分からず屋なんてお互い様・後編





 なにあれ!?好みを聞いてどうする?どうでもいいだろそんなもん?そうですよね、聞いたからって私が土方さんの好みの女性になれるわけもないですし、 ど う で も い い ですよね!
 どすどすと足を踏み鳴らしながら私は洗濯場まで行った。今日は朝食の支度は私の当番ではなく昨晩から積み上げられた山積みの洗濯物を綺麗にすることが私の仕事だった。汚れたものを綺麗にするのは今のイライラした私には丁度良い仕事だ。少しはイライラもすっきりするはず。洗濯機にかけている間は縁側の床をピカピカにしてやる。悪戯をした総悟くんを追って走る土方さんが転べばいいわ!

「むかつく!」

 思わず声に出して洗濯場の戸を開ければ、これまた泥だらけの胴着を抱えた退ちゃんの姿がそこにはあった。今日は雨でもないのに、どうやったらそんなに泥だらけに出来るのと思いながら胴着を見つめていれば、退ちゃんがおずおずと声を出した。視線が私の髪にあるのが分かる。

「ご、ごめん派手に汚しちゃったんだけど」
「どうやったらそんなに汚せるの?」

 退ちゃんの視線は無視して、溜息をつきながら胴着を奪った。

「一回手で泥を流してから漂白剤につけないと」

 このまま洗濯機に入れたら、洗濯機の中が砂だらけになってしまう。水をはった桶に胴着を浸してから、とりあえず私は他の洗濯物を洗濯機にかけた。屯所にある大きな洗濯機三台が動き出したのを確認してから、桶に浸した胴着に手を伸ばす。そこでようやく黙っていた退ちゃんが口を開いた。

「起きてから鏡見た…よね?化粧してるし」
「見たけど、何か」
「え、あの、怒ってるのは胴着汚しちゃったから?それとも他に」
「別に怒ってない」

 こんなに不機嫌な声を出しておいて、何を言うか。自分でもそう思いながら私はジャブジャブと胴着を揉んだ。これ綺麗になるのかな、繊維の奥まで泥が染みこんでそう。ああでも、この間買った漂白剤は天人技術ですごいんだったっけ、まだ使ってないから試してみよう。視界に入る髪が邪魔だなと思いながらも、 ど う で も い い と自分に言い聞かせて胴着を洗うことに集中した。「ちょっと待ってて」と言葉を残してこの場を後にした退ちゃんに返事もせずに。

「お待たせ」

 五分もしないうちに戻ってきた退ちゃんに、何がと心の中で呟きながら視線をやると手に櫛が握られていた。

「そのまま仕事するの、髪邪魔でしょ?」
「別に?どうでもいいの」
「そう、なら俺が勝手に結うけど、どうでもいいよね?」

 そうして退ちゃんは私の髪に勝手に櫛を通し始めた。別に、どうでもいいから、どうでもいいけど。どうでもいい、のだけれど。私は退ちゃんに櫛を通してもらうたびにひとつ、またひとつと、何故だか口から言葉を漏らしていた。

「…トッシーがね」
「うん?」
「トモエちゃんが好みだって言ってたのよ」
「あぁ、あのアニメのね」
「そう。だから私、土方さんもトモエちゃんが好みだと思ったの」
「え、それは…」
「違うみたいだったけど」

 ゴウゴウと洗濯機の回る音、それと胴着を洗うジャブジャブという音と、退ちゃんが私の髪に櫛をいれる音にならない音が私の心を何故だか穏やかにした。
 いつの間にかイライラとしていた気持ちはどこかへ行って、私の ど う で も 良くなかった気持ちが溢れ出す。

「私、少しでも土方さんの好みの女性になりたくてトモエちゃんの髪型を真似したの」
「……」
「なに、似合わないとかキモいとか思ってるの?」
「え、いや、ちょっと見てみたかったな…と思って」
「退ちゃんもヲタクだったの」
「そういうわけじゃないけど、でもなんか似合いそうだなと」
「そう?まあ、土方さんは別に変じゃない、似合ってるって言ってくれたけど」
「じゃあなんで怒ってるの?」
「そんなの俺の好みじゃねェって言うから、じゃあ土方さんの好みは?って聞いたの」
「うん」
「そしたら…」

 そんなもん聞いてどうする
 どうでもいいだろ、そんなもん

 土方さんの声が頭の中を駆け巡った。確かに、好みなんてどうでもいいものかもしれないけど…でも。私はただ、少しでも土方さんの好みの女性になれたらって思っていただけで。少しでも、好きな人の好みに、好きな人に好きになってもらおうと、そうすることは馬鹿なことですか?

「わ、たし…少しでも土方さんの好みの女性になりたくって、好いてほしくて」
「うん?」
「それで聞いたのに、土方さんはどうでもいいだろって、言ったの」

 きっと深い意味なんてない。本当に、そのままの意味だったと思うの。だけど、だけどね。

「私には、関係のないことだ、って」

 私が何をしようと、どうでもいいんだって

「言われてるような気がして、なんだか…」
「悲しくなったんだね」
「ち、がう、怒ってるの、よ私は!」
「そんな顔して?」

 私の言った言葉と反対のことを言う退ちゃんを睨んでやろうと振り返れば、なんとも情けない顔をした私が退ちゃんの瞳に映っていた。なんなの、これのどこが怒っている顔?今にも泣き出しそうじゃない。

「俺も副長の好みは知らないけど」

 退ちゃんは振り返った私の頭に手をやり、向いていた方向を元に戻した。そして髪に何かが通された感触がした。

「前に、赤いかんざしが良く似合うって言ってたよ」
「え…土方さんが?私に?」

 再び振り返った私に、退ちゃんは優しく微笑んだ。

「うん、多分誰にも聞かれてないと思ってるけどね」
「どういうこと?」
「まあそれは、監察の秘密ってことで」

 ポンと私の頭に手を乗せて「出来たよ」と笑う退ちゃんにつられて私も微笑み返して髪に触れた。乱れていた髪は綺麗に梳いてまとめられ一本に結われていた。見ることは出来ないけれど私の髪には赤いかんざしが飾られているのだろう。

「ほら、副長に見せに行っておいでよ」
「…でも」
「まだ玄関あたりにいると思うから、早くしないと見廻り行っちゃうよ」
「でも」

 行って、何を言えばいいと言うの?

「なにもじもじしてるんだよ。いつもみたく可愛いですかーって見せてくればいいだろ」
「も、もじもじなんか!」
「俺にやってもらったって言えばいいよ、そしたら副長きっとヤキモチ焼いてくれるから」
「まさか」

 私は笑いながら立ち上がった。そうだと、いいけど。

「ありがと、退ちゃん」
「滅相もない、泥だらけの胴着洗ってくれるお礼」
「今日のおやつ楽しみにしておいて!」

 退ちゃんの瞳にいつもの私の笑顔を映して、私は洗濯場を後にした。
 待ってろ、土方十四郎!好みが ど う で も い い なんて言うなら、少しでも、私が土方十四郎の好みになってみせるんだから。






20090703
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