分からず屋なんてお互い様・前編





 朝食時、女中のあいつの姿が見えなかった。昨晩頼んでおいた所内の掃除の件について話がしたかったんだが、寝坊か?午前中の見廻りの前に確認したかった俺は早めに朝食を済ませ、あいつの部屋へと向かった。

「うー…ん、やっぱ駄目だなぁ」

 寝坊してるのかと思いきや、部屋から声が聞こえていた。なんだ、起きてるじゃねェか。

「おい、開けるぞ」
「えっ!?ちょ、待」
「起きてるならサッサと出て来いよ」

 障子を開ければ鏡の前に座るあいつが驚いて振り返った。着替え中でもあるまいし、何をそんなに動揺しているんだと思えば、いつもとは何か違う違和感を感じた。何だ…?考えている俺を他所に、あいつは手で頭を隠すようにして叫んだ。

「かっ、勝手に入ってこないで下さい!」
「あァ、髪か?」
「な、なんでもないんです!なんでもないの!ちょっとやってみただけですから!」

 だからとりあえず早く出てってください!と叫ぶあいつに俺は首をかしげた。一人で何を騒いでやがる。いつもと違う違和感はどうやら髪型だったようで、耳の上で二つに結わいた髪があいつの手に隠れて揺れている。あいつはそれを隠したいようだった。なんでわざわざ隠すような髪型になんてしてるんだよ。しかしどっかで見たことある髪型だな。

「なに騒いでんだ、別に変じゃねェよ」
「え…変じゃないですか?この髪型」
「あァ」
「に、似合ってる?」
「似合ってんじゃねェの」
「ト、トモエちゃんとどっちが可愛いですか…?」
「はァ?誰だトモエって」

 恐る恐る、というように聞くあいつに俺は顔をしかめた。トモエなんて名前聞いたことねェし、そんな髪型してる女も見たことがねェ。いや、その髪型はどこかで見たことがあるんだよな…どこだったか。答えずにいる俺を見て、あいつは肩を落とした。

「やっぱり、トモエちゃんには敵わないですか」
「だから誰だよトモエって」
「トモエちゃんですよ!好みだって言うから恥ずかしいけどこの髪型もやってみたのに」

 でも似合ってるって言ってくれたからいいです、なんて言いながら再び鏡に向き合うあいつの背中を見て嫌な予感がした。トモエ?どこかで見たことのある髪型?好み、だと?俺はあいつに近付き、肩をつかんで無理矢理こちらを向かせた。

「おい」
「っわ、な、に急に」
「トモエが好みだと誰が言った?」
「え?トッシーですけど」
「それでなんで俺の好みになンだよ!」
「いいいい痛いィ、ちょっひじかたさ」
「こんなふざけた髪型すぐやめろ!」
「に、似合うって言ってくれたじゃないですかー!」
「これっぽっちも似合ってねェェェエエ!」
「ひどォいィィイ!!」

 痛いと叫ぶ声も気にせずに、二つに髪を結っている結び目を俺は引っ張った。嫌な予感通りだ、トモエとはふざけたアニメのキャラクターのことだった。そんなモンが俺の好みだと?ふざけるのも大概にしろ!結っていた髪もほどけ、乱れた髪を手で押さえながら俺を涙目で睨むあいつに多少罪悪感を感じながらも、俺も睨み返した。

「じゃあ、土方さんは」
「アァ?」
「土方さんの好みはどんな子ですか」

 トモエちゃんはトッシーの好みで、土方さんのじゃないんでしょ。そう言ってアイツは拗ねた顔をした。

「そんなもん聞いてどうすんだよ」
「どうするって、土方さんの好みに私は」
「どうでもいいだろ、そんなもん」
「どうでも…」

 少し目を見開いて驚いたような顔をして俺の言葉を反復した後、あいつは押し黙ってしまった。なんだと言うのだ。
 なんと言えばいいのかよく分からず、口ごもりながらも俺は声をかけた。

「おい…」
「で?」
「あ?」
「それで、用事はなんだったんですか?」
「あ、あァ、先日話しておいた所内の掃除の件なんだが」
「それなら原田さんに話て隊士数人がお手伝いしてくれるそうなので、明日までには」
「そうか、ならいいんだが」

 声をかければまた睨みながら俺に「で?」と返すあいつに動揺しながら用件を言えば、先ほどの話はもう良いのか淡々と返事をし、俺の用件はサラリと解決してしまった。次の言葉を俺が言う前に、あいつは乱れた髪のまま立ち上がって障子に手をかけて貼り付けたような笑顔で振り返った。

「もう用事はないですよね?私お仕事があるんで失礼します」
「あ、オイ」
「なにか?」
「お前、髪乱れたまんまだぞ」
「ど う で も いいんでしょ別に!」

 とってつけたような笑顔はすぐに剥がれ落ち、あいつは俺のことを睨み、そう叫んで部屋を出て行ってしまった。な、んだっつーんだよ一体!髪を引っ張り、結っていたのを解いてしまったのは謝る、だがその前に自分で解こうとしていただろうが!それとも似合ってねェと言ったことか?その前に俺は似合ってると言ったし、あんな言い合いなんぞいつものことのはずだ。じゃあ一体、何に腹を立ててると言うんだあいつは!

 あいつに好みを聞かれた時、なんだかよくわからなくなった。好みなんてもんは特別意識したことはなかったが、それなりに何かあったはずだ。だがあいつを前にすると何だかよくわからなくなってしまったのだ。好みなんぞない?いや、あいつが俺の好みなのか?まさか、んなこっ恥ずかしいことがあるわけがない。そうして心の中で動揺していた俺を睨み、あいつは出て行ってしまったのだ。

 ったく、女の考えていることはよく分からねェ。






20090703
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