褒美だもんね?」

 そう言って私の顔を覗きこむ銀ちゃんの顔を見て、私は思わず言葉を漏らした。

「……きらきらしてない」
「は?きらきら?」
「あ…な、なんでもない!」

 なに言ってるの私!でも、こんなに近くで顔を見つめられても、見つめ返しても、全然銀ちゃんには眩しさを感じなくて、きらきらしたものは見えなかったことに驚いてしまったのだ。どうして土方さんはあんなにきらきらして見えるの?私にだけ?皆にもきらきらして見えてる?土方さんはきらきらを撒き散らすほど格好良い男なのか、それともきらきらして見えてしまうほど私は土方さんに恋をしているのか。どっちなのか分からなくて、私は銀ちゃんにそっと耳打ちをして聞いてみた。

「…銀ちゃんにも、土方さんがきらきらして見える?」

 これで銀ちゃんが「うん」と言えば土方さんは誰もが眩しがるほど格好良い男だということが判明して、「いいえ」と言えば私がそれほどまでに土方さんに夢中だということが分かるはずだ。ねえ銀ちゃん、どっち?ゴクリと唾を飲んで返事を待てば、私の視界は一気に反転、というか真っ白な着物が瞳に映った。
 え…あれ?私、銀ちゃんに担がれてる?

「何してやがんだテメェ!」
「銀さんもキラキラしてますゥ!」
「ハァ?わけのわかんねーこと言ってねーでそいつ降ろせ!」
「だからァ、俺もご褒美もらう立場だって言ってんだろ」
「ぎ、銀ちゃん!私がちゃんとあげるから!降ろして!」
「ついでに目が悪いみたいだから治しておいてやる。あーあ銀さんやっさしーいまたご褒美貰わなきゃ」
「テメ、どこ行く気だ!」
「だから一日銀さんの女中もといメイドさんだって言ってんだろ!」

 しつけーな!と言いながら銀ちゃんは私を担いだまま庭に下りて門へ歩き出した。ていうか銀ちゃん、土足のまんま上がってたの!?………じゃなくて!

「銀ちゃん、私ちゃんと自分で銀ちゃんちに行くから!」
「つーか俺がキラキラしてないって何!?パッと見、死んだ魚の目かもしんないけど銀さんは心がキラッキラなの!眩しすぎて最早見えないほど、視界に映りこめないほどォ!アイツのどこがキラキラ?瞳孔の開ききった目ェしやがって、ギラギラの間違いだろ!」
「う…ごめん」

 土方さんがきらきらしているのは、私がそれほどまでに土方さんに夢中だということが判明したのだけれど。きらきらしてないなんて失礼なことを言ってしまったせいで銀ちゃんに腹を立たせてしまったみたいだった。その前に、スクーターで送っておいてもらいながらお礼も、更にお礼の言葉すらなく荷物もほっぽいて走り出した私に腹立っていたかもしれないけど。
 申し訳なく思っていると、急に銀ちゃんの歩くスピードが早くなった。歩くというよりも、走っている。何かと思って顔を上げれば、刀を持って走って追いかけてくる土方さんの姿。

「万事屋ァ!誘拐罪でしょっぴいてやる!!」
「ひ、土方さ…!」
「だから褒美だっつーのが分かんねーのか!」

 ギラリと光る刀が私に迫る。その鈍い光に私の背中はゾクリと震えた。

「ひ、土方さん!お、追って──」
「安心しろ、今そいつを叩斬ってやる!」

 そうじゃなくて!追って来ないで!と言いたくても、私は振り下ろされた刀に怖くて悲鳴を上げながら目を瞑った。
 私、本当に銀ちゃんに送ってもらったお礼しようと思うし、銀ちゃんだって誘拐して私にひどいことするわけもないのに。どうしてこの二人って会えば喧嘩しか出来ないの?それに今回は銀ちゃん特に何も言ってないし、してないし、土方さんどうしてこんなに怒って………あ、銀ちゃん土足だったから!?

「屯所の掃除も私ちゃんとしますから!」

 そう叫んでみても銀ちゃんのスピードは落ちないで加速してく一方だし、私を降ろしてくれる気配もなく、土方さんも刀を鞘に納める気はないようだった。ギラギラした刀と、ギラギラした土方さんの鋭い瞳が追ってくる。

 銀ちゃんの言う通り、今の私の瞳には土方さんがぎらぎらぎらぎらして映ってるよ。






20091221
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